45 / 103
第四章 錆色の迷宮
45:通学電車1
しおりを挟む
「ねえ千紗! 一年生のあのかっこいい子と知りあいだって本当?」
「本当だよねー。だって毎日一緒に学校来て、一緒に帰ってるもんねー」
「そうなのっ?」
夕方からの教室。
二年生に進級しても変わらないクラスメートたちは、くっつけた机から身を乗り出し、三人とも私に顔を近づけてきた。
四月を迎え、私の通う夜間高校にも少しの新入生が入学した。
入学式から一週間、紅君の、どこにいてもみんなの視線を集めてしまうところは、やはり変わっていなかったようだ。
すっかり話題の人になってしまっている。
「ねえ私に紹介して!」
「待ちなよ美久……千紗の彼氏だったらどうするの」
「ええっ! そうなの!」
勝手に盛り上がり、勝手に驚いている三人がおかしく、私は笑った。
「違うよ……知ってる人の弟なの」
紅君のことをそういうふうに説明し、笑っていられる自分が不思議だった。
「知ってる人って……ははーん、そっちが千紗の彼氏か……じゃあ彼氏の弟?」
「ち、違っ! 蒼ちゃんと私はそんなんじゃ……!」
それなのに話が蒼ちゃんに及ぶと、大慌てで余計なことまで口走ってしまう。
「なるほど、彼氏は『蒼ちゃん』ね……で? 弟君の名前は?」
「…………!」
思わず頭を抱えて机に突っ伏した。
蒼ちゃんが私のことを『僕の好きな人』と言ったのは確かだが、私はその言葉に答えを返していない。
蒼ちゃんは答えを求めなかった。
ただ私に、「これまでと同じように一緒にいてほしい」と言った。
だから私はその言葉どおり、何も変わらずただ毎日ほんの少しの時間を彼の隣で過ごしている。
(これって何て言ったらいいんだろう……蒼ちゃんが私の彼氏? なんだか違う気がする……)
急速に速くなる鼓動と、一気に顔に集まり始めた大量の血液に頭がクラクラする。
「新入生の彼の名前は紅也君。片桐紅也君……でも本当に私と蒼ちゃんはそんなんじゃ……」
真っ赤になっているだろう頬を押さえながら、必死でくり返す私に、隣の席に座る美久ちゃんが少し真剣な顔で手をあわせた。
「ねえ……千紗が構わないんだったら本当に紹介して? 弟君のほう」
(紅君を……?)
途端に胸が痛んだ。
『好きです。俺の彼女になって下さい!』
紅君自身は忘れてしまった言葉を、私は今でもありありと覚えている。
真剣な表情も、私に向かって深々と下げられた茶色い髪の頭も、私の手を包みこむように握りしめた小さな手も、忘れたことなどなかった。
『俺は絶対にちいを忘れないから! ちいが寂しくなったらいつだって飛んでくるから……だから、いつか迎えに来てもいい? 俺がこれから住む町に……いつか、ちいも連れて行ってしまっていい?』
小さな紅君があの時必死で私に伝えてくれた決意は、悲しいことに現実にはならなかった。
私のせいで叶えられなかった。
しかし――。
『好きです、紅君。大好きです』
精一杯の思いで自分が口にした言葉と、彼が向けてくれた満面の笑顔。
そして――。
『うん。俺も大好き。ちい』
私だけにくれた言葉はやはり捨てられない。
どうしても捨てられない。
気がついたらガタンと椅子を鳴らし、私は立ち上がっていた。
「嫌だ……だめ……」
(紅君を他の人に紹介するなんて……私にはできない!)
言葉足らずで、自分の思いをそのまま口に出す私に、腹を立てる人は多い。
もし自分が平凡な家庭に育っていたとしても、やはり親しい友人などできなかったのではないかと思うほど、私はぶっきらぼうな口のきき方しかできない。
それなのに彼女は――昼間は美容院で働くおしゃれで可愛い美久ちゃんは、表情を強張らせたりせず、プウッと頬を膨らませ、私の背中を力任せにバシンと叩いた。
「なによお、千紗のケチ!」
「ケ、ケチって……」
「さては……お兄ちゃんも、弟君も独り占めする気だな!」
うしろの席からも、その隣の席からも手が伸びてきて、背中をバシバシ叩かれる。
「いいなあ、千紗!」
「いいな、いいな!」
冗談交じりにかけられる言葉に、内心嬉しくて涙が浮かびそうになりながら、私は反論した。
「違うわよ! そんなんじゃないんだから!」
「いいなー」
キャラキャラと笑う彼女たちの笑顔は、前に蒼ちゃんが言っていたように、本当に今の私を支えてくれるかけがえのないものだと思った。
「本当だよねー。だって毎日一緒に学校来て、一緒に帰ってるもんねー」
「そうなのっ?」
夕方からの教室。
二年生に進級しても変わらないクラスメートたちは、くっつけた机から身を乗り出し、三人とも私に顔を近づけてきた。
四月を迎え、私の通う夜間高校にも少しの新入生が入学した。
入学式から一週間、紅君の、どこにいてもみんなの視線を集めてしまうところは、やはり変わっていなかったようだ。
すっかり話題の人になってしまっている。
「ねえ私に紹介して!」
「待ちなよ美久……千紗の彼氏だったらどうするの」
「ええっ! そうなの!」
勝手に盛り上がり、勝手に驚いている三人がおかしく、私は笑った。
「違うよ……知ってる人の弟なの」
紅君のことをそういうふうに説明し、笑っていられる自分が不思議だった。
「知ってる人って……ははーん、そっちが千紗の彼氏か……じゃあ彼氏の弟?」
「ち、違っ! 蒼ちゃんと私はそんなんじゃ……!」
それなのに話が蒼ちゃんに及ぶと、大慌てで余計なことまで口走ってしまう。
「なるほど、彼氏は『蒼ちゃん』ね……で? 弟君の名前は?」
「…………!」
思わず頭を抱えて机に突っ伏した。
蒼ちゃんが私のことを『僕の好きな人』と言ったのは確かだが、私はその言葉に答えを返していない。
蒼ちゃんは答えを求めなかった。
ただ私に、「これまでと同じように一緒にいてほしい」と言った。
だから私はその言葉どおり、何も変わらずただ毎日ほんの少しの時間を彼の隣で過ごしている。
(これって何て言ったらいいんだろう……蒼ちゃんが私の彼氏? なんだか違う気がする……)
急速に速くなる鼓動と、一気に顔に集まり始めた大量の血液に頭がクラクラする。
「新入生の彼の名前は紅也君。片桐紅也君……でも本当に私と蒼ちゃんはそんなんじゃ……」
真っ赤になっているだろう頬を押さえながら、必死でくり返す私に、隣の席に座る美久ちゃんが少し真剣な顔で手をあわせた。
「ねえ……千紗が構わないんだったら本当に紹介して? 弟君のほう」
(紅君を……?)
途端に胸が痛んだ。
『好きです。俺の彼女になって下さい!』
紅君自身は忘れてしまった言葉を、私は今でもありありと覚えている。
真剣な表情も、私に向かって深々と下げられた茶色い髪の頭も、私の手を包みこむように握りしめた小さな手も、忘れたことなどなかった。
『俺は絶対にちいを忘れないから! ちいが寂しくなったらいつだって飛んでくるから……だから、いつか迎えに来てもいい? 俺がこれから住む町に……いつか、ちいも連れて行ってしまっていい?』
小さな紅君があの時必死で私に伝えてくれた決意は、悲しいことに現実にはならなかった。
私のせいで叶えられなかった。
しかし――。
『好きです、紅君。大好きです』
精一杯の思いで自分が口にした言葉と、彼が向けてくれた満面の笑顔。
そして――。
『うん。俺も大好き。ちい』
私だけにくれた言葉はやはり捨てられない。
どうしても捨てられない。
気がついたらガタンと椅子を鳴らし、私は立ち上がっていた。
「嫌だ……だめ……」
(紅君を他の人に紹介するなんて……私にはできない!)
言葉足らずで、自分の思いをそのまま口に出す私に、腹を立てる人は多い。
もし自分が平凡な家庭に育っていたとしても、やはり親しい友人などできなかったのではないかと思うほど、私はぶっきらぼうな口のきき方しかできない。
それなのに彼女は――昼間は美容院で働くおしゃれで可愛い美久ちゃんは、表情を強張らせたりせず、プウッと頬を膨らませ、私の背中を力任せにバシンと叩いた。
「なによお、千紗のケチ!」
「ケ、ケチって……」
「さては……お兄ちゃんも、弟君も独り占めする気だな!」
うしろの席からも、その隣の席からも手が伸びてきて、背中をバシバシ叩かれる。
「いいなあ、千紗!」
「いいな、いいな!」
冗談交じりにかけられる言葉に、内心嬉しくて涙が浮かびそうになりながら、私は反論した。
「違うわよ! そんなんじゃないんだから!」
「いいなー」
キャラキャラと笑う彼女たちの笑顔は、前に蒼ちゃんが言っていたように、本当に今の私を支えてくれるかけがえのないものだと思った。
0
あなたにおすすめの小説
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】
remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。
本宮 のい。新社会人1年目。
永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。
なんだけど。
青井 奏。
高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、
和泉 碧。
初恋の相手らしき人も現れた。
幸せの青い鳥は一体どこに。
【完結】 ありがとうございました‼︎
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる