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第二十話
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「お姉ちゃん!!」
咲良の絶望にも似た声が響いた。
「何で……何で…………!」
咲良は血を流す遙香の体を抱きかかえながら、純麗を睨みつけた。しかし、純麗は咲良を遙香から引きはがした。
「遙香、まだ生きてるよね? むしゃくしゃするからもっと痛めつけてから殺してあげる。……ここじゃ邪魔が入るから場所移そうね」
純麗が遙香の脇腹に突き刺さっていた包丁を引き抜いた。
「あああああっ」
遙香が痛みに耐えかねて悲鳴を上げた。
「お姉ちゃん!」
純麗は気を失いかけている遙香を引きずっていく。
「やめて! やめてよお姉ちゃん! お願い……遙香を離して!」
必死に遙香にしがみつく咲良。それでも純麗は振り返らない。その代わりに、咲良にしか聞こえない小さな声で言った。
「咲良、動ける?」
「え?」
それは、先ほどまで乱暴な言葉を発していたとは思えない静かな声だった。静かなのに怒りを含んだ声。
「私たちが見えなくなったら回り道して追いついてきて。……遙香は大丈夫だから」
咲良は訳が分からず呆然とする。その間に、純麗は遙香を担ぎ上げ、肩に乗せた。彼女が歩を進めると、さすがにこのままでは死人が出ると悟った野次馬の一部が止めに入ろうとした。
だが。
「邪魔しないでくれる? 刺すよ?」
明らかに本気の純麗の言葉に後ずさる。
そのまま純麗は開けた道を悠々と歩いて行った。咲良はしばらく動けないでいたが、はっと我に返り、純麗に気を取られて立ち尽くす人々を尻目に脇へ逸れた。
「はぁ……はぁ……」
「追いついたか」
背後からの荒い息を感じて純麗が言った。すでに、遙香は肩から下ろされていた。代わりに、その腕は純麗が支えるようにして肩に回されていた。
「お姉ちゃん! 何がどうなってるの!? 説明して!」
切羽詰まった顔の咲良に、純麗は言う。
「あーごめん。その前に代わってくれる?」
そこで初めて、咲良は純麗の額から大量の汗が流れ出ていることに気がついた。考えてみれば、彼女は最近まで寝込んでいたのだ。むしろ、病み上がりの体でよくここまで動けたものだ。
純麗はそのまま壁にもたれかかった。
それを見て、咲良は慌てて気絶している遙香を支える。
「今、お父さんとお母さんは?」
「まだ仕事だと思うけど……」
「じゃあ、このまま家に行こう。怪我してるところ悪いね」
「私はそんなに深い傷じゃないから大丈夫だけど……」
「ありがとう……」
ゆっくりと歩きながら、咲良は純麗に言う。
「お姉ちゃん、遙香は本気で私を殺そうとなんてしてなかった」
「分かってる……あんな大根役者そうそうお目にかかれるもんじゃないよ」
純麗は足を引きずりながら語る。
「わざわざ目立つ場所であんな大見得切って、さらにこれ見よがしに鞄を放り投げて。あれじゃ、止めてくれって言ってるようなもんだよ。でも」
そこで、純麗は声に怒気を込めた。
「誰も、止めなかった」
「見てたの?」
「うん、朱音が『遙香からおかしなメッセージが届いた』って教えにきたからね。嫌な予感がしてすっ飛んできた」
「何ていうメッセージだったの?」
「『凛ちゃん、明日になったら咲良に伝えて。ごめんね、痛かったでしょ? でも、私バカだからさ。こんなんしか思いつかないよ』って」
「…………」
咲良にそのメッセージの真意は理解できなかったが、そこに込められた思いが安いものではないということを感じ取ることはできた。
「でもさ、私が一番腹が立つのはさ。…………私だよ」
純麗の表情が歪む。
「止めて欲しいって思ってるのを分かっていながら止められなかった。あそこで中途半端に止めに入ったら遙香の思いを無駄にするって」
純麗がこんなに感情をあらわにするのを見るのは、咲良にとっても初めてだった。
「だから、遙香に最悪の選択を強いた」
最悪の選択。咲良にはそれが何なのか分かった。遙香は最後の一振りを自分自身に向けていた。
「それを悟ってようやく止めに入ることができた。でも、奴らが見ていないはずがない。だから、あんな形でしか救えなかった」
純麗は遙香の顔を見つめる。
「ほんと、バカだよ」
そこで、純麗はなぜか急に笑い出した。
「あはは! なんだろうな私! 何で私はこんなことしてるんだろう! まるで人間みたいだ! バカなのは私だよ!」
そうして、ひとしきり笑ったあと。彼女は「でも」と前置きしてこう言った。
