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第三話 暗雲
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「自分、いた場所、行く。馬、借りたい」
そうアドが訴えたのは、彼が簡単な片言ならだいたいのことはしゃべれるようになった頃だった。
「いた場所って、アドが倒れていたところかい?」
ルーアはそう聞き返す。今は夕食の最中で、アド、ラザック、ミン、ルーアが揃っていた。
「うん」
アドが頷くとルーアも尋ねる。
「またどうしてだい?」
「確認、したいこと、ある」
ルーアはラザックの方を見る。
「それって遠いのかい?」
「オリーを走らせて半日くらいだ」
「朝早く出て一日で帰ってこれるかどうかってところだねぇ。場合によっては野宿が必要かもしれないよ」
「しかし、場所を知っているのは私とジルだけだしな。この忙しい時期にここを空けるわけにはいかない」
腕を組むラザック。すでにカルタの人々は祭りや冬の準備に忙しい。大人が一日まるまるいなくなるのはいろいろと角が立つ。
「大丈夫、心配、いらない。場所、分かる」
ラザックが驚いて聞く。
「アドはここにくるまで意識を失っていただろう。それがどうして『場所が分かる』なんて言うんだい?」
アドはラザックの問いに口ごもる。
「それは、言えない」
ミンが不安そうにラザックを見上げる。彼女の不安が、アドがこのまま帰ってこないのではないかという疑念からくるということが、ラザックには分かった。
「そうだな……。本当に場所が分かるとして、この辺の地理に詳しくないものを一人にさせるのは危険だ。ミン、一緒について行きなさい」
ミンは目を見開く。
「え、私? でも、忙しい時期だし……」
「大丈夫だ、子供二人分くらいなんとかなるさ」
「でも……」
草原は広いが、生まれてからずっと家族と過ごしてきたミンにとって、大事なのはこの場所だけだ。遠出をするのははばかられた。
煮え切らないミンに対して、ルーアが言う。
「心配なんていらないよ、お行き。新しい家族の初めての我がままなんだ。聞いてやりたいだろう?」
(そう、アドも家族なんだよね。なんとなく、いつか、何も言わずに行ってしまうんじゃないかって思ってた)
逡巡していたミンだったが、やがて、頷いて了承した。
「でも、その代わり帰ってきたら二人には二倍働いてもらうからね」
ルーアは最後にそう笑って付け加えた。
翌日早朝、ミンとアドはオリーに乗って出発した。今回はスピードを考えてミンの相棒であるポルランのユクはお留守番だ。オリーは体毛が薄いが、ほとんどはポルランと同じ茶色をしている。体躯はポルランより大きい。
(それにしても、どうやって場所を探してるんだろう)
迷いなく前を進むアドの様子を窺うミン。
「大丈夫?」
ふと、アドがオリーの足を緩め、振り返ってそう聞いた。
「大丈夫って休憩しなくていいかってこと?」
頷くアド。
「大丈夫大丈夫。アドは知らないかもしれないけど、カルタに住む人たちは男も女も子供もみんな馬を使えるんだよ」
「どうして?」
「生活に必要だっていうのが一番の理由だけど、外から敵に攻めてこられたときには馬に乗って逃げたり戦ったりするの。まぁ、ここ四十年はそういうの無いっていう話なんだけどね。でも、小さな諍いは時々あるみたい」
「敵、だれ?」
「前に攻めてきたのは南のアンシー人らしいんだけど、今は国が崩壊しちゃったからあんまり心配はいらないかも」
「カルタ、人少ない、どうやって、戦う?」
