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第七糞
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十二月。
外を行く人の吐く息も白く、寒さも増してきた今日この頃。静岡の中心の一つである青葉通りではイルミネーションが点灯している。季節はもうすっかり冬で空からは雪が、
「降らないな」
「ああ、ちっとも降らねぇ」
そう、降らないのである。もちろん、山間部では雪が積もるが、県庁所在地周辺ではここ十年以上積雪が0センチメートル。気象庁のデータでは積雪という現象が確認されていないのだ。これは沖縄と肩を並べるレベルである。
なぜ、雪が降らないのか。その主な理由は、北部に鎮座する三千メートル級の南アルプスの山々が日本海からの湿った風を遮っているからである。
そんな寒いくせにちっとも風情のない光景を、和人と泰平は教室から眺めていた。
「雪、降らねぇかなー」
泰平がそう言うと、和人が同意する。
「そうだな」
意味のない願望が口をついて出る。
「誰か降らせてくれねぇかなー」
「誰かって誰だ」
「分かんねぇけど、神様とか?」
「何だそれは」
「んーじゃあ俺らが降らせちゃうか」
「おい、今何て言った」
「降らせちゃうかって……まあ、冗談だが」
そこで空気が一変した。
「いや、その手があったか!」
「どうしたんだよ、急に」
「俺らで雪を作ってしまえばいいんだ!」
「マジで言ってる?」
「ああ、俺らで作るんだ。そして、雪を降らせて、小さな幸せをクリスマスプレゼントとしてみんなに届けるんだ!」
「おいおい、そんなことできる訳な……いや、アリか!?」
「アリだ!」
「不思議だ。お前が言うことならできそうな気がする!」
「できるさ、俺らなら!」
泰平が立ち上がり、不適な笑みを浮かべる。
「さーてと、小さな幸せ、作っちゃいますか」
こうして、降雪大作戦は始まった。
十二月二十五日、クリスマス。
「こんなに大量の氷どうするの?」
おっとりした声が聞こえる。クラスの癒やし的な存在、内山である。
「幸せを運びに行くんだよ」
泰平が機材を運びながら答える。
「よし、準備完了」
今、屋上には和人と泰平、それに内山がいる。
「じゃあ、今からこのかき氷器で氷を砕いてもらう」
三人はそれぞれかき氷器を回し始めた。
「クソ、なかなか手強いな」
泰平は思いの外進まない作業に四苦八苦していた。
「おい、幸せを届けるんじゃなかったのか? 見ろよ、内山を。ほとんど説明もしてないのにあれだけの仕事をやってのけてるんだぞ」
泰平は内山の方を見た。
「マジかよ……さすがだぜ、内山。力がありそうだから呼んでみたが正解だったな」
「い、いやあ。そんなことないって」
「謙遜するな、内山。お前はすごい。お前なら世界初のかき氷大臣になれるかもしれないぞ」
「そ、そうかな」
和人の賞賛に、まんざらでもない内山。
と、そこで彼がぶるっと震えた。
「どうした、内山」
「何か寒くなってきたなって。お腹もちょっと痛いかも」
「それは申し訳ない。もう二十分も外にいるんだからな」
「ううん、頑張るよ。みんなを幸せにするためなんだもんね」
「そろそろいいだろう」
目の前には大量のかき氷ができていた。
「ん、じゃあそろそろやっちゃいますか!」
和人に続き、泰平も腰を上げる。
「これで準備はいいな」
「おう!」
泰平が業務用扇風機のスイッチに手を置く。
「かけ声は内山、頼めるか?」
「え、僕でいいの?」
「遠慮はするな、お前が一番の功労者だ」
「う、うん。……分かった!」
和人の後押しに、内山は覚悟を決める。
「いくよ!」
「ああ!」
息を吸い込むと、彼は叫んだ。
「幸せになーれ!」
「「幸せになーれ!」」
唱和と共に泰平が扇風機のスイッチを押した。
「……」
「…………」
「………………」
「どうした、小川軍曹」
泰平が神妙な顔で手を挙げていた。
「……池谷隊長。雪が、溶け始めています」
「なん……だと!?」
「重みで、雪が飛びません」
彼らは知らなかった。彼らにとっては充分凍える静岡の気温が、世間では温いと呼ばれるレベルであることに。
「隊長……作戦の続行は不可能です」
「嘘……だろ?」
「所詮我々では、幸せなど作れなかったのです」
