35 / 154
35 新しい仲間
しおりを挟む
カモミールが目を覚ましたのは翌朝だった。見慣れない場所で目を覚ましたので最初混乱したが、すぐにここがエノラの家だと気づく。問題は、昨日見せて貰った部屋ではなくて、ヴァージルの部屋で寝ていたことだ。部屋に細々とした物が置いてあるからそうだとわかった。
「あっれー、私昨日どうしたんだっけ……飲みすぎた? ううん、お酒飲んだ記憶すら無いわ。服も着たままで……って、お化粧! お化粧落とした覚えがない!」
小さなテーブルの上にあった鏡を覗き込むと、そこには素顔のカモミールが映し出されていた。化粧が綺麗に落ちていたことには安堵するが、落とした覚えはないので疑問が増すばかりだ。
小さな窓から外を見てみれば、いつもの朝食とあまり変わらない時刻になっているようなので、カモミールは階下に降りることにした。
「おはようございます」
「おはよう、ミリーちゃん。昨日は随分お疲れだったみたいねえ。ヴァージルちゃんが眠ってるミリーちゃんをこっちに連れてきたときには驚いたわ」
チーズを切り分けている台所のエノラに挨拶をすると、これまた流せないことを言われる。
「眠ってる私を、ヴァージルが?」
「そうよー。屋根裏部屋に運ぶのは無理だから、ってヴァージルちゃんの部屋に寝かせてたわ。ミリーちゃんに貸すお部屋はまだお掃除が終わってなかったから」
「全然記憶が無いんですよね……で、ヴァージルは?」
「ベッドを譲った代わりに工房の屋根裏部屋で寝てるわ。もうすぐ朝ご飯だから呼んできてもらえるかしら」
「わかりました」
いろいろ腑に落ちないことはあるが、ヴァージルにも聞いてみるしかない。特に化粧が落ちていたことについてはヴァージルがやったことなのだろう。
カモミールは工房へ入ると、顔を洗い、例の「薬草の煮汁」をびしゃびしゃと顔に付けた。こういうものは惜しんではいけないのだ。効果がわからなくなる。
「ヴァージルー、起きてるー? 朝ご飯よ」
顔を拭きながら上へ向かって声をかけると、ごそごそと音がしてヴァージルがはしごを下りてきた。
「おはよう、ミリー。調子はどう? どこか具合が悪く感じたりしない?」
「具合? 普通よ。そういえば、寝ちゃった私をヴァージルが部屋に連れてきたってエノラさんから聞いたんだけど」
「ああ、うん。昨日のミリー、凄く疲れてたみたいでさ、僕と話してる間に寝ちゃったんだよ。だから、僕のベッドを貸したんだけど」
「そうなの? そんなに疲れてた記憶は無いけど……」
「緊張してたのが後からどっと来たんじゃない? フロランタン摘まみながらしゃべってると思ったら、カクッて寝落ちしちゃったんだ。着替えさせられないから、お化粧は落としておいたよ」
緊張していたのは確かだし、ヴァージルの言うことにもおかしな点は感じられなかったので、カモミールはとりあえずそれで納得することにした。横目で見ればテーブルの上にあるお菓子はしっかり減っているので、ヴァージルの証言とも一致する。
「お化粧、どうやって落としたの? すっごい綺麗に落ちてたけど」
いつもなら風呂屋で体を洗うときに一緒に石けんで洗って落とすのだが、昨日に限ってそれはない。朝起きたときに肌がべたつきもせずもちもちしていたので、何かの技術があるのかと尋ねてみる。
「ミラヴィアの下地クリームを顔にたっぷり塗って隅々までマッサージしてね、蒸らしたタオルで丹念に拭き取るんだ。お化粧も落ちるし肌もしっとりするって、お客さんの間では評判なんだよ」
まさかの、作った人間が知らない裏技だった。確かに下地クリームの上に白粉をはたいているので、クリームでマッサージすれば化粧は落ちる。だが、それはかなり贅沢な使い方ではないだろうか。
「もしかして、下地クリームが妙に売れてたのって……」
「こういう使い方をする人がいたからだよ。お金持ちのお客さん限定だけどね」
「へえええー、知らなかったわー。でもこれは確かにいいわね」
化粧を落とすクリームも安価で出したら売れるかもしれないと、カモミールは頭の隅にメモをした。
髪を結い直してから朝食を食べ、ほんの少しの私物を隣家へ運ぶだけの引っ越しをすると、カモミールは支度金の中から10万ガラムほどを持って錬金術ギルドへ向かった。
花から作る染料は実家から材料が来てから自分で作ればいいと思っていたが、時間短縮のために売っているものを使うことにする。
それと、一番の目的は求人を出すことである。石けんの作成はできれば手慣れた錬金術師がいいが、そういう人材がホイホイ上手い具合にいるとは思えない。もうひとりは錬金術のことがわからなくても良くて、白粉をケースに詰めたり、決まった分量で危険性のない材料を混ぜたりするだけの助手だ。
求人票を書くのが初めてだったので、若い受付嬢に相談しながらなんとか2枚の求人票を書き上げる。それを入り口近くの求人ボードに貼ろうとすると、貼った側から受付嬢が片方を勢いよく剥がした。
「えっ!? 何?」
「ギルド長ー! 私お仕事辞めまーす!」
