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第四章 錆色の迷宮
66:罰3
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病院からの帰り道。
以前は紅君と乗っていた電車に蒼ちゃんと乗りこみ、言葉を交わさないままに時が過ぎた。
降りる駅へ着いても動かない私を気遣い、蒼ちゃんは重い口を開く。
「千紗ちゃん……」
言葉を発さず、ただ視線だけを上向けた私に、蒼ちゃんは手をさし伸べた。
「行くよ……帰ろう……」
まちがえることなくこの手をあの時も取っていたら、紅君は私に関する最近の記憶だけでも留めておいてくれたのだろうか。
そして私たち三人の微妙だけど優しい関係は、まだ続いていたのだろうか。
未練がましくそういうことを考える自分が嫌いで、私は蒼ちゃんの手を取らなかった。
頭を左右に振り、自分の力だけで座席から立ち上がった私に、蒼ちゃんは何も言わず、先に立って電車を降りる。
あとに続く私をふり返らず、そのまま改札口へ向かって歩きながら、励ますような言葉をかけてくれた。
「大丈夫だよ……もう少しして紅也の容態が安定したら、千紗ちゃんのことは僕から話す。今度はちゃんと、紅也の大切な女の子だよって、最初から説明するから……」
「だめっ!」
思わず叫んで足を止めた。
蒼ちゃんも驚いたように立ち止まり、そして初めて私をふり返る。
ぶ厚い眼鏡の向こうの優しい瞳に向かい、私は懸命に訴えた。
「いいの! もういいの! 紅君は私のことを忘れたままでいい!」
私の言葉に、蒼ちゃんの顔が苦しげに歪む。
それでも私は言葉と一緒に零れ落ちた涙を手の甲でぐいっと拭い、毅然と顔を上げ続けた。
「昔を思い出そうとしなければ、紅君が倒れる可能性も低くなる……私と会わなければ、わけのわからない感情にとまどって、苦しむこともない……だからいいの、もう紅君とは会わない!」
「千紗ちゃん……でも!」
蒼ちゃんが私の言葉を訂正し、私の気持ちを取り成してくれようとすることはあらかじめわかっていた。
だから彼がそれ以上言葉を発する前に、私は蒼ちゃんの横をすり抜けて駆けだす。
「千紗ちゃん!」
呼び止めようとはしても、追いかけることは躊躇しているらしい様子にほっとしながら、そのままスピードを上げた。
「千紗ちゃんっ!!」
蒼ちゃんの激しい叫びにも、もう二度とふり返ってはいけないと思った。
どだい無理な話だったのだ。
自分のせいで不幸にしてしまった紅君の、せめて傍にいたいなど。
思い出してもらえないまでも、姿だけは見ていたいなど。
そういう願いを胸に抱えているくせに、蒼ちゃんの優しい腕も失いたくなかった私――。
(だからバチが当たった……身のほど知らずの私に下された――これは罰だ!)
息が上がるほどに夢中で駆けながら、歯を食いしばって泣いた。
叔母さんたちの弁当屋へ向かってひた走る私の視界を、切ない思い出が詰まった景色が通り過ぎる。
紅君と再会した公園、一緒に見上げた桜の木、少し離れて歩いた駅までの道。
時折彼が発する、昔を彷彿とさせる言葉に、何度もドキリとさせられた。
以前とは変わってしまった寂しげな笑い顔を見るたび、どうしようもなく胸が痛かった。
(紅君……紅君……!)
何故神様はいつも、紅君の記憶と共に、私の記憶も奪ってくれないのだろう。
私一人がいつも、彼は失くしてしまった思い出を抱え、生きていかなければならない。
苦しい思いを我慢し、それなのにこれからも、普通に生活していかなければならない。
それでも――。
(紅君が無事ならそれでいい……他には何も望まない!)
