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王子は美青年の諍いを享受する2
しおりを挟むだから、諌めるのはいつもカノープスの役目、なのだが。
「…?」
声を発したことにより、口ゲンカを止めた二人の視線が自分に集中しているのに気がつき小首を傾げると、その愛らしい仕草を見て我に返ったエンケラドゥスが居住まいを正し、
「失礼致しましたっ」
と言って、深々と頭を下げた。
(どういうこと?)
エンケラドゥスは、どうしちゃったんだろう? と問いかけるように青い瞳を瞬かせながらアルデバランの顔を見ると、アルデバランは不思議顔で見るカノープスの前でぽりぽりと頬を掻き、
「あ~…今日は、いやにはっきりとモノを言うなー、って思って」
腰に佩いた剣の柄に手をかけながらそう言った。
(…はっ)
カノープスは生まれながら病弱で、幼少期は友だちと呼べる人間はアルデバラン一人しかいなく、複雑な事情によって人と接することのなかった孤独な時期を過ごした。
そのため、引っ込み思案、人前で自ら進んで発言するなど滅多にしない、というのが、ゲームでの設定であったのに。
弟をからかうのが日課である姉と日々繰り広げる丁々発止で鍛えられた地がうっかり出てしまった、と内心で冷や汗をかいたカノープスは軽く咳払いをすると、
「それで、ぼくは…出かけても、いいのかな」
と、ゲーム内での立ち位置を意識した小さな声で、目の前の美丈夫たちに問いかけた。
「おれは全然、構わないけど」
先にそう声を返したのは、アルデバランである。
その隣で顔を上げ、渋面を作ったエンケラドゥスは何か思うことがあるのか、声を発しない。
(まぁ…そう、だよね)
元は庶子であるアルデバランは、王族騎士でありながら今でもちょくちょく暇を見つけては城下に足を向け、街暮らしを満喫している。
そのため、
『街へ行って、買い物がしたい』
と、唐突に言い出したカノープスの言葉に対し、軽いノリで言い返せるのだろう。
かたや、の、エンケラドゥスは、といえば。
長らくこのディバイン帝国を治めてきた皇帝家宰相の血筋であり、かつ、兄・シリウスの乳兄弟でありながらカノープスの立場を考慮しそのお目付け役に就いたという立場上、
「おいそれと、城下へ行かれるのは」
如何なものでしょうか、と続けたい気持ちを語尾に強く滲ませ言い淀むエンケラドゥスを見たカノープスは、眉尻を下げた。
(だよね~…)
…明日は、臣下に限らず誰もが
『シリウス王子を王太子に』
と望み、期待されている兄・シリウスの誕生日である。
その夜会に主人公・レグルス(ゲームプレイヤー)が登城することにより、主要人物との恋愛チャートが派生するのだが。
それはそれとして。
ほんりと匂わせる程度ではあるのだが、
『カノープスルート』
『シリウスルート』
そのどちらかの分岐を辿っても、
『カノープスが、シリウスに贈り物をした』
という一文を目にすることになるのだが。
(執事さんに聞いても、使用人にこっそり聞いてみても)
その、
『シリウスに贈る…』
誕生日プレゼントを、カノープスが用意していた形跡がなかったのである。
決してシリウスとの仲は悪くないはずなのに、どういう訳かカノープスは誕生日前日までにその贈り物を用意していなかったようで、このままではうっすらとした記述のみであっても、ゲームの流れから逸れてしまいそうな気配を感じたため、朝食後、挨拶に現れたエンケラドゥスとアルデバランへ
『明日の、兄上へ贈るものについてなんだけれど…』
と話しかけ、何か用意していた形跡はないかと探りを入れてみたのだが、二人の反応は
『はい』
『それが?』
と、期待していたような反応を、示して貰えず。
そこで仕方なく、
『用意し損ねたから、街に行きたい』
と、言わざるを得なかったのだが。
(仕方ない)
もっと具体的に話さない限りは、この二人を納得させられないと悟ったカノープスは背筋を正すと、胸を張って声を発した。
「兄上へ、贈り物をしたいんだ。…心を込めて」
.
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