72 / 77
19 狭間の場所
①
しおりを挟む
御橋神社のある山を登り始め、一つ目の温泉街がある駅の周りはひっそりと寝静まっていた。
深夜のことなので当然だ。
そう考えてふと、私は首を傾げる。
(…………あれ?)
隣に座るシロが目ざとくそれを見つけ、訊ねてきた。
「どうしたの? 瑞穂ちゃん」
「うん……」
別にたいしたことではなかったのだが、ちょうど会話が途切れたところだったので、私は心に浮かんだ疑問を言葉にしてみる。
「出張所の周りの温泉街は、真夜中になってもけっこう賑やかなのに、この辺りのお客さんは、宿に帰って寝てるんだなって……考えてみれば、夜なんだから、それが当たり前なんだけど……」
「ああ……」
理解したというふうに頷いたシロは、うしろのクロに目を向ける。
何か説明しようとしてくれたのか、クロが口を開きかけた。
「それは……」
しかし私はそれを待たず、大きな声を上げてしまう。
「うわあっ、すごい!」
ちょうど車が、道を挟むようにして建っている大きな鳥居の下を潜り抜けたのだ。
上りと下りの二車線を跨いで立つ鳥居は、出張所前の赤い大鳥居よりも更に大きい。
灰色の石製で、重厚感がある。
「大迫力!」
うしろに小さくなっていく鳥居を、バックミラー越しに見送っている私に、クロが呆れたように呟いた。
「この道を往復する時に、いつも見ているだろう」
「あ……そうか」
言われてみれば確かにそうなのだが、昼間にこの道を走っていて、今のような興奮を覚えたことはなかった。
むしろ鳥居の存在すら印象に残っていない。
そう話すと、「今の時間は、これ以上進まないほうがいいという人間ヘの警告が含まれているからな」と答えられた。
「警告?」
隣のシロが付け足す。
「あやかしが活発に動き回っている時間だから、狭間の空間に足を踏み入れるなら、それ相応の覚悟をしろっていう脅しでもあるね」
「脅し!?」
ずいぶん物騒な話だと思ううちに、前方にもう一つ鳥居が見えてきた。
先ほどのものより若干小さいが、真っ白で荘厳な雰囲気がある。
しかも微妙に、鳥居自体が光っているようにも見える。
(ん?……んん?)
近づけば近づくほど、発光しているようにしか見えず、思わず助けを求めるように、後ろに座るクロをふり返ると、目を吊り上げて怒られる。
「馬鹿! 前を見て運転しろ! ハンドルを握りながら後ろを向くな!」
「だってぇ……」
迫り来る鳥居が、まるで異世界か何かへの入り口のように、妙に恐ろしく感じるのだ。
半泣きの私の顔をのぞきこみながら、シロがくくくと笑う。
「脅しが効いてるってことは、瑞穂ちゃんはちゃんと人間なんだね……最近、妙に馴染んでるんで、どっちなのかわからなくなりそうだったけど……」
「どっちって?」
「人間なのか、あやかしなのか」
「ああ……」
そういえば今車内にいるのは、私以外はシロもクロもあやかしなのだと思うと、確かにおかしな気がする。
首筋がぞわぞわするような感覚があり、それをごまかすように、わざと明るい声を出す。
「もちろん人間よ。狭間の時間の宅配屋の手伝いもするし、あやかしから人間への荷物も届けるけど……」
「そうだね」
ちょうどその時、白い鳥居の下を潜った。
続いて大きなカーブを描く橋を渡ると、急に道幅が広くなり、私が初めて山の上出張所へ来た時に、抜け道を通ってたどり着いた場所になる。
やはり右手に道などなかった。
「うっ……」
再び背筋がぞくりとする私に、クロがため息を吐きながら語る。
「今さら怯えてどうする。とっくに狭間の住人のくせに……」
狭間の時間の宅配便屋を手伝ってはいるが、その認識はなく、私はバックミラーの中のクロへ疑問の目を向ける。
「そう……なんですか?」
説明はやはり、クロではなく私の隣に座るシロがしてくれる。
「さっき瑞穂ちゃんが怯えてた二の鳥居から宅配便出張所がある大鳥居までの間は、人とあやかしが入り混じる場所だからね……そこにある家に住んでいる瑞穂ちゃんは、立派に狭間の住人だね」
「知らなかった……!」
「だろうね」
折しもちょうど参道前の温泉街にさしかかったところで、麓の温泉街と違い、真夜中だというのに多くの人がそぞろ歩いている。
浴衣を着て夜道の散策を楽しんでいるのが、よく見れば頭に角が生えていたり、目が一つだったりする異形の者ばかりで、私はハンドルを握る手に、力がこもらずにはいられなかった。
「ううう……」
「お前はここへ来るのに、ありもしない近道を通らされて、みや様に直接招かれた人間なんだ……諦めろ」
クロの言葉は厳しかったが、声音はそうでもなく、私は神妙に頷く。
「はい……」
「ほら、もう家だよ」
シロに促されて目を向けた出張所裏の古い小さな家を、私はとてもほっとする思いで見つめた。
「よかった……」
「夕食は宣言したとおり、ちらし寿司と鰹のたたきだからな」
「今から!?」
思わず叫んだ私に、クロが偉そうな声で返事をする。
「俺たちの時間はまだまだこれからだからな……なんの問題もない」
「そんなぁ……」
こんな夜中にクロの美味しい料理など食べたら、太ること間違いなしと情けない声を上げる私を、シロはけらけら笑っている。
(まあいいか、明日は休みだし……昼まで寝ていよう……)
そう思うとお腹が空いてきた私は、先ほどまでの狭間の場所への恐怖をすっかり忘れることができた。
深夜のことなので当然だ。
そう考えてふと、私は首を傾げる。
(…………あれ?)
隣に座るシロが目ざとくそれを見つけ、訊ねてきた。
「どうしたの? 瑞穂ちゃん」
「うん……」
別にたいしたことではなかったのだが、ちょうど会話が途切れたところだったので、私は心に浮かんだ疑問を言葉にしてみる。
「出張所の周りの温泉街は、真夜中になってもけっこう賑やかなのに、この辺りのお客さんは、宿に帰って寝てるんだなって……考えてみれば、夜なんだから、それが当たり前なんだけど……」
「ああ……」
理解したというふうに頷いたシロは、うしろのクロに目を向ける。
何か説明しようとしてくれたのか、クロが口を開きかけた。
「それは……」
しかし私はそれを待たず、大きな声を上げてしまう。
「うわあっ、すごい!」
ちょうど車が、道を挟むようにして建っている大きな鳥居の下を潜り抜けたのだ。
上りと下りの二車線を跨いで立つ鳥居は、出張所前の赤い大鳥居よりも更に大きい。
灰色の石製で、重厚感がある。
「大迫力!」
うしろに小さくなっていく鳥居を、バックミラー越しに見送っている私に、クロが呆れたように呟いた。
「この道を往復する時に、いつも見ているだろう」
「あ……そうか」
言われてみれば確かにそうなのだが、昼間にこの道を走っていて、今のような興奮を覚えたことはなかった。
むしろ鳥居の存在すら印象に残っていない。
そう話すと、「今の時間は、これ以上進まないほうがいいという人間ヘの警告が含まれているからな」と答えられた。
「警告?」
隣のシロが付け足す。
「あやかしが活発に動き回っている時間だから、狭間の空間に足を踏み入れるなら、それ相応の覚悟をしろっていう脅しでもあるね」
「脅し!?」
ずいぶん物騒な話だと思ううちに、前方にもう一つ鳥居が見えてきた。
先ほどのものより若干小さいが、真っ白で荘厳な雰囲気がある。
しかも微妙に、鳥居自体が光っているようにも見える。
(ん?……んん?)
