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…just a bit digress.3
しおりを挟む快斗に見つめられて気まずくなるのは、当然だろう。
だって昨日(?)の出来事は、合意の上でしたことではない。
最中に『訴えても構わない』なんてことを口にしていた知徳だが、それ以前に、出社すれば嫌でも顔を合わせる環境なのだから、お互い気まずくなるのは百も承知だったろう。
そうと知っててしたんだろうが、今更シャイな振りして仕事に支障を来してんじゃねぇ、と問い詰めてやろうかと、席を立った…その時。
「カイ。 ちょっといいなか」
「あ、はい」
立ち上がったその肩を叩かれるのと同時に、耳朶に重く響く低音で名前を呼ばれた胸が跳ね、振り向きざまに応える。
斎藤数司。 快斗が所属する販売促進二課の課長でもある彼は、
『充致なんて固い名字より、親しみやすいだろうから』
という理由で、社内ではファミリーネームで呼び合うという流儀を無視して、快斗のことを初めからファーストネームで呼んでいた。
それも快斗が『課長補佐』の肩書きを拝命してからは、
「カイト」
からもっと短い、
「カイ」
と、更に親しい呼び方で快斗を呼ぶようになっていた。
「…何でしょうか」
連れ出された喫煙室には、誰もいない。
昨今の風潮で煙草を吸う人間が少なくなってしまったからだが、その密閉された空間に入ると同時に、斎藤は胸ポケットから煙草を取り出した。
そんな斎藤を真っ直ぐに見ている快斗へ視線をくれることなく、指に絡めた煙草を弄りながら口を開いた。
「夕べ」
取り出した煙草を吸うつもりなど初めからないのか、ケースの上で指を動かし続ける斎藤の言葉が、快斗の胸に重く響く。
「電話、繋がらなかったけど、…どうしたの?」
「ッ! それ、は…」
一瞬思い出したくない記憶が脳裏を過り、逡巡する。
がしかし、すぐに気持ちを建て直し拳を握ると、快斗を見ない斎藤へ笑顔を向け、口を開いた。
「昨日は飲み会だったじゃないですか。 しかも祝杯だったから、ずっとマナーモードにしていて、気がつきませんでした」
「…ふぅん」
トン、と煙草をついた斎藤は唸ると、窓辺に寄せていた腰を上げ、クリームグレイの空を見上げた。
「それで、その主役と一緒にホテルへ消えた訳?」
「ッ! なんで、それをッ」
今の課に配属されて、初めて快斗が教育係を担当することになったのが、知徳だった。
見た目と違う引っ込み思案な知徳に手を焼く日々だったが、つい最近一緒に行った営業先で珍しく自ら発言したばかりでなく、初めて仕事を取り付けたのだ。
その上、一課二課合同でプロジェクトを立ち上げなければならないほどの大きな仕事を取り付けたのだから、それを記念して、という名目の飲み会だったことは、『別件があるから』行けないと言った、斎藤も知っていたことである。
しかしその後、ラブホテルヘ連れ込まれたことは…恐らく快斗と知徳の二人しか、知らないはずだ。
それなのに…だ。
…あの時斎藤は、いなかったはずだ。
それなのに、どうして知ってるんだろう。
(どうして)
何で知られたんだろうと思う気持ちが、快斗に口を噤ませる。
いやでも、これ以上不審な態度を取ればもっと怪しまれやしないだろうか?
(つーか、フツーにヤバイだろ)
黙ってるのが一番よくない、いや、だけどなんて話せばいいんだろう…と逡巡している今こそが、斎藤の言葉を肯定していることに繋がる、と気づいた時には――もう遅かった。
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