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第八糞
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二月一四日。
「こちら『Stool』。時間だ、定期報告をせよ」
時刻は九時四十五分。男子トイレの個室には怪しげな男が鎮座していた。
「こちら、『Gozaru』。今のところ異常なしでござる」
個室の外から別の男からの報告が上がる。彼らはコードネームで呼び合っているようだ。
「こちら、『Star-mine』。異常なし」
今度はまた別の男が報告した。
「こちら、『Nanben1』。異常なし」
「『Nanben2』同じく異常なし」
次々と上がる報告。
「こ、こちら、『Debu』。異常なしっ」
「こちら、『Paripi』。異常なし」
全員の報告が終わると、『Stool』が神妙な面持ちでつぶやいた。
「期待の『Paripi』もゼロか。今日は荒れるかもしれないな」
一二時五分、三限目終了のチャイムと共に昼休みが訪れる。
チャンスだ。
男たちはそう思った。今日この日、チャンスタイムは全部で三つある。まず、朝。登校してきた時に靴箱や机の中に入っているパターン。しかし、靴箱は歓迎できない。なぜなら臭いからだ。
そして、その第一のチャンスタイムは全員無駄にしてしまった。期待のあまり、ほとんどの女子たちよりも早く登校してしまったのだ。
残るは二つ。この昼休みと、放課後。
和人は同士たちの動向をうかがう。
「あーござる、あーござる。勉強したあとは糖分が欲しいでござるなー」
(『Gozaru』、それはあからさま過ぎるぞ)
「そうだよね、甘い物欲しくなっちゃうよね」
(おい、『Debu』。お前はすでに持参品の菓子を大量に食べているだろ)
「ちょっこれいと~ちょっこれいと~ちょこれいとは、平・次~」
(『Star-mine』、それは色々とアウトだ)
和人は頭を抱えた。
(だめだ、この絶望的な状況で打って出るのは死策……放課後にかけるしかない! 俺はすでにストゥールとして名が知れ渡っているが、お前たちには可能性があるんだ!)
放課後。
(おかしい……!)
すでに帰りのSHRのチャイムが鳴り終わってから、十分が経過している。
(なんで誰もチョコをもらっていないんだ! 義理くらいもらえるだろ! ……待てよ?)
普通、クラスに一人くらいチョコを配ることにプライドをかける「チョコ配りおばさん」がいるはずだ。
(なのに、誰ももらっていない。これは明らかにおかしい)
異変を察知した和人は周りを見回した。
(……これは)
女子の半数以上が、同士たちを蔑んだ目で見ていた。
(何が、何が起きているんだ!?)
和人はいても立ってもいられず、帰り支度をしていた大石聡美に歩み寄った。
「聡美」
「話しかけるなあっち行け」
「聞きたいことがあるんだ」
「うるさい帰るバイバイ…………ちょっ何すんの!」
帰ろうとする聡美の手を和人が掴み、顔を近づけた。
「お願いだ、同士の命運がかかってるんだ! 女子はなぜ俺たちに冷ややかな視線を送っている!? 教えてくれ!」
和人の剣幕に負けたのか、聡美はなぜか顔を真っ赤にしながら訴えた。
「分かったわよ! 分かったからもう少し離れて!」
「ん? ああ、分かった」
和人が離れると、聡美は小声で説明をした。
「あんたたち、トイレでコソコソ話してたでしょ。それが……その……んこ…………って……」
「何だ! 聞こえないぞ! はっきり言ってくれっ」
「わ、分かったから! 肩を掴むのやめてよ!」
和人が肩を離すと聡美は諦めたようにしゃべった。
「だからその……あんたたちがチョコもらえないからって、友チョコを渡し合ってる女子に復讐するために『教室でうんこもらして台無しにしてやろう』って計画してたって……」
「なんだって!? うんこを!?」
「ちょっ、声大きい!」
「すまん、しかしそれはでたらめだ」
「私もそう思ったわよ。でも、信じてる子もいて……」
「だが、誰がそんなデマを……ん?」
教室内をなんとなく見回した和人の目に、それは映った。
(『Paripi』……お前!)
『Paripi』こと、藤田。彼のポケットからリボン付きの箱がのぞいていた。
(お前、収穫はなしだって言っていたじゃないか!)
