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107 工房の値段問題と「魔女の軟膏」
「テオ、なんであんなに丁寧な言葉でスラスラと話せるの!? そんな話聞いてないし、いつもの様子からは想像も付かなかったんだけど!」
工房に帰り着いた途端、カモミールはテオに詰め寄っていた。
本当だったら、侯爵邸を出たところで言いたかった言葉である。しかしテオのことに関してはおおっぴらにできないことが多すぎて、なんとか工房まで我慢した。
貰ってきた鉢を窓辺に置き、テオはむしろ不思議そうな顔でカモミールを見ている。彼にとっては当たり前のことだったようだが、彼の非常識に今まで散々気を揉んできたカモミールにとっては納得できない。
「そりゃ、俺を形作ってるのは過去の工房主や出入りしていた全ての錬金術師なわけだからな。中には貴族の三男で家を継げずに錬金術師になったなんて奴もいるんだよ。
普段は気にしてねえけどな、一番表に出やすいテオドールの性格や態度以外にも、その気になりゃああいうこともできるってこった」
「う、羨ましい!」
さすがは千年目の錬金釜である。彼はその中に膨大な数の人物像を収めているのだろう。
「テオさんが丁寧な言葉でしゃべったんですか?」
信じられない、と言った顔でキャリーがカモミールに尋ねる。カモミールはキャリーなら共感してくれると、そちらに愚痴を吐く。
「そうなの! 結局白アロエが種しか見つからなくて、もしかしたらと思って侯爵邸を訪ねて温室を見せていただいたらそこにあったんだけどね。そこで侯爵様がいらして、テオが『わたくしはテオ・フレーメ。アトリエ・カモミールで働く錬金術師でございます』とか言い出しちゃって!」
「えええええ、それはない……侯爵様には怪しまれなかったんですか?」
「テオは何ひとつ嘘は言ってなかったし、私も本当のことだけをごまかしながら話してきたわ。お辞儀とかもちゃんとしてたのよ。私なんて特訓が必要だったのに!」
「テオさん、常識的なことができるなら普段からそういう振る舞いをしてくださいよ」
テオに向けるキャリーの目が冷たい。カモミールという制止役がいない間、キャリーはかなりの迷惑を被ったのだろう。
「やなこった。肩が凝る。本当に必要なときだけやればいいんだよ」
「その態度! そういうところですよ、ほんと!」
どっと精神的に疲れたのか、キャリーが書類を広げたテーブルに突っ伏した。疲れているところに悪いが、カモミールはキャリーに報告しておかなければならないことがある。
「突然だけど、明日侯爵様がこの工房にいらっしゃることになったの。以前侯爵邸で練り香水を作って見せたことがあるんだけど、侯爵様がそれで領内の産業をもっと視察したいと思われたそうなのよ。
で、薬草をいろいろ分けていただいた対価として、この工房の仕事の様子をお見せすることになって。石けんに興味をお持ちだから、明日いらっしゃるそうよ」
「急ですね!? この工房の状態でお見せして大丈夫なんですか?」
確かにそれはカモミールにとっても引っかかるところではあった。しかし、唸りながら室内を見回してみても、「ボロくて狭い」ということ以外にはこれといってわかりやすい欠点などがない。掃除も行き届いているし、素材はきちんと仕分けされて収納されている。
「むしろ、国内でも屈指の話題性と性能を誇るヴィアローズの品々が、こんなボロ工房で作られているというのをお見せするべきなのかな、と思ったのよね……」
「ああー、うまいこと補助金をせしめてもっと大きい工房に移転するとかですか?」
キャリーの推測にカモミールは苦笑した。そこまでのことはさすがに考えていない。その発想はさすがキャリーというところだろう。
「まさか。綺麗で華やかなものを扱っていても、庶民の実情はこんなものだということをお見せする機会だと思ったの。だからいつもの私たちでいいのよ。侯爵様とお付きの方には丁寧な言葉を使うべきだと思うけど、侯爵様がいらっしゃるからといって私たち同士はいつも通りに会話するべきだし。
