その娘、カエル令嬢につき

フルーツミックスMK2

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 私の名前はロザンナ・マベルス。誉れあるスコルピア王国を代表する三大貴族の一柱、マベルス公爵家の長女として社交界に名を馳せている。

 名家出身の私は、幼い頃より様々な英才教育を施されてきた。幅広い分野の学問は勿論のこと、貴族社会で必要なマナーや他言語学の習得。芸術や文化に関する教養まで備わっている。今では家の事業を幾つか受け持っている程である。”才色兼備”という言葉は、私のような人物の事を指すと言って過言ではないだろう。

 そんな自他共に認める私だが、本日は春から通っているビクトル学園の秋季パーティ当日。晩秋の季節に開催される当催しは、例年通りならば在校生のみで運営されるが、今年は隣国へ留学していた王太子殿下が出席されるそうだ。そのため、今回の催しには様々な有力貴族が集まる。決して粗相があってはならない。

 ──なのに...どうしてこんな事になっているのでしょうか。

「今この時を以て、貴様との婚約を破棄する!」
 衆人環視の中で告げたのは、顔の横に撫でつけた金髪がチャーミングな青年──ナインスター・バージニア伯爵令息。彼の容姿は整っており、学園内でも女生徒の人気は高い。本人公認のファンクラブなるものまで存在している程だ。また、彼の制服には独自に手が加えられており、胸元には自らの名前に因んだ9つの星を模した装飾が施されている。名は体を表すとはこの事だ。

 そして何を隠そう、彼は私の婚約者である。──たった今、婚約破棄を宣言されたところですけれども...。

「婚約破棄...それは本気ですか?」
 思った以上に低い声が出てしまうが、彼はまるで気にもせずに答える。
「マジに決まっているだろう。貴様が”ピアニャン”に陰湿な嫌がらせをした事は分かっているんだ」
「ピアニャン...?」
 何の語録なのか分からず、思わず聞き返してしまう。すると、先ほどから彼の隣にいる女生徒が撫で声を上げた。

「”ナッタ”様ぁ。わたし、凄く怖かったですぅ」
「ああ...ピアニャン。こんなに怯えて可哀想に...」
 わざとらしく瞳を涙ぐませたのは、桃色の頭髪を左右にまとめた女生徒だった。才色兼備な私は彼女の事を知っている。ピアニシモス・マルボーロン男爵令嬢。最近爵位を賜ったばかりのマルボーロン商家の娘だ。どうやら彼女達は既に、お互いを愛称で呼び合う仲にあるらしい。仮にも貴族令嬢ならば、婚約者のいる相手と親密な関係になる事がどれほど愚かな行為なのか、想像がつかない訳ではあるまいに...。

 ──と、そんな事はどうでもいいとして、陰湿な嫌がらせとは何の事だろうか?全く身に覚えがないのだ。

「一つお伺いしますが、陰湿な嫌がらせとは何の事ですか?」
「しらばっくれるな。貴様はピアニャンの教科書を破ったり、下駄箱に大量の芋虫を入れたり、体操着をブタの着ぐるみとすり替えたりしただろう!」
 嫌がらせ行為の全貌を明かすナインスター様。前半はともかく、最後のは中々に独特な嫌がらせ方法だ。

「きっとわたしの髪がピンクだからって、ブタの着ぐるみで嫌がらせをしたんですわぁ」
 人目も憚らずに泣きじゃくるマルボーロン男爵令嬢。衆目で泣き出すなど淑女にあるまじき行為だが、嫌がらせの内容が事実ならば心痛するのも頷ける。だが、私には一切の身に覚えがない。

「証拠はございますの?」
「証拠だと?そんなものはピアニャンの証言で十分だろう」
 ナインスター様が自信満々に告げる。その短絡的な考えには思わずため息が出てしまう。
「そちらの彼女の証言だけで、私がやったと決めつけるのは如何なものかと」
「黙れ!貴様は私の好意を受けるピアニャンに嫉妬したんだろう!だから彼女にこんな嫌がらせをしたんだ!」
 話が全く噛み合わない。ここまでくると病気の類を疑ってしまいそうになる。

 そもそもナインスター様との婚約は契約的なものなのだ。彼の実家は数年前に失敗した事業から多額の借金があり、その負債分を我が家が援助する代わりに、長男の彼を婿養子組に迎える事を条件としたもの。これはこちらではなく、バージニア伯爵の強い要望から結ばれたものだった。

 この契約には、次期公爵家跡取りの婿養子組に相応しい教養を身に着ける事が前提となり、学園内での成績や私生活の態度が関わってくる。その為に私は放課後に彼との時間を作っては、彼が公爵家に相応しい人物か見定めてきた。

 ──その結果は黒。黒!真っ黒だ!

 私は毎回、彼の素行の悪さを心配して苦言を申し立ててきた。その都度、彼は私に「可愛げのない奴」等と言っては、取り付く島も持たなかったのだ。それでも根気強く彼と分かち合う努力をしてきた。放課後には彼との時間も作ってきた。しかし、彼は私と過ごすのが嫌だという事を露骨に態度に表し、早々と二人の時間を切り上げては何処かへ行ってしまっていた。それがまさかマルボーロン男爵令嬢の元だとは思いもよらなかったが、私も自分に酔う彼との時間は苦行だったので、正直助かっていた部分はある。以上の事から、私は彼への好意は持ち合わせていないし、嫉妬を覚えるなど以ての外だ。そこに愛は無い。

 まあ、好きになろうと努力をしていたのは事実だ。でも...私は彼と過ごすよりも親しい友人と過ごす方が楽しかった。

「...分かりました。根拠が証言しかないというのであれば、それも構いません」
 勝ち誇った顔をするナインスター様とピアニシモス嬢。二人の本性が手に取るように解る。
「ふん、ようやく罪を認めたか」
「いいえ、認めてはいません。私は嫌がらせなどしておりませんので」
「まだしらを切る気か...!どこまでも陰湿な女め」
「陰湿な女で結構。ですが、そちらのマルボーロン男爵令嬢の証言が事実というのであれば、具体的な日時を伺っても宜しいでしょうか?」
 桃色の頭髪がビクッと上下に動くのが見えた。

「招待客が大勢いるこの秋季パーティの場で泣き出すほどですもの。嫌がらせの日時くらいは覚えていらっしゃるのでしょう?」
「そ、それは...」
 言葉を詰まらせるピアニシモス嬢。当然だ、嫌がらせの事実など有りはしないのだから。
「き、昨日の放課後です!ロザンナ様が嫌がらせをしているのを目撃しましたぁ!」
「証人はいますか?」
「わたしがこの目で見たんです!疑うんですかぁ?」
 大きな瞳が涙に滲む。それに伴って、ナインスター様からの視線もより厳しいものへと変わる。このあざとさがあれば、私も少しは彼からの好感を得られたのだろうか。もはや考えたところで詮無き事だ。

「昨日の放課後でしたら、私はナインスター様と会っていたではありませんか。まあ、直ぐにナインスター様は誰かさんのところへ行ってしまいましたが」
 皮肉を込めて言うと、当の本人が露骨に顔を紅くした。
「その後で嫌がらせをしたんだろう!」
「昨日は学園は午前授業でしたので、貴方と別れてからは実家の事業を手伝っていました」
「な、ならばその前だ。俺様と会う前に貴様はピアニャンに嫌がらせをしたんだろう!」
 食い下がるナインスター様。あくまでピアニシモス嬢の肩を持つようだ。

 私はそれほどまでに彼に毛嫌いされていたのか...。
 胸に鋭い痛みを走らせながらも、私は毅然とした態度を心掛ける。
「マベルス公爵家の名に誓って、私はそのような事はしておりません」
「ふん、ならばそれを証明する者はいるのか?」
「それは......」

 今度は逆に、私が言葉を詰まらせてしまう。考えてみれば、私が放課後にテラスにいる事を知っている人物など限られている。そして彼女は複雑な家庭内事情から、この秋季パーティに出席している可能性が低い。仮に彼女の名前を挙げれば、後日にでも私の身の潔白を証明してくれるだろう。しかし、それでは手遅れだ。事実無根である以上は、この場で即座に弁明しなければ後手に回ってしまい、家名に泥を塗りかねない。

 ──誰か...他に誰かいないか。

「どなたか、私の証人になって下さる方はいませんか?」
 徐ろに周囲を見渡す。もしかすると、他にも私が放課後にテラスで過ごしているのを見た人物がいるかも知れない。周りにいる生徒達は貴族生と平民生で混同されており、その中には見知った顔ぶれもいる。きっと誰かが証明してくれるはずだ。

 そう思っていたのだが──...。

「あの...皆様...?」
 目が合った途端に視線が逸らされる。騒ぎに巻き込まれたくないのだろう。この場には様々な有力貴族が集まっているのだ、迂闊な行動は家の評判を左右させかねない。つい傍観を決めてしまうのも仕方のない事だった。
「ど、どなたか......」
 誰も名乗りを上げない事に動揺が走る。つい、淑女の仮面も剥がれ落ちて、目が泳いでしまう。孤独とはこういう事を言うのだろう。

「どうした。貴様の証人は誰もいないようだが?」
「...っ...」
 嘲笑を含んだ笑みを受けて、只々唇を噛み締める。もしこの場に両親がいたならば、きっと事態を収束してくれていただろう。しかし生憎と、今日は二人共事業の関係で遅れる事となっていた。

 ──今、この場には私の味方は一人も...。

 これまで様々な分野で精を出してきた。才色兼備と慕ってくれる友人だって数多く出来た。だが所詮、周りから見た私の評価など”公爵家の娘”という肩書だけに過ぎなかったのだ。

 ──私個人を見てくれていた人など、誰もいなかったんだ。

 孤独に苛まれながら、悲嘆に暮れる。すると、場に清らかな声が届いた。
「証人ならここにいるぞ」
 それは最も聞きたかった、この学園の中で私が一番気を許せる友人の声だった。
「ミルスっ...!」

 目頭に熱いものを感じながら、背後を振り向く。
 途端に緑の物体が視界に広がった。
「きゃあああ!?」
「ロザンナ、助太刀に来たぞ」
 驚愕する私をよそに凛々しく告げたのは、全身を緑の衣服で覆い、皿に盛り付けられたパスタを捕食するカエルの姿だった。

 つづく
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