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73 心菜は気付かない

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 夏休みはあっという間に終わってしまった。
 誰かと遊ぶ約束をするでもなく、お祭りや花火大会に行くでもなく、心菜の中学3年の夏休みは宿題と塾に追われて終わってしまった。

「はあー、」

 よって、夏休み明け早々心菜が大きな溜め息をこぼして机に突っ伏しているのも無理もない話だろう。

「辛気臭いなー、ここな、なにかあったの?」
「何もなかったから辛気臭いの。だって夏休みだよ?お夜市に祭りに花火大会!!いっぱいイベントのあるはずの夏休みに、何もできなかったんだよ!?そりゃあ辛気臭くもなるよ!!」
「あぁー、塾詰めだっけ?」

 心菜とは違う塾に通う優奈も夏休みには塾がいっぱいあったのか、『塾』という単語を話す瞬間に苦々しい顔つきに変わった。心菜はこれ幸いににやにやとしながら頷く。

「うん」

 頷いた後、心菜はツンツンと優奈の半分セーラーチックな制服のブラウスの裾を引っ張って、耳を寄せるように合図する。

「ん?」
「立花とはなんかあったの?」
「………ないわよ。出会いすらできなかった」
「つまんないの」

 心菜は『はあー』っと分かりやすく溜め息をついて、頬を膨らませる。

「そういうここなは、立花と進展あったの?」
「ふぇ?」

 耳元で話されてくすぐったいと思った心菜は、首をすくめながらこてんと首を傾げる。立花という単語が出た瞬間に少しだけ顔が赤くなった心菜は、どういうことだと言わんばかりに優奈に助けを求める。

「だってここな、立花のこと好きでしょ?」
「へ?」
(好きか嫌いかって言われたら好きだけど、え?ここで言うゆーなちゃんの好きって、恋愛的な好きだよね!?私、絶対それはないんだけど!?)

 心菜はぶんぶんと赤い首を振って優奈の身体にがしっと抱きついた。

「それは絶対に有り得ない。だって私、ゆーなちゃんの恋、応援してるもん」

 幼子が懇願するような声になってしまったが、それは心菜の心の中からの言葉だった。心菜の言葉を聞いた優奈は、仕方のないものを見る目で心菜のことを見つめて、そして背中を撫でた。

「………遅すぎる初恋は、鋭い観察眼と甘えを許す優しさ、か………………」

 心菜に聞こえないようにつぶやいた優奈は、少しだけふわふわとした心菜の長い黒髪をすべすべと撫で回すのだった。

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読んでいただきありがとうございます😊😊😊

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