むしろ、今の私の身の丈に合った工房はここだと思うのよね。独立したばかりで、有力な支援者がいたわけでもないのに物件を買えたこと自体が凄いと思わない?」
「それはまあ、確かに。そういえばここって格安で買ったと聞きましたけど、いくらだったんですか?」
「200万ガラムよ。元はもっとしたんだけど、ヴァージルが交渉してくれて値下げして貰ったの。元はいくらだったかなあ……確か350万だった気がする。半額近くになった! って驚いたのを憶えてるから」
カモミールの言葉にキャリーが真顔を通り越して、「頭おかしいんじゃないですか!?」とでも叫びだしそうな表情になっている。
「おかしい……それおかしいです。いくら城壁近くでボロとはいえ、そんな値引きないですよ。そもそも、土地の値段ってものが決まってるんですから。ここだったら600万くらいが土地だけ買ったときの相場で、多分350万になってたのはこのボロ工房に価値がなくて取り壊さないと新たに家を建てたりできないせいですよ。取り壊し代として250万値引きされて350万になってるんです。お隣のエノラさんの家なんかは、家ごとまるっと買おうとしたら3000万くらいするはずです」
キャリーの詳しい説明に、今度はカモミールが叫びそうになる番だった。
城壁に囲まれているカールセンは市内の土地が限られているので3階建て以上の家が多く、比較的新しい建物が多い北側の区域などは確かに5階建てなどでしっかりした造りのアパートメントが多い。
「えええ……でも実際に200万で買ったのよー?」
「いえ、そこのところは別に私も疑ってませんよ。カモミールさんだって5年で300万以上お金を貯めたのは凄いと思いますしね。住み込み弟子だとお給料が凄く安かったり、そもそも出なかったりすることもあるじゃないですか」
「それはそう。私もロクサーヌ先生の家に住んでたときは『技術を教わる代わりにお給料は20歳までは出ない』って約束だったし。家賃を払うのと相殺されてたような感じよね。
でも、ミラヴィアの純利益に関しては私の貢献分として4割貰ってたからお金を貯められたの」
「それはロクサーヌさんが良心的だったんだと思います。……というか、ヴァージルさんですよ。あの人一体どういう手を使ってそこまで値引きさせたんでしょうね。もしかして、担当者の弱みでも握ってたりして」
「あーあーあーあーあー!」
突然テオが大声を出し、カモミールとキャリーは思わずそちらを振り向いた。
テオは妙に慌てたような顔で頭を抱えており、彼らしくなく悩んでいるように見える。
「そういうことか……いや、なんでもねえ。おまえらは気にすんな」
「テオ、何か知ってるの?」
「いや、家の値段のことなんか知るわけねえだろ。それより、白アロエが手に入ったんだから軟膏作るぞ」
「あっ、そうだったわね」
カモミールはついキャリーとの話に夢中になっていたが、テオの方は黙々と準備をしていたようで、テーブルの上には秤やフラスコなどが並んでいる。
「ヴァージルさんは交渉の達人……? もしうちを売るときが来たらお願いしなきゃ」
難しい顔をしたまま、ぼそっとキャリーが呟いた。その内容が不穏だ。
「ええっ、キャリーさんの家ってそんなに厳しいの? というか、まさかそれで土地の価格とかに詳しかったの?」
「今すぐ家を売らないと、って状況ではないですね。父がギルド長の仕事を辞めたりしなければの話ですが。でもあの人事あるごとに辞めたい辞めたいって言うので、脅す材料として家の価格を調べたのは確かです。『辞めてもいいけどその時にはこの家売るよ?』って値段突きつけてやろうと思ってるので」
事務仕事に関して才があるキャリーのやることだ。比較対象としてもいくつもの地域の価格を調べ、「もしその後に改めて家を買おうとしてもこうです」と突きつけるつもりだったのだろう。薄ら寒い話である。
