異世界耳袋 ~怪異収集家のドラコニス探訪~

双角豆(Goatpack)

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怪異14『禁足地』

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「祓うことのできない穢れってあるんですよ」

美しい巻き毛を持つ若き女性コリンナは、白ワインを一口飲むとそう呟いた。

 ことの始まりはフローレン王国のゼーヴァルド村の酒場に滞在中、行商を営んでいるというコリンナと相席した時のことだ。

季節は秋蒔きの麦の種まきを終え、来る冬への備えを粛々と村人たちが始める頃だった。

 怪異を集めて旅をしているという話をしていると、始めはあえて興味がなさそうな態度をしていたコリンナだったが、僕がこのゼーヴァルド村に、腕ききの呪術者であるダークエルフ・エルルーンに会いにきたことを伝えると急に前のめりに話を聞いてきた。

最終的には、呪術者エルルーンに紹介して欲しいと懇願してきたのだ。
エルルーンと僕は古い友人である。

 僕が、この異世界であるドラコニス大陸に来て初めてできた友人と言ってもいい。
そして命の恩人でもある。
コリンナに何か事情があるようなので、話を聞くことにした。

僕は「お話を聞かせてもらっていいですか?」と、温かいシチューを追加注文した。

それはコリンナの出身の村での出来事だという。
彼女の出身は、フローレン王国の北東に位置するマイセン辺境伯領アルトシュタット。
この雪深い辺境の渓谷にある、この小さい村だ。

「ことの始まりは10年前のことよ……」

寂しげにほほ笑んだは、小さく息を吐くと、静かに語り始めた。

----------

 ゴブリンとの百年戦争も終わり、ようやく平和になって数年。
まだ子供だった私と、グスタフ、ヴェルナー、パウラの4人は幼馴染で、いつも一緒に遊んでいたわ。

男の子のグスタフとヴェルナーは、やんちゃで、危なっかしいことばっかりして、女の子の私とパウラが、それを止めるって言う感じだったの。

そんなある日、グスタフが言い出したのよ。

「黒き山の森に行ってみないか?」

アルトシュタット渓谷を形成する山の一つシュヴァルツベルグに広がる森があるんだけど、ここは村では立ち入りが禁止されている禁足地。

 でも、前日にグスタフが大きな雌鹿が、この森に入っていくのを見たっていうのよ。
季節は、ちょうど今と同じ頃で、雪が降る前に冬の備えをしておく必要があって、鹿の肉と皮があれば、だいぶ助かると思ったのよ。

 パウラは「禁足地に入ったら、怒られるわよ」って消極的だったんだけど、この年は、春蒔きの麦や豆が不作で、食べ物はなんでもいいから欲しかったから、私もヴェルナーもグスタフの提案になる事にしたのね。

ヴェルナーとグスタフは家から弓と矢を持ってきた。

 グスタフは、子供達の中でも喧嘩が強かったし、猟師の息子であるヴェルナーは弓の名手だったから、森の動物くらいなら何とかなると思ったのよね。
私とパウラは護身用のダガーと魔よけのアミュレットを身に着けて、黒き山の森に向かった。

 禁足地と言っても、ただの森に変わりは無かった。
別におどろおどろしい草花が生えているわけでもないし、アンデッドがうろついているわけでもない……。
他の森と変わらない、のどかな風景が広がっていた。
ちょっと拍子抜けだったけど、目的は雌鹿だから、私達は森の奥へと入って行ったの。
途中、ヴェルナーが鹿の足跡と新しい糞を見つけて、そこからは、慎重に進んだわ。
そしてすぐに雌鹿を見つけたの。

ヴェルナーが弓に矢を番つがえると構え……。

その時だった。
キィィィィンっと何か金属音が響いた。
どこでなったかわからないけど、あまりに大きな音にみんな耳を塞いでしゃがみこんだ。
もちろん、音に驚いて雌鹿も逃げ出したのよ。

「何だ今の!?」
「わからないけど……鹿逃げちゃったわ」
「追いかけよう!」

パウラだけは違った。

「もう帰りましょう……なんか気味が悪いもの……」

今になって思えば、この時、パウラの言葉を聞いておけばよかった……。
でも、私達は進むしかないと思ってしまっていた。
雌鹿は、冬を越すために脂を蓄えていて、食べごろに見えた。
何より、あの瞬間、もう狩った気になってしまっていたのよ。
すでに狩ったと思えたモノを諦めて帰るなんて、私達にはできなかった。