彼が意識を失っていた間、祈るようにくり返した気持ちは本当だ。
だからこそ改めて、私は決意する。
『もう紅君と会わない』
蒼ちゃんに宣言した言葉を、確実に現実のものにしようと、夜空に瞬く星に誓った。
固く誓った。
苦しい息をこらえて懸命に駆ける私を、満天の空を埋め尽くすように輝く星々が、遥か遠くからそっと見つめる。
しかし何の音もしない。
紅君と一緒にいるといつも感じていた優しい風が、もうわからない――ひどく切ない夜だった。
以前は紅君と乗っていた電車に蒼ちゃんと乗りこみ、言葉を交わさないままに時が過ぎた。
降りる駅へ着いても動かない私を気遣い、蒼ちゃんは重い口を開く。
「千紗ちゃん……」
言葉を発さず、ただ視線だけを上向けた私に、蒼ちゃんは手をさし伸べた。
「行くよ……帰ろう……」
まちがえることなくこの手をあの時も取っていたら、紅君は私に関する最近の記憶だけでも留めておいてくれたのだろうか。
そして私たち三人の微妙だけど優しい関係は、まだ続いていたのだろうか。
未練がましくそういうことを考える自分が嫌いで、私は蒼ちゃんの手を取らなかった。
頭を左右に振り、自分の力だけで座席から立ち上がった私に、蒼ちゃんは何も言わず、先に立って電車を降りる。
あとに続く私をふり返らず、そのまま改札口へ向かって歩きながら、励ますような言葉をかけてくれた。
「大丈夫だよ……もう少しして紅也の容態が安定したら、千紗ちゃんのことは僕から話す。今度はちゃんと、紅也の大切な女の子だよって、最初から説明するから……」
「だめっ!」
思わず叫んで足を止めた。
蒼ちゃんも驚いたように立ち止まり、そして初めて私をふり返る。
ぶ厚い眼鏡の向こうの優しい瞳に向かい、私は懸命に訴えた。
「いいの! もういいの! 紅君は私のことを忘れたままでいい!」
私の言葉に、蒼ちゃんの顔が苦しげに歪む。
それでも私は言葉と一緒に零れ落ちた涙を手の甲でぐいっと拭い、毅然と顔を上げ続けた。
「昔を思い出そうとしなければ、紅君が倒れる可能性も低くなる……私と会わなければ、わけのわからない感情にとまどって、苦しむこともない……だからいいの、もう紅君とは会わない!」
「千紗ちゃん……でも!」
蒼ちゃんが私の言葉を訂正し、私の気持ちを取り成してくれようとすることはあらかじめわかっていた。
だから彼がそれ以上言葉を発する前に、私は蒼ちゃんの横をすり抜けて駆けだす。
「千紗ちゃん!」
呼び止めようとはしても、追いかけることは躊躇しているらしい様子にほっとしながら、そのままスピードを上げた。
「千紗ちゃんっ!!」
蒼ちゃんの激しい叫びにも、もう二度とふり返ってはいけないと思った。
どだい無理な話だったのだ。
自分のせいで不幸にしてしまった紅君の、せめて傍にいたいなど。
思い出してもらえないまでも、姿だけは見ていたいなど。
そういう願いを胸に抱えているくせに、蒼ちゃんの優しい腕も失いたくなかった私――。
(だからバチが当たった……身のほど知らずの私に下された――これは罰だ!)
息が上がるほどに夢中で駆けながら、歯を食いしばって泣いた。
叔母さんたちの弁当屋へ向かってひた走る私の視界を、切ない思い出が詰まった景色が通り過ぎる。
紅君と再会した公園、一緒に見上げた桜の木、少し離れて歩いた駅までの道。
時折彼が発する、昔を彷彿とさせる言葉に、何度もドキリとさせられた。
以前とは変わってしまった寂しげな笑い顔を見るたび、どうしようもなく胸が痛かった。
(紅君……紅君……!)
何故神様はいつも、紅君の記憶と共に、私の記憶も奪ってくれないのだろう。
私一人がいつも、彼は失くしてしまった思い出を抱え、生きていかなければならない。
苦しい思いを我慢し、それなのにこれからも、普通に生活していかなければならない。
それでも――。
(紅君が無事ならそれでいい……他には何も望まない!)
彼が意識を失っていた間、祈るようにくり返した気持ちは本当だ。
だからこそ改めて、私は決意する。
『もう紅君と会わない』
蒼ちゃんに宣言した言葉を、確実に現実のものにしようと、夜空に瞬く星に誓った。
固く誓った。
苦しい息をこらえて懸命に駆ける私を、満天の空を埋め尽くすように輝く星々が、遥か遠くからそっと見つめる。
しかし何の音もしない。
紅君と一緒にいるといつも感じていた優しい風が、もうわからない――ひどく切ない夜だった。
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