われても末に もの想う身は

水戸けい

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 皆が集まる場に向かう前に、旭のもとへ祖父博雅が顔を出しに来た。

「葵とは、むつまじくなされたとお伺いいたしまして」

「そうだな。今まで見てきたものとは違うものを、知れた」

「それはそれは、良うございました。葵はまだまだ、女として熟れゆく身。これからも存分に、可愛がって戴きたく」

 頭を下げる博雅にあいまいな笑みを浮かべ、立つ。ゆるゆると進む後を彼が追従し、皆が待つ場の御簾裏へ腰を落ち着けると、すぐに公家達のさざめきが始まった。

「彼の者は、わざと庭草を整えずに居るそうな」

「あの庭には、物の怪を飼っているとか」

「妙な薬の材料となるものを育てておるのを隠すため、伸ばし放題と聞いたぞ」

 庭の草のことは旭も気になっていたところなので、多少の興味は湧いたが本人に聞けばいいと半ば聞き流し、この後に話題の人、木曾義直に会いに行くことに意識を向けた。

 昨日の蜜時が、あわあわとした暖かさをはらんで旭を包んでいる。出逢ってまだ二日であるというのに、旭はまるで熱病にかかったように彼に心を火照らせていた。

「これは、木曾義直という男と懇意にしておるという白拍子、小松より聞いた話だが」

 大きな咳払いをしてから言ったのは、義直のうわさを一番にこの場にもたらした橘森繁で、彼は心なしか胸をそらし、常よりも大きな声を響かせた。

「小松によれば、彼の男は目ぼしい公達を篭絡し、その者たちに貢がせて生活しているとか。男相手なれば子が出来る心配もなく、また向うも気安く心を解くのだとか。昨日も、小松は美しき男を連れた義直の姿を見たそうで、どこの者かは知らぬが毒牙にかかり哀れだと漏らしておったそうにござります」

「なんと不埒な」

「なれど、それほどまでに形が麗しい男、ということか」

「普段我らは言葉を操り姫の懐中へ存在を記すもの。そして、その逆のことには不慣れ。かの男は言葉巧みに誘い、あっという間に相手を篭絡せしめるそうな。庭の草が高いのは、そのようなことが見咎められぬようにと、中の様子を隠すためであるとか」

 ちらりと森繁の視線が御簾に注がれる。その奥では、旭が顔面を蒼白にしていた。

――あの、小松という白拍子が言うたのか。

 昨日の義直に対する気安い雰囲気を、彼女の悋気を帯びた瞳を思い出す。本当のことなのではないかという声と、こちらの素性も知らぬのに貢がせるためなどありえぬという声が旭の中で沸き起こり、せめぎあう。――もしも、あの優しい瞳も腕も声も全て、演技だったのだとしたら。

「過去に篭絡された者のことは知っているが名は明かせぬと、白拍子は口を閉ざしておったそうにございますが、今宵にでも召して舞わせ、話なりと――――帝?」

 ふらり、と旭は立ち上がり、気分が優れぬと言い置いて、側に控えていた女房に連れられ自室に戻った。彼の関心を引き、再び朔宮の院へと導こうと目論んだ森繁は心中で舌を打ち、他の者は誰よりも早く小松という白拍子を召して話を聞かねばと、気もそぞろに場を終えた。


 自室でひとり、旭は先ほど聞いた言葉が反響する身を横たえさせていた。小松という白拍子の顔が、親しげに言葉を交わしていた義直の姿が浮かんでは消える。その合間に彼を見つめ優しく触れた義直の姿が混じり、旭の胸は絞られるように痛んだ。

 事実であるのか、事実ではないのか――本人に直接聞きに行くことができるのに、義直にどう問えばいいのかがわからない。もし本当のことだったとしても、否と言われる可能性のほうが高いだろう。もしも食うためにそのようなことをしているというのであれば、いっそ彼を召し抱えてしまえば――けれど、そうするための、皆を納得させる理由が見つからない。

 ひとりでこうしていても答えなど出るはずもないのに、考えることを、思うことを止められず、行き着く先のない思考は旭の心を蝕んでいく。不安の種はすくすくと育ち、旭を絡めて魂に食い込みながら締め上げる。

「――っ」

 唇を強く噛み、体を丸めてやり過ごそうとしても、打ち寄せる不穏は嵐に舞う木の葉のように旭を乱した。

「我は、何を」

 喘ぐように呟き、気付く。思う以上に義直に囚われている自分と、これほどまでに何かに固執したことなど一度もなかった、ということに。

「我は、何を望んでいる」

 ぽつりと、こぼす。

「我は、何を望んでいる」

 両掌をかざし、見つめた。

「我は、何をしたい」

 拳を握り、さらに体を丸めて唸る。

「どう、したいのだ」

 答えが出ぬままに、たった二度しかない逢瀬での義直の姿が、声が、旭を抱きしめる。鼻の奥がツンと痛み、込み上げたものを瞼の隙から溢れさせながら、旭はただ自問を繰り返す。

「義直――ッ」

 頭が痛くなるほどに涙し、疲れが引き込む夢の中までも、旭は答えの出ない問いに悩み続けた。
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