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第三章 煌めきの王子と王宮勤め
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折りしもその日は、国を挙げての感謝祭の初日だった。
国王一家が、宮殿前の広場に張り出した露台へ出て、集まった国民の代表者たちに挨拶をするという予定がある。
主に城の周りの警備に当たっていたエミリアたちも、この時ばかりは少しでも多くの人手がほしいということで、城壁の内側の警備を任された。
「じゃ。もし人波に押しつぶされそうになったら、遠慮なく逃げていいから。くれぐれも怪我をしないように」
爽やかに言って、去っていったランドルフの背中を見送って、エミリアは改めて広場に集まった人人人の山を見渡した。
「うわー……これじゃディオがどこにいるのかもわからないわ……」
フィオナは、あまりにも危険ということであらかじめこの任務からは外されていた。
ランドルフはエミリアも、と言ってくれたが、『いえ。こいつは大丈夫です。だからぜひ参加させてください』とアウレディオが譲らなかった。
そのアウレディオとも持ち場は別になり、あまりにも人が多すぎて、彼がどこにいるのだか捜すこともできない。
「別に近くにいなくちゃいけないってわけでもないんだけど……」
誰に向かってか言い訳しながら、エミリアは豪華絢爛な宮殿をふり仰いだ。
白亜の宮殿と称される真っ白な建物は、日の光を浴びていつにも増して輝いている。
三階部分から大きく広場に向かって突き出した露台。
真紅の絨毯が敷かれ、色取り取りの花に飾られたその場所に、まもなく王室の方々が姿を現わすはずだった。
見上げる首は痛いが、目を凝らせばそこにいる人の表情も見えないことはない。
思いがけずいい場所に配置されたエミリアは、アウレディオとフィオナから、『どうにかして、王子に存在を気づいてもらうこと!』というかなり無茶な注文を出されていた。
(この大人数の中、しかもこの大歓声の中、あまり目立ちそうにもない一衛兵に、殿下が気がつくわけないでしょう!)
二人に返した怒りの言葉を、胸の中でもう一度くり返すエミリアの目に、露台の上で忙しく立ち回り始めた侍女たちの姿が映る。
(いよいよだわ)
エミリアの胸がドキンと跳ねたところで、貴人の登場を告げるファンファーレが鳴り響き、空に向かって空砲が打ち出された。
花かごを持った少女たちが、露台の下に集まった人々の上に、花びらの雨を降らせ始める。
舞い散る花びらの向こうで、優雅な仕草で王家の方々が、露台へと歩み出て来た。
黒い式典服を身に纏ったフェルナンド王子が、最後に姿を現した瞬間、聴衆の興奮も最高潮に達したように、エミリアは感じた。
(ああ、なんて素敵なんだろう……!)
母の仕事のことも、アウレディオとフィオナの注文もすっかり忘れて、ただただ見惚れずにはいられない。
歩いたあとに金の光が残るかのように、輝きを放つ美しい金髪。
その煌きに負けないくらいのあでやかな笑顔。
大きく口を開けて白い歯をのぞかせて、屈託なく笑う王子は、口うるさい年長者たちに言わせると、『王族らしくない』のかもしれないが、親しみやすいということで、若い者の間では絶大な人気だった。
(ああ、本当にフェルナンド王子って素敵だなー)
何気なく出てしまった本音に、エミリアは自分で赤面する。
(なにこれ……これじゃ本当に、ディオやフィオナが言うように、私が王子に恋してるみたいじゃない……!)
ぶんぶんと首を横に振りながら、邪念を払って警備に専念しようとしても、視線のほうは勝手にゆるゆると王子の華麗な姿に引き寄せられていく。
あまりにもじっと見つめていたからだろうか、エミリアがその異変に気がついたのは、王子の傍近くに控えていた騎士たちよりも、王子自身よりも早かった。
(……あれは何?)