ヴぇルナーは逃げた鹿の足跡を追いかけた。
でも、雌鹿の姿は見つからなかった。
そのうち、ヴェルナーは、鹿の足跡が、ある洞窟のようなほら穴へと続いているのを見つけた。

「鹿がこんな洞穴に自分から入るか?」

グスタフは怪訝な顔をしたが「足跡が有る以上、ここの中にいるに違いない」
ただ、この洞穴は、どこか人口的に見えた。
石を積んだ後に、崩れたような印象を受けたのだ。

「入っちゃだめ……なんかおかしいわ」

パウラは怯えたけど、洞穴の中に鹿がいるなら、なおさら取り逃がす可能性は低く感じた私達は、パウラの反対を却下して、松明の準備をして洞穴の中へと入って行った。

洞窟の中は、ジメジメとしていて、生温かかった。
地面は苔に覆われていて、歩くとふかふかとした感触がブーツから伝わった。
感じたままに言えば、何か、巨大な生物の体内を歩いているような気持ち悪い気分だったわ。

しばらく進むと、開けた場所に出た。
と、松明の光の届くぎりぎりのところに、あの雌鹿がいるのが見えた。
鹿は、真黒な感情のわからない瞳で、ジッと私達を見ているようだった。

「やっぱり……なんか変よ」

パウラは動揺していたけど「静かにっ」そう言って、ヴェルナーは矢を番つがえるとグッと弦を引いて狙いを定めだ。
一瞬の間だったはずだけど、永遠の時のように感じた。
次の刹那。
シュッと風を切る音が響くと、ザンっと鹿の喉に、矢が突き刺さった。
ところがおかしい。
鹿は鳴くことも呻くことも、暴れることもなく……微動だにしないまま、私達をジッと見つめているようだった。
ヴェルナーは、すぐに次の矢を番つがえると、すぐさま放つ。
ザンッザンッザンッ……。

計4本の矢が突き刺さったが、鹿は微動だにしない。

ヴェルナーは、すぐに弓を腰にまわすと松明を手に鹿の元に向かった。
私達も後に続いた。
見えてきたのは、4本の矢が刺さった鹿。
ドクドクと血が流れ……地面に広がって行く。
それでも鹿は何かに抑えつけられたかのように小刻みに震えるだけで、そのまま立ちつくしている。

「なんだこれ……どうなってんだ?」

何かがキラリと光った気がして、松明をその方向に向けた。
そこにあったのは、岩で作られた祭壇のような場所に鏡が置かれていた。

「あれは……」
「祭壇!?」
「ちょっと、これまずいんじゃない?」

近づいてみると、それは祭壇ではなく、石で造られた棺だった。
巨大な棺の上に鏡が置かれていたのだ。

「なんなんだよ、これ……棺……?」

グスタフが近づいた瞬間。

キィィィィィィンっと先ほどと同じ金属音が響いた。

私たちは、その音の前に、耳を塞ぐほかなかった。
だけど、いつまで経っても、その音が鳴りやまない。
そして、バリィィィンっと棺の上に置かれた鏡が粉々に吹き飛んだ。
それでも鳴りやまない金属音。
そして、その音に合わせて、ギリギリと石の棺がずれていくのが見えた。

「!?」

ガシャンっと、棺から落ちて、ふたが砕けた。
その途端、音は止み、静寂が訪れた。

私たちは、松明を拾い上げると、棺の中を照らした……。
その中には……。

何も入っていなかった。

「か、空じゃないか……」

何かホッとしたと思ったら、バタンっと音が響く。

「!?」

「今度はなんだよ!」

4本の矢が突き刺さった鹿が突然、倒れたのだ。

そしてビクビクとけいれんを起こして口からは、血の混じった泡をブクブクとふいていた。

「もう帰りましょう。こんなところにいたくないっ」

パウラが叫ぶ。

その声で、ようやく我に返った私たちは、逃げるように洞穴を後にした……。

森に出ると、日暮れが近づいた様子が一変していた。
空気が重く、周囲から無数の視線を感じた。
誰かがすぐ後ろにいるような、そんな感覚に陥ったけど、それを口にすると、その誰かに聞かれてしまいそうで……。
私たちは、言葉を口に出すこともないまま、アルトシュタットの村へと帰った。

