あの日、私は姉に殺された

和スレ 亜依

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第二十一話

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「どうしようお姉ちゃん! 血が……!」
 一階のソファに横たわる遙香を見て、咲良は悲痛な声を上げる。遙香の腹部からは血が流れ、ソファは赤く染まっていた。
「……朱音と連絡とれる?」
 神妙な面持ちでそう聞く純麗。
「取れるけど……早く病院に連れてかないと遙香がっ―」
「いいから呼んで! それが最善の策だから!」
 咲良は納得がいかない様子だったが、自分の知らない何かがあるのかもしれない、そう思って凛と連絡をとった。

「遙香……!」
 十五分後に到着した凛は、遙香の様子を見るなり動転した。
「やだ……やだよ……遙香……死なないでよ……」
 ショックの余り膝をつく凛。しかし、すぐに彼女は立ち上がった。
「……どういうこと?」
 彼女は眉根を寄せてそう言った。口調からして、朱音に入れ替わったのだろう。
「話はあとで。頼む、遙香を救って」
「救ってって…………まさか!?」
「頼む」
「でも、そんな大きな力を使ったらシステムに見つかっちゃうよ? そしたら、元に戻されて結局意味がなくなってしまう……」
「囮のフィールドを作る」
「遙香さんを救うだけで精一杯なのにそんなの維持する余裕ないよ?」
「囮の方は私が何とかする」
「純麗お姉ちゃんにそんなことできるの?」
「……やるしかない」
 朱音は遙香の様子を見る。
「……躊躇してる余裕も、ないね」
 彼女は一つ頷いた。
「分かった。フィールドの演算は三分で私がやる。そのあとの維持は純麗お姉ちゃんに任せて、私は遙香さんの方に集中する」
「了解。頼んだ」
 二人のやり取りは咲良にはさっぱり分からない。でも、遙香を救おうとしていることだけは分かる。
 朱音はすぐに目を閉じて何かをし始めたので、咲良は純麗に聞いた。
「私に何かできることはある?」
「ない。遙香の手を握ってやっててくれ」
「分かった」
 咲良は息も絶え絶えの遙香の手を握る。遙香は、本当に助かるのだろうか。
 三分後、朱音は目を開いて言った。
「演算終了。純麗お姉ちゃん、あとは任せたよ」
「オーケー。そっちも任せた」
 純麗の言葉には答えず、朱音はすぐに遙香の腹部に手をあてがった。その瞬間、遙香の患部の辺りが光り始めた。その光の内側で、何かが機械的に動いていた。よく見ると、それは文字のようであった。
(綺麗……)
 その、どこか現実離れした光景を、咲良は美しいと感じた。同時に、今は身動き一つも許されないと思った。緻密に形や配置が変わっていく文字。どれか一つでも狂えば全てが壊れてしまうような、そんな危うさを秘めていた。

「…………」
 朱音も、純麗も、咲良でさえも額に大粒の汗を浮かばせていた。
 何分、何十分が過ぎたのかも分からなくなったころ。変化が起きた。
 光の中で蠢いていた文字のようなものが、急速に、糸を編むように収束していった。そして、それに伴って光も弱まり、一連の不可思議な光景はなりを潜めた。
「……終わった……の?」
 恐る恐る咲良が尋ねると、朱音は頷いた。
「たぶん、大丈夫だと思う」
 彼女は遙香の患部を確認するために、服をめくった。
「…………!」
 咲良はそれを見て驚愕に目を見開いた。
「傷が……」
 そこにあったであろう刺し傷が、綺麗になくなっていたのだ。
 バタ。
 純麗は床の上に大の字になった。
「成功したみたいだね……ありがとう、朱音」
「成功はしたけど、この惨状はどうするの?」
 ソファは血だらけで、両親が帰ってきたとき、驚くだろう。いや、失神するかもしれない。
「あー」
 純麗は顔に手を当てて言った。
「頼んだ」
「私もう限界なんだけど」
 ジト目で抗議する朱音。それでも、純麗は起き上がらない。
「私は手一本も動かせない。だから、頼んだ」
「…………」
 無言になった朱音はさらに目を細める。これはこの場では朱音にしか分からないことだが、手を一本も動かせないと言いながら、純麗はフィールドを展開したままだったのだ。つまり、「早くやれ」ということである。
 朱音は不承不承ながらソファに手を当てると、再び不思議な力を使い始めた。すると、ソファを染めていた血はみるみる内に空気に溶けるように消えていった。
「とりあえず、おっけーっと。……あ、咲良腕見せて」
「ん? はい」
「……いや、そっちじゃなくて。怪我してる方……」
「ああ、こっち?」
 咲良が遙香に刺された傷を見せると、朱音は両手を当てた。あまり深い傷ではなかったのか、これもあっという間に治ってしまった。
「何か……すごいね。どういう仕組みなの?」
 若干引きながら咲良が尋ねると、朱音は言った。
「秘密」
(でしょうね)
 咲良は諦めた。
「それより、何でこんなことになってるの?」
 朱音は話を勝手に切り替えて、純麗に聞いた。
「二割くらい憶測だけど―」
 純麗は半身を起こすと、事態の説明を始めた。
(手一本動かせないんじゃなかったの……?)
 朱音はそれを聞きながら、こっそりため息をついた。
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