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第一章
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朝、目を覚ますとまずベッド横の窓のカーテンを開け、灰色の景色の向こうに昇っていく太陽をチラリと確認し、軽く伸びをしながら寝室を出る。リビングを横切って脱衣所へ行くと、洗面台の近くにセットしてある足台を使って自分の顔をチェックする。
――今日も完璧に整っているな。宗教画に登場する天使のようだ。
これは自画自賛ではない。単なる事実に対する感想だ。俺は俺の容姿に興味などない。もし醜い豚だったとして、「醜い豚だ」と考えるだけだろう。
さて……顔色、瞳の様子、他に変わった部分はないか。そうして歯を磨き、顔を洗い、髪を整え、足台を降りて壁際に戻す。
廊下に出て、ウォークインクローゼットに行き、適当な服を選ぶ。選ぶと言っても、気に入りのテーラーで全く同じものを6着分仕立てさせたチェックのスリーピースが定番だ。ファッションにこだわりがあるわけでもなく、衣服に迷う時間など無駄だからな。
そのうち3着を常に家に置き、定期的に報告へやってくる"係の者"に、他の洗濯物と共に別の3着と入れ替え、クリーニングにかけさせている。
着替えを済ますと仕事部屋へ行き、パソコンで自身の会社の社内メールシステムをチェックし、社員たちに最低限の挨拶をする。気が向けば、名ばかりの役員として在籍している父の会社のメールも見るが……今日はいい。そっちは数ヶ月に一度で十分だ。
「……ふう」
まだ慣れないな、こういったシステムは。しかし、これからの時代、主流になっていくことは間違いない。その最先端に触れられることは、非常に"楽し"かった。
朝のルーティンを終え、リビングへ戻ると同居人がシリアルを床にぶち撒けていた。
「片付けておけよ」
「あ! 兄さん、おはよー!」
袋を開けようとしたら破裂したのだと笑って、長い金髪を垂らしながらシリアルを拾い食いしている。
「腹を壊すぞ」
白いセラミックタイルの床は定期的に拭いているとはいえ、毎日ではない。俺は他人を住居に入れるのが好きではなく、極力掃除は自らの手で行っている。
「だいじょーぶだよ!」
「何がだ」
「いつもこうしてるから!」
清々しいほどに根拠のない"大丈夫"だな。
この女はリディア。類い稀なる馬鹿……そして、規格外の身体能力を持った、興味深い人間だ。先月から俺の"足"となる代わりに、このマンションの一室を好きに使っていいと契約をした。その経緯については、今はいいだろう。
俺の寝室と仕事部屋に入りさえしなければ、後はいちいち承諾を取らずに好きに何でも使い、何でも食べろと言いつけてある。遠慮やご機嫌うかがいなど鬱陶しい。この女の"空気の読めなさ"は俺にとっては心地の良いものであった。
さて、まずは俺も朝食を摂るとしよう。満腹時の眠気が不快なため、バタートーストとサプリメント、ミルクに溶かしたプロテインを飲むのが今の俺の最適解だ。トーストは味覚を楽しませる為の嗜好品に過ぎないが、味の良いものを食べる喜びは無駄ではない。
そんな"いつものメニュー"を用意して、ダイニングテーブルへ置く。片側が梯子のようなデザインになっているイスをよじ登って、トーストに手を伸ばした。
「……」
「兄さん、あのね!」
「黙れ、"読書中"だ」
俺の頭の中には何千何万という本や新聞などが"記録"されている。とにかく目に入ったものを"そのまま"記録できる能力により、読める読めないに関係なく、世界中の本をインプットしておいたのだ。
食事中にはそれを少しずつ"読み"、学習することにしている。最近はキリル文字を使う言語について理解を深めることにハマっていた。読める文字が増えれば、記録しておいた各国のローカル新聞も読むことができるというわけだ。
この便利な"目と頭脳"、そして望むだけの書物を与えてくれた両親には深く感謝していて、今は彼らに恩を返す為に会社を経営している。息子に恩を返されるまでもなく満ち足りた人生を送っている豊かな夫婦ではあるが、その恩恵にあやかるだけでいられるほど、俺は恩知らずではない。
「……おい、そろそろ床に落ちた物を食べるのはやめろ」
「おいしーよ!」
「気が散る。 席に着け」
後で掃除機をかけるから放っておけと言えば、リディアは素直に立ち上がった。そしてキッチンから器とミルクを持ってきて、ザバザバと注ぎ込む。
「シリアルは入れないのか」
「もうたくさん食べたもん、おなかの中でミルクとまぜたら、そんなカンジになるよね!」
「なるほど」
ならコップに注げばいいものを、何故か器に注いだミルクをスプーンで掬って飲むせいでビチャビチャと机に液体が飛び散る。
「今日は雨の予報は無い。 食べたら出かける準備をしろ」
「はあい!」
「30分後だ」
サプリメントを水で流し込み、席を立つ。イスを倒さないように気をつけながら降りて、食事の後片付けをしにキッチンへ向かう。足台を使って、シンクで皿やプロテインのシェイカーを洗いながら、今日の段取りを考えた。
俺は背が低い。これは純然たる事実だ。今年でもう8歳になったが、幼児と間違われることも多い。幼く見られることは不本意ではあるが、この容姿なら仕方ないという自覚はある。
脳の成長にエネルギーの大半を費やしたのだろう。そう思うことにして、手に入らないものに焦がれることはやめた。それに今は、リディアという"足"も手に入り、何の不便もない。
「そういえば、お前は何歳になったんだったか」
「私? えーと、1976年に生まれたよぉ」
「13か」
兄さん、計算じょーずだね!と褒められて眉を顰める。この程度のことで褒められても全く嬉しくは無いが、揶揄っているわけではなく、純粋に心から褒められているからこそ、反応に困るのだった。
「準備ができたら声をかけろ。 "手入れ"をしている」
「はあい!」
そうして、俺は"趣味部屋"へ向かった。
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