あの日、私は姉に殺された

和スレ 亜依

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第十七話

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「遙香。今度山登りに行かない?」
 下校途中、咲良が唐突にそう提案した。
「いきなり何で?」
「梅雨も終わったことだしさ、どこか行きたいなって」
「何か珍しくアクティブだね」
「そうかも」
「んで、どこ行くの?」
「どこにしようかな」
「あそこは? そんなに高くないし、丁度いいんじゃない?」
 遙香が割とすぐ近くに見える山を指さした。
「んー。そこは一緒に登ったことあるじゃん」
「へ? そんなことあったっけ?」
「あれ? お姉ちゃんとだったかな? 朱音とだったような気も……」
「割と曖昧なのね……」
「あ」
「あ?」
 咲良は前方にあるものを発見した。
「あ」
 咲良と同じようにそちらを見ると遙香も同じように口を開けた。そこではとある黒髪の少女が道ばたに屈んで、路地に咲いたアジサイを眺めていた。
「あの子って……」
「うん」
 二度目の再会は驚くほどあっさりしていた。というより、時間が空きすぎていて反応に困ったという方が適切かもしれない。
 咲良はとりあえず声をかけてみることにした。
「朱音」
 少女は咲良を見ると、淡々とした口調で応答した。
「待ってた。でも、今は朱音じゃない」
 思っていたのと違う反応が返ってきて、咲良は首を傾げた。
「どういうこと?」
「朱音、今は眠ってる。私は秋山凛」
「感動の再会を邪魔しないようにって思ってたけど、こっちもなかなか複雑みたいだね」
 少し後ろに下がっていた遙香が顔を出した。
「朱音には会えないの?」
 咲良がそう質問すると、凛は困ったような顔になった。凛はデフォルトが無表情なだけに、遙香的にはグッとくるものがあった。だから、つい手を伸ばして頭をなでてしまった。しかし、彼女は動じる風でも嫌がる風でもなく、咲良の質問に答えた。
「咲良に会いに行くから起きててって言ったのに……朱音寝ちゃって。いつ起きるか分からない」
「それはなんか……ごめんね」
 自分の半身に変わって謝罪する咲良。
「咲良は悪くない」
 真っ直ぐに否定する凛が可愛くて、さらに頭をなでながら遙香が言う。
「んー。でも困ったねー。これじゃ話聞けないよね」
「せっかくだし、凛ちゃんともお話したいな」
「お、それいいね。でも、おうちの人は大丈夫? 一応、あんな事件があった後だし……」
 危惧を伝える遙香に、凛は淡々と答えた。
「大丈夫。放任主義だから」
「そうなんだ。じゃあちょっとだけお話しよっか」
「うん」

「凛ちゃんってアジサイ好きなの?」
 近くの公園を散歩しながら、咲良がそう聞いた。
「うん。あのアジサイ最初は赤だったんだけど、ちょっとずつ青に変わってって面白くて」
「ああ、それはたぶんアルミニウムイオンを吸収したからだね」
 凛と手を繋いで歩いていた遙香が言う。
「アジサイにはデルフィニジンっていう色素があるんだけど、アジサイが土から吸収したアルミニウムイオンとデルフィニジンがくっつくと青い色になるんだよ……って何その顔は」
 咲良には珍しく驚愕の表情を浮かべている。
「いや、遙香が難しいこと喋ってるって思って……」
「失礼な! 私だって学の一つや二つくらいあるよ!」
「で、誰に聞いたの?」
「お父さんです」
「やっぱり」
「お父さん?」
 凛が遙香を見上げて尋ねる。
「あーうちのお父さん植物園で研究してるんだ」
「すごい……」
 尊敬の眼差しを向ける凛に遙香は頬をかく。
「まぁ、私にはその血は遺伝しなかったんだけどね……」
 否定したものの、凛の頭の中ではすでに「遙香=すごい」という公式が成り立ってしまったのか、遙香を見つめる視線は熱い。
「責任とってあげなよ」
 咲良のボソッという呟きに遙香は呻いた。
「うっ……勉強……頭が……」
「頑張って」
 咲良が遙香を応援したとき、凛が小さく口を開けた。
「あっ」
 遙香が首を傾げる。
「どうしたの?」
「起きた」
「起きたって……朱音さんが?」
「うん、変わるね」
「変わるねって……けっこう便利なんだね……」
「んあー……おはよう」
 突然凛が伸びをしてそんなことを言った。
「もしかして、もう入れ替わってる?」
「あ、そうです。すみません、朱音です」
「あ、これはどうも。咲良の友人の遙香です」
 ぺこぺこと頭を下げる遙香。
 凛を挟んで遙香の反対側にいた咲良は、そっと確認するように言った。
「……本当に、朱音?」
 朱音が振り返る。
「うん」
「会いたかった」
「……うん」
 遙香はさりげなく繋いでいた手を離した。
 それと同時に、咲良と朱音は抱き合った。
「会いたかった……!」
「うん!」
「生きてて良かった!」
「うん!」
 お互いに、自分の半身を確かめ合うかのように強く抱きしめる。
「思い出してくれたんだね……」
「うん……忘れててごめん」
「いいよ、あんなことがあったんだもん」
「ありがとう……」
 二人はしばらくそのままでいたが、やがてそっと互いの体を離した。
 そして。
「…………で」
「ずびっ……ひっく……本当に良かった……ずびっ……本当に……ずびー……」
「何で遙香が一番泣いてるの……」
 遙香は両目から大洪水を起こしていた。
「まぁ、遙香は置いとくとして……あのときのこととか教えてくれる?」
「うん。でも、話せないこともあるから。それはごめんね」
「分かった。とりあえず、話せることだけお願い」
 場所をベンチに移すと、朱音はあの日のことをゆっくりと話し始めた。
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