「もうちょっとしたら、キャリーさんのお給料も上げられると思うから……そうね、そのためにまずはこの薬だわ」
従業員のためにも、ヴィアローズを盛り上げるのが工房主の仕事だ。カモミールはテオとの作業に集中することにして、彼を手伝い始めた。
「癒やし草の根、リコリスの根、ムラサキ草の根、白アロエの葉。そしてラベンダーの花は取ってくるのをすっかり忘れてたからこれでいい」
テオがラベンダーの花の代用として示してきたのはラベンダーの精油だ。錬金術師が実験中に薬品を手に浴びて火傷し、近くにあったラベンダーの精油を「とりあえず水の代わりに」と傷に掛けたところ、傷の治りがいつもよりも早かったという。
それを疑問に思った彼がラベンダー精油について研究を始め、殺菌効果と傷の治りを早くする効果が確認された。特に火傷に効くと有名なのはこのためかもしれない。
「ああ、なるほど。ラベンダーの花を材料にするって、精油の成分を使いたいからなのね。だったら最初から精油を使った方が合理的かも」
「これは『魔女の軟膏』と呼ばれてたレシピだ。錬金術師の隆盛前には『魔女』が医術やまじないを担っていたのは知ってるな?」
魔女とは、村などの共同体の中でも魔法が使える女性が負っていた特別な役割だ。魔力を使って薬を作り、あるいは様々なまじないを行っていた。
現代では男女問わず魔法を使える人間そのものがほぼおらず、魔女の役割のうち医術分野に関しては錬金術が引き継いだ形になっているので、「錬金術が魔女を葬った」とも言われている。
それは錬金術の歴史を学ぶ上でかなり最初の内に出るところなので、当然カモミールも知っている。けれど、魔力無しのカモミールは今まで魔女に興味を持つことがなかった。
「魔女の軟膏……てことは、魔女時代から続くレシピなの?」
「それもあるし、魔女の名前が消えなかったのは、作るのに魔力消費が多いからだ。おそらく今の『魔力持ち』程度の錬金術師じゃ作れねえよ」
テオがレシピについて詳しく説明もせず、さくさくと進めているのはそのためだろう。テオしか作れないものならば、カモミールに教えても仕方ないのだ。
白アロエは分厚い皮をナイフで剥き、中の葉肉だけを取り出して使っている。根っこ類はポーションの時と同じように細かく刻まれていた。
フラスコに少なめの水が入り、その中に刻まれた根が投入されて成分が煮出される。ここまではポーションと工程的には似ている。けれどその後はムラサキ草の色が抜けたところで一度煮汁だけを漉してビーカーに移し、それが三分の一程になるまで煮詰められた。
かなり濃い色の紫の液体ができあがったが、テオはそこに白アロエの葉肉とラベンダー精油を入れ、ガラス棒でゆっくり混ぜ始めた。すぐに色が変わり始めたのを見ると、魔力はここで注ぎ込んでいるのだろう。
やがて、ビーカーの中身はねっとりとした薄緑色のものに変わっていた。白アロエの与える影響が余程強いのか、剥いた皮の色とよく似ている。
「よし、できた」
「試していい?」
魔力消費が多くて現代の錬金術師では再現できない「魔女の軟膏」。それがどれほどの効果を持っているのか、カモミールは気になって仕方がなかった。ナイフで左手の指をピッと切って、傷から血が流れるのを確認すると、へらですくい取った軟膏を傷口に塗ってみる。
驚いたことに、塗っただけで出血が止まり、痛みも消えた。それを見たキャリーも嫌そうな顔をしている。
「効き過ぎ……」
「これも、絶対外に出しちゃいけない奴ですよ」
「古傷を消すにはこのくらい強力じゃねえと効かないんだよ」
まだ傷は残っているが、どのくらい治りが早いかも要検証だ。
けれど、カモミールは魔女の軟膏に、「これはそのまま使っては不自然なまでの効果がある薬」というラベルを心の中で貼ることにした。
工房に帰り着いた途端、カモミールはテオに詰め寄っていた。