「えっとね、カルタの人たちの中には北の山脈付近に定住している人たちがいて、そこを中心に連絡を取り合っているの。どこかの部族が敵に遭遇したら、馬を駆って近くの部族や北の人たちに知らせて、必要だったら一緒に戦うんだよ」
アドはミンの説明を聞いて唸る。
「おもしろい」
「そう?」
攻める側にとって、カルタの人々の兵力を推察することは容易ではないし、どこから敵がくるかも分からない。さらに、ほぼ全員が馬を乗りこなすため、機動力にも優れている。
アドはしばらく何か考え込んでいたが、それきり何かを聞くことはなかった。
目的の場所に到着したのはその日の正午過ぎだった。
「大きな穴」
オリーから降りながらミンはそう感想を述べた。目の前には小規模なクレーターが存在していた。しかし、そこには何もない。
アドについて行くと、クレーターの先に大きな何かが存在していた。何か、としか言えないのは、ミンはそれと類するものを見たことがなかったからだ。その何かはちょうどカルタ一つ分くらいの大きさで、表面は焦げかけていて、所々銀色の鉄のようなものが見えた。
「これって何なの?」
ミンの質問に対してアドが首を横に振る。普通だったらとても気になるだろうが、ミンは深入りしない。こうしてついて行っていることには何も言わないのだから、見ることは良くても、あまり深く知られるのは良くないらしい。ミンは昔から察しの良さと、人との距離感を掴むのが上手い。彼女が多くの人に受け入れられているのはそういった部分が要因だ。
アドが何かを回すと扉が開いた。中に入ると、何やら複雑なものがたくさんあり、ミンは若干目眩を覚えた。さらにアドが何かの操作をすると、突然周囲のものが光り始めた。
「うわっ」
さすがに驚いたミンだが、そのあとすぐに火球を見たときのような胸の痛みを感じた。
(なんだろう……)
原因は分からないが、あの夜から時々こういうことがある。
意識を外に戻すと、アドが何かを呟いていた。
「×××××××××××」
内容は分からない。
しばらくすると、人の声がした。アドの声ではない。ミンは振り返ってみるが、誰もいない。よく耳を澄ませてみると、知らない声は信じられないことに周囲の物体の一つから聞こえているようだ。
『――×××××××』
「××××××」
しかも、アドはそれと会話しているように思える。
アドはひとしきりしゃべったあと、少し渋い顔をして会話を終えた。周囲の物体の光も消え、彼は外に出る。どうやら、目的は達成したようだ。
ミンが外に出るのを待ってから、アドは扉を閉めた。
「なんか、すごいね」
ミンがそう話しかけると、アドは困ったように笑った。
「秘密」
人差し指を口の前に持っていきながら、彼はそう言う。秘密であるはずのことをミンには見せた。それが何を意味するのかは分からないが、無下にすることはできない。
「うん、秘密」
ミンは同じように人差し指を口に当てた。そして、話題を切り替えるように言った。
「そういえば、このあとどうする?すぐに戻ってもいいけど、夜は危険かなぁ。少し走ってもいいけど、野宿にちょうどいい場所が見つかるとも限らないんだよねぇ」
アドは少し悩んだ末に先程出てきたばかりの物体を指した。
「ここ」
「いいの?」
「うん、疲れた」
見ると、アドの顔には疲労が浮かんでいた。それもそのはずだろう。アドは馬での長距離移動に慣れていない。彼は途中、ミンの心配をしていたが、心配をしなければいけないのはアドの方だったのだ。きっと、我がままを言ったのは自分だから、という理由で踏ん張っていたのだろう。
「ごめん、そうだよね。何で気づかなかったんだろう」
いつもなら人の機微には鋭いはずなのに、今回に限っては見逃していたようだ。
(今日? それとも出会って間もないアドだから?)
