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日が沈み始める黄昏時。住宅街の明かりが点々と灯り始め、家路へと急ぐ人々の足音が聞こえてくる。夕焼けで空は鮮やかなオレンジ色に染まり、肌寒い気候が秋深しを報せていた。
南方に聳え立つ屋敷が西日を浴びて長い影を落とす。陽が落ちるにつれて建物の輪郭はぼやけ、遠くの景色までも壮麗に変化させていく。
屋敷内の単色で統一された玄関ホール。その隅に立掛けられた等身大の鏡の前に、彫りの深い顔立ちをした男が立っていた。彼はシルクの黒スーツに身を固めており、履いている革靴も光沢があって質が良い。仕立ての良さから新調したばかりだろう。その装いは格式の高い誠実な印象を作っているが、どうしても畏れが勝ってしまうのは人相の問題だろうか。
──今日はビクトル学園が主催する秋季パーティ当日。本来は在校生のみで催されるイベントだが、今年は第一王太子殿下が出席する事もあって、保護者が同伴する流れとなっている。当然、そこには他の有力貴族も出席するだろう。当学園は貴族と平民で編成されており、掲げる思想から身分の隔たりはない。しかし、領地を受け持つ伯爵家当主の立場からすれば、気は一切抜けないのだ。俗に言う社交の場でもある。
数回にわたって、鏡に映る強面が幅の細いストライプのネクタイを締め直す。その動きは丁寧かつ繊細で、実に手慣れたものだった。
「ふむ...」
やがて納得がいったのか、彼が襟元から手を離すと、入口で待機している娘へ声を掛けた。
「準備は出来たかい?ミルス」
「うん、いつでも行けるよ。パパ」
名前を呼ばれたミルスが笑顔で返事をする。昨日までの恐れの色は感じられない。それを内心で嬉しく思う父ガストだが、もっと関心を覚えたのは娘の服装だった。
彼女は学園の制服の上に、斑模様が入った緑一色のコートを着ており、首と手にはそれぞれ、同色のマフラーと手袋で固められている。
ここまでは例年通り。今年は一味違ったのは、通気性の良いウシガエルのニット帽ではなく、準絶滅危惧種としても指定されている、世にも珍しい「トノサマガエル」を模したニット帽を被っている点だろう。これは彼等父娘が誤解を解いた際に、父ガストが仲直りの印として娘へ送った逸品であった。
「いつも可憐だが、今日は一段と可愛さに磨きが掛かっているな。愛娘よ」
「パ、パパったら、何言ってるのさ...もう...」
気恥ずかしそうに視線を逸らすミルス。服装は奇抜そのものだが、その仕草は愛らしさで溢れていた。
──例えるならば、今の娘は森林浴の最中に迷い込んでしまった妖精の様。近くに画家がいれば、迷わずこの光景を描写させていただろう。ガストは思った。
「旦那様。想像に耽るのは結構ですが、お時間の方は宜しいので?」
傍に控えていた老執事のロブが促す。時計の針を確認すると、夜間の時刻を指していた。
「む、もうこんな時間か。急がねば間に合わなくなってしまうな」
ガストが使用人から袖無しの外衣を受け取ると、勢い良く音を立てて羽織る。完成した姿は正しく魔王伯爵だった。
「では行ってくる。留守の間は任せたぞ」
「お任せ下さい。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
使用人を代表してロブが頭を下げる。その表情はいつも以上に穏やかなものだった。彼だけでなく、他の使用人も同様に笑顔を浮かべている。その理由は、玄関先で仲睦まじくする父娘の姿にあるのだが、本人達の前でそれを口に出す者は一人もいなかった。
二人の父娘が、外で待機していた屋根付きの幌馬車へ乗り込む。そこでミルスはすぐに、車内がいつもと違う事に気が付いた。
「こ、これは...!」
車内の内壁は緑に着色された革でコーティングされており、向かい合わせのシートには三角形の座布団が敷かれている。言うまでもなく、座布団はミルスがよく知る緑の生物を模していた。
ガストが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ふふ、驚いたかい?この日の為に密かに準備させておいたのだ」
「凄い...!凄いよパパ!馬車がカエルの加護を授かっているよ!」
その場をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ミルスが鼻息を荒くする。思わぬサプライズに興奮している様子だ。擬態ジャンプにも、いつも以上のキレがある。
