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第139話 打つ手無し
しおりを挟む上空にいるユイに向かって飛びだす、マリス。
ユイに向けて槍を突き出すマリス。
杖の一撃を逸らされたユイは姿勢を大きく崩していた、その瞬間を突いたマリスの狙いは正確だった。しかし今回は相手が悪かった。
「ガァッ!」
ユイは口から炎を吐き出した。
「ッ!しまった!」
マリスの槍は遥か遠くに弾き飛ばされてしまった。
「が……は!」
次の瞬間、マリスの胴体をユイの杖が貫いた。
「アア、……ウ?」
「……捕まえたぞ……ようやく」
マリスはユイの手を掴んだ。
「よう、覚えてるか?ユイが腹に刺さった槍をこうやって掴んでよ」
「ッ!」
ユイが掴まれた腕を振りほどこうとする、しかしマリスは逃がさぬように全力で掴んだ。
マリスに刺された杖から焔が噴き出す。
本来なら一瞬で灰になるような焔だが、マリスの身体は燃えたそばから再生し続ける事で焔をおさえつけた。
「回復したそばから焼かれるってのは、嫌なもんだな。だが耐えられねぇわけじゃねぇな」
マリスが笑う。
「お前もこんな感じだったのか?まったく……」
「アアッ!」
暴れるユイ、マリスは頭を大きく後ろに傾けた。
「目ぇ覚ませ!ユイ!」
マリスはユイの肩をしっかりと掴む。
そして、全力で頭を前に突き出した。
「ガア……ア」
ユイは意識を失う、それと同時に上空を覆っていた大地が消滅し始める。
「いってぇ!」
自分の額をおさえるマリス。
「ふっ、教え子思いな先生じゃないか、バアル」
「そうだな、心優しいやつだよ」
意識を失ったユイを空中で抱き寄せ、地面へ
「おい!ユイ!」
「ん……マリス先生?頭……いった」
ユイが目を覚ます。
「よし、こっちは上手くいったな」
「一点集中させた魔力を打ち込み、イトウ・ユイの魂を刺激し目覚めさせたのか。流石だなマリス」
デウス・ソリスとバアルがマリスに向かってそう言った。
「二人が私を治療し続けてくれなきゃ無理だった……まったく手のかかる教え子だ」
「え!?マリス先生!お腹に穴空いてる!」
ユイがマリスの怪我をみて驚く。
「良いんだよ、すぐに塞げる。それよりもお前にも手伝ってもらうぞ」
彼女は自身に空いた腹の止血を済ませる。
「ウヂドッデミロオオオオ!」
「ッ!なに?!
突然の大声に驚くユイは声がする方向に目を向ける。
「タケミのやつ、さて一番の問題が残ったな」
「え……?タケミ……?」
マリスの口からでた言葉に驚くユイ。
「なんてパワーだ!更に増したな!」
タケミの攻撃を受けて更に大きく後ろにのけぞるプロエ。
「まさかこのズルを使っても攻撃を捌ききれないとは……流石に面目丸つぶれですかね」
フォルサイトも肩で息をしている。
すると突如、ベロニカがタケミの背後の地面から飛び出す。
(タケミ様から感じるエネルギーが膨らみ続けている!このまま膨らみ続けるのか、それともどこかで限界に達するのか。もし限界があるならその時タケミ様は無事では済まない!)
ベロニカは剣を構える。
(私の役目は姫と、そしてタケミ様に尽くすこと!これこそがグランドオークの血を次の世代へと引き継ぐことになる!我が生命に代えても!)