和人はすたすたと歩き、藤田に詰め寄った。
「おい、『Paripi』! 貴様裏切ったな!」
「な、何のことだよ!」
藤田の目は泳いでいた。これは確実に黒だ。
「お前、何だってこんなことを!」
もはや言い逃れはできないと思ったのか、藤田は肩を落とした。
「……頼まれたんだよ」
「頼まれた? 誰にだ」
「知らない」
「知らないはずがないだろう!」
「本当に知らないんだって! 何か……朝、机の中に紙が入ってて、『協力してくれたらチョコレートをあげる』って書いてあって……午後の授業が始まる前にまた机の中見たらこの箱が入ってたんだよ……」
「なるほど、事情はよく分かった。だが、お前の裏切りは許されない!」
「ひ、ひぃっ」
藤田が目をつぶったとき、意外なところから声がかかった。
「何か知んないけど、池谷チョコ欲しいんだったらこれあげるよ」
山本だった。彼女が投げた箱を受け取る和人。
「くれる、のか?」
「欲しいんでしょ? どうぞ。ま、義理だけどね」
和人は涙を流した。
「うわ、ちょ、何泣いてんの?」
「ありがとう……ありがとう……」
「ま、まぁ喜んでくれるなら嬉しいけど」
そして。
「あ、あの!」
今度は佐藤が声をかけた。
「……これ!」
彼女が手渡したのは紙袋だった。中を見ると、リボンの付いた箱、それと。
(便秘薬……)
「ありがとう……ありがとう……」
再び涙を流す和人。
「じゃあ、私もあげようっと」
「岩崎さんまで……」
和人は顔を手で覆う。
「ありがとう……」
もう、高校生活でチョコをもらうことはないと思っていた和人は、感動で脱糞しそうになった。
しかし、ここで脱糞してしまえばもう、あとはない。肛門を引き締めた。
「ブリッ」
場が、凍った。
(そんな、まさか!? 俺は、俺はやってしまったのか!?)
おそるおそる、ばれないように自分のケツを触る。
(違う……俺じゃない)
しかし、皆の視線は和人に向いている。その目が、語っていた。お前が「やったんだろ」と。絶望の淵に立たされた和人。もはや、この状況を切り抜けることは不可能。
和人が諦めかけたそのとき、天使が舞い降りた。
「ち、違うよ! 池谷くんじゃない!」
佐藤だった。彼女は必死に訴える。
「池谷くんじゃない! ちがう!」
教室内は戸惑いの空気に包まれる。「じゃあ、他に誰かいるの?」。皆、そう思っているようだった。現状、冤罪とはいえ前科のある和人が一番疑わしい。
そこで、山本がスッと手を挙げた。
「私も、佐藤さんに賛成」
皆、驚いた。なぜ、前科者の池谷をかばうのかと。
教室内が疑念に包まれる中、空気を読まない声が響いた。
「もう教室閉めるので皆さん出てください」
委員長渡辺だった。
皆、判然としなかったが、ぞろぞろと教室を出て行った。
この不可解な「バレンタインデー脱糞事件」の意味を、和人はのちに知ることになる。
が、まだそれは先の話。
「こちら『Stool』。時間だ、定期報告をせよ」
時刻は九時四十五分。男子トイレの個室には怪しげな男が鎮座していた。
「こちら、『Gozaru』。今のところ異常なしでござる」
個室の外から別の男からの報告が上がる。彼らはコードネームで呼び合っているようだ。
「こちら、『Star-mine』。異常なし」
今度はまた別の男が報告した。
「こちら、『Nanben1』。異常なし」
「『Nanben2』同じく異常なし」
次々と上がる報告。
「こ、こちら、『Debu』。異常なしっ」
「こちら、『Paripi』。異常なし」
全員の報告が終わると、『Stool』が神妙な面持ちでつぶやいた。
「期待の『Paripi』もゼロか。今日は荒れるかもしれないな」
一二時五分、三限目終了のチャイムと共に昼休みが訪れる。
チャンスだ。
男たちはそう思った。今日この日、チャンスタイムは全部で三つある。まず、朝。登校してきた時に靴箱や机の中に入っているパターン。しかし、靴箱は歓迎できない。なぜなら臭いからだ。
そして、その第一のチャンスタイムは全員無駄にしてしまった。期待のあまり、ほとんどの女子たちよりも早く登校してしまったのだ。
残るは二つ。この昼休みと、放課後。
和人は同士たちの動向をうかがう。
「あーござる、あーござる。勉強したあとは糖分が欲しいでござるなー」
(『Gozaru』、それはあからさま過ぎるぞ)
「そうだよね、甘い物欲しくなっちゃうよね」
(おい、『Debu』。お前はすでに持参品の菓子を大量に食べているだろ)
「ちょっこれいと~ちょっこれいと~ちょこれいとは、平・次~」
(『Star-mine』、それは色々とアウトだ)
和人は頭を抱えた。
(だめだ、この絶望的な状況で打って出るのは死策……放課後にかけるしかない! 俺はすでにストゥールとして名が知れ渡っているが、お前たちには可能性があるんだ!)
放課後。
(おかしい……!)
すでに帰りのSHRのチャイムが鳴り終わってから、十分が経過している。
(なんで誰もチョコをもらっていないんだ! 義理くらいもらえるだろ! ……待てよ?)
