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第十一話
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男子高校生を蹴飛ばすほどの力があるとはとても思えないが、事実、突然教室に飛び込んできた水澤凛が軽く横薙ぎに蹴りを入れただけで男子生徒は宙を舞った。疑問は他にもある。なぜ、彼女がここにいるのか。なぜ、彼女は自分を助けてくれたのか。しかし、それら全ての疑問を押しのけて、咲良は別のことを考えていた。
(やっと、やっと……これで何かが変わる!)
一年余り考え続けてきた謎を明かしてくれるかもしれない存在。周りの状況を無視して凛に手を伸ばす。
だがその手が届くより前に鋭い声が飛んできた。
「逃げるよ、咲良!」
それは凛の声だった。
彼女が自分の名前を知っていた。それが自分の考えを肯定しているようで、妙な嬉しさが込み上げてきた。
(やっぱり、間違ってなかった……!)
「何してるの! 周りを見て!」
そう言われて周りを見回す咲良。
「……!」
先程まで談笑していたクラスメイトたちがゆらりゆらりと距離を詰めてきていた。
「二人いるなら、両方捕まえればいい」
倒れていた男子生徒が起き上がって笑う。
「急いで!」
凛は咲良が伸ばしかけていた手を逆に掴み、教室の出入り口に向かおうとした。
「くっ」
凛は眉間にしわを寄せた。出入り口にはすでに別のクラスの生徒たちが殺到していたのだ。逃げ場を失った。そう咲良が思ったとき、凛が力を込めて咲良の手を握りなおした。
「飛ぶから、気をつけて」
「えっ」
咲良の戸惑いはすぐにかき消えた。というより何かを考えている余裕が与えられなかった。
凛に引っ張られて窓側に一歩踏み出したと思った瞬間。咲良の体は「ザザ……」というノイズとともに急激に加速した。一瞬で迫った窓ガラスに二人して突っ込む。
痛みはなかった。感じたのは微かな衝撃とガラスの割れる音。それから浮遊感と、直後の落下していく感覚。最悪なことにここは四階で、真下はアスファルトだ。
「きゃああああ」
高校生にもなって自分がこんな女子らしい悲鳴を上げることがあるとは思わなかった。
「目を閉じないで! 着地の姿勢をとって!」
涙目になりながらも、凛の言うとおりにする以外に選択肢がない。
タン。
それは自分が思ったよりも軽やかな着地音だった。
「そのまま走って!」
言われるがままに足を動かす。
そして、凛と咲良は風のように校地を駆け抜けていった。
「ハァ……ハァ……」
荒い息に反して、咲良にそれほどの疲労感はない。走ったのはかなりの距離だ。街を抜け、今は廃工場のような場所に辿り着いている。それでも、彼女の荒い息は精神的な緊張からくるところが大きい。
「たぶん、ここまでくれば大丈夫」
淡々と、かつ冷静にそう言ってのける小学生。彼女は何者なのだろうか。
「ごめん……ハァ……ちょっと……色々混乱してるから……ハァ……息が整うまで一分だけ待って……」
咲良の願いに、凛は特に返答はせず、近くにあった機械の上にちょこんと腰掛けた。
しばらくして、咲良は息が整うと凛に声をかけた。
「ありがとう。準備できた」
凛は今まで通り、特に表情を変えずに、チラリとこちらを見た。それから、次に立ち上がり、咲良をしっかりと見据えた。
「会いたかった……」
表情の乏しい彼女が、瞳を揺らした。今、ここにいる凛は、先程までとは別人のようだった。どこか懐かしい感じがした。昔の自分にも似ている。既視感、と言ってもいいかもしれない。
「ごめんね……」
彼女は謝罪する。
「どうして、謝るの?」
咲良の質問に、凛は泣きそうな愛想笑いを浮かべて答える。そんな様子まで昔の自分によく似ていた。
「だって、私が全部悪いから……」
「悪いって、何が? あなたはいったい何なの?」
凛は一瞬目をつぶった。
そして、意を決したように目を開く。
「私ね、朱(あか)音(ね)だよ」
「あか、ね?」
「うん、信じられないかもしれないけど」
「朱音って……誰?」
「え」
思わぬ反応に、凛、いや、朱音は目を見開く。
「私、だよ? 朱音」
「朱音……朱音……あれ、どこかで聞いたっけ……?」
ザ……。
微かなノイズが聞こえる。
「生まれた時からずっと一緒だったじゃん!」
「生まれてからずっと一緒? それって家族くらいだよ?」
「家族だよ! 思い出して! 私と咲良は姉妹でしょ!?」
「姉妹? 私には姉がいるけど……」
「純麗お姉ちゃんのこと?」
二人して混乱していると、少し遠くから声がかかった。
「あーあ。やっちゃったか」
「お姉ちゃん?」
姿は見えないが、この口調は間違いなく純麗のものだ。
「にしても、二人してテンパってるなんて相変わらず可愛いなぁ、咲良と朱音は」
しかし、どことなく気怠そうだった。
「どこにいるの、純麗お姉ちゃん?」
朱音が問いかけると、外から純麗が姿を現した。逆光でよく見えないが、彼女はのそりのそりとこちらに向かってくる。
「お姉ちゃん? どこか具合が悪いの?」
純麗は笑った。
「ちょっと、しくっちゃった」
純麗の姿をはっきりと視認できるところまで近づいたとき、咲良は息を呑んだ。
「…………!」
そこには血まみれになって足を引きずる純麗がいた。
「純麗お姉ちゃん!」
咲良より早く立ち直った朱音が駆け寄り、肩を貸す。
「咲良、救急車呼んで! 私ケータイ持ってないから!」
「う、うん!」
咲良もすぐに立ち直り、救急に電話をかけた。
(やっと、やっと……これで何かが変わる!)