「そんな……」
打ちひしがれる和人と泰平。そんなとき、一人だけ諦めていない者がいた。
「内山? そのホースをどうする気だ?」
彼は、普段の様子からは想像ができないくらいに鋭い表情をしていた。
「まさか、それで雪を吹こうというのか……? やめろ! そんなことをしても無駄だ! 俺たちには無理だったんだよ! 業務用扇風機にできなかったことが人力でできるわけがない!」
しかし、内山は止まらない。彼はホースに口をつけ、かき氷の山に向かって息を吹きかけた。
「……ほら、無理だったじゃないか。諦め……いや、待て!」
和人は驚愕した。氷の山がわずかに動いていたのだ。
「やれる! やれるぞ! 内山、お前ならやれる!」
「隊長、我々は今、奇跡を目撃しようとしているのかもしれません」
「ああ、俺たちは歴史の目撃者だ」
「内山二等兵、あともう少しだ! 頑張れ!」
内山は泰平の応援を受けると、体勢を変えた。
「おい、何だあの構えは!? 校庭に尻を突き出したぞ!」
「あれでは逆向きに……」
内山はそのままホースを股の間に向けた。
「!?」
「隊長、あれはまさか……」
「ああ、そうだ」
「重力……」
「それだけじゃない。重力を利用しつつ、最も勢いの出る体勢だ」
「計算され尽くされたフォーム…………これなら」
いける。
泰平と和人はそう確信した。
「内山二等兵!」
「ただのデブじゃないってところを見せてやれ!」
「内山二等兵!!」
「今日からお前は幸せを運ぶデブになるんだ!」
和人と泰平はあらん限りの声で叫んだ。
「「いけえええええええデブぅううううううううう!!!」」
「ブリブリブリブリブリブリブリブリィ!!」
雪が、舞った。
下痢便が、舞った。
それは、紛れもない奇跡だった。
稀代の肺活量と、ズボンを突き破るほどの脱糞力。
彼以外に、それを成し遂げられる者はいないだろう。
世界でここだけの脱糞クリスマス。
和人と泰平の涙腺は感動で崩壊した。
キラキラと放物線を描く、ガラスのように美しい雪。
それを窓から眺める生徒たち。
確かに、小さな幸せは届いていた。
「あ、雪だ!」
「え、マジ?」
「静岡にも雪降るんだ!」
「でも、何か茶色のも降ってね?」
「そんな訳ないでしょ」
「いや、マジで茶色いって!」
「うっわホントだ、きったねぇ!」
外を行く人の吐く息も白く、寒さも増してきた今日この頃。静岡の中心の一つである青葉通りではイルミネーションが点灯している。季節はもうすっかり冬で空からは雪が、
「降らないな」
「ああ、ちっとも降らねぇ」
そう、降らないのである。もちろん、山間部では雪が積もるが、県庁所在地周辺ではここ十年以上積雪が0センチメートル。気象庁のデータでは積雪という現象が確認されていないのだ。これは沖縄と肩を並べるレベルである。
なぜ、雪が降らないのか。その主な理由は、北部に鎮座する三千メートル級の南アルプスの山々が日本海からの湿った風を遮っているからである。
そんな寒いくせにちっとも風情のない光景を、和人と泰平は教室から眺めていた。
「雪、降らねぇかなー」
泰平がそう言うと、和人が同意する。
「そうだな」
意味のない願望が口をついて出る。
「誰か降らせてくれねぇかなー」
「誰かって誰だ」
「分かんねぇけど、神様とか?」
「何だそれは」
「んーじゃあ俺らが降らせちゃうか」
「おい、今何て言った」
「降らせちゃうかって……まあ、冗談だが」
そこで空気が一変した。
「いや、その手があったか!」
「どうしたんだよ、急に」
「俺らで雪を作ってしまえばいいんだ!」
「マジで言ってる?」
「ああ、俺らで作るんだ。そして、雪を降らせて、小さな幸せをクリスマスプレゼントとしてみんなに届けるんだ!」
「おいおい、そんなことできる訳な……いや、アリか!?」
「アリだ!」
「不思議だ。お前が言うことならできそうな気がする!」
「できるさ、俺らなら!」
泰平が立ち上がり、不適な笑みを浮かべる。
「さーてと、小さな幸せ、作っちゃいますか」
こうして、降雪大作戦は始まった。
十二月二十五日、クリスマス。
「こんなに大量の氷どうするの?」
おっとりした声が聞こえる。クラスの癒やし的な存在、内山である。
「幸せを運びに行くんだよ」
泰平が機材を運びながら答える。
「よし、準備完了」
今、屋上には和人と泰平、それに内山がいる。
「じゃあ、今からこのかき氷器で氷を砕いてもらう」
三人はそれぞれかき氷器を回し始めた。
「クソ、なかなか手強いな」
泰平は思いの外進まない作業に四苦八苦していた。
「おい、幸せを届けるんじゃなかったのか? 見ろよ、内山を。ほとんど説明もしてないのにあれだけの仕事をやってのけてるんだぞ」
泰平は内山の方を見た。
「マジかよ……さすがだぜ、内山。力がありそうだから呼んでみたが正解だったな」
「い、いやあ。そんなことないって」
「謙遜するな、内山。お前はすごい。お前なら世界初のかき氷大臣になれるかもしれないぞ」
「そ、そうかな」
和人の賞賛に、まんざらでもない内山。
と、そこで彼がぶるっと震えた。
「どうした、内山」
「何か寒くなってきたなって。お腹もちょっと痛いかも」
「それは申し訳ない。もう二十分も外にいるんだからな」
「ううん、頑張るよ。みんなを幸せにするためなんだもんね」
「そろそろいいだろう」
目の前には大量のかき氷ができていた。
「ん、じゃあそろそろやっちゃいますか!」
和人に続き、泰平も腰を上げる。
「これで準備はいいな」
「おう!」
泰平が業務用扇風機のスイッチに手を置く。
「かけ声は内山、頼めるか?」
「え、僕でいいの?」
「遠慮はするな、お前が一番の功労者だ」
「う、うん。……分かった!」
和人の後押しに、内山は覚悟を決める。
「いくよ!」
「ああ!」
息を吸い込むと、彼は叫んだ。
「幸せになーれ!」
「「幸せになーれ!」」
唱和と共に泰平が扇風機のスイッチを押した。
「……」
「…………」
「………………」
「どうした、小川軍曹」
泰平が神妙な顔で手を挙げていた。
「……池谷隊長。雪が、溶け始めています」
「なん……だと!?」
「重みで、雪が飛びません」
彼らは知らなかった。彼らにとっては充分凍える静岡の気温が、世間では温いと呼ばれるレベルであることに。
「隊長……作戦の続行は不可能です」
「嘘……だろ?」
「所詮我々では、幸せなど作れなかったのです」
「そんな……」
打ちひしがれる和人と泰平。そんなとき、一人だけ諦めていない者がいた。
「内山? そのホースをどうする気だ?」
彼は、普段の様子からは想像ができないくらいに鋭い表情をしていた。
「まさか、それで雪を吹こうというのか……? やめろ! そんなことをしても無駄だ! 俺たちには無理だったんだよ! 業務用扇風機にできなかったことが人力でできるわけがない!」
しかし、内山は止まらない。彼はホースに口をつけ、かき氷の山に向かって息を吹きかけた。
「……ほら、無理だったじゃないか。諦め……いや、待て!」
和人は驚愕した。氷の山がわずかに動いていたのだ。
「やれる! やれるぞ! 内山、お前ならやれる!」
「隊長、我々は今、奇跡を目撃しようとしているのかもしれません」
「ああ、俺たちは歴史の目撃者だ」
「内山二等兵、あともう少しだ! 頑張れ!」
内山は泰平の応援を受けると、体勢を変えた。
「おい、何だあの構えは!? 校庭に尻を突き出したぞ!」
「あれでは逆向きに……」
内山はそのままホースを股の間に向けた。
「!?」
「隊長、あれはまさか……」
「ああ、そうだ」
「重力……」
「それだけじゃない。重力を利用しつつ、最も勢いの出る体勢だ」
「計算され尽くされたフォーム…………これなら」
いける。
泰平と和人はそう確信した。
「内山二等兵!」
「ただのデブじゃないってところを見せてやれ!」
「内山二等兵!!」
「今日からお前は幸せを運ぶデブになるんだ!」
和人と泰平はあらん限りの声で叫んだ。
「「いけえええええええデブぅううううううううう!!!」」
「ブリブリブリブリブリブリブリブリィ!!」
雪が、舞った。
下痢便が、舞った。
それは、紛れもない奇跡だった。
稀代の肺活量と、ズボンを突き破るほどの脱糞力。
彼以外に、それを成し遂げられる者はいないだろう。
世界でここだけの脱糞クリスマス。
和人と泰平の涙腺は感動で崩壊した。
キラキラと放物線を描く、ガラスのように美しい雪。
それを窓から眺める生徒たち。
確かに、小さな幸せは届いていた。
「あ、雪だ!」
「え、マジ?」
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