異世界耳袋 ~怪異収集家のドラコニス探訪~

双角豆(Goatpack)

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怪異3『竜首山脈追撃戦』

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 ヴィンツェンブルク伯爵夫人は、元々は軍人でありカミラ・マイセンという名で知られていた。
彼女は、マイセン辺境伯のご息女で、元々はフローレン王国の正騎士団の一角を成す中隊長だった。
冷静な状況判断に定評があり、時にはモンスターにも恐れず戦いを挑む勇敢な指揮官だったという。
いまでは、ご結婚され、ヴィンツェンブルク伯爵夫人として宮廷の魑魅魍魎と戦っている。

 そんな彼女とは出会ったのはヴィンツェンブルク伯の晩さん会でのこと。
ドラコニスの怪異談を来賓の前で語って欲しいと頼まれて出席した時のことだった。
こうした、ある意味での営業で僕は収入を得て、全国を旅することが可能となっているのだ。

 貴族との付き合いがあれば、領内の安全はもちろんのこと、関所の通過も格段に楽になるというメリットもある。
僕の怪異談を聞いたヴィンツェンブルク伯爵夫人は、酔いも回った様子で、話しかけてきた。

「怪異収集家ルークスとやら、わたくしの怪異談も聞いてくださる?」
「もちろん、喜んで」

ワインを煽りながら伯爵夫人は饒舌に語りだした。

----------

 この話はね、百年戦争の末期。
かのラクリマ砦の戦いの数カ月前の話ね。
後に【竜首山脈追撃戦】と呼ばれる戦いのことよ。

 当時、私の部隊は、敵の斥候部隊の追跡とせん滅の任を与えられていたのよ。
やっかいなことに、敵のゴブリンの中に、魔導士がいるらしいのね。
っていうのも、追跡の任に当たっていた隊員が、ストーンスパイクの呪文で貫かれていてねぇ……。
こいつは、土属性魔法の使い手がいるっていう話になったわけ。

 魔法なんていう、人外の力は、使える奴が滅多にいないからこそ、魔導士なんて、たいそうな名前がつけられているっていうでしょ?

なのに、そんな奴がなんで斥候なんていう敵地に単独で踏み込む危険な任務にいるのかがわからないわけよ。

マジックアイテムなんかを使って、魔導士がいるってぞって思いこませるブラフの可能性だってあるわけ。

もしくは、魔導士を加えてでも成し遂げたい程の重要な任務があったのか……。

何にしても、私たちは、あらゆる可能性に対応できるようにしなくちゃいけなくなったわけ。

敵さんも中々やるわね。

そんな情報がない中、私は敵部隊を何とかしなくちゃいけない立場だったのよ。


情報を集めることが勝利の定石だから、とにかく捜索の手を広げている中、フローレン王国とドラーテム王国の国境に近い、宿場町メーネで、ゴブリンの一団らしき者達に村人が襲われたという情報がもたらされたの。

部隊は、すぐにそこに向かったわ。

運が良い事に、野営していた場所から近く、半日とかからずしてメーネに到着。

すぐにゴブリンの一団に襲われたという場所に向かった。

そこは竜首山脈の麓で、歩くのも険しくモンスターも多い場所。

こんな人里離れた場所に、本当に潜伏しているのか? 情報自体の信憑性をも疑っていた時、事件は起こった。

ババババンと音が響く。

「あれはストーンバーストの発動した音ですぞ」

副長のウッツの声が聞こえた。

ウッツは、かの大魔導士ボルグ殿に師事したこともあるが、魔法の才能は無かったようで早々に弟子を首になった男だったの。

だから、魔法に関しての知識だけはあったから、彼の言う通りストーンバーストの魔法であることは間違いなかったわ。

私が音のした山脈の尾根を見やると、ゴブリン達の一団が、グリフォンと戦っていたのよ。

そのゴブリンの群れが、追っている斥候部隊であることはすぐ分ったわ。

動きがそこらへんのゴブリンとは段違いで、訓練されていることが一目瞭然だったわ。

でも、バカなゴブリン達よね。

そもそも、このドラコニス大陸では、山は旧支配者である竜の眷族の領域とされ、禁足地でしょ?

聖域と言える山肌に一歩足を踏み入れば、数々のモンスターが襲いかかってくることになるなんて、おむつが取れない子供だって知ってるわよ。

ルベルンダに住むのゴブリン達だって、そんなこと知らないはずないのに……。

「……自ら自滅の道を歩んだわ」

私は、部隊の被害を出さずに敵のせん滅を待つだけの状態に安堵したわよ。

これまでの状況から判断するに、敵の数は20名以下。

未知数の存在として魔導士がいたとしても、それは土属性魔法の使い手であり、空中から攻撃してくるグリフォンとは相性が悪い。

彼らゴブリン族は私達が信仰する五大神の一柱である大地神ブーミをゼムリャー神と呼び信仰の対象としていて、彼らの多くが土属性魔法を主体としており、他の属性は仕えても低級魔法に限られているのが常なの。

「チャンスですぞ! グリフォンに協力して敵をせん滅いたしましょう」

ウッツの声が聞こえたが、すぐに止めたわ。

グリフォンと協力なんて出来るわけないじゃない。

あいつらは、動くものを見れば喰い物だとしか思わないもの。

「動くな! 我々は眺めているだけでいい。むしろ余計な動きをしてグリフォンに見つかるなっ」

私は部隊に号令を出して、戦況を見守ったわよ。

やっぱりゴブリンの斥候ごときじゃ、グリフォンは止められないわよね。

次々とゴブリンは、グリフォンに喰われ、あるいは引き裂かれていったわよ。

そんな中、魔導士と思わしき、魔法石が埋め込まれた杖を握りしめたゴブリンが、ジッと何かを詠唱しているのよ。

そして周りのゴブリン達は、決死の覚悟で、この魔導士を守り詠唱時間を稼いでいるようだったわ。

「長い詠唱ですな……上級魔法でしょうか?」

ウッツの推察の答えが出る前に、私は理解したわ。

「まずい!」

彼らの意図に気付いた時には遅かった……。

ゴブリンの魔導士は叫ぶ。

「大地の神・ゼムリャーよ。大地に眠りし怒りを解き放ち、大地に満たせ! アースクエイクっっ!」

奴らの狙いは、最初からこれだったのよ。

杖の魔法石に込められていた魔力も連動して、炸裂したようだった。

自爆を覚悟した破壊魔法……猛烈な光りを放って、大地は揺れたわ……。

その揺れは土砂崩れを起こしたたばかりか、山肌を覆う、積雪を崩して巨大な雪崩を起こしたのよ。

「総員! 撤退せよ!」

私達はすぐさま撤退を開始したわ。

その一瞬の判断がよかったらしく、部隊は一人の犠牲もけが人も出さずに撤退することが出来たわ。

でも、大規模な土砂崩れと雪崩の犠牲は宿場町メーネにも及んだの……。

街は、そのほとんどが雪に埋まって、宿場としての機能を完全に失ったわけ。

それよりも最大の痛手は、ドラーテム王国とフローレン王国を繋ぐ、ケーレの大坑道へ続く街道が雪崩で完全に埋まってしまったことよ……。

ドラゴニス大陸は、レッドウェイブのゴブリン達との戦争の真っただ中、最前線のドラーテム王国に同盟国としてフローレン王国も援軍をださなくちゃいけないのに、このままじゃ大軍を送れなくなっちゃうの。

ゴブリンの狙いは最初から、これだったわけね。

それを証拠に、その直後、ラクリマ砦がゴブリン達の大軍に包囲されたっていう援軍要請が届いたんだから……。

ラクリマ砦はドラコニス王国、ドラーテム王国、フローレン王国へ至る街道の要所にあるから、そこが落ちると、もうドラコニス連合は敗戦ムード一色になっちゃうのよ。

とにかく、街道を回復させないと、ドラコニス大陸が大変なことになっちゃうから、私達はそこにとどまり、ひたすら雪かきよ。

炎使いの魔導士でもいてくれたら、もうちょっと楽だったんだけどね……。

毎日毎日、雪と土砂を手作業でどかして三日目のことよ。

その日の朝から降りだした雨のせいで、緩んだ地盤がまた土砂崩れを起こしたの。

それは一瞬のことだったわよ。

山脈から降り注いだ土砂は私達を飲み込んだわ。

幸いにも、私は、現場の端にいたおかげで、埋まった場所も浅くて、すぐにメーネ村の村人に掘り出されて助かったけど……現場の奥を担当していた20人もの隊員が生き埋めになったまま行方不明になったのよ。

私は足を岩で挟まれて骨が折れてたみたいで、もう作業も出来ないし、そもそも掘り出そうにも、掘り出す人手も道具も全部、埋まってしまって足りなかったわ……。

一週間後、フローレン王国からの援軍が来て、ようやく本格的な救助が始まったのよ。

もちろん、誰も生きてるはずないけどね。

数百人の騎士が本気で作業すると早いわね。

本格的な救助活動が始まった夜には、20人の隊員の遺体が掘り出されたって言われて、私は杖をついて確認に向かったわ。

メーネ村で数少ない被害を受けなかった五大神の寺院の講堂に並んだ20体の遺体。

その全てに白い布がかぶせてあったけど……ちょっと様子がおかしいの。

どれもこれも、布が異様に長いのよね。

どういうことか聞いても要領を得ないので、布をめくってみたのよ。

布をめくっていくとい……一体目は副長ウッツの遺体だったわ。

でも、その後も布が続いているから布をめくっていくと、ウッツの足元に、何かが絡みついているの。

「それは……ゴブリンの魔導士の死体だったの」

他の遺体も、全部ゴブリン達の遺体がからみついていたわ。

中にはグリフォンに引き裂かれて上半身だけのものや、片腕だけのものもあったわ。

そして、ゴブリンの方は、すでに死後の時間が経っていて、腐敗が始まっていたの。

ゴブリンの方が先に死んでいるに、なんで隊員達の足にしがみ付いているのか……誰にも説明できなかったわよ。

----------

「このお話、私の武勇伝としてどこかの晩餐会でお話してくださってもよろしくてよ?」

ヴィンツェンブルク伯爵夫人は、ほほ笑むと白ワインを一口飲み、喉を潤した。
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