くまさんといっしょ

水戸けい

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第5話

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 ソワソワと心を浮き立たせて、薫は鷹也のもとへと向かった。こんなふうに、誰かと会うというだけで心がウキウキするなんて、いつ以来だろう。

「あ。久間さんなら、もうすぐ出てきますよ」

 カウンターにいた店員に声をかけると、そう返された。

(どうしよう。だらりくまの景品を見ておこうかな)

 それよりも、鷹也と一秒でもはやく会いたい。思うともなしに感じた心のままに、薫はカウンター前で鷹也が出てくるのを待った。

「おう。待たせたな。景品はもう見たか?」

「いえ、まだです」

「ふうん? まあいいや。行こうぜ。とりあえず、コーヒー飲んで一服してぇ」

「あ、はい」

 フードコートに向かう鷹也について、クレープ屋の前に来た。

「どれ食う?」

「えっと。……じゃあ、チョコバナナで」

「なんだ。それでいいのか」

「はい」

「んじゃ、コーヒーとチョコバナナ。あ、砂糖とミルクはなしで。おまえ、飲み物は? 喉に詰まるだろ」

「ええと、それじゃあミルクティーで」

「そっちは砂糖つきな」

 お会計はと店員に問われ、別々でと薫が言う前に、財布を開けた鷹也が「一緒で」と支払ってしまった。

「あの、代金」

「いいって。学生は社会人におごられてろ」

 さらりと言われて、薫はモゴモゴと「ごちそうさまです」と礼を言った。

「おう」

 商品を受け取り、席に着く。

「なんか、たかりにきたみたいで、すみません」

「俺がおごりてぇんだから、おとなしくおごられてろよ」

「はい。ありがとうございます」

 胸の奥からクスクスと笑いが湧いてきて、口元がゆるんでしまう。そんな薫に、鷹也のやわらかな視線が向けられた。

「そんなによろこんでもらえると、おごりがいがあるってもんだ」

 吸うぞと断りを入れてから、タバコを取り出す鷹也の姿に、うんと甘やかされている気になった薫は、己の体格が鷹也よりもずっとたくましく、大人びて見えることを忘れた。

「へへ」

 照れ笑いをした薫に、鷹也が目じりをゆるめる。大切にされていると感じた薫は、ますます浮かれた。

 チョコバナナよりも甘いものを、心に直接与えられている。

 それをじっくり味わっていると、鷹也が「そうだ」とスマートフォンを持ち上げた。

「このマスコットさ、もう一個作れねぇ?」

「どうしてですか」

「はじめてあったとき、バイトの女が入ってきて、おまえと話したろ? 小物のことで」

「ああ、はい」

「あいつが、これ欲しいって言ってんだよな。ダメか?」

「ええと、それは……」

 作れないわけではないが、鷹也だけの特別なものとして作成したものだから、鷹也のほかには持ってほしくない。

 そんな気持ちが顔に出て、察した鷹也は「無理か」とつぶやいた。

「なら、これをやるしかねぇか」

「ダメです!」

 思わず大声を出した薫に、鷹也が驚く。ハッとして、薫は身を縮めた。

「あ……、すみません」

 ちいさくなりながら謝ると、鷹也が意味深な笑みを浮かべる。

「そんなに、ほかのヤツに持たれたくねぇのか」

「えっと、ほら、その……。姉ががんばって作っていたのを見ていたので。だから、その、ほかの人にあげるっていうのは、ちょっと」

「ふうん」

 含み笑いをする鷹也に、薫は「なんだろう」と心中で首をかしげた。

「なあ、薫」

「はい」

「裁縫道具、持ってるか?」

「? 持ってますけど」

「時間あるなら、俺ん家に来てくんねぇ? ボタン取れた服があってさ。どうも不器用で、俺、うまくできねぇんだよな」

「……いいです、けど」

「なら、それ食ったら行こうぜ」

 急に話が飛んだ気がするけれど、鷹也の中ではマスコットの話は終了したのだろう。

(譲らないし、作らなくてもいいってことで、いいんだよな)

 そう理解した薫は、鷹也とともに駐車場に行き、妙な緊張を覚えながら彼の車の助手席に乗った。

(なんで、こんなに緊張しているんだ?)

 ものすごく落ち着かない。しかし不快ではない。それどころか浮かれている。

(運転する久間さんも、かっこいいなぁ)

 慣れた様子でハンドルを握る姿に、薫は見とれた。

「そんなジロジロ見んなよ。車、欲しいのか?」

「えっ。ああ、その……、なんか、助手席に乗るのって慣れてないから、それで」

「学生で車持ってるヤツなんて、めったにいねぇだろうからなぁ」

(ごまかせた)

 ホッとして、薫は鷹也の横顔に視線を置いた。

 見た目はとても愛らしいのに、どうしてこんなにかっこよく、一緒にいるとドキドキするのか不思議でならない。

(なんで俺、久間さんといると、こんなにふわふわするんだろう)

 ブログに寄せられた「アタックすれば」というコメントを思い出し、薫は目元を赤くした。

(そういうんじゃないし)

 いそいで鷹也から目を離し、けれどすぐに視線を引き寄せられて、薫は否定に自信が持てなくなった。

(俺、久間さんが好きなのかな)

 恋愛としてなのか、ただのあこがれとしてなのか。

 そんなことを考えながら、薫は鷹也の家へと連れていかれた。
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