タケミの背に向けて剣を突き出した、しかしそこにはタケミはいない。
タケミはベロニカの上をとっていた。
「このスピード!」
ベロニカは回避では間に合わないことを即座に理解し、最大限の防御姿勢を取る。
「ーーー!」
タケミが咆哮と共にベロニカに拳を振り降ろす。
ベロニカは自身に向けて振り下ろされた拳に意識を集中させる。
「っ!」
彼女はダメージが最小限になるよう、拳を受け流した。
「手足を封じる!」
ベロニカは一瞬の内に何度もタケミに斬撃を放った。狙いは手足の腱、この部位にダメージを負わせることでタケミの戦闘力を少しでも削げないかと考えたのだ。
「アアア…」
しかし彼は攻撃を意に介さず、ベロニカの首を掴んだ。
ベロニカの剣は彼の皮膚さえも斬る事ができなかった。
「無傷!?まさか、ここまでとは……不覚」
「■■■■!」
タケミはベロニカを地面に叩きつけた。
「させません!」
マートル姫が地面に触れる。
叩きつけられたベロニカが地面へと深く沈み、そしてトランポリンのように跳ね返った。
タケミの手から逃れたベロニカは受け身を取って即座に立ち上がる。
「はぁはぁ、ありがとうございます、助かりました……」
「いいのよ。タケミ様……本当にもう戻ってこないのですか」
ベロニカとマートル姫がタケミを見つめる、その目はとても寂しいものであった。
その時目を覚ましたユイは変貌したタケミの姿を見て呆気に取られていた。
「何ですかあれ?タケミなんですか……?本当に?」
ユイが驚きを隠せない表情で言う。
「そうだ。お前もさっきまであんな感じだったぞ」
「早くもとに戻さないと!先生、私の時はどうしたんですか?」
マリスの肩を掴んでユイが質問した。
「ユイの魂に私の全力の魔力を叩き込んで無理やり目を覚まさせた。でもそれは使えない」
静かにそう言ってマリスは首を横に振った。
「え!どうして」
「ユイには自身の魂とネラの魂が混ざっている。まだ2つだ、それにユイは元女神だったのもあって魂が判別しやすかった。女神の魂は目立つからな」
マリスはタケミを注視する。
「だがタケミの場合は話が違う。やつには自分とネラ、そして不死王の魂が混ざってる。そもそも不死王にだってネラの魂が混ざっている。聞いてるだけで頭痛くなるだろ?めちゃくちゃなんだよ、あいつの魂は判別不可能だ」
「そんな、じゃあどうすれば」
肩を落とすユイ。
それに対して、マリスは申し訳なさそうに首を振る。
「悪いがそれがさっぱり思いつかん。すまない」
「……」
2人の会話を聞いていたデウス・ソリスがタケミに突撃する。
「さっさと目を覚ますんだ!カヅチ・タケミ!」
彼が繰り出した攻撃をタケミは紙一重で躱した。
「今の避け方っ!構えを変えたぞ!」
プロエはタケミの変化に即座に気付いた。
先程までのまるで立ち上がった熊のように荒々しい構えから一変。拳を構え、拳闘家のようなコンパクトな構えへ。
「さっきよりも素早い!動きも不規則だ!」
デウス・ソリスが迎撃しようとするが、タケミは不規則な足運びで距離を詰める。
「あの動き!さっきおれ達と戦った事で何か変化があったのか?意識が戻ったわけじゃない、恐らく学習したんだ」
プロエはタケミの状態を分析した。タケミは戦いの中で動きを最適化させ始めた。
「拳を一発放つごとにパワーもスピードも増している!限界はないのか!」
「■■!」
タケミの攻撃に合わせて、デウス・ソリスが拳を繰り出す。
彼はカウンターを狙った。
狙いもタイミングも完璧だった。
しかし、拳を叩き込まれたのはデウス・ソリスだった。決して初めてカウンターを狙った為に回避を忘れていたわけではない。
避けたものとは別の拳に殴られたのだ。
(な、何に殴られた?もう片方の拳じゃない)
デウス・ソリスは目を動かし自身を殴った拳を探す。
「おいおい、ありかよ。そんなの」
彼が見つけたのは自身の胴を捉えた黒い拳だ。
その拳はタケミの背中から伸びていた。
彼の背中から4本の腕が生えていた。
「腕が増えたのか?なんでもありだな」
「クガァッ!」
タケミは拳を繰り出す。
「少し驚いたが、繰り出す攻撃は同じ、少し気をつければ」
デウス・ソリスは後ろに下がり攻撃を回避しようとした。その時、タケミの背中から生えた腕が突然伸びたのだ。
「な……に?」
この一撃を受け、デウス・ソリスの胴体に大穴が開く。
タケミの背中から生えた腕は布状になり風に揺らいでいた。
「あの腕、まるでネラの黒布みたい……」
「おいおいまじかよ」
ユイとマリスがタケミをみて話す。
「それが本当ならタケミ殿にとって最高の武器ですね。破壊力はそのままに、伸縮自在、形状自在の拳を手に入れたということなんですから」
フォルサイトの言う通り、タケミが持つ武器があるとすればこれほど適したものはないだろう。
「マダ……ダ」
タケミから生じたその黒布は腕の形状からほどかれ、別の形へと変わっていく。
「ウヂドッデ……ミロォォォォッ!」
タケミは右拳に布を集結させ、巨大な拳を形成し構えをとる。
「今度は布が1つにまとまって巨大な拳に!加えてあの構え……!拳の軌道に絶対に入るな!横に避けろ!」
プロエは皆に全力で警告し、駆け出した。
「■■■!」
タケミはその強大な拳を繰り出そうとする。
その瞬間、プロエが懐に潜り込んできた。
「間に合え!」
プロエは繰り出されたタケミの拳を少しだけ上へ逸らした。
「あぶねぇあぶねぇ……無意識のうちに大勢の人を殺しちまった、なんてこと弟子に背負わせる訳にはいかねぇからな」
そう話すプロエは右腕を失っていた。
「ッ!?プロエ!まってろすぐに治す!」
マリスがプロエの元に駆け寄ろうとする。
「大丈夫です、損傷箇所あたりの筋肉を締めて血管を閉じました。止血しているので問題ありません。ですのでどうか、タケミに備えてください」
プロエはタケミに向かって構えた。
彼らが戦っている場所から離れ結界の外、そこにいる者たちは異様な光景に驚愕していた。
「な、なんだ?あの木、なんで上がないんだ?あっちの木も、ほら、あっちもだ!」
「お、おれは見たぞ……今さっきだよ、今さっきなくなったんだよ、音もなく消し飛んだんだ」
結界の外にいた勇者達が近くに生えていた木々を指さす。
「魔力の痕跡はない、断面が炭になっている。本当に微かだがこの攻撃からタケミ様の気配を感じる」
「この軌道はなんだ、上に向かって行っている、まるで逸らされたみたいに。中で一体何が……」
木に近づいたグランドオークはただ結界の中を眺めることしか出来なかった。
「結界を一瞬だが突き破った!いかんな、これでは結界の意味がなくなる」
結界を作り出したバアルも何が起きたのか理解した。それと同時に状況の深刻さをも察してしまった。
「■■■!」
タケミが咆哮する。
「っ!いけない!それだけは!」
強烈な未来を察知したフォルサイトがいち早く動き出した。
タケミは拳を振り上げ、地面に向けて振り降ろす。
「カヅチ・タケミ!」
彼の拳が地面に衝突する寸前でデウス・ソリスは魔術でタケミを空中へと転移させた。
「もうお前を地上にいさせてやる事はできんな。この世界が破壊されてしまう!さすがのお前にも、それをさせる訳にはいかないからな!」
デウス・ソリスはタケミの目の前に転移し、彼を殴り飛ばした。
「■■■!」
「そうだ!俺を狙え!」
空中で激しくぶつかり合う二人。
「バアル様、なにか方法は!」
「バアル様!私達にできることは!」
「……認めたくないが、打つ手無しだ。やつを殺しきる以外に……」
マリスとフォルサイトがバアルに聞くが、それに対して彼は首を横に振ることしかできなかった。
「そんな……タケミ……」
空で戦うタケミをみて涙を流すユイ。もうそこに映っているのは彼女の知るタケミではなかった。ただの化物であった。
「大丈夫です」
マートル姫がユイに優しく言った。
「マートル姫……?」
「私がタケミ様を目覚めさせます」
自身を見上げるユイに微笑み、マートル姫は上空で戦うタケミに視線を向ける。
「タケミ様、このマートル今参ります」
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