本当だったら、侯爵邸を出たところで言いたかった言葉である。しかしテオのことに関してはおおっぴらにできないことが多すぎて、なんとか工房まで我慢した。
貰ってきた鉢を窓辺に置き、テオはむしろ不思議そうな顔でカモミールを見ている。彼にとっては当たり前のことだったようだが、彼の非常識に今まで散々気を揉んできたカモミールにとっては納得できない。
「そりゃ、俺を形作ってるのは過去の工房主や出入りしていた全ての錬金術師なわけだからな。中には貴族の三男で家を継げずに錬金術師になったなんて奴もいるんだよ。
普段は気にしてねえけどな、一番表に出やすいテオドールの性格や態度以外にも、その気になりゃああいうこともできるってこった」
「う、羨ましい!」
さすがは千年目の錬金釜である。彼はその中に膨大な数の人物像を収めているのだろう。
「テオさんが丁寧な言葉でしゃべったんですか?」
信じられない、と言った顔でキャリーがカモミールに尋ねる。カモミールはキャリーなら共感してくれると、そちらに愚痴を吐く。
「そうなの! 結局白アロエが種しか見つからなくて、もしかしたらと思って侯爵邸を訪ねて温室を見せていただいたらそこにあったんだけどね。そこで侯爵様がいらして、テオが『わたくしはテオ・フレーメ。アトリエ・カモミールで働く錬金術師でございます』とか言い出しちゃって!」
「えええええ、それはない……侯爵様には怪しまれなかったんですか?」
「テオは何ひとつ嘘は言ってなかったし、私も本当のことだけをごまかしながら話してきたわ。お辞儀とかもちゃんとしてたのよ。私なんて特訓が必要だったのに!」
「テオさん、常識的なことができるなら普段からそういう振る舞いをしてくださいよ」
テオに向けるキャリーの目が冷たい。カモミールという制止役がいない間、キャリーはかなりの迷惑を被ったのだろう。
「やなこった。肩が凝る。本当に必要なときだけやればいいんだよ」
「その態度! そういうところですよ、ほんと!」
どっと精神的に疲れたのか、キャリーが書類を広げたテーブルに突っ伏した。疲れているところに悪いが、カモミールはキャリーに報告しておかなければならないことがある。
「突然だけど、明日侯爵様がこの工房にいらっしゃることになったの。以前侯爵邸で練り香水を作って見せたことがあるんだけど、侯爵様がそれで領内の産業をもっと視察したいと思われたそうなのよ。
で、薬草をいろいろ分けていただいた対価として、この工房の仕事の様子をお見せすることになって。石けんに興味をお持ちだから、明日いらっしゃるそうよ」
「急ですね!? この工房の状態でお見せして大丈夫なんですか?」
確かにそれはカモミールにとっても引っかかるところではあった。しかし、唸りながら室内を見回してみても、「ボロくて狭い」ということ以外にはこれといってわかりやすい欠点などがない。掃除も行き届いているし、素材はきちんと仕分けされて収納されている。
「むしろ、国内でも屈指の話題性と性能を誇るヴィアローズの品々が、こんなボロ工房で作られているというのをお見せするべきなのかな、と思ったのよね……」
「ああー、うまいこと補助金をせしめてもっと大きい工房に移転するとかですか?」
キャリーの推測にカモミールは苦笑した。そこまでのことはさすがに考えていない。その発想はさすがキャリーというところだろう。
「まさか。綺麗で華やかなものを扱っていても、庶民の実情はこんなものだということをお見せする機会だと思ったの。だからいつもの私たちでいいのよ。侯爵様とお付きの方には丁寧な言葉を使うべきだと思うけど、侯爵様がいらっしゃるからといって私たち同士はいつも通りに会話するべきだし。
むしろ、今の私の身の丈に合った工房はここだと思うのよね。独立したばかりで、有力な支援者がいたわけでもないのに物件を買えたこと自体が凄いと思わない?」
「それはまあ、確かに。そういえばここって格安で買ったと聞きましたけど、いくらだったんですか?」
