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外伝「妹と脱糞」1-①
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池谷和人には二人の妹がいた。そのうち、下の妹である池谷梨香は小学五年生だ。彼女の性格は一言で言うと生真面目。勉強のし過ぎで早くも眼鏡をかけている。また、ふざけたことが嫌いで、少々固すぎることがあだとなり、上の妹とは上手くいっていない。その代わり、県内有数の進学校に今年入学した兄のことは羨望の眼差しで見ている。
しかし、最近良からぬ噂を耳にする。
学校でのこと。
「やーい、お前の兄ちゃんうんこ漏らしー」
我が耳を疑った。よもや尊敬している兄のことを至近距離で侮辱されるとは思わなかった。もちろん梨香は憤った。
「それは誰の兄さんのことを言っているんですか!?」
「お前の兄ちゃんだよ! すとぅーる? って言われてるらしいぞ!」
「すとぅーる……? 何ですか、それは?」
「知らねえよ! でも、うちの兄ちゃん言ってたぞ!」
「自分の知らない言葉を使うのはおすすめしません。とにかく、私の兄さんのことを侮辱するのはやめてください」
(すとぅーるとはいったい何でしょう?)
梨香は家に帰ってこっそり辞書を開いた。しかし、目的の単語は載っていなかった。
(そうだ、兄さんなら……)
勤勉な兄のことだ。知っているに違いない。
梨香は兄の部屋の扉をノックした。
少しモジモジしながら中へ声をかける。
「に、兄さん。いますか?」
「梨香? どうした?」
もしかしたら勉強中かもしれないと思い、梨香は遠慮がちに聞いた。
「少しお聞きしたいことがあるのですが……入ってもよろしいですか?」
すると、少し慌てた様子の返事があった。
「あ、ああいいよ」
ガサガサ。
何か音が聞こえた気がしたが、そっと扉を開けた。
「に、兄さん? どうかなさったんですか?」
兄の目は少し腫れていた。
「い、いや別に何でもないぞ。花粉がちょっとな」
「花粉? もうだいぶ時期は過ぎていますけれど」
確かに鼻声だったが、訝しむ梨香。ゴミ箱からはティッシュが溢れかえっている。湿っているようでもあった。
「兄さん、そのティッシュ……そんなに大変なんですか?」
「あ、ああこれか。これはなぜか両目から大量の液体がな……」
「液体? 本当に大丈夫ですか? お辛いようでしたらお休みになっては?」
「だ、大丈夫だ。それより聞きたいことがあったんじゃないか?」
梨香は兄のことが心配だった。でも、何でも完璧な兄のことだ。体調管理を怠るとも思えない。これ以上問い詰めても迷惑だろう。
「本当に辛かったらお休みになってくださいね」
「ああ」
「それでは私の聞きたいことですが……」
「うん、何だ?」
「すとぅーる、って何ですか?」
ピク。
和人の眉が動いた。
「兄さん?」
「ん、ああストゥール……ストゥールな! 知ってるぞ! ヒジ掛けや背もたれのない椅子のことだ! お店のカウンターなんかにあるやつな!」
「そうですか! さすが兄さんです!」
なぜ兄がそう呼ばれているのか疑問にも思わず目をキラキラさせる梨香。明らかに和人の声は上擦っていたが、それにも気づいていない。因みに彼の言っていることは間違いではない。そういう意味もあるのだ。
「ありがとうございました! またいろいろ教えてください!」
梨香は意気揚々と部屋をあとにした。
彼女が去った部屋では鼻をすする音が聞こえていたという。
その日は唐突に訪れた。
(お、お腹が……!)
ある日の午後。
牛乳を飲み過ぎたのか、梨香は腹痛に襲われていた。たまらずトイレに駆け込む。
急いで便器に座り、便を排出した。
肛門が悲鳴を上げる。
ブリブリブリ―。
そのとき。
「おーい梨……」
(…………!)