「気に入って貰えたかな?」
「うん、凄く気にいったよ!」
貴族にとって馬車は重要な役割を持つ。外観が豪華であるほど序列が反映されて、権威の象徴にもなるのだ。国に仕えている以上は、この流儀に背く事は出来ない。そこでガストは馬車の内装に観点を置いた。これならば周囲の目を遮断しつつ、娘の好みを取り入れる事が可能だと──。
彫りの深い顔がだらし無く緩む。かくして、彼の計画は見事成功を収め、娘の笑顔を見る事が叶ったのだった。
◆◆◆
素敵な馬車に揺られながら、見慣れた通学路を走ること数分。私達マーガレット父娘は、ビクトル学園前へと到着した。
校門から学園までの道の脇は、沢山の群衆で埋め尽くされ、賑やかな雰囲気で包まれている。すでに秋季パーティは始まっているようだ。
「ふむ、少々遅刻してしまったか」
お父様が外衣を靡かせながら、スタイリッシュに馬車を降りる。魔王の降臨だ。そのまま彼はこちらへ手を差し出してくると、夜間の影響で更に彫りが深くなった顔を綻ばせた。
「お嬢様、お手をどうぞ」
文句なしの紳士によるエスコートだ。仮に私が将来結婚するならば、お父様のような相手が良いと思う。
「お父様ったら、お上手なんだから」
半ばお姫様気分に酔いしれながら、無骨な手をそっと取る。
ここから先、私は一人の伯爵令嬢となる。以前のような破天荒な少女ではないのだ。その成果をお父様にもお見せしよう。
落ち着いた足取りで会場までの道のりを歩く。早速、周囲の注目が集まった。
「マ、マーガレット伯爵だ」
「なんて威圧感のある風貌をしているんだ...」
口々に交わされる口上の数々。無理もない。今宵のお父様は月下を纏う魔王そのものなのだ。神々しさのレベルが違う。誰も彼もが羨望の眼差しを向けているのがよく解る。
「隣にはカエル令嬢の姿もあるぞ」
「なんて緑なんだ...」
「カエルだ。魔王がカエルを連れて会場入りしてきたぞ」
一方で、私に集まる視線も少なくない。朝から入念にコーディネートしただけあって、この服装から目が離せないのだろう。我ながら会心の出来だ。加えて、貴族令嬢らしい上品な姿勢も心掛けている。周りからすれば、今の私は水辺から舞い降りたカエルの姫にしか映らないはずだ。
数多の視線を感じながら、毎朝登下校している玄関を抜ける。間もなくして、秋季パーティ真っ最中の会場へと辿り着いた。
大きな広間には煌びやかな装飾が施されており、テーブルには豪華な料理が幾つも並んでいる。そこは普段の学園とは異なり、学園側が主催したとは思えないほど優美な雰囲気で溢れていた。
「ほう、これは仰々しいな」
隣でお父様が低い声で告げる。その口調は何処か感銘を受けているようだった。
貴族は社交界に出る機会が多くあるが、今回の催しの規模もまた、それに比肩していると言えるだろう。会場内は貴族の割合が多い。今年は第一王太子殿下も出席する事から、国内の様々な権力者が集まっているようだ。
「既に開会式は終わった後のようだな。ミルス、この後の流れは把握しているのか?」
お父様が伯爵家当主の顔で尋ねてきたので、伯爵家息女として応える。
「はい。先生が言うには、本日は自由行動となっているようです」
「そうか...ならば、小生は他の保護者の方々へ挨拶回りに行ってくるとしよう」
「私もお供します」
「いや、ここは小生一人で大丈夫だ」
「え...?」
お父様に同行しようとするが、制止されてしまう。
知らぬ内に何か粗相をしてしまっただろうか。今日の服装は自他共に認めるほど完璧な筈なのに...。そう思って気落ちしかけていると、彼が三角頭のニット帽に手を乗せて言う。
「せっかくの年に一度の催しなんだ。お前は学友の子達と精一杯パーティを楽しんできなさい」
「お父様...」
優しい気遣いに胸が熱くなる。本当は自分だってパーティを楽しみたい筈なのに、お父様はあくまで私の気持ちを汲んでくれているのだ。つくづく、彼の事を誤解していた今までの自分は、愚かなオタマジャクシに過ぎなかったのだと思い知る。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
「何かあったら、大声で小生を呼びなさい。三秒で駆けつけよう」
「はい、お父様もお気を付けて」
「うむ。ではまた後でな」
