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【告白】

2.

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 侍女の目が、トヨホギの視線を捉える。しっかりと力強い侍女の目を、トヨホギは見返した。

「ホスセリ様は、戦場をくぐりぬけられました。それはそれは恐ろしい日々だったと、私の夫は申しておりましたよ。狩りの好きな夫がそう言うくらいですから、穏やかなホスセリ様にとっては、地獄の光景だったのではないでしょうか」

 トヨホギがうなずくと、侍女は言葉を続けた。

「ましてや、あの方はエミナの民を導く立場。同胞が傷つき倒れていく姿に、責任を感じていらっしゃったのかもしれません。お父様もお亡くなりになられましたし……」

「ええ、そうね……」

 戦場がどれほど過酷で残忍なものかを、トヨホギは知らない。けれど帰還した男たちの姿から、残酷なものという印象は伝わってきた。その渦中にいた心優しいホスセリが、苦しまぬはずはない。

「ホスセリ様も、敵方とはいえ人の命を奪い、血を浴びられたのです。それを穢れと感じ、清らかなトヨホギ様と結ばれることを、恐ろしいと思われたのかもしれませんわ」

「それで、許してくれと――?」

「男女の営みは神聖な行為です。トヨホギ様も、禊をなされたでしょう」

 こくりとトヨホギは首を動かす。

「ホスセリ様も身を清めて、寝室に向かわれました。けれど三年もの間にこびりついた、血なまぐさい記憶までは拭い去れなかったのではないでしょうか。――お帰りになられて、間もございませんし」

 侍女の顔が曇る。

「……そうね」

 トヨホギの目元も翳った。

「私の夫も、それはそれは恐ろしい日々だったと申しておりました。生きている実感を味わいたいと、昨夜は激しく私を求めて…………。あら。私の話は、いいですね」

「いいえ、教えて。あなたの夫のことが、ホスセリのことにつながるかもしれないもの」

「そうですか。それでは」

 コホン、と照れたように侍女は咳払いをした。

「夫はいくら身を清めても、血の匂いが体にこびりついているようだと言っていました。そんな匂いはしないと言っても、ずっとそういう匂いを嗅いでいた夫の鼻には、記憶として匂いが残っていたのでしょう」

「ホスセリも、そうだったのかもしれないわね」

「ええ。そうに違いありませんわ。――そして夫は言うのです。こうして五体無事に帰ってこられたのは、夢のようだと。幾度も夢で、私と笑いあった日々を見たのだと。……これも夢なのかもしれない。目が覚めれば、剣を抱えて眠っているのではないか。そう言って、子どもたちの眠る姿をながめていました」

「まあ」
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