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第十四話
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夢を見た。
長い長い夢。
少年の、少女の、青年の、老人の。
それぞれの人生の夢。
楽しいことも、嬉しいこともあった。
でも、最期は決まって悲劇だった。
壊れていく者。
精神を病んだ者。
自らの命を絶った者。
他人を傷つけ、殺めた者。
全ては、それを知ってしまったから。
―私たちは知ってはいけなかった。
(暑い……)
カーテンからこぼれる日差しが部屋の温度を上げていた。
額に張り付く汗が気持ち悪い。
(あれ、何の夢だっけ……)
思い出せない。何かとても悲しい夢だったような気がする。
(まぁいっか)
所詮、ただの夢だ。固執することに意味はない。
頭を傾げて部屋の中を見回した。
自分の趣味とは違う調度品。それらを見て思い出す。
(そうだ、私今は純麗だっけ)
のそりと起き上がる。
(何時だろう)
目覚まし時計をたぐり寄せて確認する。
(……十二時十三分?)
「十二時……」
確かめるように口に出すと、次の疑問が生まれてくる。
(今日休みだっけ? とりあえずシャワー浴びよう……)
気怠い体を動かして階段を降りると、一階には母親がいた。
「あら、おはよう」
「おはよう……今日何曜日だっけ?」
「木曜日よ」
「…………」
理解するのに数秒かかった。
「えっ……木曜日!?」
「そうだけど?」
「何で起こしてくれなかったの!? 早く学校行かなきゃ! お母さん今日仕事は!?」
急速に覚醒し、様々な疑問と焦りが同時に押し寄せて渋滞を起こす。
「落ち着きなさい」
対して母は冷静だった。
「落ち着いてって言われても遅刻だよ!」
自慢じゃないが、学校を寝坊で遅刻したことは一度もない。
「学校へは今日は休むって連絡入れといたわよ」
「えっ、何で?」
「何でって……覚えてないの?」
「……?」
何を忘れているのだろうかと記憶をたぐり寄せる。
(あ、寝坊したからまだお線香あげてない……ん?)
「お線こ……!?」
そこでやっと思い出した。
(話を聞いたあと寝ちゃったんだ……)
そこまで思い出して、やらななければならないことがあることに思い至る。
(朱音……!)
急に方向転換して玄関へ向かおうとした咲良を母親が腕を掴んで止める。
「落ち着きなさいって。そんな格好でどこに行くつもり?」
そう言われて自分の姿を見る。パジャマに汗だくの体。ボサボサの髪。おまけに、下着もつけていない。
こんな格好で外に出たら間違いなく近所の噂になってしまう。どころか、平日の昼ということを考えれば補導されかねない。
「…………」
「とりあえずシャワー浴びてきなさい」
「……はい」
シャワーを浴びると幾分か冷静になった。
まず、今は平日の日中。朱音は小学校にいるだろう。親族でもない咲良が会える訳がない。
そして、母はおそらく、自分の体調を心配して仕事を休んだのだろう。ここで無鉄砲なことをして再び体調を崩せばその意味がなくなってしまう。
頭を冷やしてリビングに行くと、いい匂いがした。
「お昼作ったから一緒に食べよっか」
「……うん」
食卓につくと、温かいご飯と味噌汁。焼き魚、サラダなどが並べられた。
ここまでちゃんとした昼食は久しぶりだ。
一口、焼き魚を食べる。
「おいしい」
「まぁ、そりゃ魚を焼いただけだからね。失敗する方がおかしいわよ」
母はそんなことを言うが、焼き魚はグリルの片付けが普通に面倒くさい。それを考えると、それだけ気を遣っているということだろう。
「仕事、休ませちゃってごめんね」
そう言うと、母は笑った。
「娘の看病を言い訳に有給が取れたわ。明日も休んじゃおうかしら」
時々、こういうお茶目なことを言うのが咲良の母親だ。
「どう? 体調は」
咲良は自分の体に意識を巡らせて、確かめる。
「特に具合が悪い所はないかな」
「そう、良かった」
「…………」
「…………」
そして、二人とも無言になる。昨日のことをどう話せばいいか分からないのだ。
カチ、カチと時計の秒針の音が聞こえてくる。
やがて、母親の方から切り出した。
「ごめんなさいね……黙ってたことと、うっかり喋っちゃったこと」
咲良は考える。自分が記憶を失っていたのは、おそらく事実に耐えられなかったからだ。それを黙っていたからといって謝罪することではない。それから、自分は望んだのだ。真実を知ることを。遅かれ早かれ朱音から聞き出していただろう。
「ううん。気を遣わせちゃってごめんね」
朱音の写った写真は別のアルバムへ収められていた。朱音がいたことを示す物はほぼ全て目につかない所へしまっていたのだろう。両親にとっては、純麗が傷付かないように。
朱音の痕跡を隠すのは苦しかっただろう。辛かっただろう。それでも、両親は残った娘を大切にすることを選んだ。たとえ咲良にとってそれが偽りであっても、その愛情を受け取っていたのは紛れもなく自分だ。
「ありがとう」
その言葉は本心からの嘘偽りないものだった。
「今日はゆっくりしなさい」
「……うん」
咲良は母親の言う通りにすることにした。
(一日くらいサボってもいいよね)
実際、色々なことがあり過ぎて咲良は疲れていた。
「そういえばさ―」
話題を切り替えて母親と他愛ない会話をする咲良。
そのすぐそばで、影は見守るように揺らめいていた。
長い長い夢。
少年の、少女の、青年の、老人の。
それぞれの人生の夢。
楽しいことも、嬉しいこともあった。
でも、最期は決まって悲劇だった。
壊れていく者。
精神を病んだ者。
自らの命を絶った者。
他人を傷つけ、殺めた者。
全ては、それを知ってしまったから。
―私たちは知ってはいけなかった。
(暑い……)
カーテンからこぼれる日差しが部屋の温度を上げていた。
額に張り付く汗が気持ち悪い。
(あれ、何の夢だっけ……)
思い出せない。何かとても悲しい夢だったような気がする。
(まぁいっか)
所詮、ただの夢だ。固執することに意味はない。
頭を傾げて部屋の中を見回した。
自分の趣味とは違う調度品。それらを見て思い出す。
(そうだ、私今は純麗だっけ)
のそりと起き上がる。
(何時だろう)
目覚まし時計をたぐり寄せて確認する。
(……十二時十三分?)