お父様は顔の前で軽く指を二本立てると、外衣を翻して、保護者が集っている場所へと向かっていく。
正直なところ、当初は挨拶回りを想定していたので、気を張っていた部分があった。でも、その必要がなくなって肩の荷が下りた気分だ。きっと、お父様はそれも勘付いていたのだろう。何から何まで完璧だ。
そういう事なら、今日は学友と精一杯パーティを楽しませてもらうとしよう。
──とはいったものの、私には気心の知れた友人はロザンナしかいないが...。
「ロザンナは何処だろう」
徐ろに会場内を見渡してみるが、友人の姿は見当たらない。
遅刻でもしているのだろうか?時間にルーズな一面があったとは驚きだ。普段は才色兼備な彼女であっても人の子という事か。ついでに王太子殿下もまだ来ていないようだ。仕方がないので、先に料理を楽しむ事にした。
テーブル上の皿に乗っかっている、海老が和えられたクリームパスタを啜る。
「んん、これは美味しいな」
濃厚な味わいに捕食が進む。
まだお父様には見せた事がないが、私は基本的にパスタは咀嚼せずに飲み込む。これは尊敬するカエルに近づく為の訓練であり、もうかれこれ6年以上は続けている事だった。
そのまま勢い良くパスタを啜っていると、背後から奇っ怪な声が上がった。
「きゃあああ!?きょ、巨大なカエルがパスタを捕食してましてよ!」
「うん?」
徐ろに振り返ると、そこには同じクラスのバナナーナ子爵令嬢が青い顔をしていた。相変わらず、数束に巻かれた限りなく黄色に近い金髪が、果物のバナナを彷彿とさせる令嬢だ。
「──て、あら...?ミ、ミルス様でしたのね。わたくしったら大変な失礼を...」
同じクラスの学友だと解り、慌てて謝罪する彼女だが、そっと手で制止する。
「構わないよ。君が私の事をカエルだと認識しているのならば、それは私にとって大きな財産となるだろう」
「財産......?何だか...今日のミルス様は一段と凛々しい口調ですのね」
目を丸くするバナナーナ様。言われてみると、この口調でロザンナ以外の人と話した事はなかった。授業も大半は欠席していたし、同じクラスの人間にとっては新鮮なのだろう。
きっと今までの自分ならば、ここで慌てて貴族令嬢らしい振る舞いを心掛けていた事だろう。しかし、お父様との蟠りが解けた今、同世代の人間には有りのままの姿でいたかった。
意思を強固なものにすると、自分らしさを貫いて話す。
「今の私はカエル令嬢だからね。オタマジャクシとは違うのさ」
「な、何を仰っているかはよく分かりませんが、今のミルス様も素敵ですわ」
「ありがとう、褒められるのは大好物だよ。君もパスタを捕食してみるかい?」
「それは遠慮しておきますわ」
やんわりと断りを入れると、バナナーナ様が他の学友の元へと去っていく。やはり年頃の娘とは難しいものだ。
感慨に浸りながら、濃厚な味わいのパスタを飲み込んでいく。
そうして一通り、目につく手頃なパスタを捕食し終えた頃だった。辺りが妙に騒がしくなる。
「む、何かあったのか?」
会場内を見回すと、一部に人集りが出来上がっていた。もしかすると、王太子殿下が到着したのかも知れない。一瞬そう思ったのだが、どうやら不穏な空気からして違うようだった。
何があったのか気になったので、人集りの方へ向かってみる。すると、よく通る大きな声が聞こえてきた。
「ナインスター様!先ほどから申しておりますが、私は何もしておりません!」
「黙れ!貴様以外に誰が出来るというのだ!」
騒ぎの渦中にいたのは、私の数少ない友人だった。
「ロザンナじゃないか。こんなところにいたのか」
探していた友人を見つけられて嬉しく思うも、彼女の表情は曇っていた。
「一体何があったんだ...?」
状況が読み込めずに困惑していると、彼女の正面にもう一人、生徒が立っているのが見えた。彼は金髪の長い前髪を横に巻き付けており、制服の胸元には独自にアレンジした星が幾つも付けられてる。更に、彼の隣には桃色の髪の毛をした可愛らしい令嬢の姿もあった。
「あれはセブンスター君と...隣にいるのは誰だ?」
見覚えのない生徒に頭を捻っていると、渦中の男が大々的に告げた。
「もう我慢ならん。ロザンナ・マベルス!今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
ロザンナが不躾に指を指される。秋季パーティが婚約破棄パーティに変わった瞬間だった。
つづく
南方に聳え立つ屋敷が西日を浴びて長い影を落とす。陽が落ちるにつれて建物の輪郭はぼやけ、遠くの景色までも壮麗に変化させていく。
屋敷内の単色で統一された玄関ホール。その隅に立掛けられた等身大の鏡の前に、彫りの深い顔立ちをした男が立っていた。彼はシルクの黒スーツに身を固めており、履いている革靴も光沢があって質が良い。仕立ての良さから新調したばかりだろう。その装いは格式の高い誠実な印象を作っているが、どうしても畏れが勝ってしまうのは人相の問題だろうか。
──今日はビクトル学園が主催する秋季パーティ当日。本来は在校生のみで催されるイベントだが、今年は第一王太子殿下が出席する事もあって、保護者が同伴する流れとなっている。当然、そこには他の有力貴族も出席するだろう。当学園は貴族と平民で編成されており、掲げる思想から身分の隔たりはない。しかし、領地を受け持つ伯爵家当主の立場からすれば、気は一切抜けないのだ。俗に言う社交の場でもある。
数回にわたって、鏡に映る強面が幅の細いストライプのネクタイを締め直す。その動きは丁寧かつ繊細で、実に手慣れたものだった。
「ふむ...」
やがて納得がいったのか、彼が襟元から手を離すと、入口で待機している娘へ声を掛けた。
「準備は出来たかい?ミルス」
「うん、いつでも行けるよ。パパ」
名前を呼ばれたミルスが笑顔で返事をする。昨日までの恐れの色は感じられない。それを内心で嬉しく思う父ガストだが、もっと関心を覚えたのは娘の服装だった。
彼女は学園の制服の上に、斑模様が入った緑一色のコートを着ており、首と手にはそれぞれ、同色のマフラーと手袋で固められている。
ここまでは例年通り。今年は一味違ったのは、通気性の良いウシガエルのニット帽ではなく、準絶滅危惧種としても指定されている、世にも珍しい「トノサマガエル」を模したニット帽を被っている点だろう。これは彼等父娘が誤解を解いた際に、父ガストが仲直りの印として娘へ送った逸品であった。
「いつも可憐だが、今日は一段と可愛さに磨きが掛かっているな。愛娘よ」
「パ、パパったら、何言ってるのさ...もう...」
気恥ずかしそうに視線を逸らすミルス。服装は奇抜そのものだが、その仕草は愛らしさで溢れていた。
──例えるならば、今の娘は森林浴の最中に迷い込んでしまった妖精の様。近くに画家がいれば、迷わずこの光景を描写させていただろう。ガストは思った。
「旦那様。想像に耽るのは結構ですが、お時間の方は宜しいので?」
傍に控えていた老執事のロブが促す。時計の針を確認すると、夜間の時刻を指していた。
「む、もうこんな時間か。急がねば間に合わなくなってしまうな」
ガストが使用人から袖無しの外衣を受け取ると、勢い良く音を立てて羽織る。完成した姿は正しく魔王伯爵だった。
「では行ってくる。留守の間は任せたぞ」
「お任せ下さい。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
使用人を代表してロブが頭を下げる。その表情はいつも以上に穏やかなものだった。彼だけでなく、他の使用人も同様に笑顔を浮かべている。その理由は、玄関先で仲睦まじくする父娘の姿にあるのだが、本人達の前でそれを口に出す者は一人もいなかった。
二人の父娘が、外で待機していた屋根付きの幌馬車へ乗り込む。そこでミルスはすぐに、車内がいつもと違う事に気が付いた。
「こ、これは...!」
車内の内壁は緑に着色された革でコーティングされており、向かい合わせのシートには三角形の座布団が敷かれている。言うまでもなく、座布団はミルスがよく知る緑の生物を模していた。
ガストが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ふふ、驚いたかい?この日の為に密かに準備させておいたのだ」
「凄い...!凄いよパパ!馬車がカエルの加護を授かっているよ!」
その場をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ミルスが鼻息を荒くする。思わぬサプライズに興奮している様子だ。擬態ジャンプにも、いつも以上のキレがある。
「気に入って貰えたかな?」
「うん、凄く気にいったよ!」
貴族にとって馬車は重要な役割を持つ。外観が豪華であるほど序列が反映されて、権威の象徴にもなるのだ。国に仕えている以上は、この流儀に背く事は出来ない。そこでガストは馬車の内装に観点を置いた。これならば周囲の目を遮断しつつ、娘の好みを取り入れる事が可能だと──。
彫りの深い顔がだらし無く緩む。かくして、彼の計画は見事成功を収め、娘の笑顔を見る事が叶ったのだった。
◆◆◆
素敵な馬車に揺られながら、見慣れた通学路を走ること数分。私達マーガレット父娘は、ビクトル学園前へと到着した。
校門から学園までの道の脇は、沢山の群衆で埋め尽くされ、賑やかな雰囲気で包まれている。すでに秋季パーティは始まっているようだ。
「ふむ、少々遅刻してしまったか」
お父様が外衣を靡かせながら、スタイリッシュに馬車を降りる。魔王の降臨だ。そのまま彼はこちらへ手を差し出してくると、夜間の影響で更に彫りが深くなった顔を綻ばせた。
「お嬢様、お手をどうぞ」
文句なしの紳士によるエスコートだ。仮に私が将来結婚するならば、お父様のような相手が良いと思う。
「お父様ったら、お上手なんだから」
半ばお姫様気分に酔いしれながら、無骨な手をそっと取る。
ここから先、私は一人の伯爵令嬢となる。以前のような破天荒な少女ではないのだ。その成果をお父様にもお見せしよう。
落ち着いた足取りで会場までの道のりを歩く。早速、周囲の注目が集まった。
「マ、マーガレット伯爵だ」
「なんて威圧感のある風貌をしているんだ...」
口々に交わされる口上の数々。無理もない。今宵のお父様は月下を纏う魔王そのものなのだ。神々しさのレベルが違う。誰も彼もが羨望の眼差しを向けているのがよく解る。
「隣にはカエル令嬢の姿もあるぞ」
「なんて緑なんだ...」
「カエルだ。魔王がカエルを連れて会場入りしてきたぞ」
一方で、私に集まる視線も少なくない。朝から入念にコーディネートしただけあって、この服装から目が離せないのだろう。我ながら会心の出来だ。加えて、貴族令嬢らしい上品な姿勢も心掛けている。周りからすれば、今の私は水辺から舞い降りたカエルの姫にしか映らないはずだ。
数多の視線を感じながら、毎朝登下校している玄関を抜ける。間もなくして、秋季パーティ真っ最中の会場へと辿り着いた。
大きな広間には煌びやかな装飾が施されており、テーブルには豪華な料理が幾つも並んでいる。そこは普段の学園とは異なり、学園側が主催したとは思えないほど優美な雰囲気で溢れていた。
「ほう、これは仰々しいな」
隣でお父様が低い声で告げる。その口調は何処か感銘を受けているようだった。
貴族は社交界に出る機会が多くあるが、今回の催しの規模もまた、それに比肩していると言えるだろう。会場内は貴族の割合が多い。今年は第一王太子殿下も出席する事から、国内の様々な権力者が集まっているようだ。
「既に開会式は終わった後のようだな。ミルス、この後の流れは把握しているのか?」
お父様が伯爵家当主の顔で尋ねてきたので、伯爵家息女として応える。
「はい。先生が言うには、本日は自由行動となっているようです」
「そうか...ならば、小生は他の保護者の方々へ挨拶回りに行ってくるとしよう」
「私もお供します」
「いや、ここは小生一人で大丈夫だ」
「え...?」
お父様に同行しようとするが、制止されてしまう。
知らぬ内に何か粗相をしてしまっただろうか。今日の服装は自他共に認めるほど完璧な筈なのに...。そう思って気落ちしかけていると、彼が三角頭のニット帽に手を乗せて言う。
「せっかくの年に一度の催しなんだ。お前は学友の子達と精一杯パーティを楽しんできなさい」
「お父様...」
優しい気遣いに胸が熱くなる。本当は自分だってパーティを楽しみたい筈なのに、お父様はあくまで私の気持ちを汲んでくれているのだ。つくづく、彼の事を誤解していた今までの自分は、愚かなオタマジャクシに過ぎなかったのだと思い知る。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きます」
「何かあったら、大声で小生を呼びなさい。三秒で駆けつけよう」
「はい、お父様もお気を付けて」
「うむ。ではまた後でな」
お父様は顔の前で軽く指を二本立てると、外衣を翻して、保護者が集っている場所へと向かっていく。
正直なところ、当初は挨拶回りを想定していたので、気を張っていた部分があった。でも、その必要がなくなって肩の荷が下りた気分だ。きっと、お父様はそれも勘付いていたのだろう。何から何まで完璧だ。
そういう事なら、今日は学友と精一杯パーティを楽しませてもらうとしよう。
──とはいったものの、私には気心の知れた友人はロザンナしかいないが...。
「ロザンナは何処だろう」
徐ろに会場内を見渡してみるが、友人の姿は見当たらない。
遅刻でもしているのだろうか?時間にルーズな一面があったとは驚きだ。普段は才色兼備な彼女であっても人の子という事か。ついでに王太子殿下もまだ来ていないようだ。仕方がないので、先に料理を楽しむ事にした。
テーブル上の皿に乗っかっている、海老が和えられたクリームパスタを啜る。
「んん、これは美味しいな」
濃厚な味わいに捕食が進む。
まだお父様には見せた事がないが、私は基本的にパスタは咀嚼せずに飲み込む。これは尊敬するカエルに近づく為の訓練であり、もうかれこれ6年以上は続けている事だった。
そのまま勢い良くパスタを啜っていると、背後から奇っ怪な声が上がった。
「きゃあああ!?きょ、巨大なカエルがパスタを捕食してましてよ!」
「うん?」
徐ろに振り返ると、そこには同じクラスのバナナーナ子爵令嬢が青い顔をしていた。相変わらず、数束に巻かれた限りなく黄色に近い金髪が、果物のバナナを彷彿とさせる令嬢だ。
「──て、あら...?ミ、ミルス様でしたのね。わたくしったら大変な失礼を...」
同じクラスの学友だと解り、慌てて謝罪する彼女だが、そっと手で制止する。
「構わないよ。君が私の事をカエルだと認識しているのならば、それは私にとって大きな財産となるだろう」
「財産......?何だか...今日のミルス様は一段と凛々しい口調ですのね」
目を丸くするバナナーナ様。言われてみると、この口調でロザンナ以外の人と話した事はなかった。授業も大半は欠席していたし、同じクラスの人間にとっては新鮮なのだろう。
きっと今までの自分ならば、ここで慌てて貴族令嬢らしい振る舞いを心掛けていた事だろう。しかし、お父様との蟠りが解けた今、同世代の人間には有りのままの姿でいたかった。
意思を強固なものにすると、自分らしさを貫いて話す。
「今の私はカエル令嬢だからね。オタマジャクシとは違うのさ」
「な、何を仰っているかはよく分かりませんが、今のミルス様も素敵ですわ」
「ありがとう、褒められるのは大好物だよ。君もパスタを捕食してみるかい?」
「それは遠慮しておきますわ」
やんわりと断りを入れると、バナナーナ様が他の学友の元へと去っていく。やはり年頃の娘とは難しいものだ。
感慨に浸りながら、濃厚な味わいのパスタを飲み込んでいく。
そうして一通り、目につく手頃なパスタを捕食し終えた頃だった。辺りが妙に騒がしくなる。
「む、何かあったのか?」
会場内を見回すと、一部に人集りが出来上がっていた。もしかすると、王太子殿下が到着したのかも知れない。一瞬そう思ったのだが、どうやら不穏な空気からして違うようだった。
何があったのか気になったので、人集りの方へ向かってみる。すると、よく通る大きな声が聞こえてきた。
「ナインスター様!先ほどから申しておりますが、私は何もしておりません!」
「黙れ!貴様以外に誰が出来るというのだ!」
騒ぎの渦中にいたのは、私の数少ない友人だった。
「ロザンナじゃないか。こんなところにいたのか」
探していた友人を見つけられて嬉しく思うも、彼女の表情は曇っていた。
「一体何があったんだ...?」
状況が読み込めずに困惑していると、彼女の正面にもう一人、生徒が立っているのが見えた。彼は金髪の長い前髪を横に巻き付けており、制服の胸元には独自にアレンジした星が幾つも付けられてる。更に、彼の隣には桃色の髪の毛をした可愛らしい令嬢の姿もあった。
「あれはセブンスター君と...隣にいるのは誰だ?」
見覚えのない生徒に頭を捻っていると、渦中の男が大々的に告げた。
「もう我慢ならん。ロザンナ・マベルス!今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
ロザンナが不躾に指を指される。秋季パーティが婚約破棄パーティに変わった瞬間だった。
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clayclay
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