村の入り口で、禁足地に足を踏み入れたことは4人だけの秘密にすることを約束して、それぞれの家へと帰って行った。
家に帰って気付いたけど、魔よけのアミュレットは、ひびが入り、真黒に染まっていた。
私は怖くなってベッドの中に丸くなって眠ったわ。

でも、本当の恐怖が始まったのは、その夜のことだった……。

「コリンナ! お前はなんてことをしてくれたんだ!」

深夜、私は寝ているところを父親に起こされると、いきなり殴られた。

「自分がしたことが、どういうことかわかっているのか?」

何発も何発も殴っている父は、顔をクシャクシャにして泣いていた。
母も父の後ろで泣いていた。

私は、寝巻のまま、引きずられるように村のはずれの小高い丘の上にある五大神を祭る寺院に連れて行かれた。
講堂に入ると、五大神の像の前に、同じように顔を腫らしたグスタフとパウラが既に座らされていた。
講堂には、村人の大半がそこにいて、そして皆が私達を睨んでいるように思えた。
私がパウラの隣に座らされると、寺院を任されている魔導士エドゥアルトは「扉を閉じなさい」と言った。

「ヴェルナーは?」

怯えたようにパウラが聞くが誰も答えない。
魔導士エドゥアルトは静かな声で問うた。

「お前たちは禁足地に足を踏み入れたのか?」

私たちは答えなかった。

「わかっているのだぞ……黒き山の森に足を踏み入れたことは……」

エドゥアルトの声は震えていた。
観念した様子でパウラが頷いた。

「はい」
「パウラッ!」

と、グスタフがパウラを制止しようとしたが、すぐにグスタフの兄に殴られて黙った。

「私たちは禁足地に足を踏み入れました」

静かにパウラが続けた。

その途端「あぁ……」と驚きと落胆の声を上げる大人たち。
この時、まだ自分達が何をしたのかすら気づいていなかった。
中には「お前たちのせいで……」と怒りをあらわにする者、「神々よ……」と涙し祈る者もいた。
エドゥアルトは、静かに首を振り。

「まだ彼らは子供……禁足地の意味も知らなかった……いたしかたありません」

 そこから話されたことは、にわかには信じがたいことだった。
かつて、ドラコニス大陸をドラゴンが治めていた頃、この地は、多くの疫病や飢饉といった災厄に悩まされていた。
人々は、黒き山の森に棲む『けがれ』のせいだと恐れ、年に一人、その年、最初に10歳になる子供を生贄に捧げたのだという。
そうやって、村人は森の『けがれ』と共に共生していたのだ。

時は流れ、勇者王ヴィドゥキントが邪悪な竜を倒し、ドラコニス大陸に平和をもたらしてもなお村人は森の『けがれ』に生贄を捧げ続けていたのだ。

だが、ドラゴンの脅威がなくなり、人々の中には『穢けがれ』を恐れる心がなくなってきたのかもしれない。
ある年、村長の息子が最初に10歳になるため、生贄に選ばれようとしていた。
しかし、村長は、これを拒否したのだ。
一人息子にして跡取りの男子を生贄にさせるわけにはいかなかったのだ。
村長は村人を集め、黒き山の森を焼き払った。

その『けがれ』ごと……。

山は三日三晩燃え続けた。
後に残ったのは燃えつくされた黒い山だけだった。

しかし『けがれ』は消えなかった。

翌日。
村長の息子が死んだ。
石のように固まり、虚空を見たまま血の混じった泡を吹いて死んでいたという。
さらに、その翌日、村長も同じように血の混じった泡を吹いて死んでいた。
その翌日には、村長の妻が……その後も、死の連鎖は止まらなかった。
1年もすると村の半数が死に、残る村人も大半は村を去った。

 その後、ドラコニス王国を建国した勇者王ヴィドゥキントの耳に、アルトシュタットから去った者から『けがれ』の話が伝わり、国最強の魔術師であり、ヴィドゥキントと共に邪悪な竜を打ち倒したと魔導士イメートが送り込まれた。

魔導士イメートは黒き山の森に祠を建て、その『けがれ』を浄化しようと試みた。
だが試みは失敗に終わった。

半月後、生きながらにして腐り落ちて死んでいった。
しかし、その間に魔導士イメートは自らの血を使い祠奥に封印の呪印を作り『けがれ』をかの地に封印することに成功したのだ。