その疑問に答えは見つからなかった。
早めの夕食をとったあと、ミンとアドは例の物体の中にフェルトを敷いて包まった。衣食住用には作られていないようだが、二人が寝るだけのスペースは充分にあった。
「起きてる?」
「うん」
「何だか、変な感じだね。食事をして、布団に包まって。いつもとしてることは同じなのに。この中だからかな」
返事はないが、カサッと寝返りをうつ音が聞こえた。
「前に話した放浪癖のイクシャのこと覚えてる? イクシャはいつもこんな感じで旅してるのかな。……あ、疲れてるのに話しかけちゃってごめんね。……おやすみ」
返事はなかったが、もう一度寝返りの音が聞こえた。
◇ ◇ ◇
ミンを連れていくことになってしまったが、まぁいいだろう。今さら、見られてしまうからといって、それだけだ。彼女には理解できないだろうし、何もできないだろう。
そう思いながら、瞳に埋め込まれたチップからシップの位置をレーダーマップで投影する。マップも原住民には見えないし、特に問題はない。
しかし、馬というものは乗り物のくせに体力の消耗が大きい。ずいぶん長い時間走っているせいもあって疲労が溜まっていた。ミンは大丈夫だろうかと後ろを振り向けば、彼女は余裕そうな表情をしている。原住民は本当に恐ろしい。
なんとかシップに辿り着いたが、中まで見せても良いだろうか。機器に触らせなければ大丈夫だろう。彼女は察してくれるはずだ。
予想通り、彼女はほとんど何も聞いてこなかった。安心して、起動スイッチを入れると、エラーがいくつもあった。通信機器は生きているだろうか。
「こちら、タチバナ・アドルフ。応答願う。繰り返す。こちら、タチバナ・アドルフ――」
『……ザザ……こちらアルテリア系惑星調査船管制室。船長に繋げます』
どうやら通信はできるようだ。
『……ザザ……船長のカレブ・アーロンだ。生きていたか、アドルフ』
「はい、なんとか生きています」
『そうか。マーカーが動いているのを見て、そうではないかと希望をもっていたんだ。無事で何よりだ』
「ありがとうございます。……それで、あの……」
『聞かなくても分かっている。救助の件だな』
「はい」
『……ザザ……今すぐ助けに行ってやる……と言いたいところだが、そうも簡単にはいかないんだ。分かっているとは思うが、そちらには滑走路も船を打ち上げる設備もない。それなりに特殊な機体が必要になる。私も救助の要請を上に送ったんだが、残念なことに生きているかどうかも分からない者のために大金は出せないらしい。しかし、こうやって君の無事が分かったんだ。何としてでも船を寄こせと再申請しておくから、それまではしばらく我慢してくれ』
「どのくらいかかりますか?」
『……ザザ……それは何とも言えん』
「……分かりました」
『また何かあったら連絡を寄こしてくれ』
「はい」
通信を切ると、ため息が出た。船長は悪い人ではないが、話の内容を推察すると、当分救助は来なさそうだ。
結局、今日は二人で船の中で寝ることにした。まさか、彼女一人を野宿させる訳にはいかない。
布に包まると、彼女が話しかけてきた。返事をしようと思ったが、疲労のせいかひどく眠い。
眠気に抗えず、そのまま瞼を閉じていった。
◇ ◇ ◇
翌日、帰路を行く二人に近づく馬があった。
「誰?」
身構えるアドを横に見つつ、ミンは目を凝らした。
「んーあの黒っぽいオリーは……もしかしてイクシャ?」
目を丸くするミン。それもそのはず、この広い草原で、しかも拠点以外の場所。そんな場所で知り合いに出くわす確率はとても低い。黒いオリーがさらに近づくと、その人物の姿がはっきりしてきた。長髪を後ろで一つにまとめている。それを見てミンはオリーを止めた。
「うん、間違いなくイクシャだ。アド、昨日話に出たジルさんとこのイクシャ。知り合いだから大丈夫」
その言葉を聞いて、アドはようやく肩の力を抜いた。彼にとって、ここはまだ知らないことが多い土地のため、警戒心が強い。
「やあ、ミン。大人っぽくなったね」
オリーをそばに寄せたイクシャが声をかけた。
「相変わらずだね、イクシャは」
「あはは。元気そうで何より。ところで」
イクシャはそこで言葉を句切って、なめ回すようにアドを見た。
「そこのハンサムな少年はミンのボーイフレンドかい?」
ミンはその冗談に首を横に振って答えた。
「アドはちょっと前に大けがしてるところを父さんが見つけてきて、それ以来一緒に住んでいるの」
「なるほど。じゃあここへは何をしに?」
ミンは逡巡して答える。
「ちょっとね。捜し物」
「ふむ、詮索は無用ということかな」
顎を手でこすりながらイクシャは考え込む。
「とりあえず、挨拶はしておこう。僕はイクシャ。よろしく頼むよ」
差し出された手をしばし眺めたあと、アドはその手を握った。
