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第1章 キュンキュンさせてみせなくちゃ

「俺に感じてくれて、ありがとう」

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 ギュッと毛布を握りしめれば、ゆるゆると首を振られた。さみしげな目をしているのに、ロワの口許からほほえみは消えない。それがどうしようもなく、レーヌの心をざわめかせた。苛立ちと切なさが湧き上がり、手を伸ばして彼の首に絡みつく。

「レーヌ?」

「私では、不満ですか」

 特別に見目がいいわけでも、成熟した色香を持っているわけでもない。男を手玉に取る手管は、出立前に付け焼刃的に口頭で、たまに扇情的な図を見せられながら教わっただけで、実践するには至っていない。これはいわば、ぶっつけ本番のようなものだ。

「どのような女が、好みなのですか」

 たくましい肩に顔をうずめて聞いてみる。情けないが、本人に聞くしかない。

「それを聞いて、どうするんだ」

 背中に手のひらのぬくもりを感じた。ゆるく添えられただけの腕がもどかしい。もっとしっかりと抱きしめられたくて、首に絡めた腕に力をこめると、乳房が盛り上がった胸筋に潰れた。

 息を呑む音が聞こえる。もっと体を密着させると、重なった腹の間に硬いものが挟まれた。出立前の勉強の内容を思い出し、彼の興奮だと理解する。

(興奮はしてくれている)

 まったくの無反応ではなかったことに安堵して、それならどうして手に入れようとされないのかと、不満が生まれた。

「努力いたします。あなたに、気に入っていただけるように」

 体に回っている彼の腕に力がこもった。抱き潰されそうなほど強く包まれて、息苦しくなる。喉をそらして空気を求めれば、息遣いで気がついたのか腕がゆるんだ。

「ああ、すまない」

「いえ」

 もっと抱きしめていてほしかった。残念に思う気持ちを、任務のためだからと解釈して、レーヌは彼の首に頭をすり寄せる。自分よりも高い体温と、自分とは違う太陽や草木を思わせるさわやかな匂い、硬い体にゆりかごに揺られているような心地になる。

 すっぽりと腕の中に包まれているから、そんな気分になるのだろうか。

「気に入らないわけじゃないんだ。ただ、通常の花嫁のように迎えられなかったことが申し訳ないと思ってな」

「それなら、なおさらです。通常の花嫁のように、扱ってください」

 初夜もうまく乗り越えられないようでは、今後の工作もうまくいかない。彼に求められ、信用されなければ。

 顎を持ち上げられ、瞳を見つめられる。じっと見てくる彼の目には迷いがあった。熱いものと冷たいものが交錯している。浮かんでいる感情の意味はわからないけれど、求められているということだけは伝わってきた。

 それなら、なぜ途中でやめてしまったのか。

(私が未熟だから、まだ子どもだとあなどられたのかしら)

 冗談ではない。成熟度からすればまだまだ不足しているだろうが、これでも十九になっている。十六の年から王女として、表舞台に立ってきた。子ども扱いされるいわれはない。

「私は、妻としての務めを果たせます。子どもではありません」

 はっきりと言えば、キョトンとまばたきをされた。すぐにクシャリと彼の顔が笑みに崩れて、ムッとしながらもドキリとした。

「それでやめたわけじゃないさ。俺はきちんと、レーヌをひとりの女性として魅力的だと思っている。だからこそ、結婚をしたいと申し出たんだ」

「それなら、どうして」

「君の気持ちが、まだ整っていないんじゃないか? 不本意だったろう。罪人のように城に入り、メイドに身体検査をされて、俺の部屋に送り出されるのは」

「それは……でも、しかたのないことです」

「そう割り切れるものでもないさ。すくなくとも、俺は納得できていない。食事の中に交じっていた小石を、噛んでしまったときに似た気分だ」

 ポカンと目と口を開いて、彼を凝視する。近隣諸国のなかでも特に裕福で広大な国を治めている男が、そんな表現をするなんて思いもよらなかった。

(食事の中に小石が入るなんて、そんな状況になるはずのない人なのに)

 満ち足りた生活を送っているはずの人が、そんな体験をしているはずはない。

(ああ、でも……もしかして)