露台の後方に位置する高い塔の窓から、何かを構えている人影が見える。
その人物が手にした弓のようなものが、大きくたわみ、王子の背中に狙いをつけていると感じた瞬間、エミリアは人ごみをかきわけて走り出していた。
「王子! うしろ! うしろですっ! 弓で狙われてるうっ!」
叫ぶ間にも弓は大きくしなり、今にも王子の背に向かって、矢が放たれようとしている。
「避けてええっ! フェルナンド王子いっっ!」
エミリアが大きく息を吸いこんで、お腹の底から声を出した途端、自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。
しかしエミリアが本当に驚いたのは、そんなことにではなかった。
あんなに賑やかにさんざめいていた広場の群集が、全員ピタリと動きを止めている。
仰ぎ見た塔の上では、今まさに弓を離れようとしていた矢も、不自然な状態のまま空中に留まっている。
「な……なに……?」
息を呑んでエミリアが見渡した周囲は、全ての人が、物が、時が止まったかのように静止していた。
動いているのはエミリアと、「なんだ? いったい何が起きた?」と驚いたように、露台から広場を見下ろしているフェルナンド王子だけ。
信じられない状況に激しくうろたえながらも、エミリアは幸いなことに、王子に伝えなければならない一番大事なことを、忘れてはいなかった。
「王子っ! うしろ! うしろから弓矢で狙われていますっ!」
声を大にして叫んだエミリアの言葉を確かめるように、フェルナンド王子は背後をふり返った。
「本当だ……」
茫然自失といった状況にもかかわらず、王子は即座に腰に佩いた剣を抜き、矢が飛んで来ようとしている方向に向かって剣を構える。
「忠告、ありがとう」
そうしながら、少し苦笑ぎみに、エミリアに問いかけてきた。
「ところで、この状況はいったい……?」
うしろ姿のまま、大声での問いに、エミリアもまた大きな声で返事をしようとした時、ドッと沸き返るような様々な音と共に、人々に動きが戻った。
不自然な体勢で固まっていた人々がいっせいに呪縛から解き放たれ、てんで自由に動き始める。
押されて大きく体勢を崩したエミリアだったが、露台の上で王子が飛んで来た矢を剣でしっかりと打ち落とす姿だけは確認できた。
「きゃああああ!」
異変に気が付いた露台の上の人々は、貴人を守るため動きだし、広場の群集も我先にと逃げ始める。
地面に膝をつく格好になっていたエミリアは、王子の無事にホッと胸を撫で下ろしながらも、自分自身の身の危険を感じた。
(ち、ちょっとまずいな……)
逃げる人々に蹴り倒され、このまま踏まれたらどうなるだろう、などと考えながら、頭を抱えうずくまるエミリアを、誰かが抱き上げた。
「馬鹿じゃないのか、お前! 死にたいのか!」
投げつけられた言葉は激しく、睨み据えられた蒼い瞳には本当に怒りの炎が燃えていた。
しかしエミリアを抱え上げた腕の力は強く、人込みをかきわけて進む意志の強さは確固たるものだった。
「ディオ……」
線が細いとばかり思っていたが、いつの間にか自分より遥かにたくましくなっていたアウレディオの首に縋りついて、エミリアは安堵のあまり涙が零れた。
国王一家が、宮殿前の広場に張り出した露台へ出て、集まった国民の代表者たちに挨拶をするという予定がある。
主に城の周りの警備に当たっていたエミリアたちも、この時ばかりは少しでも多くの人手がほしいということで、城壁の内側の警備を任された。
「じゃ。もし人波に押しつぶされそうになったら、遠慮なく逃げていいから。くれぐれも怪我をしないように」
爽やかに言って、去っていったランドルフの背中を見送って、エミリアは改めて広場に集まった人人人の山を見渡した。
「うわー……これじゃディオがどこにいるのかもわからないわ……」
フィオナは、あまりにも危険ということであらかじめこの任務からは外されていた。
ランドルフはエミリアも、と言ってくれたが、『いえ。こいつは大丈夫です。だからぜひ参加させてください』とアウレディオが譲らなかった。
そのアウレディオとも持ち場は別になり、あまりにも人が多すぎて、彼がどこにいるのだか捜すこともできない。
「別に近くにいなくちゃいけないってわけでもないんだけど……」
誰に向かってか言い訳しながら、エミリアは豪華絢爛な宮殿をふり仰いだ。
白亜の宮殿と称される真っ白な建物は、日の光を浴びていつにも増して輝いている。
三階部分から大きく広場に向かって突き出した露台。
真紅の絨毯が敷かれ、色取り取りの花に飾られたその場所に、まもなく王室の方々が姿を現わすはずだった。
見上げる首は痛いが、目を凝らせばそこにいる人の表情も見えないことはない。
思いがけずいい場所に配置されたエミリアは、アウレディオとフィオナから、『どうにかして、王子に存在を気づいてもらうこと!』というかなり無茶な注文を出されていた。
(この大人数の中、しかもこの大歓声の中、あまり目立ちそうにもない一衛兵に、殿下が気がつくわけないでしょう!)
