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第十二話
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「ご協力、感謝します」
警察署で敬礼をした警察官が見送る。
純麗の手術が終わったあと、咲良と朱音は警察の事情聴取を受けた。なぜならば、純麗の傷はほとんどが刺し傷。出血多量で意識を失ったからだ。
思い当たる節はあるが、それを説明することもできず、二人は結局「何も分からない」と言うほかなかった。廃工場にいた理由を問われたときも「気がついたらそこにいた」で通した。おそらく犯人は彼らだろう。だが、それを知っているであろう純麗は意識不明だ。
水澤凛と出会ったとき、今日、真実に一歩近づくと思っていた。でも、謎は深まっただけでなく、姉がこんな状態になってしまった。唯一の希望は、朱音と知り合えたことだろうか。それでも、彼女の母親が迎えに来ていたために朱音と話をする時間はなかった。別れ際に、彼女は小さな声で言った。
「また、会いに行くから……」
そのあとの彼女は小学生にしては少し無愛想な水澤凛に戻っていた。
それから、意外なことがあった。
「お前が事件に巻き込まれたという連絡をもらったときは生きた心地がしなかったぞ」
そう言うのは父親だ。母親は迎えに来るとは思っていたが、まさか父まで来ているとは思わなかった。その驚きがつい口に出てしまう。
「お父さんまで来るとは思わなかった」
父親は心外だと言わんばかりに眉を寄せた。
「そりゃ、親だから当然だろう」
母親が同意する。
「そうよ、二人も娘を失ってあとはあなただけ―」
空気が、固まった。
母親は「しまった」というように口を押さえ、父親は母を咎めるように渋い顔をした。そして、咲良の心臓は大きく脈打った。
「二人……」
(確か、朱音は私たちは姉妹だと言ってた……じゃあ)
心臓がドクンドクンと大きな音を立てる。
ザザ……ザザ……。
ノイズも聞こえ、冷や汗が出て、かがみ込む。
「純麗! 大丈夫!?」
母親が心配したが、咲良は歯を食いしばった。
「大丈夫……だから……」
きっと自分には何か大事な記憶が欠落している。
「お母さん……私、何か忘れてる……?」
「ううん、そんなことないわ! 忘れてることなんて何もない!」
その必死さが、答えだった。
「教えてよ……」
彼女は力を振り絞り、立ち上がる。何度、邪魔されたことか。手を伸ばせば届くところに答えがあるんだ。この機を逃してなるものか。咲良の瞳には力が宿っていた。
「教えて」
真っ直ぐに母親を見る。
「で、でも……」
狼狽する母親の肩を父親が軽く手で叩く。
「分かった。でも、まずは家に帰ってからだ。水を飲みながら落ち着いて話そう」
「あなた……!」
「純麗が、自分から知りたいと言ったら話す。そう決めただろう?」
「……」
優しく諭す父の言葉に、母は俯いた。
「落ち着いたか?」
お茶を数口飲み、深呼吸をした咲良に父はそう言った。
「うん」
笑顔を向けて返事をした。しかし、ノイズは消えていない。それでも、頭痛を抑えて落ち着いた風を装う。救いは、真実に近づこうとしているのにあの声が聞こえないことだ。
母親はずっと俯いているが、父親は話を続ける。
「もし、調子が悪くなったら言うんだぞ」
「うん」
(絶対に言わない)
言ったら、二度と話してくれないかもしれない。
「よし、まずはこれを見てくれ」
父親が開いて差し出したのは一つのアルバムだった。咲良が見たことのないデザインで、妙に新しい感じがした。
そして、咲良は目を疑った。中に収められていたのは生まれたばかりの自分の写真。咲良は双子だから姉の純麗と一緒に写っているのは当然だ。でも、そこに写っていたのは。
「三……人?」
そう、写真には三人写っていた。生まれたばかりだから姉との区別もよくできない。三人ともよく似ていた。
父親がページをめくる。今度は五歳くらいのときの写真だ。ピクニックに出かけたときのもので、咲良も何となく記憶にある。その中の一枚には、またよく似た女の子が三人写っていた。でも、今度は分かる。僅かに勝ち気そうな目をしているのが純麗だ。その隣には寄り添うようにくっついてシートの上に座っている二人の女の子。
(私だ)
それも、よく分かった。だが。
(……私が、二人いる)
咲良はノイズの妨害に抗うように、後のページをどんどんとめくっていった。割と姉の純麗とは仲は悪くはなかったはずだ。それでも、咲良ともう一人の咲良が一緒に写っている写真の方が多かった。
最後のページには、高校の校舎の前で撮った入学式の日の写真。仲の良さそうな二人の咲良が、嬉しそうに微笑んでいた。
「…………」
言葉が、出てこなかった。これをどう表現すればいいのだろうか。二人の自分への衝撃と、仄かに溢れてくる懐かしさ。
「純麗……」
母親がハンカチを差し出してきた。
「え?」
その行為の意味が分からず、咲良は小首を傾げた。
「涙、拭きなさい」
そう言われて、初めて自分が涙を流していることに気がついた。
「思い出したのか?」
父親の問いに、咲良は首を振る。
「分からない……でも、何だか懐かしいような」
父親は一つ頷いてからアルバムを閉じた。彼はとても大事なものに触れるかのように、表紙の名前を指さした。
ドクン。
ノイズに混じって聞こえた大きな音。自分の心臓の音だった。そこに丁寧な字で書かれていた名前は。
「朱音……」
それは、凛が名乗った名前だった。
ザザ……。
ノイズが大きくなる。それでも、咲良は真実を知ることをやめられなかった。
「お父さん、朱音って……?」
予感はしつつもそう聞くと父親はそっと、しかし、愛おしげに告げた。
「飯田咲良と飯田朱音」
何と表現したら良いのだろうか。こんな父親の表情を見たことがなかった。
「よく似ているだろう?」
もう一度アルバムを開いてそう言う父親。
「咲良と朱音は私たちの大事な娘で、お前の大切な妹たちだよ」
「どういう、こと?」
「お前たちは、三つ子なんだよ」
「三つ子……?」
「そう、純麗と二人が二卵生、咲良と朱音は一卵生の関係の三つ子だよ」
(じゃあ、凛ちゃんが言ってた朱音っていうのは……でも……)
凛の姿は明らかに咲良と姉妹のようには見えない。凛が言っていることが本当だとして、ではこの家にいたはずの朱音はどうなったのだろうか。
咲良は湧いてきた疑問をそのまま質問にした。
「じゃあ、朱音はどこにいるの?」
当然の疑問だった。だが、咲良が質問をした瞬間、母親は辛そうな顔をし、父親は苦い表情を浮かべた。
「純麗、よく聞きなさい」
父親は咲良の肩に両手を置き、真っ直ぐに見つめた。
「ここから先を知れば、お前は耐えられるか分からない。それでも知りたいか?」
今さらだ、咲良はそう思った。
「うん」
だから、しっかりと頷いた。
「……そうか、じゃあこっちへ来なさい」
父親は咲良の肩から手を離し、和室へと向かった。
そして、彼は仏壇の前に座った。そこに並べてある二つの写真立て。父は手を合わせてからその片方、入学式の時に撮られた方を手に取った。四月にしては暑く、上着を脱いで撮ったのを覚えている。
何かをこらえるように目をつぶる父。
数秒して目を開けると、彼はそれを咲良に手渡した。
「朱音は、咲良と同じ所にいるよ」
警察署で敬礼をした警察官が見送る。
純麗の手術が終わったあと、咲良と朱音は警察の事情聴取を受けた。なぜならば、純麗の傷はほとんどが刺し傷。出血多量で意識を失ったからだ。
思い当たる節はあるが、それを説明することもできず、二人は結局「何も分からない」と言うほかなかった。廃工場にいた理由を問われたときも「気がついたらそこにいた」で通した。おそらく犯人は彼らだろう。だが、それを知っているであろう純麗は意識不明だ。
水澤凛と出会ったとき、今日、真実に一歩近づくと思っていた。でも、謎は深まっただけでなく、姉がこんな状態になってしまった。唯一の希望は、朱音と知り合えたことだろうか。それでも、彼女の母親が迎えに来ていたために朱音と話をする時間はなかった。別れ際に、彼女は小さな声で言った。
「また、会いに行くから……」
そのあとの彼女は小学生にしては少し無愛想な水澤凛に戻っていた。
それから、意外なことがあった。
「お前が事件に巻き込まれたという連絡をもらったときは生きた心地がしなかったぞ」
そう言うのは父親だ。母親は迎えに来るとは思っていたが、まさか父まで来ているとは思わなかった。その驚きがつい口に出てしまう。
「お父さんまで来るとは思わなかった」
父親は心外だと言わんばかりに眉を寄せた。
「そりゃ、親だから当然だろう」
母親が同意する。
「そうよ、二人も娘を失ってあとはあなただけ―」
空気が、固まった。
母親は「しまった」というように口を押さえ、父親は母を咎めるように渋い顔をした。そして、咲良の心臓は大きく脈打った。
「二人……」
(確か、朱音は私たちは姉妹だと言ってた……じゃあ)
心臓がドクンドクンと大きな音を立てる。
ザザ……ザザ……。
ノイズも聞こえ、冷や汗が出て、かがみ込む。
「純麗! 大丈夫!?」
母親が心配したが、咲良は歯を食いしばった。
「大丈夫……だから……」
きっと自分には何か大事な記憶が欠落している。
「お母さん……私、何か忘れてる……?」
「ううん、そんなことないわ! 忘れてることなんて何もない!」
その必死さが、答えだった。
「教えてよ……」
彼女は力を振り絞り、立ち上がる。何度、邪魔されたことか。手を伸ばせば届くところに答えがあるんだ。この機を逃してなるものか。咲良の瞳には力が宿っていた。
「教えて」
真っ直ぐに母親を見る。
「で、でも……」
狼狽する母親の肩を父親が軽く手で叩く。
「分かった。でも、まずは家に帰ってからだ。水を飲みながら落ち着いて話そう」
「あなた……!」
「純麗が、自分から知りたいと言ったら話す。そう決めただろう?」
「……」
優しく諭す父の言葉に、母は俯いた。
「落ち着いたか?」
お茶を数口飲み、深呼吸をした咲良に父はそう言った。
「うん」
笑顔を向けて返事をした。しかし、ノイズは消えていない。それでも、頭痛を抑えて落ち着いた風を装う。救いは、真実に近づこうとしているのにあの声が聞こえないことだ。
母親はずっと俯いているが、父親は話を続ける。
「もし、調子が悪くなったら言うんだぞ」
「うん」
(絶対に言わない)
言ったら、二度と話してくれないかもしれない。
「よし、まずはこれを見てくれ」
父親が開いて差し出したのは一つのアルバムだった。咲良が見たことのないデザインで、妙に新しい感じがした。
そして、咲良は目を疑った。中に収められていたのは生まれたばかりの自分の写真。咲良は双子だから姉の純麗と一緒に写っているのは当然だ。でも、そこに写っていたのは。
「三……人?」
そう、写真には三人写っていた。生まれたばかりだから姉との区別もよくできない。三人ともよく似ていた。
父親がページをめくる。今度は五歳くらいのときの写真だ。ピクニックに出かけたときのもので、咲良も何となく記憶にある。その中の一枚には、またよく似た女の子が三人写っていた。でも、今度は分かる。僅かに勝ち気そうな目をしているのが純麗だ。その隣には寄り添うようにくっついてシートの上に座っている二人の女の子。
(私だ)
それも、よく分かった。だが。
(……私が、二人いる)
咲良はノイズの妨害に抗うように、後のページをどんどんとめくっていった。割と姉の純麗とは仲は悪くはなかったはずだ。それでも、咲良ともう一人の咲良が一緒に写っている写真の方が多かった。
最後のページには、高校の校舎の前で撮った入学式の日の写真。仲の良さそうな二人の咲良が、嬉しそうに微笑んでいた。
「…………」
言葉が、出てこなかった。これをどう表現すればいいのだろうか。二人の自分への衝撃と、仄かに溢れてくる懐かしさ。
「純麗……」
母親がハンカチを差し出してきた。
「え?」
その行為の意味が分からず、咲良は小首を傾げた。
「涙、拭きなさい」
そう言われて、初めて自分が涙を流していることに気がついた。
「思い出したのか?」
父親の問いに、咲良は首を振る。
「分からない……でも、何だか懐かしいような」
父親は一つ頷いてからアルバムを閉じた。彼はとても大事なものに触れるかのように、表紙の名前を指さした。
ドクン。
ノイズに混じって聞こえた大きな音。自分の心臓の音だった。そこに丁寧な字で書かれていた名前は。
「朱音……」
それは、凛が名乗った名前だった。
ザザ……。
ノイズが大きくなる。それでも、咲良は真実を知ることをやめられなかった。
「お父さん、朱音って……?」
予感はしつつもそう聞くと父親はそっと、しかし、愛おしげに告げた。
「飯田咲良と飯田朱音」
何と表現したら良いのだろうか。こんな父親の表情を見たことがなかった。
「よく似ているだろう?」
もう一度アルバムを開いてそう言う父親。
「咲良と朱音は私たちの大事な娘で、お前の大切な妹たちだよ」
「どういう、こと?」
「お前たちは、三つ子なんだよ」
「三つ子……?」
「そう、純麗と二人が二卵生、咲良と朱音は一卵生の関係の三つ子だよ」
(じゃあ、凛ちゃんが言ってた朱音っていうのは……でも……)
凛の姿は明らかに咲良と姉妹のようには見えない。凛が言っていることが本当だとして、ではこの家にいたはずの朱音はどうなったのだろうか。
咲良は湧いてきた疑問をそのまま質問にした。
「じゃあ、朱音はどこにいるの?」
当然の疑問だった。だが、咲良が質問をした瞬間、母親は辛そうな顔をし、父親は苦い表情を浮かべた。
「純麗、よく聞きなさい」
父親は咲良の肩に両手を置き、真っ直ぐに見つめた。
「ここから先を知れば、お前は耐えられるか分からない。それでも知りたいか?」
今さらだ、咲良はそう思った。
「うん」
だから、しっかりと頷いた。
「……そうか、じゃあこっちへ来なさい」
父親は咲良の肩から手を離し、和室へと向かった。
そして、彼は仏壇の前に座った。そこに並べてある二つの写真立て。父は手を合わせてからその片方、入学式の時に撮られた方を手に取った。四月にしては暑く、上着を脱いで撮ったのを覚えている。
何かをこらえるように目をつぶる父。
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