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第一話
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享年十六歳。
それが飯田咲良、私の人生だった。
私はあの日、実の双子の姉に殺された。
目の前には、私の遺影がある。
姉が撮った写真だ。
あの日、学校からの帰り道、歩道橋から姉に突き落とされた私は頭を強く打って死んだ。正確に言うと、手の施しようがなかったため、延命装置が外されて死んだ。書類上は誤って落下した上での交通事故死扱いだ。
落下していく自分。二度、三度と引かれる自分。病院で死体となった自分。泣き崩れる両親、友人。私の最後を、私は姉の体から見ていた。
訳が分からなかった。涙も出なかった。だってそうだろう。自分の葬式に出る人が、この世にいる訳がない。
茫然自失の私は訳が分からないまま、姉の友人の慰めを聞き、学校に行って姉のクラスで授業を受け、知らない姉の交友関係に話を合わせて日々を過ごした。
姉の名前で呼ばれることにようやく慣れたのは、半年がたって冬になった頃だった。やっと、自分の身に起きたことを自覚したのだ。
私はあの日、仲の良かった姉に歩道橋から突き落とされた。そして直後に、姉の体に意識が乗り移った。いや、たぶんあれは、入れ替わっていた。だって私は見たんだ。歩道橋から笑って落ちていく私の体を。たぶん、私の体には姉が入っていた。つまり、死んだのは私の体だけど、痛い思いをしたのは姉だ。
姉は、なぜ私を殺し、なぜ私たちは入れ替わったのか。なぜ、姉は笑っていたのか。答えの出ない問いが、体の中を巡る。
「すみれー、ごめん、先生に呼ばれたから先帰っててー」
飯田純麗。それが私、正確には姉の名だ。友人の秋山遙香が担任に呼ばれてしまったので、今日は一人で帰ることになった。
このまま、自分は純麗として生きていくのだろうか。咲良は消えていくのだろうか。一人になると、そんなことを悶々と考えてしまう。
「見つけた」
だから、突然、すれ違った他校の男子生徒に声をかけられたことにびっくりした。すぐに振り返った。姉の知り合いかと思ったのだ。
だが、振り返った先で見たものは、凶器……いや、狂気だった。
陽光を受けて銀色に光る刃。男子生徒の手に握られたナイフが咲良を捉えた。
「……!」
とっさに身をひねって回避した。
「ちっ」
男子生徒は舌打ちをして、もう一度ナイフを突き出してくる。
「ひっ……」
―死ぬ。このままでは殺される。何とか二度避けることに成功したが、次を避けられる自信はない。
咲良は鞄で男子生徒を殴りつけ、怯んだ隙に駆け出した。
―ノドがひりつき、肺が苦しい。逃げ切れるのか。姉の運動神経は自分よりいいが、所詮女だ。男子高校生に勝てる気はしない。
それでも、咲良は必死に逃げた。
ガチャリ。
玄関のドアを閉めてチェーンをかけると、咲良は座り込んだ。心臓が破裂しそうなくらいに激しく鼓動を打ち、冬なのに汗がだらだらと流れた。
―あいつは誰だ。なぜ、自分を殺そうとしたのか。いや、この容姿だから姉を狙ったはずだ。少なくとも、自分はあいつを知らない。だけど、姉も恨みを買うような性格には思えない。
咲良はフラフラする足で自室に向かった。冷静な者なら警察と両親の会社に連絡を入れるのだろうが、気が動転してそんな余裕はなかった。
目が覚めると、朝になっていた。
(そうか、昨日は確か遅くなるって言ってたっけ)
誰にも起こされないまま、長い間眠っていた。
(シャワー浴びよ……)
シャワーを浴びながら考える。昨日の出来事は本当にあったことなのだろうか。学校から帰って疲れて眠ってしまったせいで、嫌な夢でも見ていたのかもしれない。
とにかく、誰かに話をする気にはなれなかった。
「どうしたの?」
遙香が顔を覗き込んできていた。休み時間に伏せっていたのが気になったらしい。
「何でもない」
「何でもないって顔じゃないよ」
「じゃあ、大丈夫」
「もぉ、同じだってば」
彼女はお節介だ。私が死んだときも、心配して何度も話しかけてきた。
「半年前に戻ってる」
「戻ってない」
お節介というか普通にしつこい。
「決めた」
「何を?」
「今日はすみれの家に遊びに行く」
「は?」
咲良は目を見開いた。
(それはまずい!)
もし、昨日のことが本当だったとしたら、彼女を危険に巻き込んでしまう。急いで拒否をしようと口を開く。
「だ―」
しかし、一文字声に出しただけで遙香に口を塞がれてしまった。口をもがもがしながら暴れていると、遙香が言う。
「言ったでしょ。『決めた』って」
彼女が「決めた」と言うときはてこでも動かない。それはこの半年でよく知っていたはずだった。
(とにかく、帰りは遙香を巻いて、家に帰ったら鍵を閉めて閉じこもろう)
咲良はそう決意したのだった。
ピンポーン。
先ほどから鳴り続けるチャイムの音。
「おーい、すみれー、いるんでしょー」
遙香だ。
巻いたはいいものの、予想通り押しかけてきた。
(早く帰って!)
そう願いながら布団に包まる咲良。
しばらくすると、チャイムの音が聞こえなくなった。諦めて帰ったのだろうかと布団から顔を出すと、話し声が聞こえた。
「……い……そうです……はい……」
(ちょっと待って、遙香は誰と話してるの?)
咲良の額に冷や汗が伝う。
「…………ですか……」
(まさか!)
脳裏に昨日の少年の顔が浮かんだ。
(だめ!)
咲良は部屋から飛び出し、玄関へ向かう。
(間に合って!)
飛び出しそうな心臓を抑えて、一気に玄関の扉を開けた。
「遙香!」
「あ、すみれ」
「あら、すみれちゃん。こんにちは」
咲良は胸をなで下ろした。遙香と話していたのは近所のおばさんだった。
「こ、こんにちは」
息を整えて、何とか挨拶を返した。
「どうしたの、そんなに慌てて」
遙香の質問には答えず、彼女の腕を掴んで玄関の中へ押し込む。
「すみれ?」
遙香は困惑顔だ。
と、そこで近所のおばさんが抱えていたナベを差し出してきた。
「あ、これ。シチューなんだけど、食べるかしら?」
「は、はい。いただきます。いつもありがとうございます」
「じゃあ、またね」
「はい」
挨拶をすると、咲良は玄関の扉を閉める。
が、扉が閉まりきる直前。おばさんが咲良にだけ聞こえる声でボソッと言った。
「また、来るからね」
バタン。
扉が閉まると、咲良は急いで鍵をかけた。咲良には見えていた。『また、来るからね』と言ったおばさんのバッグから包丁が覗いていたのを。
「すみれ? ひどい顔してるけど大丈夫?」
「あ、うん」
―大丈夫な訳がない。少年といい、おばさんといい。何で、私を狙っているんだ?
(なんとかしなきゃ……)
でも、目撃しているのは自分だけ。誰かに話しても妄言扱いにされるに決まっている。遙香なら信じてくれるかもしれないが、それはイコール、彼女を巻き込むことになる。
「すみれ?」
「ううん、大丈夫だから心配しないで」
咲良は遙香に笑顔を向けた。
―一人でどうにかするしかない。
咲良は遙香を二階の部屋に入れたあと、一階に戻り、シチューをゴミ箱に捨てた。
それが飯田咲良、私の人生だった。
私はあの日、実の双子の姉に殺された。
目の前には、私の遺影がある。
姉が撮った写真だ。
あの日、学校からの帰り道、歩道橋から姉に突き落とされた私は頭を強く打って死んだ。正確に言うと、手の施しようがなかったため、延命装置が外されて死んだ。書類上は誤って落下した上での交通事故死扱いだ。
落下していく自分。二度、三度と引かれる自分。病院で死体となった自分。泣き崩れる両親、友人。私の最後を、私は姉の体から見ていた。
訳が分からなかった。涙も出なかった。だってそうだろう。自分の葬式に出る人が、この世にいる訳がない。
茫然自失の私は訳が分からないまま、姉の友人の慰めを聞き、学校に行って姉のクラスで授業を受け、知らない姉の交友関係に話を合わせて日々を過ごした。
姉の名前で呼ばれることにようやく慣れたのは、半年がたって冬になった頃だった。やっと、自分の身に起きたことを自覚したのだ。
私はあの日、仲の良かった姉に歩道橋から突き落とされた。そして直後に、姉の体に意識が乗り移った。いや、たぶんあれは、入れ替わっていた。だって私は見たんだ。歩道橋から笑って落ちていく私の体を。たぶん、私の体には姉が入っていた。つまり、死んだのは私の体だけど、痛い思いをしたのは姉だ。
姉は、なぜ私を殺し、なぜ私たちは入れ替わったのか。なぜ、姉は笑っていたのか。答えの出ない問いが、体の中を巡る。
「すみれー、ごめん、先生に呼ばれたから先帰っててー」
飯田純麗。それが私、正確には姉の名だ。友人の秋山遙香が担任に呼ばれてしまったので、今日は一人で帰ることになった。
このまま、自分は純麗として生きていくのだろうか。咲良は消えていくのだろうか。一人になると、そんなことを悶々と考えてしまう。
「見つけた」
だから、突然、すれ違った他校の男子生徒に声をかけられたことにびっくりした。すぐに振り返った。姉の知り合いかと思ったのだ。
だが、振り返った先で見たものは、凶器……いや、狂気だった。
陽光を受けて銀色に光る刃。男子生徒の手に握られたナイフが咲良を捉えた。
「……!」
とっさに身をひねって回避した。
「ちっ」
男子生徒は舌打ちをして、もう一度ナイフを突き出してくる。
「ひっ……」
―死ぬ。このままでは殺される。何とか二度避けることに成功したが、次を避けられる自信はない。