「自分、アド。よろしく」
それを見てイクシャはにこやかに笑った。
「他にも聞きたいことはたくさんあるけど、僕も今回は事情があって戻ってきたんだ。君たちも今から帰るんだろう?」
「そうだね。忙しい時期だからあまり遊んではいられないし、話はまた帰ってから」
ミンがそう言うと三人は再びオリーを駆った。
カルタに辿り着いたのは正午前。イクシャは長へ会いに行くと言い残し、すぐにミンたちと別れた。
残された二人はすぐに旅の無事をラザックとルーアに伝えたが、ラザックも長のカルタに呼ばれてしまった。
「何かあったのかな」
ミンが心配そうに言葉をもらす。ラザックが出て行ってから小一時間ほどたっている。
「そうね、ちょっと遅いわね」
ルーアも同意した。
ラザックが帰ってきたのはさらに倍の時間がたったときだった。
「何かあったの?」
ミンがそう聞くと、ラザックはアドとルーアも呼び、話し始めた。
「バラダーン連邦国が西方諸国を統一した」
ミンとルーアは目を見開いた。
大陸の中央部には牧草地帯がある。ミンたちの住まう場所だ。国家の名称はないが、一般にワンドルクと呼ばれている。ワンドルクとは「さすらう者」を意味する。南にはアンシー人が住み、東には中立国クーデニアがある。クーデニアは大陸で最も発展している大きな国家である。そして、西方諸国。三十もの国が乱立し、度々紛争が起こってきた。
ラザックはアドにも分かるようにその辺の事情も交えながら説明した。
「十一年前、サドラン、レイズ、キーリスの三国が手を結び、バラダーン連邦国が作られた。そのバラダーンが強大な軍事力を背景に建国一年を待たずして周辺諸国に侵攻していったんだ。そしてイクシャが運んできた西方諸国統一の知らせだ。建国からわずか十一年しかたっていない。はっきり言って驚異的な早さだ。今後はさらに東へ勢力を広げるかもしれない」
西方諸国から見て東。つまり、それは他ならぬミンたちの住まうワンドルクを指していた。
「幸い、西方とここでは地形や気候もだいぶ違う。冬には行軍できないだろうし、ここまで来るのは早くて冬が明けてからだろう」
バラダーンの冬は厳しいが、逆にそれが敵の侵攻を難しくしている理由の一つだった。
ラザックの話を聞き、ひとまず息をついた面々だったが、表情は晴れなかった。早ければ一年後、ここは戦渦に巻き込まれるかもしれないという事実が重くのしかかっていたのだ。
いつも絶えることないミンの表情にも陰りがあった。
そうアドが訴えたのは、彼が簡単な片言ならだいたいのことはしゃべれるようになった頃だった。
「いた場所って、アドが倒れていたところかい?」
ルーアはそう聞き返す。今は夕食の最中で、アド、ラザック、ミン、ルーアが揃っていた。
「うん」
アドが頷くとルーアも尋ねる。
「またどうしてだい?」
「確認、したいこと、ある」
ルーアはラザックの方を見る。
「それって遠いのかい?」
「オリーを走らせて半日くらいだ」
「朝早く出て一日で帰ってこれるかどうかってところだねぇ。場合によっては野宿が必要かもしれないよ」
「しかし、場所を知っているのは私とジルだけだしな。この忙しい時期にここを空けるわけにはいかない」
腕を組むラザック。すでにカルタの人々は祭りや冬の準備に忙しい。大人が一日まるまるいなくなるのはいろいろと角が立つ。
「大丈夫、心配、いらない。場所、分かる」
ラザックが驚いて聞く。
「アドはここにくるまで意識を失っていただろう。それがどうして『場所が分かる』なんて言うんだい?」
アドはラザックの問いに口ごもる。
「それは、言えない」
ミンが不安そうにラザックを見上げる。彼女の不安が、アドがこのまま帰ってこないのではないかという疑念からくるということが、ラザックには分かった。
「そうだな……。本当に場所が分かるとして、この辺の地理に詳しくないものを一人にさせるのは危険だ。ミン、一緒について行きなさい」
ミンは目を見開く。
「え、私? でも、忙しい時期だし……」
「大丈夫だ、子供二人分くらいなんとかなるさ」
「でも……」
草原は広いが、生まれてからずっと家族と過ごしてきたミンにとって、大事なのはこの場所だけだ。遠出をするのははばかられた。
煮え切らないミンに対して、ルーアが言う。
「心配なんていらないよ、お行き。新しい家族の初めての我がままなんだ。聞いてやりたいだろう?」
(そう、アドも家族なんだよね。なんとなく、いつか、何も言わずに行ってしまうんじゃないかって思ってた)
逡巡していたミンだったが、やがて、頷いて了承した。
「でも、その代わり帰ってきたら二人には二倍働いてもらうからね」
ルーアは最後にそう笑って付け加えた。
