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【告白】

14.

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 戦がなければ、トヨホギは無垢な笑顔のまま、純真な乙女として婚礼の座に着き、穏やかに初夜を迎えて国王の妻としての自覚を育てていけただろう。子どものころから、そうなる定めと決まってはいても、実感として意識を育てる時間があるとなしでは大違いだ。

(我でさえ、困惑をしているのだから)

 父が亡くなり、その場で国王となったホスセリは、わずかな期間に父がどれだけ人心を掌握し、慕われていたのかを痛感した。そしてそのために、どれほど心を砕いてきたのかも。

(我はまだ、未熟だ)

 トヨホギが疲れるのも無理はないと考えるホスセリの目に、シキタカの姿が映る。大きな口を開け、笑っている彼の姿にホスセリの唇はさみしげにほころんだ。

(トヨホギは、シキタカを見ていた)

 ホスセリは気づいていた。

(もしも我があの場で命を失っていたら、トヨホギはシキタカの妻となっていた)

 ふたりが笑みを交わす姿を意識に描いたホスセリは、胸に鈍い熱と痛みを覚えた。

(あさましいな)

 自分は強欲だと、ホスセリは思う。

(潔く、傷を負ったときに死んでいたなら、どちらも幸せになれたのではないか。……我が消えたほうが、ふたりのためになるだろう。このような体に、なってしまったのだから)

 ホスセリは奥歯を噛みしめ、指が白くなるほど強く、拳を握った。

「ホスセリ様?」

 酌をしようとした娘が、ホスセリの顔色に気づく。

「お顔の色が、すぐれぬようですけれど」

「ああ。……うかれて、少々酒を過ごしてしまったようだ。我の盃には、もう酒を満たしてくれるな。代わりに水をくれないか」

 娘が一礼をしてホスセリから離れる。

 ホスセリは、トヨホギの髪に輝く翡翠の光を思い出した。

(あれがせめてもの、懺悔の証だ)

 戦の功労の報酬として、皇子からいくつもの翡翠をたまわった。ホスセリは戦からの帰路の間に、そのうちのひとつを髪飾りに仕立ててもらいトヨホギに贈った。そして彼女は今宵の宴の飾りとして、それを身に着けていた。

 そっと重い息を吐いたホスセリに気づいたのは、離れた場所に座って談笑をしながら、兄の様子をうかがっていたシキタカだけだった。

(……兄者)

 シキタカは無事に帰還したことを、死線をくぐった仲間とともに祝い、その妻や親たちと喜びを分かち合いながら、宴の主役であるホスセリとトヨホギの姿を盗み見ていた。

 トヨホギは疲れた様子で、先ほど退席した。ホスセリは笑みを浮かべてはいるが、腹の当たりに握られている手に力がこもっている。心安く楽しんでいるという風情ではなかった。

(他の誰も、兄者の様子に気づいてはいないようだが)

 長く傍にいた自分だからこそ、ホスセリの苦しみの端を見抜けている。そう思いつつシキタカは、彼を苦しめる原因を自分が握っているからだとも考えた。
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