「奴らは許さない」
そこには、純麗の最大限の怒気が込められていた。
咲良の絶望にも似た声が響いた。
「何で……何で…………!」
咲良は血を流す遙香の体を抱きかかえながら、純麗を睨みつけた。しかし、純麗は咲良を遙香から引きはがした。
「遙香、まだ生きてるよね? むしゃくしゃするからもっと痛めつけてから殺してあげる。……ここじゃ邪魔が入るから場所移そうね」
純麗が遙香の脇腹に突き刺さっていた包丁を引き抜いた。
「あああああっ」
遙香が痛みに耐えかねて悲鳴を上げた。
「お姉ちゃん!」
純麗は気を失いかけている遙香を引きずっていく。
「やめて! やめてよお姉ちゃん! お願い……遙香を離して!」
必死に遙香にしがみつく咲良。それでも純麗は振り返らない。その代わりに、咲良にしか聞こえない小さな声で言った。
「咲良、動ける?」
「え?」
それは、先ほどまで乱暴な言葉を発していたとは思えない静かな声だった。静かなのに怒りを含んだ声。
「私たちが見えなくなったら回り道して追いついてきて。……遙香は大丈夫だから」
咲良は訳が分からず呆然とする。その間に、純麗は遙香を担ぎ上げ、肩に乗せた。彼女が歩を進めると、さすがにこのままでは死人が出ると悟った野次馬の一部が止めに入ろうとした。
だが。
「邪魔しないでくれる? 刺すよ?」
明らかに本気の純麗の言葉に後ずさる。
そのまま純麗は開けた道を悠々と歩いて行った。咲良はしばらく動けないでいたが、はっと我に返り、純麗に気を取られて立ち尽くす人々を尻目に脇へ逸れた。
「はぁ……はぁ……」
「追いついたか」
背後からの荒い息を感じて純麗が言った。すでに、遙香は肩から下ろされていた。代わりに、その腕は純麗が支えるようにして肩に回されていた。
「お姉ちゃん! 何がどうなってるの!? 説明して!」
切羽詰まった顔の咲良に、純麗は言う。
「あーごめん。その前に代わってくれる?」
そこで初めて、咲良は純麗の額から大量の汗が流れ出ていることに気がついた。考えてみれば、彼女は最近まで寝込んでいたのだ。むしろ、病み上がりの体でよくここまで動けたものだ。
純麗はそのまま壁にもたれかかった。
それを見て、咲良は慌てて気絶している遙香を支える。
「今、お父さんとお母さんは?」
「まだ仕事だと思うけど……」
「じゃあ、このまま家に行こう。怪我してるところ悪いね」
「私はそんなに深い傷じゃないから大丈夫だけど……」
「ありがとう……」
ゆっくりと歩きながら、咲良は純麗に言う。
「お姉ちゃん、遙香は本気で私を殺そうとなんてしてなかった」
「分かってる……あんな大根役者そうそうお目にかかれるもんじゃないよ」
純麗は足を引きずりながら語る。
「わざわざ目立つ場所であんな大見得切って、さらにこれ見よがしに鞄を放り投げて。あれじゃ、止めてくれって言ってるようなもんだよ。でも」
そこで、純麗は声に怒気を込めた。
「誰も、止めなかった」
「見てたの?」
「うん、朱音が『遙香からおかしなメッセージが届いた』って教えにきたからね。嫌な予感がしてすっ飛んできた」
「何ていうメッセージだったの?」
「『凛ちゃん、明日になったら咲良に伝えて。ごめんね、痛かったでしょ? でも、私バカだからさ。こんなんしか思いつかないよ』って」
「…………」
咲良にそのメッセージの真意は理解できなかったが、そこに込められた思いが安いものではないということを感じ取ることはできた。
「でもさ、私が一番腹が立つのはさ。…………私だよ」
純麗の表情が歪む。
「止めて欲しいって思ってるのを分かっていながら止められなかった。あそこで中途半端に止めに入ったら遙香の思いを無駄にするって」
純麗がこんなに感情をあらわにするのを見るのは、咲良にとっても初めてだった。
「だから、遙香に最悪の選択を強いた」
最悪の選択。咲良にはそれが何なのか分かった。遙香は最後の一振りを自分自身に向けていた。
「それを悟ってようやく止めに入ることができた。でも、奴らが見ていないはずがない。だから、あんな形でしか救えなかった」
純麗は遙香の顔を見つめる。
「ほんと、バカだよ」
そこで、純麗はなぜか急に笑い出した。
「あはは! なんだろうな私! 何で私はこんなことしてるんだろう! まるで人間みたいだ! バカなのは私だよ!」
そうして、ひとしきり笑ったあと。彼女は「でも」と前置きしてこう言った。
「奴らは許さない」
そこには、純麗の最大限の怒気が込められていた。
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