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夕食の席は、祖母とはほとんど言葉を交わさなかった。いや、交わせなかった。
あんな話を聞いた後で、今までと同じように祖母に接することができるわけがない。
陽菜はいくらかでも怠さがマシにならないかと、今日は湯を溜めた風呂に入った。けれどいつもよりも殊更に疲れを感じてしまい、やはり9時前に布団に入ることにする。
ふと、部屋の隅に落ちている紙切れに陽菜は目を止めた。恵美が帰り際に「瑞樹から」と言って渡してきたものだ。その時には手放してしまったが、今開いてみればQRコードが印刷されている。
その下には手書きの文字で「僕のメアド。直接話せないこともあるから渡しておく。メアドは別の人の名前で登録して、終わったら破いて捨てて」と書いてあった。
くっ、と喉の奥から笑いになり損ねた声が漏れる。
別人の名前で登録しろとは恐ろしく慎重だ。明日明後日は土日で村長がいるから、陽菜と話すところを見られたくないのだろう。
瑞樹はおそらく陽菜の味方だ。お札集めをする人間が何を背負わされているのか、身をもって知っているのは陽菜以外は瑞樹しかいない。
唐揚げのことを教えてくれたり、彼は言葉こそひねくれているが、態度では味方だと示している。
けれど、彼は友姫ではない。元々この村で生まれて、この村で育ってきた人間だ。陽菜のように囚われていて逃げ出せない事情もない。
不意に、胸の奥からチクチクとした塊がせり上がってくる。衝動に駆られるままに、陽菜はQRコードを読み取り、瑞樹にメールを送った。彼のメールアドレスは英数字のランダムな羅列のようで、覚えることは無理そうだ。
「紙、見たよ」と一文だけを入れて送信する。それだけで彼になら通じるだろう。タイミングがよかったのか、すぐに「ありがとう。このメールも後でゴミ箱に入れて完全に削除して」と返信が来る。
きっと彼も、陽菜からのメールを読んだ後はそうやって証拠を消すのだろう。万が一祖父に見られても気づかれることがないように。
そうまでする瑞樹の警戒は、やはり彼がこの村と祭りの異常性に気づき、それを先頭で推し進めている村長に自分の抱いている違和感を気取られまいと振る舞っているためだろう。
「瑞樹くんは、自分が生まれたときのことを聞いたことがある? 恵美さんが結婚した経緯とか」
震える手で陽菜はメールを打っていた。こんなことを瑞樹に言っても仕方ない、八つ当たりだと正常な判断をする自分がいる一方で、彼が知らない闇を自分が突きつけられたのは理不尽だと怒る部分もある。
知らない、という彼の言葉に、陽菜はぐちゃぐちゃの感情を叩きつけるように恵美から明かされた話を書き込んで返した。メール1通を送るのに30分以上掛かったのは初めてのことだ。
瑞樹を傷つけてやりたいという気持ちに抗えなかった。自分よりもはるかに「お気楽」な立場にいる彼が無性に腹立たしかったのだ。
しばらくして瑞樹から返信が来た。そこに記された言葉に、陽菜はスマホを放り投げて布団を被ってむせび泣く。
「ごめん」
瑞樹のメールにはただそれだけが書かれていた。彼が傷つけばいいと思ったのは陽菜なのに、瑞樹にとって衝撃的な事実を突きつけたのは陽菜なのに、彼の方が謝ってきたのだ。
「謝らないでよ、馬鹿ぁ……」
涙が枕に染みを作る。声を抑えながらも陽菜は泣き続け、明かりを付けたままでいつの間にかそのまま眠っていたのだった。
あんな話を聞いた後で、今までと同じように祖母に接することができるわけがない。
陽菜はいくらかでも怠さがマシにならないかと、今日は湯を溜めた風呂に入った。けれどいつもよりも殊更に疲れを感じてしまい、やはり9時前に布団に入ることにする。
ふと、部屋の隅に落ちている紙切れに陽菜は目を止めた。恵美が帰り際に「瑞樹から」と言って渡してきたものだ。その時には手放してしまったが、今開いてみればQRコードが印刷されている。
その下には手書きの文字で「僕のメアド。直接話せないこともあるから渡しておく。メアドは別の人の名前で登録して、終わったら破いて捨てて」と書いてあった。
くっ、と喉の奥から笑いになり損ねた声が漏れる。
別人の名前で登録しろとは恐ろしく慎重だ。明日明後日は土日で村長がいるから、陽菜と話すところを見られたくないのだろう。
瑞樹はおそらく陽菜の味方だ。お札集めをする人間が何を背負わされているのか、身をもって知っているのは陽菜以外は瑞樹しかいない。
唐揚げのことを教えてくれたり、彼は言葉こそひねくれているが、態度では味方だと示している。
けれど、彼は友姫ではない。元々この村で生まれて、この村で育ってきた人間だ。陽菜のように囚われていて逃げ出せない事情もない。
不意に、胸の奥からチクチクとした塊がせり上がってくる。衝動に駆られるままに、陽菜はQRコードを読み取り、瑞樹にメールを送った。彼のメールアドレスは英数字のランダムな羅列のようで、覚えることは無理そうだ。
「紙、見たよ」と一文だけを入れて送信する。それだけで彼になら通じるだろう。タイミングがよかったのか、すぐに「ありがとう。このメールも後でゴミ箱に入れて完全に削除して」と返信が来る。
きっと彼も、陽菜からのメールを読んだ後はそうやって証拠を消すのだろう。万が一祖父に見られても気づかれることがないように。
そうまでする瑞樹の警戒は、やはり彼がこの村と祭りの異常性に気づき、それを先頭で推し進めている村長に自分の抱いている違和感を気取られまいと振る舞っているためだろう。
「瑞樹くんは、自分が生まれたときのことを聞いたことがある? 恵美さんが結婚した経緯とか」
震える手で陽菜はメールを打っていた。こんなことを瑞樹に言っても仕方ない、八つ当たりだと正常な判断をする自分がいる一方で、彼が知らない闇を自分が突きつけられたのは理不尽だと怒る部分もある。
知らない、という彼の言葉に、陽菜はぐちゃぐちゃの感情を叩きつけるように恵美から明かされた話を書き込んで返した。メール1通を送るのに30分以上掛かったのは初めてのことだ。
瑞樹を傷つけてやりたいという気持ちに抗えなかった。自分よりもはるかに「お気楽」な立場にいる彼が無性に腹立たしかったのだ。
しばらくして瑞樹から返信が来た。そこに記された言葉に、陽菜はスマホを放り投げて布団を被ってむせび泣く。
「ごめん」
瑞樹のメールにはただそれだけが書かれていた。彼が傷つけばいいと思ったのは陽菜なのに、瑞樹にとって衝撃的な事実を突きつけたのは陽菜なのに、彼の方が謝ってきたのだ。
「謝らないでよ、馬鹿ぁ……」
涙が枕に染みを作る。声を抑えながらも陽菜は泣き続け、明かりを付けたままでいつの間にかそのまま眠っていたのだった。
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