6 / 29
怪異2『ステンドグラス』
しおりを挟む
バンスベルク領内のガルテンシュタットの村に立ち寄った時。
僕は、クラウスさんという年老いた男性に会った。
小さなガルテンシュタットの村には宿は一軒しかない。
そういう村では、たいていこの宿が地域の飲み屋も兼ねていて、村の交流の場となっているのだ。
村という閉鎖された空間と、外界から訪れる旅人という存在が交わる交差点の役割も果たしているのである。
旅人である僕に興味を抱いたようで、クラウスさんの方から話しかけてきた。
彼は、引退した元御者だという。
御者というのは、馬を操り、馬車を運転する、いわば運転手である。
シュヴァンツブルグ王国に属する名家バンベルク伯爵家の専属御者として長年勤め、当主であるバンベルク伯の移動には欠かせない存在として、全ての旅路に帯同したという。
今は伯爵の代替わりに合わせ息子のルーカスに御者の仕事を引き継いだ。
クラウスさん自身は隠居の身として、バンベルク領内のガルテンシュタットの村に移り住み妻と共に余生を過ごしているという。
そんな老人が、僕の要望に応えて忘れられないという怪異を語ってくれた。
----------
あれは……私がまだ御者だった頃の話です。
年に一度、シュヴァンツブルグの宮廷で名家の皆様が集められて執り行われる宮中舞踏会がございます。
主人であらせられた、バンベルグ伯も奥様を連れ立ち、シュヴァンツブルグまで馬車で向かうのが恒例でありました。
その年は、シュヴァンツブルグの王位に、ロタ女王が就任し始めての舞踏会ということもあり、それぞれの家の持つ力を誇示せんと、名家の皆様は、それはそれは着飾っておりました。
バンベルグ伯も、例にもれず、馬車まで新調されたのでございます。
馬車というモノのは、基本的に装飾は最低限にして機能を重視したものが多いのですが、この新たな馬車は、それはそれは贅を尽くしておりまして、まだ入手が難しかったガラス窓を採用したほどでございます。
しかも、その窓ガラスは、なんでも太陽神イリョスを祀った寺院に使われていたという由緒正しいステンドグラスでございました。
それはそれは色とりどりで、美しいガラスでしたよ。
バンベルグ伯と奥様が、こちらの新調した馬車に、従者や供回りの皆様はそれぞれ馬と古い馬車に乗り、街道を連なってシュヴァンツブルグへと向かいました。
バンベルクから都までは、馬車で2日という距離ではございましたが、シュヴァンツブルグ領内は、幸いにも先の百年戦争の戦禍を被ることもなく、街道も整備されておりましたので、快適な旅路でございました。
ところが従者らを乗せた古い馬車の方が、車輪が外れてしまうトラブルに見舞われまして、伯爵を乗せた、私の馬車だけが先を急いだのでございます。
ところが、そのトラブルで時間を取られたせいで、宿にと予定して宿場村に、日没までに到着することができなかったのです。
仕方なく速度を落としながら、ランプの光を頼りに、進んだのでございます。
街道が整備されておりますので、それほど危険はなかったのですが……ランプをつけた途端、何か違和感と申しますか……奇妙なことが起こり始めたのです。
私は外で馬を御しておりますので、夜風のゴウゴウという音と、車輪の回る音だけを聞いていたのでございますが、その音に交じり、どこからか……。
「つい……つい……」という声が聞こえるでございます。
気味が悪くなった私は、闇の中、目を凝らして声の元を捜しましたが、それらしき何かを見つけることはできなかったのです。
ところが、その時、馬車の中から奥様の叫び声が聞こえたのでございます。
「ギャッ!」
そして「クラウス!」という私を呼ぶ、バンベルグ伯の緊迫した声も聞こえてまいりました。
私は急いで、馬車を止め、伯爵の元へ向かいました。
ところが、鍵などついていないはずの、馬車の扉が開かないのでございます。
「旦那様! ドアをお開けください」と言っても、中からは奥様の錯乱した様子の叫び声と「早く開けてくれっ!」という混乱した様子の伯爵の声も聞こえるだけで、ドアはまったく開きませんでした。
周囲からは「つい……つい……つい……つい……つい……つい……つい……つい……」という声が大勢の声で聞こえてきます。
すると、突然。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンッ
と、馬車を無数の人が叩くような音が響いてきたのです。
その途端、「ギャァァァ」と奥様の叫び声が響きました。
馬車を見ると、ステンドグラスにバンバンバンという音に合わせて無数の黒い手形が現れたのです。
私も、渾身の力を籠めドアノブをひねりました。
すると、ようやくドアが開きました。
その時です。
耳元でハッキリとささやかれました。
「あつい……あつい……あつい……あつい……あつい……あつい……」と……。
馬車の中では伯爵も奥様も気を失っておられました。
私は、目が覚めた時にお二人が気味悪がられないようにと、ステンドグラスについた無数の手形を消そうと手ぬぐいでこすったのですが……。
そこでようやく気づきました。
手形は、外ではなく……馬車の中についていたのですよ。
----------
「その後、馬車はどうなったんですか?」と問うと、舞踏会で、ひとしきり自慢した後、その馬車をどうしても欲しいと持ち掛けてきた、とある男爵家に譲られていったそうです。
なんとも不思議な話だが、クラウスさんは「ふき取ってみると、手形は全て焦げ臭い煤だったんですよ」と教えてくれた。
「あのステンドグラスが使われていたという寺院で、一体、何かあったんでしょうかねぇ……」
クラウスさんは僕が奢ったエールを美味しそうに飲みほしたあと、つぶやいた。
僕は、クラウスさんという年老いた男性に会った。
小さなガルテンシュタットの村には宿は一軒しかない。
そういう村では、たいていこの宿が地域の飲み屋も兼ねていて、村の交流の場となっているのだ。
村という閉鎖された空間と、外界から訪れる旅人という存在が交わる交差点の役割も果たしているのである。
旅人である僕に興味を抱いたようで、クラウスさんの方から話しかけてきた。
彼は、引退した元御者だという。
御者というのは、馬を操り、馬車を運転する、いわば運転手である。
シュヴァンツブルグ王国に属する名家バンベルク伯爵家の専属御者として長年勤め、当主であるバンベルク伯の移動には欠かせない存在として、全ての旅路に帯同したという。
今は伯爵の代替わりに合わせ息子のルーカスに御者の仕事を引き継いだ。
クラウスさん自身は隠居の身として、バンベルク領内のガルテンシュタットの村に移り住み妻と共に余生を過ごしているという。
そんな老人が、僕の要望に応えて忘れられないという怪異を語ってくれた。
----------
あれは……私がまだ御者だった頃の話です。
年に一度、シュヴァンツブルグの宮廷で名家の皆様が集められて執り行われる宮中舞踏会がございます。
主人であらせられた、バンベルグ伯も奥様を連れ立ち、シュヴァンツブルグまで馬車で向かうのが恒例でありました。
その年は、シュヴァンツブルグの王位に、ロタ女王が就任し始めての舞踏会ということもあり、それぞれの家の持つ力を誇示せんと、名家の皆様は、それはそれは着飾っておりました。
バンベルグ伯も、例にもれず、馬車まで新調されたのでございます。
馬車というモノのは、基本的に装飾は最低限にして機能を重視したものが多いのですが、この新たな馬車は、それはそれは贅を尽くしておりまして、まだ入手が難しかったガラス窓を採用したほどでございます。
しかも、その窓ガラスは、なんでも太陽神イリョスを祀った寺院に使われていたという由緒正しいステンドグラスでございました。
それはそれは色とりどりで、美しいガラスでしたよ。
バンベルグ伯と奥様が、こちらの新調した馬車に、従者や供回りの皆様はそれぞれ馬と古い馬車に乗り、街道を連なってシュヴァンツブルグへと向かいました。
バンベルクから都までは、馬車で2日という距離ではございましたが、シュヴァンツブルグ領内は、幸いにも先の百年戦争の戦禍を被ることもなく、街道も整備されておりましたので、快適な旅路でございました。
ところが従者らを乗せた古い馬車の方が、車輪が外れてしまうトラブルに見舞われまして、伯爵を乗せた、私の馬車だけが先を急いだのでございます。
ところが、そのトラブルで時間を取られたせいで、宿にと予定して宿場村に、日没までに到着することができなかったのです。
仕方なく速度を落としながら、ランプの光を頼りに、進んだのでございます。
街道が整備されておりますので、それほど危険はなかったのですが……ランプをつけた途端、何か違和感と申しますか……奇妙なことが起こり始めたのです。
私は外で馬を御しておりますので、夜風のゴウゴウという音と、車輪の回る音だけを聞いていたのでございますが、その音に交じり、どこからか……。
「つい……つい……」という声が聞こえるでございます。
気味が悪くなった私は、闇の中、目を凝らして声の元を捜しましたが、それらしき何かを見つけることはできなかったのです。
ところが、その時、馬車の中から奥様の叫び声が聞こえたのでございます。
「ギャッ!」
そして「クラウス!」という私を呼ぶ、バンベルグ伯の緊迫した声も聞こえてまいりました。
私は急いで、馬車を止め、伯爵の元へ向かいました。
ところが、鍵などついていないはずの、馬車の扉が開かないのでございます。
「旦那様! ドアをお開けください」と言っても、中からは奥様の錯乱した様子の叫び声と「早く開けてくれっ!」という混乱した様子の伯爵の声も聞こえるだけで、ドアはまったく開きませんでした。
周囲からは「つい……つい……つい……つい……つい……つい……つい……つい……」という声が大勢の声で聞こえてきます。
すると、突然。
バンバンバンバンバンバンバンバンバンッ
と、馬車を無数の人が叩くような音が響いてきたのです。
その途端、「ギャァァァ」と奥様の叫び声が響きました。
馬車を見ると、ステンドグラスにバンバンバンという音に合わせて無数の黒い手形が現れたのです。
私も、渾身の力を籠めドアノブをひねりました。
すると、ようやくドアが開きました。
その時です。
耳元でハッキリとささやかれました。
「あつい……あつい……あつい……あつい……あつい……あつい……」と……。
馬車の中では伯爵も奥様も気を失っておられました。
私は、目が覚めた時にお二人が気味悪がられないようにと、ステンドグラスについた無数の手形を消そうと手ぬぐいでこすったのですが……。
そこでようやく気づきました。
手形は、外ではなく……馬車の中についていたのですよ。
----------
「その後、馬車はどうなったんですか?」と問うと、舞踏会で、ひとしきり自慢した後、その馬車をどうしても欲しいと持ち掛けてきた、とある男爵家に譲られていったそうです。
なんとも不思議な話だが、クラウスさんは「ふき取ってみると、手形は全て焦げ臭い煤だったんですよ」と教えてくれた。
「あのステンドグラスが使われていたという寺院で、一体、何かあったんでしょうかねぇ……」
クラウスさんは僕が奢ったエールを美味しそうに飲みほしたあと、つぶやいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる