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二章
取り繕う笑顔の裏は
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昼下がりの中庭。
ライナーは石壁にもたれ、腕を組んで空を見上げていた。
陽射しは柔らかく、風は心地よい。だが、彼の思考は曇っていた。
「あの王女……屈託のない笑顔を浮かべるが、何だか企みを感じるな」
誰にでも優しく、誰にでも同じように微笑む。
そういう人間こそ、何かを隠している。
「何だか、ルシアン殿下とは違うんだよな……ずっと笑顔だけど……何か違うというか」
その時、軽やかな足音が近づいてきた。
振り返ると、アウレリアが眩しい笑顔で立っていた。
「ライナーさん! 一緒にお食事しません?」
声は澄んでいて、まるで鈴の音のようだった。
ライナーは一瞬だけ表情を止めたが、すぐに柔らかな笑顔を作った。
「ええ、いいですよ」
彼女の隣に歩きながら、ライナーは心の奥で警鐘を鳴らしていた。
その笑顔の裏にあるものを、まだ誰も知らない。
だが、彼だけは――その違和感を見逃さなかった。
---
翌日、ライナーはフィリシアを探していた。
中庭のベンチに座る彼女を見つけると、少し躊躇してから歩み寄る。
「なあ、リュミエール……お前に相談つうのも何だけど、ちょっと話を聞いてほしくてな」
フィリシアは顔を上げる。
「何?」
声はいつも通りだった。穏やかで、どこか距離のある響き。
ライナーは少し言いづらそうに言葉を選ぶ。
「王女のことについてなんだけど」
その瞬間、フィリシアの瞳がわずかに揺れた。
だが、すぐに優しい笑顔を浮かべて言った。
「うん、二人とも仲よさげよね。ライナーにとってアウレリア様は大切な人だものね」
その笑顔は、あまりにも優しすぎた。
まるで、何かを手放すような微笑みだった。
ライナーは眉をひそめる。
「そりゃ、そうだけど……」
フィリシアは寂しそうな表情で、ふっと笑った。
「そっか」
そして立ち上がる。
「じゃあ、私もう行くね」
「は? おい……」
ライナーの声は彼女の背に届かない。
フィリシアは振り返らず、静かに歩き去っていった。
ライナーはその背中を見つめながら、ため息をついた。
「何だよあいつ……相談できねぇじゃん」
彼はまだ何も知らない。
フィリシアの胸の奥に、どれほどの痛みが渦巻いているかを。
---
フィリシアは廊下を歩いていた。
窓から差し込む光が床に伸び、制服の裾が静かに揺れる。
その時、背後から聞こえてきた話し声が、彼女の足を止めさせた。
「なんか最近、ライナー様とアウレリア様って距離が近いわよね」
「それ思ったわ。お二人ともお似合いだと思うの。騎士と王女様なんて、おとぎの国の話の組み合わせみたい」
「でも私…実は前までライナー様とフィリシア様もお似合いだと思ってたの」
「え?あの2人が?あんなに犬猿の仲なのに?」
「でもそれがいいのよ!だけどフィリシア様は少し気が強いから、アウレリア様のような守りたくなるような女性の方がいいのよね、きっと」
その言葉に、フィリシアは唇を噛み締めた。
何も言わず、何も返さず――ただ、胸の奥が静かに軋んだ。
“気が強い”
“守りたくなる女性”
“お似合い”
誰かが決めた“理想”の形に、自分は含まれていない。
それが、ただの事実として語られることが、何よりも痛かった。
フィリシアは歩き出す。
足音は静かで、表情は変わらない。
けれど、心の中では、何かが確かに崩れていた。
---
ルシアンは一人、テラスの席で紅茶を口にしていた。
夕暮れの空は淡い紫に染まり、風がカップの縁を静かに撫でる。
「あのフィリシアの顔…」
彼はぽつりと呟いた。
笑っていた。けれど、あれは“本当の笑顔”じゃなかった。
フィリシアの表情が脳裏に焼きついて離れない。
あの、ほんの一瞬だけ見せた悲しげな目――
それは、誰にも見せたくないはずの顔だった。
「フィリシア…僕は…ずっと…」
言葉が喉で止まる。
彼女への想いは、まだ形にならない。
ルシアンは空を見上げた。
雲の切れ間から、星がひとつだけ顔を覗かせている。
「君のそんな顔、もう見たくないよ 。誰が、君をそんな顔にしたんだい…?」
風が少しだけ強く吹いた。
彼の問いかけは、誰にも届かない。
けれど、彼の心には確かに残った。
“守りたい”という、静かな決意が。
---
ルシアンは、紅茶の湯気を見つめながら、ふと記憶の扉が開くのを感じた。
――12歳の頃。
王宮の厨房で、彼はワクワクしながらチョコレートを溶かしていた。
甘い香りに包まれながら、誰にも見られないように、そっと型に流し込む。
だがその背後から、冷たい声が響いた。
「ルシアン…お前は未来の国王としての自覚が足りない。菓子など、作るな!王太子の分際で!」
「ごめんなさい、お父様…」
その日から、彼は人目を避けて学園の片隅でお菓子を作るようになった。
けれど、父の言葉が頭をよぎるたび、手が止まる。
そんな時だった。
「わあ!ルシアン様すごい!お菓子作られてる!美味しそうだなー!」
フィリシアが、目を輝かせて言った。
彼は戸惑いながら答える。
「フィリシア…そうかな…でも俺、こんなこともう…」
フィリシアは笑顔で言った。
「ルシアン様!お菓子できたら私にも食べさせてください!もちろん一番で!」
その笑顔に、ルシアンは見惚れていた。
誰にも認められなかった自分の“好き”を、初めて肯定してくれた人。
それが、フィリシアだった。
そして今――
「君はあの時、僕のことを救った。そしてまた救ってくれたんだよ、フィリシア」
彼女が言った言葉が、胸に蘇る。
「ルシアン様のことを悪く言う人は、私が許しませんわ!」
その言葉は、彼にとって何よりも尊いものだった。
誰にも言えなかった痛みを、彼女だけが見抜き、守ってくれた。
ルシアンは静かに目を閉じる。
そして、気づく。
――自分はもう、フィリシアに心を奪われていたのだ。
ライナーは石壁にもたれ、腕を組んで空を見上げていた。
陽射しは柔らかく、風は心地よい。だが、彼の思考は曇っていた。
「あの王女……屈託のない笑顔を浮かべるが、何だか企みを感じるな」
誰にでも優しく、誰にでも同じように微笑む。
そういう人間こそ、何かを隠している。
「何だか、ルシアン殿下とは違うんだよな……ずっと笑顔だけど……何か違うというか」
その時、軽やかな足音が近づいてきた。
振り返ると、アウレリアが眩しい笑顔で立っていた。
「ライナーさん! 一緒にお食事しません?」
声は澄んでいて、まるで鈴の音のようだった。
ライナーは一瞬だけ表情を止めたが、すぐに柔らかな笑顔を作った。
「ええ、いいですよ」
彼女の隣に歩きながら、ライナーは心の奥で警鐘を鳴らしていた。
その笑顔の裏にあるものを、まだ誰も知らない。
だが、彼だけは――その違和感を見逃さなかった。
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翌日、ライナーはフィリシアを探していた。
中庭のベンチに座る彼女を見つけると、少し躊躇してから歩み寄る。
「なあ、リュミエール……お前に相談つうのも何だけど、ちょっと話を聞いてほしくてな」
フィリシアは顔を上げる。
「何?」
声はいつも通りだった。穏やかで、どこか距離のある響き。
ライナーは少し言いづらそうに言葉を選ぶ。
「王女のことについてなんだけど」
その瞬間、フィリシアの瞳がわずかに揺れた。
だが、すぐに優しい笑顔を浮かべて言った。
「うん、二人とも仲よさげよね。ライナーにとってアウレリア様は大切な人だものね」
その笑顔は、あまりにも優しすぎた。
まるで、何かを手放すような微笑みだった。
ライナーは眉をひそめる。
「そりゃ、そうだけど……」
フィリシアは寂しそうな表情で、ふっと笑った。
「そっか」
そして立ち上がる。
「じゃあ、私もう行くね」
「は? おい……」
ライナーの声は彼女の背に届かない。
フィリシアは振り返らず、静かに歩き去っていった。
ライナーはその背中を見つめながら、ため息をついた。
「何だよあいつ……相談できねぇじゃん」
彼はまだ何も知らない。
フィリシアの胸の奥に、どれほどの痛みが渦巻いているかを。
---
フィリシアは廊下を歩いていた。
窓から差し込む光が床に伸び、制服の裾が静かに揺れる。
その時、背後から聞こえてきた話し声が、彼女の足を止めさせた。
「なんか最近、ライナー様とアウレリア様って距離が近いわよね」
「それ思ったわ。お二人ともお似合いだと思うの。騎士と王女様なんて、おとぎの国の話の組み合わせみたい」
「でも私…実は前までライナー様とフィリシア様もお似合いだと思ってたの」
「え?あの2人が?あんなに犬猿の仲なのに?」
「でもそれがいいのよ!だけどフィリシア様は少し気が強いから、アウレリア様のような守りたくなるような女性の方がいいのよね、きっと」
その言葉に、フィリシアは唇を噛み締めた。
何も言わず、何も返さず――ただ、胸の奥が静かに軋んだ。
“気が強い”
“守りたくなる女性”
“お似合い”
誰かが決めた“理想”の形に、自分は含まれていない。
それが、ただの事実として語られることが、何よりも痛かった。
フィリシアは歩き出す。
足音は静かで、表情は変わらない。
けれど、心の中では、何かが確かに崩れていた。
---
ルシアンは一人、テラスの席で紅茶を口にしていた。
夕暮れの空は淡い紫に染まり、風がカップの縁を静かに撫でる。
「あのフィリシアの顔…」
彼はぽつりと呟いた。
笑っていた。けれど、あれは“本当の笑顔”じゃなかった。
フィリシアの表情が脳裏に焼きついて離れない。
あの、ほんの一瞬だけ見せた悲しげな目――
それは、誰にも見せたくないはずの顔だった。
「フィリシア…僕は…ずっと…」
言葉が喉で止まる。
彼女への想いは、まだ形にならない。
ルシアンは空を見上げた。
雲の切れ間から、星がひとつだけ顔を覗かせている。
「君のそんな顔、もう見たくないよ 。誰が、君をそんな顔にしたんだい…?」
風が少しだけ強く吹いた。
彼の問いかけは、誰にも届かない。
けれど、彼の心には確かに残った。
“守りたい”という、静かな決意が。
---
ルシアンは、紅茶の湯気を見つめながら、ふと記憶の扉が開くのを感じた。
――12歳の頃。
王宮の厨房で、彼はワクワクしながらチョコレートを溶かしていた。
甘い香りに包まれながら、誰にも見られないように、そっと型に流し込む。
だがその背後から、冷たい声が響いた。
「ルシアン…お前は未来の国王としての自覚が足りない。菓子など、作るな!王太子の分際で!」
「ごめんなさい、お父様…」
その日から、彼は人目を避けて学園の片隅でお菓子を作るようになった。
けれど、父の言葉が頭をよぎるたび、手が止まる。
そんな時だった。
「わあ!ルシアン様すごい!お菓子作られてる!美味しそうだなー!」
フィリシアが、目を輝かせて言った。
彼は戸惑いながら答える。
「フィリシア…そうかな…でも俺、こんなこともう…」
フィリシアは笑顔で言った。
「ルシアン様!お菓子できたら私にも食べさせてください!もちろん一番で!」
その笑顔に、ルシアンは見惚れていた。
誰にも認められなかった自分の“好き”を、初めて肯定してくれた人。
それが、フィリシアだった。
そして今――
「君はあの時、僕のことを救った。そしてまた救ってくれたんだよ、フィリシア」
彼女が言った言葉が、胸に蘇る。
「ルシアン様のことを悪く言う人は、私が許しませんわ!」
その言葉は、彼にとって何よりも尊いものだった。
誰にも言えなかった痛みを、彼女だけが見抜き、守ってくれた。
ルシアンは静かに目を閉じる。
そして、気づく。
――自分はもう、フィリシアに心を奪われていたのだ。
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