翌日早朝、ミンとアドはオリーに乗って出発した。今回はスピードを考えてミンの相棒であるポルランのユクはお留守番だ。オリーは体毛が薄いが、ほとんどはポルランと同じ茶色をしている。体躯はポルランより大きい。
(それにしても、どうやって場所を探してるんだろう)
迷いなく前を進むアドの様子を窺うミン。
「大丈夫?」
ふと、アドがオリーの足を緩め、振り返ってそう聞いた。
「大丈夫って休憩しなくていいかってこと?」
頷くアド。
「大丈夫大丈夫。アドは知らないかもしれないけど、カルタに住む人たちは男も女も子供もみんな馬を使えるんだよ」
「どうして?」
「生活に必要だっていうのが一番の理由だけど、外から敵に攻めてこられたときには馬に乗って逃げたり戦ったりするの。まぁ、ここ四十年はそういうの無いっていう話なんだけどね。でも、小さな諍いは時々あるみたい」
「敵、だれ?」
「前に攻めてきたのは南のアンシー人らしいんだけど、今は国が崩壊しちゃったからあんまり心配はいらないかも」
「カルタ、人少ない、どうやって、戦う?」
「えっとね、カルタの人たちの中には北の山脈付近に定住している人たちがいて、そこを中心に連絡を取り合っているの。どこかの部族が敵に遭遇したら、馬を駆って近くの部族や北の人たちに知らせて、必要だったら一緒に戦うんだよ」
アドはミンの説明を聞いて唸る。
「おもしろい」
「そう?」
攻める側にとって、カルタの人々の兵力を推察することは容易ではないし、どこから敵がくるかも分からない。さらに、ほぼ全員が馬を乗りこなすため、機動力にも優れている。
アドはしばらく何か考え込んでいたが、それきり何かを聞くことはなかった。
目的の場所に到着したのはその日の正午過ぎだった。
「大きな穴」
オリーから降りながらミンはそう感想を述べた。目の前には小規模なクレーターが存在していた。しかし、そこには何もない。
アドについて行くと、クレーターの先に大きな何かが存在していた。何か、としか言えないのは、ミンはそれと類するものを見たことがなかったからだ。その何かはちょうどカルタ一つ分くらいの大きさで、表面は焦げかけていて、所々銀色の鉄のようなものが見えた。
「これって何なの?」
ミンの質問に対してアドが首を横に振る。普通だったらとても気になるだろうが、ミンは深入りしない。こうしてついて行っていることには何も言わないのだから、見ることは良くても、あまり深く知られるのは良くないらしい。ミンは昔から察しの良さと、人との距離感を掴むのが上手い。彼女が多くの人に受け入れられているのはそういった部分が要因だ。
アドが何かを回すと扉が開いた。中に入ると、何やら複雑なものがたくさんあり、ミンは若干目眩を覚えた。さらにアドが何かの操作をすると、突然周囲のものが光り始めた。
「うわっ」
さすがに驚いたミンだが、そのあとすぐに火球を見たときのような胸の痛みを感じた。
(なんだろう……)
原因は分からないが、あの夜から時々こういうことがある。
意識を外に戻すと、アドが何かを呟いていた。
「×××××××××××」
内容は分からない。
しばらくすると、人の声がした。アドの声ではない。ミンは振り返ってみるが、誰もいない。よく耳を澄ませてみると、知らない声は信じられないことに周囲の物体の一つから聞こえているようだ。
『――×××××××』
「××××××」
しかも、アドはそれと会話しているように思える。
アドはひとしきりしゃべったあと、少し渋い顔をして会話を終えた。周囲の物体の光も消え、彼は外に出る。どうやら、目的は達成したようだ。
ミンが外に出るのを待ってから、アドは扉を閉めた。
「なんか、すごいね」
ミンがそう話しかけると、アドは困ったように笑った。
「秘密」
人差し指を口の前に持っていきながら、彼はそう言う。秘密であるはずのことをミンには見せた。それが何を意味するのかは分からないが、無下にすることはできない。
「うん、秘密」
ミンは同じように人差し指を口に当てた。そして、話題を切り替えるように言った。
「そういえば、このあとどうする?すぐに戻ってもいいけど、夜は危険かなぁ。少し走ってもいいけど、野宿にちょうどいい場所が見つかるとも限らないんだよねぇ」
アドは少し悩んだ末に先程出てきたばかりの物体を指した。
「ここ」
「いいの?」
「うん、疲れた」
見ると、アドの顔には疲労が浮かんでいた。それもそのはずだろう。アドは馬での長距離移動に慣れていない。彼は途中、ミンの心配をしていたが、心配をしなければいけないのはアドの方だったのだ。きっと、我がままを言ったのは自分だから、という理由で踏ん張っていたのだろう。
「ごめん、そうだよね。何で気づかなかったんだろう」
いつもなら人の機微には鋭いはずなのに、今回に限っては見逃していたようだ。
(今日? それとも出会って間もないアドだから?)