近づけば近づくほど、発光しているようにしか見えず、思わず助けを求めるように、後ろに座るクロをふり返ると、目を吊り上げて怒られる。
「馬鹿! 前を見て運転しろ! ハンドルを握りながら後ろを向くな!」
「だってぇ……」
迫り来る鳥居が、まるで異世界か何かへの入り口のように、妙に恐ろしく感じるのだ。
半泣きの私の顔をのぞきこみながら、シロがくくくと笑う。
「脅しが効いてるってことは、瑞穂ちゃんはちゃんと人間なんだね……最近、妙に馴染んでるんで、どっちなのかわからなくなりそうだったけど……」
「どっちって?」
「人間なのか、あやかしなのか」
「ああ……」
そういえば今車内にいるのは、私以外はシロもクロもあやかしなのだと思うと、確かにおかしな気がする。
首筋がぞわぞわするような感覚があり、それをごまかすように、わざと明るい声を出す。
「もちろん人間よ。狭間の時間の宅配屋の手伝いもするし、あやかしから人間への荷物も届けるけど……」
「そうだね」
ちょうどその時、白い鳥居の下を潜った。
続いて大きなカーブを描く橋を渡ると、急に道幅が広くなり、私が初めて山の上出張所へ来た時に、抜け道を通ってたどり着いた場所になる。
やはり右手に道などなかった。
「うっ……」
再び背筋がぞくりとする私に、クロがため息を吐きながら語る。
「今さら怯えてどうする。とっくに狭間の住人のくせに……」
狭間の時間の宅配便屋を手伝ってはいるが、その認識はなく、私はバックミラーの中のクロへ疑問の目を向ける。
「そう……なんですか?」
説明はやはり、クロではなく私の隣に座るシロがしてくれる。
「さっき瑞穂ちゃんが怯えてた二の鳥居から宅配便出張所がある大鳥居までの間は、人とあやかしが入り混じる場所だからね……そこにある家に住んでいる瑞穂ちゃんは、立派に狭間の住人だね」
「知らなかった……!」
「だろうね」
折しもちょうど参道前の温泉街にさしかかったところで、麓の温泉街と違い、真夜中だというのに多くの人がそぞろ歩いている。
浴衣を着て夜道の散策を楽しんでいるのが、よく見れば頭に角が生えていたり、目が一つだったりする異形の者ばかりで、私はハンドルを握る手に、力がこもらずにはいられなかった。
「ううう……」
「お前はここへ来るのに、ありもしない近道を通らされて、みや様に直接招かれた人間なんだ……諦めろ」
クロの言葉は厳しかったが、声音はそうでもなく、私は神妙に頷く。
「はい……」
「ほら、もう家だよ」
シロに促されて目を向けた出張所裏の古い小さな家を、私はとてもほっとする思いで見つめた。
「よかった……」
「夕食は宣言したとおり、ちらし寿司と鰹のたたきだからな」
「今から!?」
思わず叫んだ私に、クロが偉そうな声で返事をする。
「俺たちの時間はまだまだこれからだからな……なんの問題もない」
「そんなぁ……」
こんな夜中にクロの美味しい料理など食べたら、太ること間違いなしと情けない声を上げる私を、シロはけらけら笑っている。
(まあいいか、明日は休みだし……昼まで寝ていよう……)
そう思うとお腹が空いてきた私は、先ほどまでの狭間の場所への恐怖をすっかり忘れることができた。
0
あなたにおすすめの小説
あなたが愛人を作るのなら
あんど もあ
ファンタジー
結婚して八年の夫が、愛人を作った。それも私の推しの女優を! 「君と違って彼女には才能がある」と言う。ならば、私も才能のある愛人を持つ事にいたしましょう。愛人の才能を花開かせる事が出来るのはどちら?
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
【完結】1王妃は、幸せになれる?
華蓮
恋愛
サウジランド王国のルーセント王太子とクレスタ王太子妃が政略結婚だった。
側妃は、学生の頃の付き合いのマリーン。
ルーセントとマリーンは、仲が良い。ひとりぼっちのクレスタ。
そこへ、隣国の皇太子が、視察にきた。
王太子妃の進み道は、王妃?それとも、、、、?
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる