大天使に聖なる口づけを

シェリンカ

文字の大きさ
21 / 42
第三章 煌めきの王子と王宮勤め

しおりを挟む
「これからいったいどうしたらいいのかしら?」



 エミリアの部屋へ帰り、寝台に腰かけたフィオナは、ほうっと大きなため息を吐いた。



「エミリアには悪いけど、時間もないことだし、すぐに動き始めたほうがいいと思うのよ」



 隣に座るエミリアに言い含めるかのように、顔を見つめて一言一言呟く。

 その見解にはまったく同意だったので、エミリアも黙ったまま頷いた。



「でも正直お手上げね。私の知る限りエミリアにあの近衛騎士以外に好きな人はいないわ。そうでしょ?」



 単刀直入な言い草にエミリアは頬を染めながらも、またもコックリと頷いた。



 母に頼まれた『ミカエル捜し』も、もう五日目。

 いよいよこれからか、というところで、たった一人の候補者だったランドルフが違うとわかり、捜索は今、完全に暗礁に乗り上げた状態だった。



 窓際に置かれた椅子に腰かけていたアウレディオが、エミリアに胡乱な視線を向ける。



「なあ……その人物をお前が好きになるっていうのは、本当に信憑性がある話なのか?」



 そのことに関しては実際エミリア自身もおおいに疑問を持ち、何度も何度も母に確認したので、ため息まじりに大きく頷いた。



「お母さん曰く、『ぜっったいに、エミリアが好きになる人!』なんだって……」

「それじゃ、全く手がかりなしじゃない」



 つんと顔を逸らしたフィオナに続いて、何気なくエミリアの机に目を向けたアウレディオは、ふと首を傾げた。



「なあ、まさか、あの方じゃないよな……?」

「あの方って?」



 アウレディオの視線の先をたどってみると、机の上にいくつか飾られた額絵へ行き着く。

 父と母の肖像画。

 家族の絵。

 エミリアが描かれたもの。

 友達だちの中で笑うエミリア。



 その中に混じって一つ、あきらかに額の格も違う立派な絵があった。

 国王お抱えの絵師となった父が、たびたび描かせていただいている王室の肖像画。

 あまり良い出来ではなく、献上し損ねたものの中の一つを、エミリアは父から貰ってそこに飾っていた。



 エテルバーグ王家には、国王と王妃、三人の姫と一人の王子がいる。

 荘厳な玉座に座した国王陛下の隣。

 大きな存在感を醸し出しながら、背筋を伸ばして優雅に佇む王子――フェルナンド。



 太陽の光を集めたかのような黄金色の髪に、深い湖のような碧の瞳。

 どこにいてもパッと目を引くその容姿から、華やかなことが大好きで明るく友好的な性格まで、国民の敬愛の念を集めて止まないこの国の王子。



「そういえば……王子は素敵だ素敵だ、ってエミリアったら昔から騒いでたわね……」



 真剣に考え始めたフィオナに、エミリアは目を剥いた。



「だってそれは! この国の女の子だったら、みんな思うようなことでしょう⁉」

「そのわりには、かなり小さな頃から結構しつこく言ってる」



 割って入ったアウレディオの言葉に激しく焦りながらも、エミリアは必死に訴えた。



「それはそうでしょう! あんなに素敵なんだもの! 誰だって憧れるわ……ね?」



 同意を求めて視線を向けたフィアナには、あっさりと切って捨てられた。



「そう? 私は全然。やっぱり好みはあるし」



 アウレディオがそれ見たことかというような、得意げな表情になる。



「だ、そうだ。残念だったな……じゃあお前は、あきらかに王子に好意を寄せてるってことで……次はその線で行くとするか」

「そうね。他に手がかりもないし、そうしましょ」



 いつの間にか、アウレディオとフィオナの間だけで、話がまとまってしまっている。



「ちょ。ちょっと待ってよ! フェルナンド殿下だなんて、そんな私……私……」

「大丈夫だよ。なにも今すぐキスしろって言ってるわけじゃないんだから」

「当たり前よ!」



 エミリアはだんだん、抵抗するだけ無駄だということを察してきた。



 普段はあまり仲がいいとはいえないのに、こういう時になると、アウレディオとフィオナはすぐさま結託する。

 今ももうエミリアを無視して、二人で相談を始めてしまっている。



 当事者のはずなのに、疎外感を感じずにいられないエミリアは、ふてくされて寝台に横になり、掛け布を頭から引き被った。



(いいよ、もう……どうせ王子様となんて、接点だって作れるはずがないんだから……)

 

 



 しかしエミリアは、大切なことを忘れていた。

 彼女たち三人は今まだ、城の臨時衛兵の任に就いているのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...