二人に返した怒りの言葉を、胸の中でもう一度くり返すエミリアの目に、露台の上で忙しく立ち回り始めた侍女たちの姿が映る。
(いよいよだわ)
エミリアの胸がドキンと跳ねたところで、貴人の登場を告げるファンファーレが鳴り響き、空に向かって空砲が打ち出された。
花かごを持った少女たちが、露台の下に集まった人々の上に、花びらの雨を降らせ始める。
舞い散る花びらの向こうで、優雅な仕草で王家の方々が、露台へと歩み出て来た。
黒い式典服を身に纏ったフェルナンド王子が、最後に姿を現した瞬間、聴衆の興奮も最高潮に達したように、エミリアは感じた。
(ああ、なんて素敵なんだろう……!)
母の仕事のことも、アウレディオとフィオナの注文もすっかり忘れて、ただただ見惚れずにはいられない。
歩いたあとに金の光が残るかのように、輝きを放つ美しい金髪。
その煌きに負けないくらいのあでやかな笑顔。
大きく口を開けて白い歯をのぞかせて、屈託なく笑う王子は、口うるさい年長者たちに言わせると、『王族らしくない』のかもしれないが、親しみやすいということで、若い者の間では絶大な人気だった。
(ああ、本当にフェルナンド王子って素敵だなー)
何気なく出てしまった本音に、エミリアは自分で赤面する。
(なにこれ……これじゃ本当に、ディオやフィオナが言うように、私が王子に恋してるみたいじゃない……!)
ぶんぶんと首を横に振りながら、邪念を払って警備に専念しようとしても、視線のほうは勝手にゆるゆると王子の華麗な姿に引き寄せられていく。
あまりにもじっと見つめていたからだろうか、エミリアがその異変に気がついたのは、王子の傍近くに控えていた騎士たちよりも、王子自身よりも早かった。
(……あれは何?)
露台の後方に位置する高い塔の窓から、何かを構えている人影が見える。
その人物が手にした弓のようなものが、大きくたわみ、王子の背中に狙いをつけていると感じた瞬間、エミリアは人ごみをかきわけて走り出していた。
「王子! うしろ! うしろですっ! 弓で狙われてるうっ!」
叫ぶ間にも弓は大きくしなり、今にも王子の背に向かって、矢が放たれようとしている。
「避けてええっ! フェルナンド王子いっっ!」
エミリアが大きく息を吸いこんで、お腹の底から声を出した途端、自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。
しかしエミリアが本当に驚いたのは、そんなことにではなかった。
あんなに賑やかにさんざめいていた広場の群集が、全員ピタリと動きを止めている。
仰ぎ見た塔の上では、今まさに弓を離れようとしていた矢も、不自然な状態のまま空中に留まっている。
「な……なに……?」
息を呑んでエミリアが見渡した周囲は、全ての人が、物が、時が止まったかのように静止していた。
動いているのはエミリアと、「なんだ? いったい何が起きた?」と驚いたように、露台から広場を見下ろしているフェルナンド王子だけ。
信じられない状況に激しくうろたえながらも、エミリアは幸いなことに、王子に伝えなければならない一番大事なことを、忘れてはいなかった。
「王子っ! うしろ! うしろから弓矢で狙われていますっ!」
声を大にして叫んだエミリアの言葉を確かめるように、フェルナンド王子は背後をふり返った。
「本当だ……」
茫然自失といった状況にもかかわらず、王子は即座に腰に佩いた剣を抜き、矢が飛んで来ようとしている方向に向かって剣を構える。
「忠告、ありがとう」
そうしながら、少し苦笑ぎみに、エミリアに問いかけてきた。
「ところで、この状況はいったい……?」
うしろ姿のまま、大声での問いに、エミリアもまた大きな声で返事をしようとした時、ドッと沸き返るような様々な音と共に、人々に動きが戻った。
不自然な体勢で固まっていた人々がいっせいに呪縛から解き放たれ、てんで自由に動き始める。
押されて大きく体勢を崩したエミリアだったが、露台の上で王子が飛んで来た矢を剣でしっかりと打ち落とす姿だけは確認できた。
「きゃああああ!」
異変に気が付いた露台の上の人々は、貴人を守るため動きだし、広場の群集も我先にと逃げ始める。
地面に膝をつく格好になっていたエミリアは、王子の無事にホッと胸を撫で下ろしながらも、自分自身の身の危険を感じた。
(ち、ちょっとまずいな……)
逃げる人々に蹴り倒され、このまま踏まれたらどうなるだろう、などと考えながら、頭を抱えうずくまるエミリアを、誰かが抱き上げた。
「馬鹿じゃないのか、お前! 死にたいのか!」
投げつけられた言葉は激しく、睨み据えられた蒼い瞳には本当に怒りの炎が燃えていた。
しかしエミリアを抱え上げた腕の力は強く、人込みをかきわけて進む意志の強さは確固たるものだった。
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