あの日、私は姉に殺された

和スレ 亜依

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第二話

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 飯田いいだ純麗すみれと飯田咲良さくらは一卵性の双生児だった。だから、容姿も少し違うし、性格も違っていた。
 純麗は雰囲気も中身も垢抜けており、活動的な人物だった。反対に、咲良は気弱そうな顔立ちと、内向的な性格を持っていた。
 だから、咲良は純麗として生きることに苦労した。変な風に思われてはいけない。そう思ってなるべく周りを遠ざけようとした。
 しかし、それは失敗だった。いつの間にか、咲良でも純麗でもない、少し冷たくて近寄りがたい、そんな人物ができあがっていたのだ。
 周囲の友人たちは少しずつ離れていったけれど、秋山遙香だけはなぜかずっといた。咲良はそれをを鬱陶しいとも思うが、周囲から浮きすぎないでいられるのも彼女のおかげだ。遙香は咲良にとっても特別な人物になっていたのだ。
 だからこそ。
 ―遙香を巻き込んではいけない。
 そんなことを考えていたら、登校直後に下駄箱で遙香に遭遇してしまった。
「あ。おはよう、すみれー」
 無視した。
「え、無視?」
 無視した。
「ひどいよー」
 無視、した。
「すみれのあほー」
 ―無視……した。

 そのあとも、ことあるごとに彼女を無視したせいか、さすがの彼女もおかんむりのようだ。むすっとして机に突っ伏している。
 ―心が少し痛んだが、これも彼女を遠ざけるためだ。仕方がない。
 咲良は一人でトイレに向かった。
 備え付けの鏡を見て、役が作れているかチェックをする。
(よし)
 チェックが終わり、トイレを出て行こうとすると、入り口に上級生の女子生徒がいた。
 ―邪魔だな。
 そう思いながら、脇を抜けようとすると。
「待ってよ」
(……!)
 腕を掴まれた。
 いきなりのことで訳が分からない。
「あの……手を離していただけませんか」
 何とかそれだけ言ったが、離してくれない。無理やりほどこうと腕を振ったら、反対にそのまま床に倒されてしまった。
「あの……何なんで―」
「つれないなぁ」
 女子生徒はニヤッと笑った。
「ずっとずーっと追いかけっこしてきたのに」
(ずっと?)
 咲良は彼女の顔を見るが、見覚えがない。姉の知り合いかもしれないが、分からない。
(だけど、この感じ)
 覚えがあった。いや、最近立て続けに感じた恐怖そのものだった。
「……あなたたちは、何なんですか?」
「何ってさ」
 女子生徒はポケットからハサミを取り出した。
「こういう、関係だろ。私たちは、さ!」
(!)
 真っ直ぐにハサミの先端が向かってきた。寸前のところで回避したが、床に転がっているため、身動きが制限されている。
「逃げないでよぉ」
 女子生徒はハサミを持ち替え、咲良に向かって思い切り突き立てた。
「痛っ」
 ハサミは手をかすめた。あと数センチずれていたらざっくりと刺さっていただろう。後ずさった咲良は背中に固いものを感じた。
 ―しまった。
 壁だった。逃げ場がなくなった。
 女子生徒はハサミを振り上げ、咲良は目をつぶった。
 そのとき。
「すみれーいるー? もう授業始まるよー」
 遙香の声だった。
 女子生徒の動きがピタリ、と止まった。
 その隙に咲良は脱出する。
「すぐいく!」
「大丈夫?」
 どうやら、死角になっていて遙香には見えていなかったようだ。
 心臓の鼓動を無理やり抑えて遙香に合流した。
「あ、血が出てる! 保健室に行かなきゃ!」
「大丈夫。これくらいならすぐ止まるから」
 ―助かった。遙香が来なければ終わっていたかもしれない。
 咲良は心の中で遙香に感謝した。
 二人で教室に戻ったが、すでに授業が始まっていた。
「おい、お前ら遅いぞ」
「すみません」
「まぁ、別にいいけどな。どうせお前は死ぬんだし」
「え」
 咲良は教師の顔を見た。
 ニヤァ。
 彼は歪な笑みを浮かべていた。
(まさか!)
 教員は万年筆を逆手に持って近づいてきた。咲良は助けを求めようと周囲を見た。
(そんな……)
 彼女が見たものはシャープペン、コンパス、ハサミ、彫刻刀、カッターナイフ……先の尖った物を手に取るクラスメイトたちだった。
 絶望した。咲良に、味方はいない。全員が敵だった。
 膝をつき、途方に暮れた。
(訳が、分からないよ……)
 ―涙も出てこない。思えばこの半年間、分からないことだらけだ。そして自分は訳が分からないまま死ぬんだ。
 そう思うと、乾いた笑いが出てきた。
 そして、目を瞑ったとき。
「こっち!」
 強く腕を引かれた。
「遙香?」
 咲良は遙香に引きずられるようについていく。
「何で、遙香はおかしくなってないの?」
「今は、そんなことより逃げるのが先だよ!」
「良かった……」
 自分にもまだ味方がいた。そんな安堵から涙が出てくる。
「安心してないで、足を動かして! その体だったらもっと速く走れるでしょ!」
「え、それってどういう……」
「いいから早く!」
「う、うん!」
 二人は廊下を走り、階段を駆け下りた。
 玄関を出るとそのまま校地を突っ切った。あと少しで校門を出るという、そのとき。横合いからくわが降ってきた。
 用務員の男だった。
(間に合わない……!)
 鍬が当たる瞬間、咲良は横に突き飛ばされた。
 ドス。
 咲良に当たるかと思われたそれは、遙香の腕に当たっていた。
「痛っ」
 彼女がかばったのだ。
「遙香! どうして!?」
 腕を押さえてうずくまる遙香に駆け寄ると、彼女は言った。
「そんなことはどうでもいいから、早く逃げて!」
「でも!」
 用務員の鍬がもう一度振り上げられる。
「お願いだから!」
「嫌だ!」
 咲良は目を瞑って両手を広げた。
「何してるの!」
「今度は私の番!」
「ば―」
 遙香が言葉を発しようとしたとき。
 ボトリ。
 音が、した。
 ゆっくりと目を開く咲良。
「あれ? 嬢ちゃんたち何してるんだい?」
 鍬は地面に落ち、用務員の男は不思議な顔でこちらを見てきていた。
「時間切れみたいね、助かったわ」
 遙香がそうつぶやく。
「ねぇ、遙香! これってどういう―」
「ごめん、私ももう……」
 そう言って遙香は気を失った。

 遙香は、事件のことを覚えていなかった。遙香だけではなく、クラスメイトや教員、誰もがそんなことなかったかのように振るまっていた。
 残っていたのは、私の切り傷と、遙香の打撲痕だけ。あのあと、用務員に連れられ、保健室に行き、教室に戻ったときには授業が再開していたのだ。
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