梨香の顔から血の気が引いていく。それもそのはず、あろうことか、尊敬する兄が近くを通りかかったときに大きな音を響かせて脱糞をしてしまったのだ。
確実に聞かれた。その証拠に、兄は途中で自分の名を呼ぶのを止めた。さらに、そのままスタスタと立ち去ってしまったのだ。
(………………)
びゅるびゅるびゅる……。
小さな四角い空間に、悲しげな音が響き渡った。
「死のう……」
梨香は虚ろな目をしてそう呟いた。
「お前の兄ちゃんうんこ漏らしー」
周囲ではやし立てる声。
しかし、梨香は何の反応もしない。
(うんこ漏らしは私だ……)
俯く彼女の表情は暗い。
(絶対、兄さんに嫌われた……)
敬愛する兄に嫌われたとあっては、もう何のために生きているかも分からない。
今日も彼女は憂鬱な日々を過ごす。
しかし、最近良からぬ噂を耳にする。
学校でのこと。
「やーい、お前の兄ちゃんうんこ漏らしー」
我が耳を疑った。よもや尊敬している兄のことを至近距離で侮辱されるとは思わなかった。もちろん梨香は憤った。
「それは誰の兄さんのことを言っているんですか!?」
「お前の兄ちゃんだよ! すとぅーる? って言われてるらしいぞ!」
「すとぅーる……? 何ですか、それは?」
「知らねえよ! でも、うちの兄ちゃん言ってたぞ!」
「自分の知らない言葉を使うのはおすすめしません。とにかく、私の兄さんのことを侮辱するのはやめてください」
(すとぅーるとはいったい何でしょう?)
梨香は家に帰ってこっそり辞書を開いた。しかし、目的の単語は載っていなかった。
(そうだ、兄さんなら……)
勤勉な兄のことだ。知っているに違いない。
梨香は兄の部屋の扉をノックした。
少しモジモジしながら中へ声をかける。
「に、兄さん。いますか?」
「梨香? どうした?」
もしかしたら勉強中かもしれないと思い、梨香は遠慮がちに聞いた。
「少しお聞きしたいことがあるのですが……入ってもよろしいですか?」
すると、少し慌てた様子の返事があった。
「あ、ああいいよ」
ガサガサ。
何か音が聞こえた気がしたが、そっと扉を開けた。
「に、兄さん? どうかなさったんですか?」
兄の目は少し腫れていた。
「い、いや別に何でもないぞ。花粉がちょっとな」
「花粉? もうだいぶ時期は過ぎていますけれど」
確かに鼻声だったが、訝しむ梨香。ゴミ箱からはティッシュが溢れかえっている。湿っているようでもあった。
「兄さん、そのティッシュ……そんなに大変なんですか?」
「あ、ああこれか。これはなぜか両目から大量の液体がな……」
「液体? 本当に大丈夫ですか? お辛いようでしたらお休みになっては?」
「だ、大丈夫だ。それより聞きたいことがあったんじゃないか?」
梨香は兄のことが心配だった。でも、何でも完璧な兄のことだ。体調管理を怠るとも思えない。これ以上問い詰めても迷惑だろう。
「本当に辛かったらお休みになってくださいね」
「ああ」
「それでは私の聞きたいことですが……」
「うん、何だ?」
「すとぅーる、って何ですか?」
ピク。
和人の眉が動いた。
「兄さん?」
「ん、ああストゥール……ストゥールな! 知ってるぞ! ヒジ掛けや背もたれのない椅子のことだ! お店のカウンターなんかにあるやつな!」
「そうですか! さすが兄さんです!」
なぜ兄がそう呼ばれているのか疑問にも思わず目をキラキラさせる梨香。明らかに和人の声は上擦っていたが、それにも気づいていない。因みに彼の言っていることは間違いではない。そういう意味もあるのだ。
「ありがとうございました! またいろいろ教えてください!」
梨香は意気揚々と部屋をあとにした。
彼女が去った部屋では鼻をすする音が聞こえていたという。
その日は唐突に訪れた。
(お、お腹が……!)
ある日の午後。
牛乳を飲み過ぎたのか、梨香は腹痛に襲われていた。たまらずトイレに駆け込む。
急いで便器に座り、便を排出した。
肛門が悲鳴を上げる。
ブリブリブリ―。
そのとき。
「おーい梨……」
(…………!)
梨香の顔から血の気が引いていく。それもそのはず、あろうことか、尊敬する兄が近くを通りかかったときに大きな音を響かせて脱糞をしてしまったのだ。
確実に聞かれた。その証拠に、兄は途中で自分の名を呼ぶのを止めた。さらに、そのままスタスタと立ち去ってしまったのだ。
(………………)
びゅるびゅるびゅる……。
小さな四角い空間に、悲しげな音が響き渡った。
「死のう……」
梨香は虚ろな目をしてそう呟いた。
「お前の兄ちゃんうんこ漏らしー」
周囲ではやし立てる声。
しかし、梨香は何の反応もしない。
(うんこ漏らしは私だ……)
俯く彼女の表情は暗い。
(絶対、兄さんに嫌われた……)
敬愛する兄に嫌われたとあっては、もう何のために生きているかも分からない。
今日も彼女は憂鬱な日々を過ごす。
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