少女が叫んだ言葉にギルド内がざわめいた。奥から足をもつれさせながら中年の男性が駆けてくる。カモミールも何度か顔を見たことがある錬金術ギルド長だった。
「待て待て、キャリー、おまえ何を突然」
「だってミラヴィアのカモミールさんが求人出してるんですよ! 私はそっちのお仕事をしたいのでギルドの受付は辞めます!」
カモミールがポカンとしていると、ギルド長がキャリーと呼ばれた少女の肩を掴んだ。それにもキャリーは臆した様子は見せない。
「まだ採用されると決まったわけじゃないだろう!?」
「カモミールさん! あなたが求人票書いてるのを見ながら私ずっと考えてたんです。それでそっちのお仕事をしたいって決めました! キャリー・ブライアン18歳です! 特技は精密な作業をすること! 硬貨をちょうど10枚ずつ取ったり、材料を10gずつ量ったりするのが得意なので、今回の求人の助手にぴったりだと思います! 錬金術師ではないですが、錬金術師の父の手伝いをこどもの頃からしていたので、その辺自信はあります!」
キャリーは茶色の髪を顎の下で切りそろえた活発そうな少女だった。明るい茶色の目がきらきらと輝いていて、ミラヴィアのお仕事をしたいんです! と熱のこもった口調で語る姿には迫力がある。
細かいことが得意で、錬金術師ではないけれど心得があるというのもポイントが高かった。正直に言えば、ここで即決したい人材ではある。しかし――。
「キャリーさん、ギルドの職員のお仕事は……?」
心配なのはそこの所だ。キャリーがギルドを退職するにしても、ギルドと揉めたくはない。
「大丈夫です! 私が今してる仕事は誰でも出来る仕事なので。この求人票の通りに半月後からお仕事なら間に合います」
「キャリィィィー! 確かにお父さんは『人手が足りてないからその間だけ手伝ってくれ』と頼んだけど! こんなに突然辞められると困るんだよ!」
ギルド長が情けない顔でキャリーに縋っている。そこは親子関係だったのかとわかるといろいろ腑に落ちた。ギルド長の娘が、人手の足りていないギルドの職員として手伝っていたのだ。
「半月! 半月の間に次の人に引き継ぎするから! 前から何度も言ってるけど、錬金術ギルドの中から職員を探そうとしてるから見つからないの! 錬金術師は自分の研究がやりたいんだから、わざわざギルドの職員なんてするわけないでしょ! お父さんだって毎晩ギルド長辞めたいって愚痴ってるじゃない!」
「そりゃあ辞めたいさ! 俺だって自分の研究がしたいんだ! だがギルド長ってのは先代からの指名制で……」
「変えちゃえ! そんな会則!」
目の前でギルド長親子が物凄い勢いで言い争っている。だが、カモミールから見てもキャリーの方に分がありそうだ。そもそも錬金術師はひとりで研究をすることが多く、社会性のない人間が多くなりがちである。
「カモミールさん! どうですか!? 私雇ってもらえますか!?」
「うーーーん……採用!」
キャリーの特技もいいし、押しの強い性格も気に入った。キャリーがその内理屈っぽいテオと言い争いになっても、これなら勢いで勝てる気がする。
「やったー!」
「キャリー! お父さんを見放さないでくれぇぇ!」
「大丈夫、責任持って代わりの人は見つけてくるよ! 商業ギルドとか、教会とかに求人ペタペタ貼り付けてくる」
求人票を握ったキャリーが拳を突き上げて喜んでいる。足下には崩れ落ちたギルド長がいてなんとも情けない構図になっていた。
「お嬢ちゃん、ちょっと訊いてもいいかね?」
ギルド長親子に気を取られていると、少し腰の曲がった老人に声をかけられた。
「主に石けん作りをする錬金術師を雇いたいんじゃな? 一度に作る量はどれくらいを想定してるか訊いてもいいかの?」
「えーと、一度に100リットルの容量で作る予定です」
工房の大きさが取り柄の錬金釜を想像して答える。油脂とアルカリ溶液を足して100リットルということだ。釜は300リットルでも十分にいけるほどの容量があるのだが、かき混ぜなければいけないので、これ以上材料を多くすると撹拌棒が重くなりすぎて混ぜられない。
「錬金釜の容量は?」
「450リットルだったと思います」
「ふむ……カモミールさん、その錬金釜で300リットルの石けんを一度に作れると言ったら、儂を雇ってくれんかのう?」
「えっ……」
失礼ながら、このおじいさんに300リットルの石けん素地をかき混ぜられるようには思えない。カモミールが困っていると、職員のひとりが立ち上がって助け船を出してくれた。
「その人はマシュー・キートンさんと言って、熟練の石けん職人なんですよ。最近目が悪くなって、逆に少量の石けんは作りにくいらしくて」
「年齢的にもそろそろ後進に道を譲らねばと思っていたんじゃがな。儂の技術を伝えられる弟子を取っていなかったことに気づいての。はっはっは」
「なーるほどー。それでギルドに張り込んで石けん関係の求人が来るのを待ってたんですか。手っ取り早く弟子を取ったらいいのに」
「引退宣言をうっかりした途端に、道具をあらかた息子夫婦に始末されてしまってな……なんとか死守したものもあるんじゃが」