一年余り考え続けてきた謎を明かしてくれるかもしれない存在。周りの状況を無視して凛に手を伸ばす。
だがその手が届くより前に鋭い声が飛んできた。
「逃げるよ、咲良!」
それは凛の声だった。
彼女が自分の名前を知っていた。それが自分の考えを肯定しているようで、妙な嬉しさが込み上げてきた。
(やっぱり、間違ってなかった……!)
「何してるの! 周りを見て!」
そう言われて周りを見回す咲良。
「……!」
先程まで談笑していたクラスメイトたちがゆらりゆらりと距離を詰めてきていた。
「二人いるなら、両方捕まえればいい」
倒れていた男子生徒が起き上がって笑う。
「急いで!」
凛は咲良が伸ばしかけていた手を逆に掴み、教室の出入り口に向かおうとした。
「くっ」
凛は眉間にしわを寄せた。出入り口にはすでに別のクラスの生徒たちが殺到していたのだ。逃げ場を失った。そう咲良が思ったとき、凛が力を込めて咲良の手を握りなおした。
「飛ぶから、気をつけて」
「えっ」
咲良の戸惑いはすぐにかき消えた。というより何かを考えている余裕が与えられなかった。
凛に引っ張られて窓側に一歩踏み出したと思った瞬間。咲良の体は「ザザ……」というノイズとともに急激に加速した。一瞬で迫った窓ガラスに二人して突っ込む。
痛みはなかった。感じたのは微かな衝撃とガラスの割れる音。それから浮遊感と、直後の落下していく感覚。最悪なことにここは四階で、真下はアスファルトだ。
「きゃああああ」
高校生にもなって自分がこんな女子らしい悲鳴を上げることがあるとは思わなかった。
「目を閉じないで! 着地の姿勢をとって!」
涙目になりながらも、凛の言うとおりにする以外に選択肢がない。
タン。
それは自分が思ったよりも軽やかな着地音だった。
「そのまま走って!」
言われるがままに足を動かす。
そして、凛と咲良は風のように校地を駆け抜けていった。
「ハァ……ハァ……」
荒い息に反して、咲良にそれほどの疲労感はない。走ったのはかなりの距離だ。街を抜け、今は廃工場のような場所に辿り着いている。それでも、彼女の荒い息は精神的な緊張からくるところが大きい。
「たぶん、ここまでくれば大丈夫」
淡々と、かつ冷静にそう言ってのける小学生。彼女は何者なのだろうか。
「ごめん……ハァ……ちょっと……色々混乱してるから……ハァ……息が整うまで一分だけ待って……」
咲良の願いに、凛は特に返答はせず、近くにあった機械の上にちょこんと腰掛けた。
しばらくして、咲良は息が整うと凛に声をかけた。
「ありがとう。準備できた」
凛は今まで通り、特に表情を変えずに、チラリとこちらを見た。それから、次に立ち上がり、咲良をしっかりと見据えた。
「会いたかった……」
表情の乏しい彼女が、瞳を揺らした。今、ここにいる凛は、先程までとは別人のようだった。どこか懐かしい感じがした。昔の自分にも似ている。既視感、と言ってもいいかもしれない。
「ごめんね……」
彼女は謝罪する。
「どうして、謝るの?」
咲良の質問に、凛は泣きそうな愛想笑いを浮かべて答える。そんな様子まで昔の自分によく似ていた。
「だって、私が全部悪いから……」
「悪いって、何が? あなたはいったい何なの?」
凛は一瞬目をつぶった。
そして、意を決したように目を開く。
「私ね、朱(あか)音(ね)だよ」
「あか、ね?」
「うん、信じられないかもしれないけど」
「朱音って……誰?」
「え」
思わぬ反応に、凛、いや、朱音は目を見開く。
「私、だよ? 朱音」
「朱音……朱音……あれ、どこかで聞いたっけ……?」
ザ……。
微かなノイズが聞こえる。
「生まれた時からずっと一緒だったじゃん!」
「生まれてからずっと一緒? それって家族くらいだよ?」
「家族だよ! 思い出して! 私と咲良は姉妹でしょ!?」
「姉妹? 私には姉がいるけど……」
「純麗お姉ちゃんのこと?」
二人して混乱していると、少し遠くから声がかかった。
「あーあ。やっちゃったか」
「お姉ちゃん?」
姿は見えないが、この口調は間違いなく純麗のものだ。
「にしても、二人してテンパってるなんて相変わらず可愛いなぁ、咲良と朱音は」
しかし、どことなく気怠そうだった。
「どこにいるの、純麗お姉ちゃん?」
朱音が問いかけると、外から純麗が姿を現した。逆光でよく見えないが、彼女はのそりのそりとこちらに向かってくる。
「お姉ちゃん? どこか具合が悪いの?」
純麗は笑った。
「ちょっと、しくっちゃった」
純麗の姿をはっきりと視認できるところまで近づいたとき、咲良は息を呑んだ。
「…………!」
そこには血まみれになって足を引きずる純麗がいた。
「純麗お姉ちゃん!」
咲良より早く立ち直った朱音が駆け寄り、肩を貸す。
「咲良、救急車呼んで! 私ケータイ持ってないから!」
「う、うん!」
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