新月のかぐや

水戸けい

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それが近貞という人なんだって思えた。

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「俺様は、ずっと昔から大人だったからなぁ」

「何、それ」

 呆れと共に、笑みが湧き起こる。いつの間にか、警戒心は消え失せて古くからの知り合いのような心地になった。

「何か――」

 飲み物でもと立ち上がりかけた腕を、掴まれる。その強さに、心臓が跳ねた。

「内緒、だから」

 唇に人差し指を当てて言う久嗣の目が、灯明にきらりと光る。それは闇夜に見えた獣のそれのようで、膝から力が抜けて、ぺたんと座り込んでしまった。

「誰にも、内緒のほうが都合がいいだろう?」

 顎を引きながら、久嗣の顔を見つめる。なんだか、人では無いみたい。

 くしゃ、と表情を崩した久嗣が文机に顔を向けて

「墨、乾いたみたいだね」

 文を手にして、くるくると畳んで懐にしまうと

「それじゃあね。かぐや姫」


 来た時と同じように、部屋の隅の影に身を滑らせるように沈んで、消えてしまった。

「――は」

 息を吐いて、瞬く。

 近貞からの文を手にして、文面を確かめながら近貞と久嗣の顔を思い浮かべる。なんだか、現実の事のようでは無い気がしたけれど、文は確かにここにあって、私が返書をしたためるために出した墨の香りも部屋にある。

「変な人」

 簡素な、何のひねりも無く歌も無い手紙をもらったのは、生まれて初めてだった。近貞には、そういう教育がされていないのかもしれない。武家には、そういう風習が無いのかも。けれど、それは全く、不快じゃ無かった。近貞の部屋の簡素さと重なって、思いついたことを口にしながら行動に移した姿と合致して、それが近貞という人なんだって思えた。

 そんな近貞だから、とらえどころの無さそうな久嗣が、傍についているのかもしれない。馴れ馴れしい態度なのに、不快に思わせない久嗣。無礼なと叱りつけてもおかしくない事をされたのに、わずかも気にならなかった。へらへらしていると思ったのに、待つ間にお茶でも出そうと萩を呼ぶために立ち上がりかけた私を、制止したあの目――。

 ぞく――。

 思い出して、背筋が震える。宵闇に、眠れなくて庭を歩いていた時に、ふいに出くわした獣の瞳のような光だった。あれが、久嗣の本質なのかしら。
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