それからおよそ500年。
森は、自然に回復し、祠は暗い森の中に沈んだ。

そして『けがれ』の呪印は5年ごとに魔導士の生き血によって作り直されながら、守られてきた。

しかし、封印が弱まる五年目を迎えた今日、呪印が解いてしまったのだ。
死んだ鹿の血が封印の呪印の効果を消してしまったのだ。
もはや『穢けがれ』を止める方法は無かった。

ここまで話を聞いていたグスタフが口を開いた。

「ヴェルナーはどうした?」

何度兄に殴られても「ヴェルナーはどうした?」と問い続けた。
すると、魔導士エドゥアルトが静かに答えた。

「ヴェルナーはダメだった……」

異変に気付いた後すぐに、痙攣けいれんを起こし、血の混じった泡を吹いて絶命したという。

「……」

グスタフは、茫然と聞いていた。
おそらく、矢を放ったヴェルナーは、けがれの影響を一番受けてしまったのだろうとエドゥアルトは説明していた。

「それで、これからどうするおつもりか?」

これまで沈黙していた村長がエドゥアルトに訪ねた。
村長には、この村の民を守る義務があった。
かつてのように『けがれ』によって村の半数が死ぬまで放っておくわけにいかないのだ。

魔導士エドゥアルトは、魔導士ギルドを通じ、各地に応援を頼み、新たな呪印を作る計画を皆に伝えた。

しかし、応援が来るまでの間、村人には、この寺院にいなくてはならないと伝えられた。

村人の間に動揺が広がったが、期間は半年ほどで済むだろうという説明と、『けがれ』によって殺されるよりはましだという思いで、皆納得した。

しかし、私たちへの対処は違っていた。

「グスタフ、パウラ、コリンナ……お前たちは、この地にとどまることは許されぬ」

魔導士エドゥアルトがそう言うと、親たちは泣き崩れた。

「お前達の背中には今より、魔よけの呪印を刺青にて刻む……。それをあれば『穢けがれ』に見つからぬはずだ。だからこの地を去り『けがれ』から逃げよ……お前達が逃げ切っている間に、我らは封印の呪印を構築する。それまでの辛抱じゃ……」

----------

こうして、私たちの背中には、魔よけの呪印が彫られた。
そして、それぞれが別の行商人に連れて行かれ、それっきりです。

コリンナは、上着を脱ぐと美しい巻きかきあげて、僕に背中の魔よけの呪印を見せてくれた。
心なしか、消えかかっているように見えた。

「そう……消えかかっているのよ……」
「でも、半年で封印の呪印ができるはずじゃ?」
「いいえ、ダメだったのよ……村の父から行商人を通じて手紙をもらったわ。呪印の儀式は失敗したと……」
「え……」
「魔導士エドゥアルトも、生きながらにして腐って死んでいった。すぐに母も死んだそうよ」
「お父さんは?」

コリンナは静かに首を振った。

「箝口令かんこうれいが敷かれているから、まだ知らないと思うけど、商人の噂は止められない、いずれあなたも知る事になるから教えてあげるわ。アルトシュタットの村は半年ほど前に、巨大な雪崩に飲まれて全滅したのよ……」

そして、コリンナは悲しげにつぶやいた。

「たぶん、私が村の最後の生き残りだと思うわ……」
「グスタフさんとパウラさんがどうなったかはわからないじゃないですか」

と、言うと首を振った。

「わかるのよ」

と目を伏した。

「時折、ヴェルナーの夢を見たわ……私に『戻ってこい』と囁くのよ。そこにいつしかグスタフが加わった。そして半月ほど前からはパウラも加わって三人になった。三人共、あの時の鹿と同じ目をしているのよ……」

話を聞いた僕は、エルルーンを紹介することを約束し、共に彼女の元へ向かった。

 ダークエルフの呪術師・エルルーンは、僕が連れてきたコリンナを見て、全てを察しているようだった。

 この村には彼女を魔女と呼に忌み嫌う者も少なくないが、彼らは、エルルーンが、この村に結界を張っているお陰で、魔物の襲撃を受けていないということを理解していないのだ。

ダークエルフは長命族として知られ、すでに数百年は生きているという。
だが、見た目はミステリアス雰囲気を醸し出す褐色の若く美しい女性だ。

「ルークス、あなたも来なさい。残念ながら、あなたもすでに『けがれ』との縁を結んでしまっているから……」
「マジですか……」

聞くだけで感染するような怪異は、洒落怖などでは有名だが、まさか自分がこうして巻きこまれることになろうとは……。

奥の部屋に通されると僕とコリンナに瓶から取り出した水を振りまいた。

「安心して、これは清めた水だから……しばらくは『けがれ』との縁を断ち切れるわ……」

そう言って僕らを座らせると、エルルーンは僕らの前に座った。

「お名前は?」
「コリンナです」

そう聞くと、目を閉じて、周囲の精霊たちと話をしているようだった。

「コリンナ……残念ながら私には、このけがれを祓うことはできません。そして封じることも……」
「それでは、私は……死ぬんでしょうか?」
「おそらくは……」
「そうですか……わかりました」
「え?」

僕は目の前で行われている会話が空恐ろしく感じた。
希望はないと突き付ける女と、それをすんなり受け入れる女。
一体、どんな人生を送れば、そんな境地に至れるのだろうか?
だが、エルルーンは、さらに過酷な現実を彼女に突き付けた。

「今のアルトシュタットは、施された封印は完全に崩れ、一帯が『穢れ』に冒されています。もはや普通の人間なら足を踏み入れただけで絶命する魔窟と化しています……私にも近づくことすらできません」
「そんな……」
「ですが、あなたは『けがれ』と直接縁を結んでいる生贄です。だからこそ、あなたなら、あの魔窟に入ることもできるはず……」
「エルルーン、何を言ってるんだ? 彼女にアルトシュタットに戻れっていうのか?」
「そうです」
「戻ってどうなるっていうんだ?」
「おそらくは死ぬでしょうね……」
「!!」
「でも……」

そう言ってエルルーンは紫色に光る結晶体を取りだした。

「これを持って行きなさい」

しばらく黙って聞いていたコリンナは、ようやく顔をあげると、すがるような面持ちでエルルーンに問いかけた。

「これを持っていくとどうなりますか?」
「これは浄化の魔石……穢れた力を光りに変える石です。うまくいけばアルトシュタットの『穢れ』を浄化することができるでしょう。でも、その為にはこれを祠まで持っていく他ありません。そして、それができるのはあなただけです」

エルルーンは静かにコリンナに告げる。

「わかりました」

僕はいても経ってもいられなくなり「僕も行きます」と言うが「あなたが行けば一刻と持たずに血を吐いて死ぬわよ」とエルルーンは答えた。

「でも、俺だって縁を結んだんだろ?」
「えぇ……でも、あなたの縁はコリンナと結んだ縁……だから無理よ」

エルルーンがそういうと、コリンナが立ちあがり笑顔で言う。

「大丈夫です。私一人で行ってきます」

彼女はエルルーンから紫の魔石を受け取ると、夜明けを待ってアルトシュタットへと向かった。

「全てが終わったら、戻ってこいよ」

と僕が声をかけると

「そのつもりよ。その時は、今度は私がシチューを奢るわ」と笑った。

僕はエルルーンに礼を言った。

「彼女を救ってくれてありがとう」と……。

しかし、返ってきた答えは残酷なモノだった。

「誰も彼女を救うなんて言ってないわ。彼女は自分で『けがれ』との縁も持ったの。もう誰にも救うことなんてできないわよ」

「え? でも、あの魔石は? けがれを祓うんじゃないのかよ!」

「彼女の持って行った魔石が、けがれを清めるのは本当のこと、でもその力は僅かなのよ……村がなくなり、忘れ去られた『けがれ』には、もう新たな力は生まれない。だからこそ、あの魔石が少しずつでも穢れを祓うことによって……数百年の後には、穢れは消えさることでしょうね」

「数百年って……それじゃ彼女は、コリンナはどうなるんだ?」
「言ったでしょ、死ぬって。『けがれ』の最後の生贄としてね……そして魔石を抱いて死んだ彼女から浄化されて、あなたの縁との消えることになるの……」

「……」
「私は、あなたの命を救ったのよ……これで二回目ね」

静かに語るエルルーンの言葉に、僕は背筋が凍るような思いをした。
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