風はいつも君色に染まる

シェリンカ

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第四章 錆色の迷宮

45:通学電車1

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「ねえ千紗! 一年生のあのかっこいい子と知りあいだって本当?」
「本当だよねー。だって毎日一緒に学校来て、一緒に帰ってるもんねー」
「そうなのっ?」

 夕方からの教室。
 二年生に進級しても変わらないクラスメートたちは、くっつけた机から身を乗り出し、三人とも私に顔を近づけてきた。

 四月を迎え、私の通う夜間高校にも少しの新入生が入学した。
 入学式から一週間、紅君の、どこにいてもみんなの視線を集めてしまうところは、やはり変わっていなかったようだ。
 すっかり話題の人になってしまっている。

「ねえ私に紹介して!」
「待ちなよ美久……千紗の彼氏だったらどうするの」
「ええっ! そうなの!」

 勝手に盛り上がり、勝手に驚いている三人がおかしく、私は笑った。 
「違うよ……知ってる人の弟なの」
 紅君のことをそういうふうに説明し、笑っていられる自分が不思議だった。 

「知ってる人って……ははーん、そっちが千紗の彼氏か……じゃあ彼氏の弟?」
「ち、違っ! 蒼ちゃんと私はそんなんじゃ……!」
 それなのに話が蒼ちゃんに及ぶと、大慌てで余計なことまで口走ってしまう。 

「なるほど、彼氏は『蒼ちゃん』ね……で? 弟君の名前は?」
「…………!」
 思わず頭を抱えて机に突っ伏した。

 蒼ちゃんが私のことを『僕の好きな人』と言ったのは確かだが、私はその言葉に答えを返していない。
 蒼ちゃんは答えを求めなかった。
 ただ私に、「これまでと同じように一緒にいてほしい」と言った。
 だから私はその言葉どおり、何も変わらずただ毎日ほんの少しの時間を彼の隣で過ごしている。

(これって何て言ったらいいんだろう……蒼ちゃんが私の彼氏? なんだか違う気がする……)
 急速に速くなる鼓動と、一気に顔に集まり始めた大量の血液に頭がクラクラする。 

「新入生の彼の名前は紅也君。片桐紅也君……でも本当に私と蒼ちゃんはそんなんじゃ……」
 真っ赤になっているだろう頬を押さえながら、必死でくり返す私に、隣の席に座る美久ちゃんが少し真剣な顔で手をあわせた。

「ねえ……千紗が構わないんだったら本当に紹介して? 弟君のほう」 
(紅君を……?)
 途端に胸が痛んだ。 

『好きです。俺の彼女になって下さい!』

 紅君自身は忘れてしまった言葉を、私は今でもありありと覚えている。
 真剣な表情も、私に向かって深々と下げられた茶色い髪の頭も、私の手を包みこむように握りしめた小さな手も、忘れたことなどなかった。

『俺は絶対にちいを忘れないから! ちいが寂しくなったらいつだって飛んでくるから……だから、いつか迎えに来てもいい? 俺がこれから住む町に……いつか、ちいも連れて行ってしまっていい?』

 小さな紅君があの時必死で私に伝えてくれた決意は、悲しいことに現実にはならなかった。
 私のせいで叶えられなかった。
 しかし――。

『好きです、紅君。大好きです』

 精一杯の思いで自分が口にした言葉と、彼が向けてくれた満面の笑顔。
 そして――。

『うん。俺も大好き。ちい』

 私だけにくれた言葉はやはり捨てられない。
 どうしても捨てられない。

 気がついたらガタンと椅子を鳴らし、私は立ち上がっていた。

「嫌だ……だめ……」
(紅君を他の人に紹介するなんて……私にはできない!) 
 
 言葉足らずで、自分の思いをそのまま口に出す私に、腹を立てる人は多い。
 もし自分が平凡な家庭に育っていたとしても、やはり親しい友人などできなかったのではないかと思うほど、私はぶっきらぼうな口のきき方しかできない。

 それなのに彼女は――昼間は美容院で働くおしゃれで可愛い美久ちゃんは、表情を強張らせたりせず、プウッと頬を膨らませ、私の背中を力任せにバシンと叩いた。 

「なによお、千紗のケチ!」
「ケ、ケチって……」
「さては……お兄ちゃんも、弟君も独り占めする気だな!」

 うしろの席からも、その隣の席からも手が伸びてきて、背中をバシバシ叩かれる。
「いいなあ、千紗!」
「いいな、いいな!」

 冗談交じりにかけられる言葉に、内心嬉しくて涙が浮かびそうになりながら、私は反論した。 
「違うわよ! そんなんじゃないんだから!」

「いいなー」
 キャラキャラと笑う彼女たちの笑顔は、前に蒼ちゃんが言っていたように、本当に今の私を支えてくれるかけがえのないものだと思った。
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