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第四章 錆色の迷宮
49:桜2
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「千紗ちゃん……そろそろ時間だよ?」
地面をじっと見つめたまま考えこむ私を、蒼ちゃんが呼んだ。
「お迎えがきちゃうよ。学校の準備しなくちゃ……」
冗談めかして笑う蒼ちゃんの笑顔が胸に痛い。
再会したばかりの頃よりは表情が和らいだが、それでもこれほどの笑顔とはほど遠い紅君の笑顔を思い出すと、なおさら痛かった。
「ほら……来た……!」
まだ遥かに遠い人影を見て、蒼ちゃんは立ち上がる。
自分と同じようにすらりと背の高い弟へ、猫を片腕に抱いたまま、大きくもう片方の手を振る。
「紅也!」
顔も見えないほど遠い人影が、微かに身じろぎしたように見えた。
ゆっくりと一歩ずつ近づいてくる歩みは、通常の人の二倍ほど遅い。
よく見なければわからない程度左足をひきずって歩く紅君は、片足が不自由だとなるべく目立たないよう、歩く速度をかなり遅くしていた。
傾きかけた夕陽に、薄い色の髪が輝く。
真っ直ぐに前を向き、鞄を何度も左右の肩にかけ直しながら、一歩一歩地面を踏みしめて近づいてくる姿を見ると、私はいつも泣きそうな気持ちになる。
確かにもう一度会えたのだと、何度も確認し、それでも一目見るごとに、やはり毎回熱いものがこみ上げた。
「兄さん……」
紅君は決して私の名前を呼ばない。
真っ直ぐに見るのは蒼ちゃんだけ。
それでもよかった。
ぎこちない笑顔を浮かべながら、心から信頼するように蒼ちゃんを見つめる紅君の姿を目の当たりにすると、私はほっと安堵する。
この四年間、新しい環境で私に叔母たちがいてくれたように、紅君には蒼ちゃんがいたのだと、確認できて嬉しくなる。
「いってらっしゃい」
蒼ちゃんが私をふり返り、笑った。
ぶ厚い眼鏡の奥の優しい瞳が、夕陽よりも眩しく輝く。
「いってきます」
目にうっすらと浮かんだ涙を、太陽が眩しいからだと自分に言い訳し、私は蒼ちゃんの笑顔に頭を下げた。
今はまだ、私も紅君と同じくらい笑うことが苦手だ。
だけどいつかは、昔のように笑えるようになるだろうか。
なれるかもしれない。
こうして自分に向けられる蒼ちゃんの笑顔がある限り、遠くから見ているだけで幸せな気分になれる紅君の姿を、また見られる限り。
蒼ちゃんの前に到着した紅君が、私を見て首を傾げる。
「行こうか……」
「うん」
隣に並ぶのではなく、少し離れ、一見すると連れなのか判断に迷う程度の距離を置き、私と紅君は一緒に歩く。
彼にあわせてゆっくりとした歩調で、駅へ向かって歩くこのひと時が大切だった。
あの頃と変わらずに、とても大切だった。
地面をじっと見つめたまま考えこむ私を、蒼ちゃんが呼んだ。
「お迎えがきちゃうよ。学校の準備しなくちゃ……」
冗談めかして笑う蒼ちゃんの笑顔が胸に痛い。
再会したばかりの頃よりは表情が和らいだが、それでもこれほどの笑顔とはほど遠い紅君の笑顔を思い出すと、なおさら痛かった。
「ほら……来た……!」
まだ遥かに遠い人影を見て、蒼ちゃんは立ち上がる。
自分と同じようにすらりと背の高い弟へ、猫を片腕に抱いたまま、大きくもう片方の手を振る。
「紅也!」
顔も見えないほど遠い人影が、微かに身じろぎしたように見えた。
ゆっくりと一歩ずつ近づいてくる歩みは、通常の人の二倍ほど遅い。
よく見なければわからない程度左足をひきずって歩く紅君は、片足が不自由だとなるべく目立たないよう、歩く速度をかなり遅くしていた。
傾きかけた夕陽に、薄い色の髪が輝く。
真っ直ぐに前を向き、鞄を何度も左右の肩にかけ直しながら、一歩一歩地面を踏みしめて近づいてくる姿を見ると、私はいつも泣きそうな気持ちになる。
確かにもう一度会えたのだと、何度も確認し、それでも一目見るごとに、やはり毎回熱いものがこみ上げた。
「兄さん……」
紅君は決して私の名前を呼ばない。
真っ直ぐに見るのは蒼ちゃんだけ。
それでもよかった。
ぎこちない笑顔を浮かべながら、心から信頼するように蒼ちゃんを見つめる紅君の姿を目の当たりにすると、私はほっと安堵する。
この四年間、新しい環境で私に叔母たちがいてくれたように、紅君には蒼ちゃんがいたのだと、確認できて嬉しくなる。
「いってらっしゃい」
蒼ちゃんが私をふり返り、笑った。
ぶ厚い眼鏡の奥の優しい瞳が、夕陽よりも眩しく輝く。
「いってきます」
目にうっすらと浮かんだ涙を、太陽が眩しいからだと自分に言い訳し、私は蒼ちゃんの笑顔に頭を下げた。
今はまだ、私も紅君と同じくらい笑うことが苦手だ。
だけどいつかは、昔のように笑えるようになるだろうか。
なれるかもしれない。
こうして自分に向けられる蒼ちゃんの笑顔がある限り、遠くから見ているだけで幸せな気分になれる紅君の姿を、また見られる限り。
蒼ちゃんの前に到着した紅君が、私を見て首を傾げる。
「行こうか……」
「うん」
隣に並ぶのではなく、少し離れ、一見すると連れなのか判断に迷う程度の距離を置き、私と紅君は一緒に歩く。
彼にあわせてゆっくりとした歩調で、駅へ向かって歩くこのひと時が大切だった。
あの頃と変わらずに、とても大切だった。
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