その疑問に答えは見つからなかった。
早めの夕食をとったあと、ミンとアドは例の物体の中にフェルトを敷いて包まった。衣食住用には作られていないようだが、二人が寝るだけのスペースは充分にあった。
「起きてる?」
「うん」
「何だか、変な感じだね。食事をして、布団に包まって。いつもとしてることは同じなのに。この中だからかな」
返事はないが、カサッと寝返りをうつ音が聞こえた。
「前に話した放浪癖のイクシャのこと覚えてる? イクシャはいつもこんな感じで旅してるのかな。……あ、疲れてるのに話しかけちゃってごめんね。……おやすみ」
返事はなかったが、もう一度寝返りの音が聞こえた。
◇ ◇ ◇
ミンを連れていくことになってしまったが、まぁいいだろう。今さら、見られてしまうからといって、それだけだ。彼女には理解できないだろうし、何もできないだろう。
そう思いながら、瞳に埋め込まれたチップからシップの位置をレーダーマップで投影する。マップも原住民には見えないし、特に問題はない。
しかし、馬というものは乗り物のくせに体力の消耗が大きい。ずいぶん長い時間走っているせいもあって疲労が溜まっていた。ミンは大丈夫だろうかと後ろを振り向けば、彼女は余裕そうな表情をしている。原住民は本当に恐ろしい。
なんとかシップに辿り着いたが、中まで見せても良いだろうか。機器に触らせなければ大丈夫だろう。彼女は察してくれるはずだ。
予想通り、彼女はほとんど何も聞いてこなかった。安心して、起動スイッチを入れると、エラーがいくつもあった。通信機器は生きているだろうか。
「こちら、タチバナ・アドルフ。応答願う。繰り返す。こちら、タチバナ・アドルフ――」
『……ザザ……こちらアルテリア系惑星調査船管制室。船長に繋げます』
どうやら通信はできるようだ。
『……ザザ……船長のカレブ・アーロンだ。生きていたか、アドルフ』
「はい、なんとか生きています」
『そうか。マーカーが動いているのを見て、そうではないかと希望をもっていたんだ。無事で何よりだ』
「ありがとうございます。……それで、あの……」
『聞かなくても分かっている。救助の件だな』
「はい」
『……ザザ……今すぐ助けに行ってやる……と言いたいところだが、そうも簡単にはいかないんだ。分かっているとは思うが、そちらには滑走路も船を打ち上げる設備もない。それなりに特殊な機体が必要になる。私も救助の要請を上に送ったんだが、残念なことに生きているかどうかも分からない者のために大金は出せないらしい。しかし、こうやって君の無事が分かったんだ。何としてでも船を寄こせと再申請しておくから、それまではしばらく我慢してくれ』
「どのくらいかかりますか?」
『……ザザ……それは何とも言えん』
「……分かりました」
『また何かあったら連絡を寄こしてくれ』
「はい」
通信を切ると、ため息が出た。船長は悪い人ではないが、話の内容を推察すると、当分救助は来なさそうだ。
結局、今日は二人で船の中で寝ることにした。まさか、彼女一人を野宿させる訳にはいかない。
布に包まると、彼女が話しかけてきた。返事をしようと思ったが、疲労のせいかひどく眠い。
眠気に抗えず、そのまま瞼を閉じていった。
◇ ◇ ◇
翌日、帰路を行く二人に近づく馬があった。
「誰?」
身構えるアドを横に見つつ、ミンは目を凝らした。
「んーあの黒っぽいオリーは……もしかしてイクシャ?」
目を丸くするミン。それもそのはず、この広い草原で、しかも拠点以外の場所。そんな場所で知り合いに出くわす確率はとても低い。黒いオリーがさらに近づくと、その人物の姿がはっきりしてきた。長髪を後ろで一つにまとめている。それを見てミンはオリーを止めた。
「うん、間違いなくイクシャだ。アド、昨日話に出たジルさんとこのイクシャ。知り合いだから大丈夫」
その言葉を聞いて、アドはようやく肩の力を抜いた。彼にとって、ここはまだ知らないことが多い土地のため、警戒心が強い。
「やあ、ミン。大人っぽくなったね」
オリーをそばに寄せたイクシャが声をかけた。
「相変わらずだね、イクシャは」
「あはは。元気そうで何より。ところで」
イクシャはそこで言葉を句切って、なめ回すようにアドを見た。
「そこのハンサムな少年はミンのボーイフレンドかい?」
ミンはその冗談に首を横に振って答えた。
「アドはちょっと前に大けがしてるところを父さんが見つけてきて、それ以来一緒に住んでいるの」
「なるほど。じゃあここへは何をしに?」
ミンは逡巡して答える。
「ちょっとね。捜し物」
「ふむ、詮索は無用ということかな」
顎を手でこすりながらイクシャは考え込む。
「とりあえず、挨拶はしておこう。僕はイクシャ。よろしく頼むよ」
差し出された手をしばし眺めたあと、アドはその手を握った。
「自分、アド。よろしく」
それを見てイクシャはにこやかに笑った。
「他にも聞きたいことはたくさんあるけど、僕も今回は事情があって戻ってきたんだ。君たちも今から帰るんだろう?」
「そうだね。忙しい時期だからあまり遊んではいられないし、話はまた帰ってから」
ミンがそう言うと三人は再びオリーを駆った。
カルタに辿り着いたのは正午前。イクシャは長へ会いに行くと言い残し、すぐにミンたちと別れた。
残された二人はすぐに旅の無事をラザックとルーアに伝えたが、ラザックも長のカルタに呼ばれてしまった。
「何かあったのかな」
ミンが心配そうに言葉をもらす。ラザックが出て行ってから小一時間ほどたっている。
「そうね、ちょっと遅いわね」
ルーアも同意した。
ラザックが帰ってきたのはさらに倍の時間がたったときだった。
「何かあったの?」
ミンがそう聞くと、ラザックはアドとルーアも呼び、話し始めた。
「バラダーン連邦国が西方諸国を統一した」
ミンとルーアは目を見開いた。
大陸の中央部には牧草地帯がある。ミンたちの住まう場所だ。国家の名称はないが、一般にワンドルクと呼ばれている。ワンドルクとは「さすらう者」を意味する。南にはアンシー人が住み、東には中立国クーデニアがある。クーデニアは大陸で最も発展している大きな国家である。そして、西方諸国。三十もの国が乱立し、度々紛争が起こってきた。
ラザックはアドにも分かるようにその辺の事情も交えながら説明した。
「十一年前、サドラン、レイズ、キーリスの三国が手を結び、バラダーン連邦国が作られた。そのバラダーンが強大な軍事力を背景に建国一年を待たずして周辺諸国に侵攻していったんだ。そしてイクシャが運んできた西方諸国統一の知らせだ。建国からわずか十一年しかたっていない。はっきり言って驚異的な早さだ。今後はさらに東へ勢力を広げるかもしれない」
西方諸国から見て東。つまり、それは他ならぬミンたちの住まうワンドルクを指していた。
「幸い、西方とここでは地形や気候もだいぶ違う。冬には行軍できないだろうし、ここまで来るのは早くて冬が明けてからだろう」
バラダーンの冬は厳しいが、逆にそれが敵の侵攻を難しくしている理由の一つだった。
ラザックの話を聞き、ひとまず息をついた面々だったが、表情は晴れなかった。早ければ一年後、ここは戦渦に巻き込まれるかもしれないという事実が重くのしかかっていたのだ。
いつも絶えることないミンの表情にも陰りがあった。
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