偽姫ー身代わりの嫁入りー

水戸けい

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「送り返されたって困るだろう」

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 言い終わったフェリスの言葉を吟味するように、タレンティは無言で彼女を見つめる。やがて長い息を吐き、そうかとつぶやいた。

「何かを命じられたりは、してないんだな」

 無言で頷けば、再びそうかとつぶやかれた。

「冷める前に、飲め」

 言われ、そろそろとカップに手を伸ばして口をつける。甘い香りが口から鼻に抜けた。その香りに覚えがあり、目を瞬かせて淡い黄緑のお茶を見つめる。

「これ、この香り……」

「庭に、白い花が咲いていただろう。あの花でできた、お茶だ」

 そう言えば、リューイがお茶にするため花が雨に落ちてしまう前に摘もうと思って庭に出たら、フェリスが倒れているのを見つけたのだと、言っていた。このお茶が、リューイが言っていたものかと思いながら、ゆっくりと味わう。体の隅々にまで、花の香りがゆきわたるような気がした。

「オマエがメイドだということは、まだ誰にも話をしていない。アレスティ様に申しあげた時に、誰にも言うなと厳命をされている」

 ふ、と目を上げたフェリスに

「追い出すつもりは、無い」

 安心させるように、頷いて見せた。

「送り返されたって困るだろう」

「はい」

「敗戦国の王族の誰かを人質として出させるのは通例だ。だが、オマエには悪いが、国王はそれを必要としていない」

「聞きました。アレスティ……いえ、アレスティ様から」

 だから、自分は居場所が無いのだと思い、逃げ出そうとしたのだ。

「オマエを送り返せば、本物を寄越せと言っているようなもんだ。そうなれば、困るだろう」

 無言で頷くフェリスに、心配をしなくていいとやわらかな眼差しが向けられる。

「必要のないものが偽物だったとしても、本物だったとしても、こちらからすれば別段、気にするほどでも無い。――だが、メイドだと他に知られれば体面を守るために、それ相応のことをしなくちゃあならねぇ。それは、わかるな」

「はい」

 他国から、そのようなことを許してもいいのかと言われれば、体面の為にスアル王国に何か制裁を加えなくてはいけなくなる。
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