道具を始末されたと聞いてカモミールは悲鳴を上げそうになった。錬金術師にとって道具は命だ。これがなければどうにもならない。
「採用! マシューさんのその技、私に引き継がせてください!」
「おお、これからよろしく頼むぞい」
人を確保出来るまで最悪半月くらいかかるかもしれないと思っていたが、カモミールの予想に反して求める人材があっさりと見つかった。
キャリーは次の休みに、マシューは明日早速工房に来て貰うよう約束をして、カモミールは次の目的地に向かうことにしたのだった。
「あっれー、私昨日どうしたんだっけ……飲みすぎた? ううん、お酒飲んだ記憶すら無いわ。服も着たままで……って、お化粧! お化粧落とした覚えがない!」
小さなテーブルの上にあった鏡を覗き込むと、そこには素顔のカモミールが映し出されていた。化粧が綺麗に落ちていたことには安堵するが、落とした覚えはないので疑問が増すばかりだ。
小さな窓から外を見てみれば、いつもの朝食とあまり変わらない時刻になっているようなので、カモミールは階下に降りることにした。
「おはようございます」
「おはよう、ミリーちゃん。昨日は随分お疲れだったみたいねえ。ヴァージルちゃんが眠ってるミリーちゃんをこっちに連れてきたときには驚いたわ」
チーズを切り分けている台所のエノラに挨拶をすると、これまた流せないことを言われる。
「眠ってる私を、ヴァージルが?」
「そうよー。屋根裏部屋に運ぶのは無理だから、ってヴァージルちゃんの部屋に寝かせてたわ。ミリーちゃんに貸すお部屋はまだお掃除が終わってなかったから」
「全然記憶が無いんですよね……で、ヴァージルは?」
「ベッドを譲った代わりに工房の屋根裏部屋で寝てるわ。もうすぐ朝ご飯だから呼んできてもらえるかしら」
「わかりました」
いろいろ腑に落ちないことはあるが、ヴァージルにも聞いてみるしかない。特に化粧が落ちていたことについてはヴァージルがやったことなのだろう。
カモミールは工房へ入ると、顔を洗い、例の「薬草の煮汁」をびしゃびしゃと顔に付けた。こういうものは惜しんではいけないのだ。効果がわからなくなる。
「ヴァージルー、起きてるー? 朝ご飯よ」
顔を拭きながら上へ向かって声をかけると、ごそごそと音がしてヴァージルがはしごを下りてきた。
「おはよう、ミリー。調子はどう? どこか具合が悪く感じたりしない?」
「具合? 普通よ。そういえば、寝ちゃった私をヴァージルが部屋に連れてきたってエノラさんから聞いたんだけど」
「ああ、うん。昨日のミリー、凄く疲れてたみたいでさ、僕と話してる間に寝ちゃったんだよ。だから、僕のベッドを貸したんだけど」
「そうなの? そんなに疲れてた記憶は無いけど……」
「緊張してたのが後からどっと来たんじゃない? フロランタン摘まみながらしゃべってると思ったら、カクッて寝落ちしちゃったんだ。着替えさせられないから、お化粧は落としておいたよ」
緊張していたのは確かだし、ヴァージルの言うことにもおかしな点は感じられなかったので、カモミールはとりあえずそれで納得することにした。横目で見ればテーブルの上にあるお菓子はしっかり減っているので、ヴァージルの証言とも一致する。
「お化粧、どうやって落としたの? すっごい綺麗に落ちてたけど」
いつもなら風呂屋で体を洗うときに一緒に石けんで洗って落とすのだが、昨日に限ってそれはない。朝起きたときに肌がべたつきもせずもちもちしていたので、何かの技術があるのかと尋ねてみる。
「ミラヴィアの下地クリームを顔にたっぷり塗って隅々までマッサージしてね、蒸らしたタオルで丹念に拭き取るんだ。お化粧も落ちるし肌もしっとりするって、お客さんの間では評判なんだよ」
まさかの、作った人間が知らない裏技だった。確かに下地クリームの上に白粉をはたいているので、クリームでマッサージすれば化粧は落ちる。だが、それはかなり贅沢な使い方ではないだろうか。
「もしかして、下地クリームが妙に売れてたのって……」
「こういう使い方をする人がいたからだよ。お金持ちのお客さん限定だけどね」
「へえええー、知らなかったわー。でもこれは確かにいいわね」
化粧を落とすクリームも安価で出したら売れるかもしれないと、カモミールは頭の隅にメモをした。
髪を結い直してから朝食を食べ、ほんの少しの私物を隣家へ運ぶだけの引っ越しをすると、カモミールは支度金の中から10万ガラムほどを持って錬金術ギルドへ向かった。
花から作る染料は実家から材料が来てから自分で作ればいいと思っていたが、時間短縮のために売っているものを使うことにする。
それと、一番の目的は求人を出すことである。石けんの作成はできれば手慣れた錬金術師がいいが、そういう人材がホイホイ上手い具合にいるとは思えない。もうひとりは錬金術のことがわからなくても良くて、白粉をケースに詰めたり、決まった分量で危険性のない材料を混ぜたりするだけの助手だ。
求人票を書くのが初めてだったので、若い受付嬢に相談しながらなんとか2枚の求人票を書き上げる。それを入り口近くの求人ボードに貼ろうとすると、貼った側から受付嬢が片方を勢いよく剥がした。
