大鳥居横あやかし宅配便~ワケアリ荷物お届けします~

シェリンカ

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12 豆だぬきの依頼

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(どうしよう……)

 帰ろうと決意して出張所を出たものの、なかなか決心がつかなくて、私は社宅を前にしてもうかなりの時間立ち尽くしている。
 中からは声が聞こえてくるし、なんだかいい匂いもしてきたので、クロとシロはとっくに帰り、夕食の支度も始めているのだろう。

(ええい、ままよ!)

 勢いのままに玄関扉をガラガラと開き、「ただいま」と靴を脱いでいると、玄関から真っ直ぐ続く廊下に、シロが滑り出てくる。

「瑞穂ちゃん! よかった……ちゃんと帰って来た……」

 その手に持っている菜箸と、白いエプロン姿を見て、今日は彼も夕食作りを手伝っているのだと察する。

「能天気狐、揚がってるぞ」

 台所から聞こえてくるクロの声に、慌ててそちらへ帰りながら、シロは私に茶の間で待っているように指さした。

「もう少しで出来るから、手を洗って待っててね」
「うん、ありがとう」

 言われるままに洗面所で手を洗い、台所と続き間になっている部屋に入ると、とてもいい匂いが充満している。

(今日は天ぷらか……)

 ぱちぱちと油の跳ねるいい音と共に、シロは何度も私をふり返り、卓袱台を拭いてくれだの、箸を並べてくれだの手伝いを頼むが、隣に立つクロは一度もふり返らない。
 調理台のほうを向いたままの背中が、やけに怖い。

(やっぱり怒ってる……)

 できればその怒りの理由を先に聞きたかったが、天ぷらが冷めないうちにと、まずは夕食を食べることになった。

「いただきまーす!」

 一人で元気にふるまっているシロが可哀相なので、私も「いただきます」と答えて白いご飯が山盛りになった茶碗を手に取ったが、クロはひと言もしゃべらない。
 黙々と、シロと二人で作った夕食を口に運ぶ。

「………………」

 山菜と根野菜の天ぷらに、卵とわかめのすまし汁。かぶの浅漬けと小魚の佃煮。
 どれもほっぺたが落ちそうなほど美味しいのに、食卓には重い空気が漂う。

 クロにつられたように私もシロも黙々と食べ続け、後片付けをし、配達へ向かう準備を始める段階になって、ようやくクロが重い口を開いた。

「瑞穂……お前、今日自分が何をしたかわかってるのか……?」

 勝手なことをして叱られるとは重々承知していたので、私はクロの前に正座し、素直に頭を下げた。

「ごめんなさい、勝手なことをして……でも豆太くんが可哀相で……」

 私の言い分を聞いて、クロははあっと溜め息を吐く。
 しかしここで怯んではいけない。

「どうして彼の荷物は引き受けてあげなかったの? 子供だから? 支払いができないとか?」

 そもそも他の来店客も、代金らしいものを支払っているところを見たことはないのだが、いったいどういうシステムになっているのだろうと思いながら問いかけると、それ以上言うなとばかりに、クロが私の顔の前で大きな手を広げた。

「違う。あれは俺たちの管轄外の荷物だったからだ」
「管轄外?」

 首を傾げた私の隣に、シロが座る。
 私の顔を覗きこむようにして、紅い縁の眼鏡越しに問いかけてくる。

「俺たちが引き受けているのは、あやかしの荷物だってことはわかってるよね? あやかしからあやかし宛ての……」
「うん、もちろん……」

 それがどうしたのだろうと頷きながら、私ははっとした。

「ああっ!」

 豆太くんが宛先の名前を言った時に、どこかで聞いたような気はしたのだ。
 しかしクロとシロに見つかる前にと、とにかく焦っており、聞いたままに木簡にボールペンで走り書きした。

「田中庄吉……」

 山の上出張所の前任者の名前を、豆太くんは確かに口にした。

「あれ……あやかし宛てじゃなかったんだ……」

 呆けたように呟く私から、クロがぷいっと顔を逸らす。

「だから断わっていたのに、お前が勝手に……」

 これは思っていた以上にたいへんな事態ではないかと、私は必死に頭を下げた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 クロが私の前から立ち上がった気配がする。

「引き受けてしまったものは仕方がない。お前がどうにかしろ」
「え……?」

 思いがけない言葉に驚いて、顔を上げてみると、もうさっさと玄関へ向かっている。

「俺たちは俺たちの仕事をやる。引き受けたあやかし宛ての荷物を、今夜中に配り終えなくちゃならない。明日も仕事だからな」

 シロも私の肩をぽんと叩いて「ごめんね」と小さく呟くと、クロのあとを追って立ち上がる。

「人間宛ての荷物は、人間の宅配便屋のお前がどうにかしろ。幸い明日は定休日だろ」

 そう言い残すと、玄関扉を開けて出て行ったクロに何も言い返すことはできなかった。

「じゃあ、これ……」

 申し訳なさそうにしながらも、私が豆太くんから預かった荷物を私に渡し、シロもクロのあとを追って出て行った。

「そんなあ……」

 カラカラと軽い音のする小さな荷物を抱きかかえて、私はその場で彼らを見送った。
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