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第5章 溺愛を受ける覚悟はできました

(そうよ……こちらの気持ちが通じれば、なんとかなるわ)

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 しばらく考えて、ふと浮かんだのが兵士たちの帰還姿だった。敗戦ではあったけれども、兵士たちは堂々と胸を張り、行進していた。沿道にはねぎらうために集まった民たちが押しかけて、とてもにぎやかだった。

 その様子を王城から遠目でながめた日を思い出し、立ち上がる。

(あれが、できないかしら)

 反対をされるかもしれない。やっとふたりが堂々と結ばれる算段がついたばかりで、婚姻パレードをおこないたいなんて、反対されて当然だ。

(だけど、でも)

 聞いてくれるのではないか、という希望が心の隅に灯っている。

 ロワなら、おもしろそうだと話に乗ってくれるのではないか。たとえ無理だったとしても事情を説明すれば、きちんと話は聞いてくれる。

(言うだけは、言ってみよう)

 次に彼がいつ訪れるのかは、わからない。フェットに頼んで、来てもらえるよう伝言を託そうかとも考えたが、忙しい彼に無理に時間を作ってもらうのも気が引ける。

(会いたいけれど……あと少し、もうちょっとだけ……ロワは、私と正式に結ばれるために、がんばってくれているんだから)

 彼のタイミングで来てくれたときに、話をしよう。それまで、自分ができることはなんなのか。軟禁状態でもふたりのためにできることがあるはずだと、レーヌはそろそろジュジュが明かりを点けに来るであろう、宵闇に沈んだ室内を見回した。

 * * *

「それは、ステキだと思いますっ!」

 婚姻パレードについてどう思うかと意見を問えば、握りこぶしを作って力いっぱい肯定してくれたフェットに、実現する手立てが思いつかないと伝えれば、簡単ですよと返された。

「プログレ様に、お願いをすればいいんです」

 フンッと腰に手を当てて、ニンマリとするフェットは父親を通して向こうの使用人に、レーヌをお茶会に誘う手紙を出してほしいと伝えると申し出てくれた。たしかに自分の力だけでは、どうしようもないからと頼めば、翌日の昼頃、さっそくプログレの屋敷から招待状が届いて出かけることになった。

「しっかり情報を集めておきますね」

 馬車の中で張り切っていたフェットと別れ、いつものガラス張りのティールームに案内される。現れたのはプログレの妻、アヴォカのみだった。

「ごめんなさいね。主人は出かけているのよ」

「いいえ。急にお願いをしてしまって、申し訳ありません」

「いいのよ。ほかに頼る先もないのでしょう? 夫が軍師長という立場でよかったわ。でなければ、お城の使用人が誘いを断ってしまっていたでしょうからね」

 言われてから、はじめて気づいた。貴族の中でも地位の高いプログレだからこそ、ジュジュはしぶしぶながらもレーヌの外出を許可していたのだ。

 声をかけてくれたのが彼でよかったと、胸の裡に感謝を抱えてアヴォカ手製のドライフルーツの入ったケーキをいただく。

「なにか、お礼ができればいいのですけれど」

 恐縮しながら言えば、あらっ? と目をしばたたかれた。

「お礼なら、もうしていただいていますよ」

「え?」

「あなたのメイドは、とても鼻が利く子なのね。それだけじゃなく、想像力も豊かだわ。あの子のお父様が、ブレンドティーを持ってきてくださっているのよ。娘から預かった、あなたからのお礼の品ですって」

 ちっとも知らなかった。ポカンとしていると、クスクスと笑われる。

「あの子が勝手にしていたことなのね。無理もないわ。あなたはそういうことができるほど、自由を持たされていないんですもの。まるで罪人……だから、メイドのあの子が代わりを務めていたのね。鼻だけでなく、よく気のつくいい子だわ。言葉遣いは、ちょっと不思議だけれど」

 いたずらっぽく締めくくられて、恐縮しながら頭を下げる。頬が自然とゆるんでしまった。

(フェットったら)

 感謝をしてもしきれない。なんてステキな子なのだろう。運命というものがあるのなら、彼女を自分つきのメイドへと導いてくれた見えない力は、間違いなく幸運への道だ。

「こちらの使用人たちも、彼女が気に入っているのよ。次にあなたをお茶に呼ぶのはいつなのかって、遠慮がちに聞いてくる者もいるくらい」

「まあ」

「本当よ。使用人らしくないところや、人なつこくていつも前向きで笑顔なところが、好かれているのね。私も、あの子が大好きだわ」

「ありがとうございます。私も、フェットが大好きです。はじめは私、あの子なら簡単に騙せて、利用できるんじゃないかって考えてしまったんですよ」

 恥じ入りながら、彼女との出会いの状況を語ると、アヴォカの目に憂いが広がった。

「しかたがないわ。疑心に囚われてしまうほど、あなたは重責に心の目隠しをされていたのね」

 誌的な表現にビックリすると、アヴォカはウフフと楽しそうに軽く身をよじった。

「実はね……あの物語、私が書いたのよ」

 さらに驚きを重ねたレーヌは、ただただアヴォカをながめた。

 反応を忘れてしまっていると、照れながらケーキを勧められた。我に返ってフォークを手に取り、味わいながらもアヴォカから視線を外せない。問いたいことがあるのに、疑問は言葉にならなかった。

「私、昔から妄想癖があるのよ」

「妄想癖、ですか」

「あなたは強運ね。ステキだと思った人に、前日にひと目惚れをされていて、こちらに来て苦境に立たされても、明るくて頼もしいメイドと出会えた。そして私の夫に声をかけられて、その妻は物語を書く才能があった。――あら、自分で才能って言うのは、ちょっと傲慢だったかしら」

 いいえと首を振りながら、彼女の言うとおりだと、自分を取り囲んでいるものに意識を向ける。

 フェットと出会わなければ、軟禁状態の生活がとてもつまらなく苦しかった。ロワがあれほど大切に扱ってくれなければ、早々にくじけていただろう。はじめはいい印象を持たなかったプログレだが、彼のたくらみが素直になるきっかけになり、こうして民意が同情的、応援する流れになっているのも、プログレとアヴォカの協力があってこそだ。

「私、恵まれているのね」

 ちいさな声で、しみじみとひとりごちる。

「レーヌ……それはきっと、あなたが本当は素直だったからよ。フェットを利用しようと思っていながら、心の底では彼女を好きだと感じていたから、協力を得られたんじゃないかしら。あの子は能天気に見えるけれど、きちんと相手を見ているわ。信用されていないと思ったら、ここまで協力的ではなかったはずよ」

「ただ、軟禁状態の私に同情をしてくれただけかもしれません」

「はじめは、そうだったかもしれないわ。だけどね、人は相手が自分をどう思っているのか、遅かれ早かれ気がつくものよ。――あら? ということは、国王はあなたが自分に気があると、うすうすは感じていらっしゃったのかしら」