咲良は鞄で男子生徒を殴りつけ、怯んだ隙に駆け出した。
―ノドがひりつき、肺が苦しい。逃げ切れるのか。姉の運動神経は自分よりいいが、所詮女だ。男子高校生に勝てる気はしない。
それでも、咲良は必死に逃げた。
ガチャリ。
玄関のドアを閉めてチェーンをかけると、咲良は座り込んだ。心臓が破裂しそうなくらいに激しく鼓動を打ち、冬なのに汗がだらだらと流れた。
―あいつは誰だ。なぜ、自分を殺そうとしたのか。いや、この容姿だから姉を狙ったはずだ。少なくとも、自分はあいつを知らない。だけど、姉も恨みを買うような性格には思えない。
咲良はフラフラする足で自室に向かった。冷静な者なら警察と両親の会社に連絡を入れるのだろうが、気が動転してそんな余裕はなかった。
目が覚めると、朝になっていた。
(そうか、昨日は確か遅くなるって言ってたっけ)
誰にも起こされないまま、長い間眠っていた。
(シャワー浴びよ……)
シャワーを浴びながら考える。昨日の出来事は本当にあったことなのだろうか。学校から帰って疲れて眠ってしまったせいで、嫌な夢でも見ていたのかもしれない。
とにかく、誰かに話をする気にはなれなかった。
「どうしたの?」
遙香が顔を覗き込んできていた。休み時間に伏せっていたのが気になったらしい。
「何でもない」
「何でもないって顔じゃないよ」
「じゃあ、大丈夫」
「もぉ、同じだってば」
彼女はお節介だ。私が死んだときも、心配して何度も話しかけてきた。
「半年前に戻ってる」
「戻ってない」
お節介というか普通にしつこい。
「決めた」
「何を?」
「今日はすみれの家に遊びに行く」
「は?」
咲良は目を見開いた。
(それはまずい!)
もし、昨日のことが本当だったとしたら、彼女を危険に巻き込んでしまう。急いで拒否をしようと口を開く。
「だ―」
しかし、一文字声に出しただけで遙香に口を塞がれてしまった。口をもがもがしながら暴れていると、遙香が言う。
「言ったでしょ。『決めた』って」
彼女が「決めた」と言うときはてこでも動かない。それはこの半年でよく知っていたはずだった。
(とにかく、帰りは遙香を巻いて、家に帰ったら鍵を閉めて閉じこもろう)
咲良はそう決意したのだった。
ピンポーン。
先ほどから鳴り続けるチャイムの音。
「おーい、すみれー、いるんでしょー」
遙香だ。
巻いたはいいものの、予想通り押しかけてきた。
(早く帰って!)
そう願いながら布団に包まる咲良。
しばらくすると、チャイムの音が聞こえなくなった。諦めて帰ったのだろうかと布団から顔を出すと、話し声が聞こえた。
「……い……そうです……はい……」
(ちょっと待って、遙香は誰と話してるの?)
咲良の額に冷や汗が伝う。
「…………ですか……」
(まさか!)
脳裏に昨日の少年の顔が浮かんだ。
(だめ!)
咲良は部屋から飛び出し、玄関へ向かう。
(間に合って!)
飛び出しそうな心臓を抑えて、一気に玄関の扉を開けた。
「遙香!」
「あ、すみれ」
「あら、すみれちゃん。こんにちは」
咲良は胸をなで下ろした。遙香と話していたのは近所のおばさんだった。
「こ、こんにちは」
息を整えて、何とか挨拶を返した。
「どうしたの、そんなに慌てて」
遙香の質問には答えず、彼女の腕を掴んで玄関の中へ押し込む。
「すみれ?」
遙香は困惑顔だ。
と、そこで近所のおばさんが抱えていたナベを差し出してきた。
「あ、これ。シチューなんだけど、食べるかしら?」
「は、はい。いただきます。いつもありがとうございます」
「じゃあ、またね」
「はい」
挨拶をすると、咲良は玄関の扉を閉める。
が、扉が閉まりきる直前。おばさんが咲良にだけ聞こえる声でボソッと言った。
「また、来るからね」
バタン。
扉が閉まると、咲良は急いで鍵をかけた。咲良には見えていた。『また、来るからね』と言ったおばさんのバッグから包丁が覗いていたのを。
「すみれ? ひどい顔してるけど大丈夫?」
「あ、うん」
―大丈夫な訳がない。少年といい、おばさんといい。何で、私を狙っているんだ?
(なんとかしなきゃ……)
でも、目撃しているのは自分だけ。誰かに話しても妄言扱いにされるに決まっている。遙香なら信じてくれるかもしれないが、それはイコール、彼女を巻き込むことになる。
「すみれ?」
「ううん、大丈夫だから心配しないで」
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