 戦争の間に、そういう経験をしたのかもしれない。彼も出陣し、戦塵の舞う中で食事をしていたのだとしたら。

(ロワの指揮で、私たちの国の兵士たちが命を落とした)

 あらためて思ったレーヌは、ロワの首に回していた腕を解いた。体を引いて、距離を取る。背中にあった彼の腕は、すんなりとほどけてしまった。それが惜しく感じられたのは、どうしてなのか。

「きちんとした式を挙げたい。レーヌとの婚姻を、国中に祝われたいんだ。簡単に気持ちを切り替えられない者がいることは、承知している。そちらも複雑な気分だろう。だが、俺は……そういうものを乗り越えて、レーヌと真の夫婦になりたいんだ」

 手を取られて、真摯なまなざしで告げられた。彼は本気でそう思っているのだと伝わってきた。

(私たちの結婚が、互いの国の架け橋になると考えているんだわ。――ううん、ダメ。流されてはダメよ。私はなんのために、ここに来たの? 彼のこれだって、きっと演技だわ)

 この国の損失がどれほどのものなのか、国民たちがどんな感情を抱いているのか調査をする必要がある。それを踏まえて、彼の言動を理解しなければ。

(勝者でありながら属国にするのではなく、対等な条件を持ち出して終戦を求めてきたなんて、裏があるに決まっているもの)

 父王をはじめ、多くの側近がそう言っていた。内情を探って弱みを握り、ロワを誘惑して豊かなアンピールの国力を祖国ヴィルのために使う。彼のためらいは、終戦条約に関係するもののはずだ。なにかに用心をしているから、孤立無援のレーヌを丁寧に扱っている。

(そうでなくては、説明がつかないもの)

 傍若無人に振る舞っても問題はないのに、なぜか彼は欲望をたぎらせながらガマンをしている。そこに弱みが隠れているからに違いない。

(聞きださないと)

 彼の太ももに手を乗せて、じっと見つめる。

「ロワ。私と夫婦になりたいのなら、このまま続けて。私たちが睦まじくならなければ、周囲を説得できないわ。いつまでも遠慮をしたままでは、誤解を招くかもしれない。まずは私たちが打ち解けましょう」

(そして、手の内をさらけ出して)

 心の中でつけ加えて、彼の反応を待つ。ロワは動揺と感動をない交ぜにして唇を迷わせ、言葉を探した。瞳に劣情がにじんでいる。あとひと押しだと思うのに、続ける言葉が見つけられないレーヌは、行動に移すことにした。

(大丈夫。きっとできるわ。簡単よ!)

 しっかり勉強をしたのだから、きっとできると自分を励まして、彼の腰にそびえる槍に手を伸ばした。毛布が落ちて、膝の上に溜まった。

「っ、レーヌ」

 ギョッとした彼に手を振りほどかれる前にと、手のひらで陰茎を包んで上下に擦る。

(熱い……それに、硬くてビクビクしてる)

 手の中に包んだそれが、自分の秘所に差し込まれるのだと思うと、奇妙な興奮が体を走った。恐怖とも期待ともつかない甘美な渦が下腹部にわだかまる。

 せり上がってきた息をこぼせば、艶めいた吐息になった。それが陰茎の先にかかると、手の中の熱がビクンと震える。先端が気持ちいいのだと気がついて、片手を穂先にかぶせて捏ねた。

「んっ、ぅ……レーヌ」

 困惑の声が乱れている。やめろと言われないのは気持ちがいいからだと、レーヌは手を動かし続けた。先端から液がにじみ出てくる。かぶせている手のひらに広がって、揉むごとに濡れ音が立つほどになった。垂れたものが幹を扱く指に絡む。濡れれば扱く動きがスムーズになり、そのぶん速度を上げるとロワの息がはっきりと乱れてきた。

「う、は……っ、ん……ぅう」

 手の中のものは熱と硬さを増していく。心なしか、さらに大きくなった気もした。男の欲望を手に包んで苛む興奮に胸がうわずり、降ってくるロワの淫靡な息に下肢が疼いた。息が上がり、脚の間がじっとりと濡れたのを自覚する。胸の先がツンと尖って、刺激を求めてこまかく震えた。

(私、どうしちゃったの?)

 疑問を浮かべながらも、目の前の隆起を愛撫する。トロトロとあふれた液は熱槍をテラテラと光らせるほど、たっぷりと流れていた。下生えもしっとりと濡れている。ゴクリと唾を呑み込んだレーヌの思考はぼんやりとたわみ、濡れ光る熱がとてもおいしそうに思えてきた。

 無心になったレーヌは口を開き、先端に乗せていた手をのけて舌を伸ばした。

「なっ、あ……っ」

 チロリと液の湧く箇所を舐めると、ビクンと彼の腹筋が波打った。獣が水を求めるように舐め続けると、詰まった声が落ちてくる。陰茎と腹筋が波打って、舌の動きに呼応していた。

 楽しくなってきたレーヌは、張り出しを口に含んで吸いながら、残りを両手に包んで扱いた。口の中に液が広がり、飲み下すと舌と上あごで先端を潰す形になった。

「うっ、ぅう」

 苦しそうでいて、うっとりとした響きのある声に女の園がヒクヒクと反応する。体の奥に眠っていた本能が、のっそりと起き上がって肌の内側にぴったりと寄り添った。獣欲に従って彼を刺激し続けたレーヌの耳に、短いうめきが届くと同時に、口内に奇妙な匂いのする液体が放たれた。

「んっ、ぅ……う」

 さきほどまでとは違う、お世辞にもおいしいとは言えない液体はねばついていた。飲むことをためらっていると、両頬を手で包まれて顔を持ち上げられる。

「すまない」

 濡れた瞳で謝罪され、火照った体がさらに熱を増した。

「口を開けて」

 言われるままに口を開くと、鋭い光が琥珀の瞳によぎった。ブルッと体の芯が興奮に震える。獰猛な光は、すぐに申し訳ない気配に消された。もっとその光が見たいと、彼の目をのぞき込むと口元にハンカチをあてがわれた。

「吐き出して」

 言われた通りにすると、舌の上を擦られた。奇妙な味の名残はあるが、ねばついたものはなくなった。なんとなく惜しくなってハンカチを見れば、ロワはそれを丸めてチェストの上に置いた。

「ありがとう」

 はにかまれ、照れくさくなる。彼は奉仕をよろこんでくれたらしい。勉強をしておいてよかった。どうやら、うまくいったらしいと胸を撫で下ろせば、押し倒された。

「ならば次は、俺の番だな」

「えっ……きゃっ!」

 脚を高く持ち上げられ、折りたたまれる。膝を大きく開かされ、とっさに体を隠そうと伸ばした手が、硬い髪に触れた。えっ、と思う間に彼の顔が女丘に伏せられて、下生えが吐息にそよぐ。

「ちょ、あのっ、ロワ……ひゃんっ」

 女丘に吸いつかれ、秘裂の先端を舐められたかと思うと、舌に肉花を広げられ、奥にひっそりと隠れていた芽をはじかれた。

「ひっ、あ、ああっ!」

 パァンと甘美な衝撃が弾けて、痺れとなって下肢がわななく。花芽を捕らえられ、舌先でもてあそばれて、時にはキュウッと吸われると、あられもない悲鳴が生まれた。

「ふあっ、ああ、ああんっ、あっ、ダメッ、あ、あああ」

 体の奥がとろけて、秘所が潤む。全身が艶やかな痺れに襲われ、肌がさざめいた。産毛が逆立ち、体がひどく頼りなく感じてシーツを握る。脚を閉じようとしても、しっかりと押さえつけられていてかなわなかった。

 女丘と秘裂の隙間に風が吹く。ロワの息だと思うと、恥ずかしすぎて消えてしまいたくなった。濡れ音が響いている。自分の体から流れ出たものを、彼が舐めとっているのだ。

「いやっ、あ、ダメ……あっ、あ、恥ずか……しいっ、あ、ぁあっ」

 彼の頭を叩いても、ちっとも反応がない。どうにも逃げられないと知って、両手で顔をおおった。水濡れの音を聞きながら、彼の言った「俺の番」の意味を悟る。

(私がしたから、そのおかえしってことなのね)

 してくれなくていい。されることが、こんなに恥ずかしくて気持ちがいいとは思わなかった。体の輪郭があやふやになってしまった気がする。シーツと彼の感触がなければ、自分がきちんと形を保っているとは信じられなくなるほどだ。

「ふっ、ぁ、ああう、ひぁあっ、あ、はぅうんっ、あっ、ダメェ」

 強く芽を吸われると、目の奥で火花が散った。稲妻に打たれたような衝撃が体を突き抜け、腰が跳ねる。

「ひっ、あぁああああ!」

 ひときわ高い悲鳴を上げて腰を突き上げると、多量の液が秘裂にあふれた。尻まで伝うほどに濡れたレーヌは、絶頂を迎えたのだと白くまばゆい世界に意識を飛ばしながら理解する。

「は、ぁあ……あ、あ……ああ」

 余韻に声を震わせて、ゆっくりと弛緩する。顔を上げたロワの唇は、濡れ光っていた。自分の体液のせいだと思うと、ただでさえ熱い体がさらに熱を上げた。これ以上、温度を上げれば溶けてしまうのではないか。

(私、死んでしまうかも)

 まだ本番には達していない状態でこれなのだから、彼と身を繋げれば烈火となって燃え尽きてしまうかもしれない。

(怖い、けど……それで死んでしまったって話は、聞いたことがないわ)

 きっと自分も耐えられる。法悦に包まれて気合いは入れられなかったが、それでよかったのかもしれない。このまま彼のするにまかせていられそうだから。下手に余力があれば、抵抗をしてしまいそうだ。

「レーヌ」

 照れ笑いを浮かべた彼にキスをされる。控えめなキスは、親愛を感じられた。淫靡な気配は少しもない。

「俺に感じてくれて、ありがとう」

 どうして礼を言われるのだろう。疑問を浮かべた目で見れば、ロワはちょっと視線を外して頬を掻いた。

「こんなに積極的にされるなんて、思わなかった。まさか、あんな……いや、うん」

 頬を朱に染めた彼を、可愛いと思ってしまった。胸がほっこりとふくらんで、この感情はなんだろうと首をかしげる。横になったロワの腕に引き寄せられ、腕の中に包まれる。あたたかくて、弛緩している体がたわんだ。ぴったりと彼の形に寄り添って、ぬくもりに包まれる。陽だまりでのんびりと日光浴をしているみたいな心地になった。

 目を閉じれば、額にキスをされた。

「来てくれて、ありがとう。俺を受け入れようとしてくれて、感謝する。レーヌ……俺のレーヌ、大切にする。少しでも早く、君が心からくつろいで過ごせるように、努力をしよう」

 彼のささやきは子守歌みたいに、ふんわりとやわらかかった。心が満たされていく。

(これ、なに?)

 気負いがほどけていくに任せて意識をほころばせたレーヌは、いつの間にか眠ってしまった。

 * * *

 昨夜の出来事は、夢だったのだろうか。

 ひとりベッドで目覚めたレーヌは、ツンと澄ましたメイドに命じられるままに、部屋に運ばれた湯桶で体を洗って着替えを済ませた。厳しい顔を崩さないメイドの名前はジュジュ。その陰に隠れるようにして立っていた、年若いメイドはフェットだと紹介される。

「朝食は、こちらで召し上がっていただきます」

 厳しい教師みたいな声で告げられて、バルコニーに置かれているテーブルにお茶とサラダ、パンにスープが並べられた。最後に蒸した魚が置かれると、ジュジュは下働きの男たちに命じて湯桶を運び出し、丁寧に頭を下げて去って行った。残ったのは、フェットだけだ。

(警戒をされているのね)

 あからさまな態度に、予測していたことだと吐息をこぼして席につき、もそもそと朝食に手をつける。おいしいのだが、味気ないと思うのは、親しい相手がひとりもいないからだろう。

 子どものころから給仕をしてくれたメイドどころか、この城にはヴィルの国から来た人間はひとりもいない。こちらに嫁入りをする条件として、単身で来るようにと言われたのだ。

(それも、当然と言えば当然だけど)

 ひとりくらい、メイドを連れて来たかったなと、バルコニーの向こうに広がる景色を眺める。整然と並んでいる街は、きちんと区画整理をされている証拠だ。カラフルな庇が並んでいる通りは、市場だろう。広場があり、その中心にある噴水のまわりに人影が多くある。あそこは庶民の憩いの場なのだろうか。人の姿は豆粒よりもずっとちいさくて、なにをしているのか判然としない。
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