 カアッと首から上が熱くなった。真っ赤になったレーヌに、アヴォカが「あら、あら」とほがらかに笑う。

「あなたが、知らず知らずのうちに素直になっていたから、助けようと伸ばされた手に気がつけたのね。いいことだわ」

 何とも言えずに頭を下げる。

「きっと、婚姻パレードだって、許可されるわよ。とてもいい思いつきだし、国民はあなたたちの恋の行方をとても知りたがっているのだから」

「実現のために、力を貸していただけますか」

「ええ、もちろん! 私もぜひ、見てみたいもの。あとの心配は、あなたの国のことかしら」

 ハッと息を呑めば、わかっていると言いたげに目を細められた。

「難しい問題だけれど、ふたりの物語はいずれあなたの国にも届くわ。それを見て、あなたのお父様や貴族の方々がどう考えるかね」

「祝福をしてくれたら……とは思うのですけれど」

「娘が幸福になるのだから、よろこんでしかるべし、とは思うのだけれど……作戦がうまくいったと考えるかもしれないわね」

「作戦が、うまく……ですか」

「ええ。国王の寵愛を勝ち取って、ヴィル国に有利な政策をさせる、という任務を与えられたのでしょう」

「はい」

 浮かない顔で肯定すれば、あらっ? とアヴォカは頬に人差し指を当てて、目をぱちくりさせた。

「つまり、今回のことがうまくいけば、あなたは任務を遂行できたってことになるんじゃないかしら」

「いえ……だって、私は何も……国に有利な政策をさせることなんて」

 小首をかしげたアヴォカが、陽の降り注ぐ庭に視線を移動させる。

「そもそも、有利な政策って何なのかしらねぇ」

 ポツリとこぼれた疑問に対する答えを、レーヌは持っていなかった。具体的な指示は受けていない。いったい、父王や大臣たちは、何を求めていたのだろう。

 ふたりでしばらく考えて、どちらも具体的なことは浮かばず、考えるのをやめにした。

「政治向きのことは、よくわからないわ」

「私もです」

 それよりも結婚式をどうするか等の話をしましょうと誘われて、レーヌは楽しいおしゃべりとケーキをたっぷり楽しんで城に戻った。

 * * *

「やっぱり、プログレ様にお願いして、よかったですねぇ」

 あれから一か月後の今日、目を潤ませたフェットの前で、レーヌは真っ白なウェディングドレスに身を包んではにかんでいた。

 ロワが仕立屋に描かせた素描にフェットの意見を盛り込んで、今日のために縫われたドレスは肩をむき出しにした、袖がふんわりとふくらんでいるデザインのものとなった。腰から下はたっぷりとレースをあしらい、ヴェールはティアラにかけて高く結い上げた髪を包み、首筋を隠す程度の長さになっている。顔にかからない、短いものにした理由は、国民たちの顔をしっかりと見るためだった。

「ありがとう、フェット」

「いえいえ。皆が応援をしてくれたからですよ! 皆、レーヌ様とロワ様の結婚式に参加したかったんです」

 アヴォカからレーヌの頼みを聞いたプログレは、すぐさま行動を起こしてくれた。人を使って、まずは雑多な人が集まる居酒屋で「もしもふたりが結ばれるなら、結婚式に参加してみたい」と言わせた。

 同意をした者たちが職場や家などで口に出して、王族の結婚式に参加するなど考えもしなかった人々に夢を見させる。たっぷりと夢が浸透したところで、第二の手として「参加できるかもしれない」と、彼らの夢を強化するウワサを投下した。

 貴族たちが列席する式ではなく、民たちに向けて愛を誓い、国を支えていくと示すスタイルの結婚式をするらしい、という話は国民の期待を高まらせた。なんとしてでもレーヌを認めたくない者たちが、いくらウワサを消そうと画策しても無駄だった。民の力がこれほど強いとは、思いもよらなかった。

「国の地盤を支えているのは、民だからな」

 さわやかに言ってのけたロワだからこそ、広大な領地を有する豊かなこの国を統治できているのだと納得した。

「私も馬車に同乗できるなんて、感激です」

 特注の馬車は屋根を取り、御者とレーヌ達の間にフェットとロワ付きの執事が同乗する席が設けられていた。後部座席にはプログレとその妻がひそかな貢献の感謝として、乗ることになっている。はじめはそこに、護衛の騎士を乗せる案も出されたが、万が一にもレーヌに危害が加わらないようという配慮から、プログレ夫妻が乗ると決まったのだった。

「ご準備が整いましてございます」

 終始、無表情だったジュジュも、この日はどこかしら雰囲気がやわらかい。完全に認められたわけではなさそうだが、いつかは彼女も真心を持って接していれば、受け入れてくれるはずだと考える。

(そうよ……こちらの気持ちが通じれば、なんとかなるわ)

 もう変な考えは持たずに素直にロワの妻として、この国の王妃として過ごしていくのだ。今日はそのための大切な日。民の前で、永遠の愛を約束する晴れやかな結婚式なのだ。

 ジュジュに連れられて行けば、王城の庭には大勢の貴族たちが集まっていた。まずは貴族たちに姿を見せて、馬車に乗りこみ城下町を進む予定になっている。

「レーヌ」

 純白の礼服に身を包んだロワは、まぶしいほどにハンサムだった。体にぴったりとしたズボンやジャケットから、隠しきれないたくましさがあふれている。差し出された手を握り、彼のエスコートで馬車に乗った。ロワ付きの執事とは、これが初対面だ。ニッコリすれば、笑顔を返された。

(感じのいい人だわ)

 すこし年上の彼とフェットが並べば、髪色がおなじだからか、まったく似ていないのに兄妹みたいに見えた。

「ステキだわ、レーヌ様」

「アヴォカ……ありがとう」

「おめでとうございます、ロワ様、レーヌ様」

「あなたのおかげよ、プログレ」

「礼を言う、ふたりとも」

「なんの。まだまだ、これからですよ。この恩は、しっかりと返していただきますからな」

 フハハと笑ったプログレが、アヴォカの手を取り馬車に乗ると、御者が馬を歩かせた。まずは護衛の騎士たちが進み、その後ろにレーヌ達の馬車が続く。後方にも騎士の一団が並んでいた。
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