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第十三話
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ザザ……ザザザザザ……。
今までで一番大きなノイズだった。
それと同時に断片的な記憶が蘇ってくる。
『きゃあ!』
ヘビをけしかけてきた純麗に、驚いて尻もちをつく咲良と朱音。五歳の時の記憶だ。
『ひっく……うぅ……』
二人して涙目になった。
泣き止むと二人で純麗を叩く。
『ひどいよ!』
『そうだよ、ひどいよ!』
純麗はさすがに二対一はたまらないとばかりに降参する。
『わ、分かった! ごめんて! 次のおやつ全部二人にあげるから!』
『ほんと?』
『ほんと?』
『……やっぱり半分にして』
『いい?』
『うん、いいよ!』
在りし日の三つ子の記憶。
ザザ……。
時は巡り、十年後。
『やった! 咲良と同じ高校だ!』
合格発表で喜ぶ妹。自分も同じように喜び、抱き合う。
『でも、お姉ちゃん寂しがるよね』
『そうだね』
『学校終わったらできるだけ一緒に帰ろうよ』
『うん、そうしよう』
ザザ……。
その日も三つ子は一緒に下校していた。
いつもと同じように他愛ないことを話し、笑い合う。
『あ、私コンビニに用事あるんだった! すぐ行ってくるから待ってて!』
歩道橋を渡っている最中に突然朱音が踵を返した。それなら自分たちもと、追いかけようとした。だがその時、歩道に車が突っ込もうとしているのを三人は目撃した。
『あっ』
その車の先には黒い髪の女の子がいた。
下に降りていた朱音はとっさにその女の子を突き飛ばした。代わりに、彼女が轢かれた。
『シン……!!』
いつも何を考えているか分からないことの多い純麗が、大きく動揺していた。もちろん、咲良自身も何をしたらいいのかも考えられないほどに錯乱していた。
朱音の周りには血だまりが広がっていく。純麗は何かを捜すようにきょろきょろと周囲を見回し、やがて咲良に視線を定めると、歩道橋から突き飛ばした。
そして、入れ替わる体。落下していく自分の体。
撥ねられる、自分の体。
ザザ……。
『やりきれない事故だったみたいだなぁ……』
『そうなの……?』
『朱音ちゃんは女の子を助けようとして、咲良ちゃんは動揺して歩道橋から落ちたって話だ。それで両方轢かれちまった』
『そう……』
『残った純麗ちゃんは辛いだろうねぇ……』
『泣いてないところを見ると、まだ事実を理解しきれてないのかもな』
葬式の参列者たちはヒソヒソと話し合う。
両親は涙を流していたが、咲良は訳が分からずにただ呆然としていた。
(忘れていた)
祭壇に飾られていた遺影は二つ。よく似た姿の姉妹。朱音と咲良。
(私の妹)
いつも一緒にいて、離れることのなかった妹。
(朱音)
自分はショックの大きさから、記憶を消したのかもしれない。
(大切な、私の半身)
「……れ……純麗!」
名乗って一年の仮の名が呼ばれた。
足はちゃんと畳を捕まえていた。おそらく、しばらく立ち尽くしていたのだろう。両親がそばで体を揺すっている。
ぼやけている頭を軽く振った。
「よかった! 大丈夫か?」
慎重に尋ねる父。
「……かなきゃ」
「うん? どこか痛いのか?」
「行かなきゃ」
父と母は顔を見合わせて困惑する。
「行かなきゃって、どこへ?」
(朱音の所へ)
咲良が両親の手を振りほどいて駆け出そうとし、一歩進んだところで。
「―行くな」
(だまって!)
声が、した。
(さっきまでいなかったくせに! 今さら邪魔しないで!)
「―自分の記憶を取り戻しただけだろう。だが、ここから先には行くな」
いつもよりはっきりと声が聞こえる。
(私は、朱音に会いに行くんだ!)
朱音がどこにいるのか分からない。でも、そんなことを考えられないくらいに咲良は彼女に会いたかった。
(朱音はまだ、生きてる!)