普通、クラスに一人くらいチョコを配ることにプライドをかける「チョコ配りおばさん」がいるはずだ。
(なのに、誰ももらっていない。これは明らかにおかしい)
異変を察知した和人は周りを見回した。
(……これは)
女子の半数以上が、同士たちを蔑んだ目で見ていた。
(何が、何が起きているんだ!?)
和人はいても立ってもいられず、帰り支度をしていた大石聡美に歩み寄った。
「聡美」
「話しかけるなあっち行け」
「聞きたいことがあるんだ」
「うるさい帰るバイバイ…………ちょっ何すんの!」
帰ろうとする聡美の手を和人が掴み、顔を近づけた。
「お願いだ、同士の命運がかかってるんだ! 女子はなぜ俺たちに冷ややかな視線を送っている!? 教えてくれ!」
和人の剣幕に負けたのか、聡美はなぜか顔を真っ赤にしながら訴えた。
「分かったわよ! 分かったからもう少し離れて!」
「ん? ああ、分かった」
和人が離れると、聡美は小声で説明をした。
「あんたたち、トイレでコソコソ話してたでしょ。それが……その……んこ…………って……」
「何だ! 聞こえないぞ! はっきり言ってくれっ」
「わ、分かったから! 肩を掴むのやめてよ!」
和人が肩を離すと聡美は諦めたようにしゃべった。
「だからその……あんたたちがチョコもらえないからって、友チョコを渡し合ってる女子に復讐するために『教室でうんこもらして台無しにしてやろう』って計画してたって……」
「なんだって!? うんこを!?」
「ちょっ、声大きい!」
「すまん、しかしそれはでたらめだ」
「私もそう思ったわよ。でも、信じてる子もいて……」
「だが、誰がそんなデマを……ん?」
教室内をなんとなく見回した和人の目に、それは映った。
(『Paripi』……お前!)
『Paripi』こと、藤田。彼のポケットからリボン付きの箱がのぞいていた。
(お前、収穫はなしだって言っていたじゃないか!)
和人はすたすたと歩き、藤田に詰め寄った。
「おい、『Paripi』! 貴様裏切ったな!」
「な、何のことだよ!」
藤田の目は泳いでいた。これは確実に黒だ。
「お前、何だってこんなことを!」
もはや言い逃れはできないと思ったのか、藤田は肩を落とした。
「……頼まれたんだよ」
「頼まれた? 誰にだ」
「知らない」
「知らないはずがないだろう!」
「本当に知らないんだって! 何か……朝、机の中に紙が入ってて、『協力してくれたらチョコレートをあげる』って書いてあって……午後の授業が始まる前にまた机の中見たらこの箱が入ってたんだよ……」
「なるほど、事情はよく分かった。だが、お前の裏切りは許されない!」
「ひ、ひぃっ」
藤田が目をつぶったとき、意外なところから声がかかった。
「何か知んないけど、池谷チョコ欲しいんだったらこれあげるよ」
山本だった。彼女が投げた箱を受け取る和人。
「くれる、のか?」
「欲しいんでしょ? どうぞ。ま、義理だけどね」
和人は涙を流した。
「うわ、ちょ、何泣いてんの?」
「ありがとう……ありがとう……」
「ま、まぁ喜んでくれるなら嬉しいけど」
そして。
「あ、あの!」
今度は佐藤が声をかけた。
「……これ!」
彼女が手渡したのは紙袋だった。中を見ると、リボンの付いた箱、それと。
(便秘薬……)
「ありがとう……ありがとう……」
再び涙を流す和人。
「じゃあ、私もあげようっと」
「岩崎さんまで……」
和人は顔を手で覆う。
「ありがとう……」
もう、高校生活でチョコをもらうことはないと思っていた和人は、感動で脱糞しそうになった。
しかし、ここで脱糞してしまえばもう、あとはない。肛門を引き締めた。
「ブリッ」
場が、凍った。
(そんな、まさか!? 俺は、俺はやってしまったのか!?)
おそるおそる、ばれないように自分のケツを触る。
(違う……俺じゃない)
しかし、皆の視線は和人に向いている。その目が、語っていた。お前が「やったんだろ」と。絶望の淵に立たされた和人。もはや、この状況を切り抜けることは不可能。
和人が諦めかけたそのとき、天使が舞い降りた。
「ち、違うよ! 池谷くんじゃない!」
佐藤だった。彼女は必死に訴える。
「池谷くんじゃない! ちがう!」
教室内は戸惑いの空気に包まれる。「じゃあ、他に誰かいるの?」。皆、そう思っているようだった。現状、冤罪とはいえ前科のある和人が一番疑わしい。
そこで、山本がスッと手を挙げた。
「私も、佐藤さんに賛成」
皆、驚いた。なぜ、前科者の池谷をかばうのかと。
教室内が疑念に包まれる中、空気を読まない声が響いた。
「もう教室閉めるので皆さん出てください」
委員長渡辺だった。
皆、判然としなかったが、ぞろぞろと教室を出て行った。
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