「えっ!? 何?」
「ギルド長ー! 私お仕事辞めまーす!」
少女が叫んだ言葉にギルド内がざわめいた。奥から足をもつれさせながら中年の男性が駆けてくる。カモミールも何度か顔を見たことがある錬金術ギルド長だった。
「待て待て、キャリー、おまえ何を突然」
「だってミラヴィアのカモミールさんが求人出してるんですよ! 私はそっちのお仕事をしたいのでギルドの受付は辞めます!」
カモミールがポカンとしていると、ギルド長がキャリーと呼ばれた少女の肩を掴んだ。それにもキャリーは臆した様子は見せない。
「まだ採用されると決まったわけじゃないだろう!?」
「カモミールさん! あなたが求人票書いてるのを見ながら私ずっと考えてたんです。それでそっちのお仕事をしたいって決めました! キャリー・ブライアン18歳です! 特技は精密な作業をすること! 硬貨をちょうど10枚ずつ取ったり、材料を10gずつ量ったりするのが得意なので、今回の求人の助手にぴったりだと思います! 錬金術師ではないですが、錬金術師の父の手伝いをこどもの頃からしていたので、その辺自信はあります!」
キャリーは茶色の髪を顎の下で切りそろえた活発そうな少女だった。明るい茶色の目がきらきらと輝いていて、ミラヴィアのお仕事をしたいんです! と熱のこもった口調で語る姿には迫力がある。
細かいことが得意で、錬金術師ではないけれど心得があるというのもポイントが高かった。正直に言えば、ここで即決したい人材ではある。しかし――。
「キャリーさん、ギルドの職員のお仕事は……?」
心配なのはそこの所だ。キャリーがギルドを退職するにしても、ギルドと揉めたくはない。
「大丈夫です! 私が今してる仕事は誰でも出来る仕事なので。この求人票の通りに半月後からお仕事なら間に合います」
「キャリィィィー! 確かにお父さんは『人手が足りてないからその間だけ手伝ってくれ』と頼んだけど! こんなに突然辞められると困るんだよ!」
ギルド長が情けない顔でキャリーに縋っている。そこは親子関係だったのかとわかるといろいろ腑に落ちた。ギルド長の娘が、人手の足りていないギルドの職員として手伝っていたのだ。
「半月! 半月の間に次の人に引き継ぎするから! 前から何度も言ってるけど、錬金術ギルドの中から職員を探そうとしてるから見つからないの! 錬金術師は自分の研究がやりたいんだから、わざわざギルドの職員なんてするわけないでしょ! お父さんだって毎晩ギルド長辞めたいって愚痴ってるじゃない!」
「そりゃあ辞めたいさ! 俺だって自分の研究がしたいんだ! だがギルド長ってのは先代からの指名制で……」
「変えちゃえ! そんな会則!」
目の前でギルド長親子が物凄い勢いで言い争っている。だが、カモミールから見てもキャリーの方に分がありそうだ。そもそも錬金術師はひとりで研究をすることが多く、社会性のない人間が多くなりがちである。
「カモミールさん! どうですか!? 私雇ってもらえますか!?」
「うーーーん……採用!」
キャリーの特技もいいし、押しの強い性格も気に入った。キャリーがその内理屈っぽいテオと言い争いになっても、これなら勢いで勝てる気がする。
「やったー!」
「キャリー! お父さんを見放さないでくれぇぇ!」
「大丈夫、責任持って代わりの人は見つけてくるよ! 商業ギルドとか、教会とかに求人ペタペタ貼り付けてくる」
求人票を握ったキャリーが拳を突き上げて喜んでいる。足下には崩れ落ちたギルド長がいてなんとも情けない構図になっていた。
「お嬢ちゃん、ちょっと訊いてもいいかね?」
ギルド長親子に気を取られていると、少し腰の曲がった老人に声をかけられた。
「主に石けん作りをする錬金術師を雇いたいんじゃな? 一度に作る量はどれくらいを想定してるか訊いてもいいかの?」
「えーと、一度に100リットルの容量で作る予定です」
工房の大きさが取り柄の錬金釜を想像して答える。油脂とアルカリ溶液を足して100リットルということだ。釜は300リットルでも十分にいけるほどの容量があるのだが、かき混ぜなければいけないので、これ以上材料を多くすると撹拌棒が重くなりすぎて混ぜられない。
「錬金釜の容量は?」
「450リットルだったと思います」
「ふむ……カモミールさん、その錬金釜で300リットルの石けんを一度に作れると言ったら、儂を雇ってくれんかのう?」
「えっ……」
失礼ながら、このおじいさんに300リットルの石けん素地をかき混ぜられるようには思えない。カモミールが困っていると、職員のひとりが立ち上がって助け船を出してくれた。
「その人はマシュー・キートンさんと言って、熟練の石けん職人なんですよ。最近目が悪くなって、逆に少量の石けんは作りにくいらしくて」
「年齢的にもそろそろ後進に道を譲らねばと思っていたんじゃがな。儂の技術を伝えられる弟子を取っていなかったことに気づいての。はっはっは」
「なーるほどー。それでギルドに張り込んで石けん関係の求人が来るのを待ってたんですか。手っ取り早く弟子を取ったらいいのに」
