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「?なんと言ったのだ?」

「……聞き取れなかったのならそれで良いわ。あと、私は同じことを2回言う気はないから、1回で必ず聞き取ってくれる?」

 雅楽は僅かな微笑を浮かべながらこてんと小首を傾げた。
 揺尾は引き攣った笑みを浮かべてやがて大きく息を吐いた。

「そなた、そんな態度ばかり取っておっては早死にするぞ。」

「安心してちょうだい。私、こう見えてもお嬢様だから、こんな態度でも誰も文句を言えないし、下手しもてに出られた方が困るから、こっちの尊大な態度の方が向こうにとってはいいの。」

 豊とも貧相とも言えない胸を張って雅楽はえっへんと言い切った。

「……そなたのその絶対的な自信はどこから湧いてくるのだ……?」

「……。」

 一瞬にして無表情に戻った雅楽は何も言わなかった。無言というのが答えなようで、一切の答えになっていなかった。

「……そろそろ願いを叶えるかな。」

「……助かるわ。」

「うむそうさせてもらおう。

 『我に連なりし眷属達よ、彼の者の願いを叶えるために顕現したまえ。現世を彷徨いし、隔離世の生物と話す力を彼の者に分け与えたまえ。ーー“妖華”ーー』

 ……。」

「っ!」

 ぶわりと大きな霞に巻かれ、雅楽はとっさに目をぎゅっと瞑って腕を前へやった。
 パラパラパラパラと沢山の本が捲れるけたたましい大きな音と、揺尾の呪文のような不可思議な力の籠った静かで平坦な声音が『あやかし書堂』に響き渡り、その場を支配した。

「「……。」」

 僅かな時間、『あやかし書堂』に夜の闇のような暗くて寂しい静寂が訪れた。

 本が、本棚が、雲が、光が、灯火が、雅楽と揺尾以外の全てのものが、霧散して無に帰った。帰って行った。跡形もなく消えてしまった。

 やっとのことで目を開けられた雅楽はそのことに気がついて絶句した。闇だけが支配する空間はただただ恐怖しか無いはずなのにどこか懐かしく、雅楽の心を温めた。

ーーあぁ……、これでが分かった……。私は、否、わたくしは……。ーー

 憂いを帯びた瞳をゆっくりと閉じた雅楽の瞳に次に映ったのは先程消えたはずの『あやかし書堂』だった。明るくて暖かくて心地がいい、摩訶不思議な『あやかし書堂』だった。

「……そなた、……そなた、今我の虚無空間に入らなかったか?」

「……虚無空間?そんなの知らないわ。」

 雅楽は苦しそうな顔を隠せていない無表情と僅かに震えた情け無い声音で答えた。

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