「十二時……」
確かめるように口に出すと、次の疑問が生まれてくる。
(今日休みだっけ? とりあえずシャワー浴びよう……)
気怠い体を動かして階段を降りると、一階には母親がいた。
「あら、おはよう」
「おはよう……今日何曜日だっけ?」
「木曜日よ」
「…………」
理解するのに数秒かかった。
「えっ……木曜日!?」
「そうだけど?」
「何で起こしてくれなかったの!? 早く学校行かなきゃ! お母さん今日仕事は!?」
急速に覚醒し、様々な疑問と焦りが同時に押し寄せて渋滞を起こす。
「落ち着きなさい」
対して母は冷静だった。
「落ち着いてって言われても遅刻だよ!」
自慢じゃないが、学校を寝坊で遅刻したことは一度もない。
「学校へは今日は休むって連絡入れといたわよ」
「えっ、何で?」
「何でって……覚えてないの?」
「……?」
何を忘れているのだろうかと記憶をたぐり寄せる。
(あ、寝坊したからまだお線香あげてない……ん?)
「お線こ……!?」
そこでやっと思い出した。
(話を聞いたあと寝ちゃったんだ……)
そこまで思い出して、やらななければならないことがあることに思い至る。
(朱音……!)
急に方向転換して玄関へ向かおうとした咲良を母親が腕を掴んで止める。
「落ち着きなさいって。そんな格好でどこに行くつもり?」
そう言われて自分の姿を見る。パジャマに汗だくの体。ボサボサの髪。おまけに、下着もつけていない。
こんな格好で外に出たら間違いなく近所の噂になってしまう。どころか、平日の昼ということを考えれば補導されかねない。
「…………」
「とりあえずシャワー浴びてきなさい」
「……はい」
シャワーを浴びると幾分か冷静になった。
まず、今は平日の日中。朱音は小学校にいるだろう。親族でもない咲良が会える訳がない。
そして、母はおそらく、自分の体調を心配して仕事を休んだのだろう。ここで無鉄砲なことをして再び体調を崩せばその意味がなくなってしまう。
頭を冷やしてリビングに行くと、いい匂いがした。
「お昼作ったから一緒に食べよっか」
「……うん」
食卓につくと、温かいご飯と味噌汁。焼き魚、サラダなどが並べられた。
ここまでちゃんとした昼食は久しぶりだ。
一口、焼き魚を食べる。
「おいしい」
「まぁ、そりゃ魚を焼いただけだからね。失敗する方がおかしいわよ」
母はそんなことを言うが、焼き魚はグリルの片付けが普通に面倒くさい。それを考えると、それだけ気を遣っているということだろう。
「仕事、休ませちゃってごめんね」
そう言うと、母は笑った。
「娘の看病を言い訳に有給が取れたわ。明日も休んじゃおうかしら」
時々、こういうお茶目なことを言うのが咲良の母親だ。
「どう? 体調は」
咲良は自分の体に意識を巡らせて、確かめる。
「特に具合が悪い所はないかな」
「そう、良かった」
「…………」
「…………」
そして、二人とも無言になる。昨日のことをどう話せばいいか分からないのだ。
カチ、カチと時計の秒針の音が聞こえてくる。
やがて、母親の方から切り出した。
「ごめんなさいね……黙ってたことと、うっかり喋っちゃったこと」
咲良は考える。自分が記憶を失っていたのは、おそらく事実に耐えられなかったからだ。それを黙っていたからといって謝罪することではない。それから、自分は望んだのだ。真実を知ることを。遅かれ早かれ朱音から聞き出していただろう。
「ううん。気を遣わせちゃってごめんね」
朱音の写った写真は別のアルバムへ収められていた。朱音がいたことを示す物はほぼ全て目につかない所へしまっていたのだろう。両親にとっては、純麗が傷付かないように。
朱音の痕跡を隠すのは苦しかっただろう。辛かっただろう。それでも、両親は残った娘を大切にすることを選んだ。たとえ咲良にとってそれが偽りであっても、その愛情を受け取っていたのは紛れもなく自分だ。
「ありがとう」
その言葉は本心からの嘘偽りないものだった。
「今日はゆっくりしなさい」
「……うん」
咲良は母親の言う通りにすることにした。
(一日くらいサボってもいいよね)
実際、色々なことがあり過ぎて咲良は疲れていた。
「そういえばさ―」
話題を切り替えて母親と他愛ない会話をする咲良。
そのすぐそばで、影は見守るように揺らめいていた。
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