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夏の章
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東京に戻った真珠は久米に6月の予定を確認してもらうことにした。
蛍を見たいと真珠が正直に言うと、久米は不味いジュースでも飲まされたような顔をした。
少し目を泳がせてから、眉間に皺を刻んだままで彼はタブレットを取り出してせわしなく操作し始める。
真珠の所属している事務所はかつて真珠の母も所属していたところで、子供の頃から撮影現場に出入りしていた真珠は中学時代にスカウトされた。
同じ頃に事務所に新卒で就職したのが又従兄の久米和也で、当初は真珠の母のコネだと陰口も叩かれたらしい。しかし彼は実務能力を見せつけることで、そういった悪評を流していた人間の口を塞いだ。
真珠の母は、2年ほど前に一回り年下の男性との結婚を機に、すっぱりと仕事から身を引いた。5年前なら「氷坂」といえば母の名前が下に続いたが、今となっては真珠の方が知られている。
久米は以前は5人程のモデルを担当していた。その中で真珠のメディアへの出演が極端に増えたので、今は真珠ともうひとりの管理をしている。そのうちに真珠の専属マネージャーになるだろうともっぱらの噂だ。
事務所の中では気難しいと言われている真珠を御して、遠慮無く扱うことができるのは、この幼馴染みの親戚だけだと思われているのだ。
「6月中旬はなかなか厳しいな……。オフはあるが2日続けては無理だ。お前も仕事が増えたからな」
「そうか……」
横からタブレットの画面を覗き込みつつ、真珠は肩を落とした。久米はそんな真珠を見て、少し考えた後にカレンダーの一点を示してみせる。
「6月中旬に2日連続は無理だ。ただし、ぎりぎり上旬だがこの日は午前中にメイクリハがあるだけだから、スムーズに終われば午後なら空くだろう。次の日がオフにできるから、それでなんとかならないか?」
久米の指摘に、真珠は慌ててスマホを取り出した。終バスの時間から逆算して経路を探索すると、午後1時に東京を出れば夕方には村に着くことができるとわかった。篤宏は中旬なら間違いないと言っていたが、2、3日ずれた程度で全く蛍が飛ばないわけではないだろう。
これで篤宏との約束を破らないで済むと思うと、思わず安堵のため息がこぼれた。
あからさまにほっとした表情を浮かべた真珠を、久米はじっと見つめている。
「……仕事に響かなければオフに何をしても俺は構わないと思うが。あくまで、仕事に響かなければ、だぞ。あの村へ行ったときから、お前はかなり変わったな。表情が増えた」
「そうか?」
「引き出しが増えるのは悪いことじゃない。バラエティ関連のオファーもまたあるし、今までに無い年齢層からの支持も増えた。最初に話を聞いたときには胃が痛くなったが、あれは悪くなかったな。だいたいの話は聞いたが、俺が同行できなかったのが本当に残念だ」
「俺にとってはいいところだ。……だが」
真珠は仕事人間の久米が村にいるところを想像してみた。想像の中の久米はあっという間にイライラとし始めて、携帯電話の電波が弱いことについて文句を並べ立て始める。
最初に訪問したときには自分のスマホをいじることがなくて気付かなかったが、あの村には圏外の場所が何ヶ所かあるのだ。村役場と公民館と郵便局などの公共性の高い場所では間違いなく繋がるが、篤宏の家の手前辺りは完全に圏外だった。
エリアカバー率96パーセントって人口比だから、この辺は電波が厳しいよと篤宏は教えてくれた。彼の家の中はWi-Fiが使えるので、それほど困ることはないらしい。
「和也が一日いられる場所だとは思わない。休みの日でも仕事を忘れられないのがあんただからな」
軽く笑いながら指摘すると、久米は苦虫を噛みつぶしたような顔をして見せた。
蛍を見たいと真珠が正直に言うと、久米は不味いジュースでも飲まされたような顔をした。
少し目を泳がせてから、眉間に皺を刻んだままで彼はタブレットを取り出してせわしなく操作し始める。
真珠の所属している事務所はかつて真珠の母も所属していたところで、子供の頃から撮影現場に出入りしていた真珠は中学時代にスカウトされた。
同じ頃に事務所に新卒で就職したのが又従兄の久米和也で、当初は真珠の母のコネだと陰口も叩かれたらしい。しかし彼は実務能力を見せつけることで、そういった悪評を流していた人間の口を塞いだ。
真珠の母は、2年ほど前に一回り年下の男性との結婚を機に、すっぱりと仕事から身を引いた。5年前なら「氷坂」といえば母の名前が下に続いたが、今となっては真珠の方が知られている。
久米は以前は5人程のモデルを担当していた。その中で真珠のメディアへの出演が極端に増えたので、今は真珠ともうひとりの管理をしている。そのうちに真珠の専属マネージャーになるだろうともっぱらの噂だ。
事務所の中では気難しいと言われている真珠を御して、遠慮無く扱うことができるのは、この幼馴染みの親戚だけだと思われているのだ。
「6月中旬はなかなか厳しいな……。オフはあるが2日続けては無理だ。お前も仕事が増えたからな」
「そうか……」
横からタブレットの画面を覗き込みつつ、真珠は肩を落とした。久米はそんな真珠を見て、少し考えた後にカレンダーの一点を示してみせる。
「6月中旬に2日連続は無理だ。ただし、ぎりぎり上旬だがこの日は午前中にメイクリハがあるだけだから、スムーズに終われば午後なら空くだろう。次の日がオフにできるから、それでなんとかならないか?」
久米の指摘に、真珠は慌ててスマホを取り出した。終バスの時間から逆算して経路を探索すると、午後1時に東京を出れば夕方には村に着くことができるとわかった。篤宏は中旬なら間違いないと言っていたが、2、3日ずれた程度で全く蛍が飛ばないわけではないだろう。
これで篤宏との約束を破らないで済むと思うと、思わず安堵のため息がこぼれた。
あからさまにほっとした表情を浮かべた真珠を、久米はじっと見つめている。
「……仕事に響かなければオフに何をしても俺は構わないと思うが。あくまで、仕事に響かなければ、だぞ。あの村へ行ったときから、お前はかなり変わったな。表情が増えた」
「そうか?」
「引き出しが増えるのは悪いことじゃない。バラエティ関連のオファーもまたあるし、今までに無い年齢層からの支持も増えた。最初に話を聞いたときには胃が痛くなったが、あれは悪くなかったな。だいたいの話は聞いたが、俺が同行できなかったのが本当に残念だ」
「俺にとってはいいところだ。……だが」
真珠は仕事人間の久米が村にいるところを想像してみた。想像の中の久米はあっという間にイライラとし始めて、携帯電話の電波が弱いことについて文句を並べ立て始める。
最初に訪問したときには自分のスマホをいじることがなくて気付かなかったが、あの村には圏外の場所が何ヶ所かあるのだ。村役場と公民館と郵便局などの公共性の高い場所では間違いなく繋がるが、篤宏の家の手前辺りは完全に圏外だった。
エリアカバー率96パーセントって人口比だから、この辺は電波が厳しいよと篤宏は教えてくれた。彼の家の中はWi-Fiが使えるので、それほど困ることはないらしい。
「和也が一日いられる場所だとは思わない。休みの日でも仕事を忘れられないのがあんただからな」
軽く笑いながら指摘すると、久米は苦虫を噛みつぶしたような顔をして見せた。
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