悲痛と希望を胸にもう一歩踏み出そうとした咲良。その目の前に、おかしな影が映った。ゆらゆらとしてとらえどころがなく、自分の姿のようで、女でもあり、男でもある。子供のようで、老人のよう。
それは言う。
「―また、繰り返すのか」
それを見た直後、彼女の意識は急速に薄れていった。
今までで一番大きなノイズだった。
それと同時に断片的な記憶が蘇ってくる。
『きゃあ!』
ヘビをけしかけてきた純麗に、驚いて尻もちをつく咲良と朱音。五歳の時の記憶だ。
『ひっく……うぅ……』
二人して涙目になった。
泣き止むと二人で純麗を叩く。
『ひどいよ!』
『そうだよ、ひどいよ!』
純麗はさすがに二対一はたまらないとばかりに降参する。
『わ、分かった! ごめんて! 次のおやつ全部二人にあげるから!』
『ほんと?』
『ほんと?』
『……やっぱり半分にして』
『いい?』
『うん、いいよ!』
在りし日の三つ子の記憶。
ザザ……。
時は巡り、十年後。
『やった! 咲良と同じ高校だ!』
合格発表で喜ぶ妹。自分も同じように喜び、抱き合う。
『でも、お姉ちゃん寂しがるよね』
『そうだね』
『学校終わったらできるだけ一緒に帰ろうよ』
『うん、そうしよう』
ザザ……。
その日も三つ子は一緒に下校していた。
いつもと同じように他愛ないことを話し、笑い合う。
『あ、私コンビニに用事あるんだった! すぐ行ってくるから待ってて!』
歩道橋を渡っている最中に突然朱音が踵を返した。それなら自分たちもと、追いかけようとした。だがその時、歩道に車が突っ込もうとしているのを三人は目撃した。
『あっ』
その車の先には黒い髪の女の子がいた。
下に降りていた朱音はとっさにその女の子を突き飛ばした。代わりに、彼女が轢かれた。
『シン……!!』
いつも何を考えているか分からないことの多い純麗が、大きく動揺していた。もちろん、咲良自身も何をしたらいいのかも考えられないほどに錯乱していた。
朱音の周りには血だまりが広がっていく。純麗は何かを捜すようにきょろきょろと周囲を見回し、やがて咲良に視線を定めると、歩道橋から突き飛ばした。
そして、入れ替わる体。落下していく自分の体。
撥ねられる、自分の体。
ザザ……。
『やりきれない事故だったみたいだなぁ……』
『そうなの……?』
『朱音ちゃんは女の子を助けようとして、咲良ちゃんは動揺して歩道橋から落ちたって話だ。それで両方轢かれちまった』
『そう……』
『残った純麗ちゃんは辛いだろうねぇ……』
『泣いてないところを見ると、まだ事実を理解しきれてないのかもな』
葬式の参列者たちはヒソヒソと話し合う。
両親は涙を流していたが、咲良は訳が分からずにただ呆然としていた。
(忘れていた)
祭壇に飾られていた遺影は二つ。よく似た姿の姉妹。朱音と咲良。
(私の妹)
いつも一緒にいて、離れることのなかった妹。
(朱音)
自分はショックの大きさから、記憶を消したのかもしれない。
(大切な、私の半身)
「……れ……純麗!」
名乗って一年の仮の名が呼ばれた。
足はちゃんと畳を捕まえていた。おそらく、しばらく立ち尽くしていたのだろう。両親がそばで体を揺すっている。
ぼやけている頭を軽く振った。
「よかった! 大丈夫か?」
慎重に尋ねる父。
「……かなきゃ」
「うん? どこか痛いのか?」
「行かなきゃ」
父と母は顔を見合わせて困惑する。
「行かなきゃって、どこへ?」
(朱音の所へ)
咲良が両親の手を振りほどいて駆け出そうとし、一歩進んだところで。
「―行くな」
(だまって!)
声が、した。
(さっきまでいなかったくせに! 今さら邪魔しないで!)
「―自分の記憶を取り戻しただけだろう。だが、ここから先には行くな」
いつもよりはっきりと声が聞こえる。
(私は、朱音に会いに行くんだ!)
朱音がどこにいるのか分からない。でも、そんなことを考えられないくらいに咲良は彼女に会いたかった。
(朱音はまだ、生きてる!)
悲痛と希望を胸にもう一歩踏み出そうとした咲良。その目の前に、おかしな影が映った。ゆらゆらとしてとらえどころがなく、自分の姿のようで、女でもあり、男でもある。子供のようで、老人のよう。
それは言う。
「―また、繰り返すのか」
それを見た直後、彼女の意識は急速に薄れていった。
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