「引退宣言をうっかりした途端に、道具をあらかた息子夫婦に始末されてしまってな……なんとか死守したものもあるんじゃが」
道具を始末されたと聞いてカモミールは悲鳴を上げそうになった。錬金術師にとって道具は命だ。これがなければどうにもならない。
「採用! マシューさんのその技、私に引き継がせてください!」
「おお、これからよろしく頼むぞい」
人を確保出来るまで最悪半月くらいかかるかもしれないと思っていたが、カモミールの予想に反して求める人材があっさりと見つかった。
キャリーは次の休みに、マシューは明日早速工房に来て貰うよう約束をして、カモミールは次の目的地に向かうことにしたのだった。
91
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~
水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。
彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。
失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった!
しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!?
絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。
一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜
神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。
聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。
イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。
いわゆる地味子だ。
彼女の能力も地味だった。
使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。
唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。
そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。
ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。
しかし、彼女は目立たない実力者だった。
素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。
司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。
難しい相談でも難なくこなす知識と教養。
全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。
彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。
彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。
地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。
全部で5万字。
カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。
HOTランキング女性向け1位。
日間ファンタジーランキング1位。
日間完結ランキング1位。
応援してくれた、みなさんのおかげです。
ありがとうございます。とても嬉しいです!
本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜
あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい!
ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット”
ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで?
異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。
チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。
「────さてと、今日は何を読もうかな」
これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。
◆小説家になろう様でも、公開中◆
◆恋愛要素は、ありません◆
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる