新月のかぐや

水戸けい

文字の大きさ
上 下
58 / 75

「小川に足をつけて遊ぶなんて、したことないだろ」

しおりを挟む
「なんとしてでも、父上にはご納得いただかねばならぬ」

「だから、どうやって納得をしてもらうかを考えなくっちゃいけないだろ」

 別邸に戻れば、うっかりと誰かの耳に漏れ聞こえてしまうかもしれない。そうすればそこから知らずに広まって、頭領様が先手を打ってしまい、どうにもできなくなってしまう可能性がある。だから、こうして三人だけで遠出をしている間に話し合い、計画を決めてしまったほうがいいと久嗣が提案した。

「それでは、かぐや殿の元へ通う事も出来ぬと言う事か」

「ま、そういうことだね。誰に見とがめられるか、わかんないし。屋敷の中では、あんまり親しげにしすぎるのも困るだろうから、時々、こうやって外に連れて出る時に会うくらいに、しておいたほうがいいんじゃない?」

「連れて出ることも、怪しまれたりはしないだろうか」

 近貞の言う事も、もっともだ。こうして同じ馬に乗り、遠出をするなんて、屋敷の中で会うよりも疑われるんじゃないのかしら。

「大丈夫。近貞様が色恋にうとすぎるってことは、家中かちゅうの誰もが知っているよ。恋のこの字も知らないくらいの近貞様が、逢引あいびきの為に姫を連れ出している、なんて誰も思いつかないって」

 さらりと久嗣の言う事に、それほど疎いのかと近貞を見れば、否定をする事も肯定をすることもせずに、難しい顔をしたまま考え込んでいる。

「ま、とにかく。そういうことを相談しなくちゃいけないってことを、忘れないように、ね」

 とりあえず今日は、のんびりとして帰ろうと、久嗣が私の手を取って立ち上がらせる。

「小川に足をつけて遊ぶなんて、したことないだろ」

 頷けば、そのまま手を引かれた。小川の傍に連れて行かれ、しゃがむように促されて草の上に座る。きらきらと輝き流れる川を覗けば、私の顔が乱れて映る。その横に久嗣の顔があり、肩越しに近貞が見えた。

「きもちいいぜ」

 水に手を付けて見せた久嗣のまねをして、手を伸ばす。ひんやりとして気持ちがいい。

「あ――」

 ぱしゃ、と上流で何かの跳ねる音がして、見れば光の強い場所があった。

「ああ、魚だね」

 久嗣が言って立ち上がり

「かぐやちゃんは、魚は好き?」

 問われ、頷けば

「それじゃ、かぐやちゃんの為に捕まえてこようかな」
しおりを挟む

処理中です...