「200万ガラムよ。元はもっとしたんだけど、ヴァージルが交渉してくれて値下げして貰ったの。元はいくらだったかなあ……確か350万だった気がする。半額近くになった! って驚いたのを憶えてるから」
カモミールの言葉にキャリーが真顔を通り越して、「頭おかしいんじゃないですか!?」とでも叫びだしそうな表情になっている。
「おかしい……それおかしいです。いくら城壁近くでボロとはいえ、そんな値引きないですよ。そもそも、土地の値段ってものが決まってるんですから。ここだったら600万くらいが土地だけ買ったときの相場で、多分350万になってたのはこのボロ工房に価値がなくて取り壊さないと新たに家を建てたりできないせいですよ。取り壊し代として250万値引きされて350万になってるんです。お隣のエノラさんの家なんかは、家ごとまるっと買おうとしたら3000万くらいするはずです」
キャリーの詳しい説明に、今度はカモミールが叫びそうになる番だった。
城壁に囲まれているカールセンは市内の土地が限られているので3階建て以上の家が多く、比較的新しい建物が多い北側の区域などは確かに5階建てなどでしっかりした造りのアパートメントが多い。
「えええ……でも実際に200万で買ったのよー?」
「いえ、そこのところは別に私も疑ってませんよ。カモミールさんだって5年で300万以上お金を貯めたのは凄いと思いますしね。住み込み弟子だとお給料が凄く安かったり、そもそも出なかったりすることもあるじゃないですか」
「それはそう。私もロクサーヌ先生の家に住んでたときは『技術を教わる代わりにお給料は20歳までは出ない』って約束だったし。家賃を払うのと相殺されてたような感じよね。
でも、ミラヴィアの純利益に関しては私の貢献分として4割貰ってたからお金を貯められたの」
「それはロクサーヌさんが良心的だったんだと思います。……というか、ヴァージルさんですよ。あの人一体どういう手を使ってそこまで値引きさせたんでしょうね。もしかして、担当者の弱みでも握ってたりして」
「あーあーあーあーあー!」
突然テオが大声を出し、カモミールとキャリーは思わずそちらを振り向いた。
テオは妙に慌てたような顔で頭を抱えており、彼らしくなく悩んでいるように見える。
「そういうことか……いや、なんでもねえ。おまえらは気にすんな」
「テオ、何か知ってるの?」
「いや、家の値段のことなんか知るわけねえだろ。それより、白アロエが手に入ったんだから軟膏作るぞ」
「あっ、そうだったわね」
カモミールはついキャリーとの話に夢中になっていたが、テオの方は黙々と準備をしていたようで、テーブルの上には秤やフラスコなどが並んでいる。
「ヴァージルさんは交渉の達人……? もしうちを売るときが来たらお願いしなきゃ」
難しい顔をしたまま、ぼそっとキャリーが呟いた。その内容が不穏だ。
「ええっ、キャリーさんの家ってそんなに厳しいの? というか、まさかそれで土地の価格とかに詳しかったの?」
「今すぐ家を売らないと、って状況ではないですね。父がギルド長の仕事を辞めたりしなければの話ですが。でもあの人事あるごとに辞めたい辞めたいって言うので、脅す材料として家の価格を調べたのは確かです。『辞めてもいいけどその時にはこの家売るよ?』って値段突きつけてやろうと思ってるので」
事務仕事に関して才があるキャリーのやることだ。比較対象としてもいくつもの地域の価格を調べ、「もしその後に改めて家を買おうとしてもこうです」と突きつけるつもりだったのだろう。薄ら寒い話である。
「もうちょっとしたら、キャリーさんのお給料も上げられると思うから……そうね、そのためにまずはこの薬だわ」
従業員のためにも、ヴィアローズを盛り上げるのが工房主の仕事だ。カモミールはテオとの作業に集中することにして、彼を手伝い始めた。
「癒やし草の根、リコリスの根、ムラサキ草の根、白アロエの葉。そしてラベンダーの花は取ってくるのをすっかり忘れてたからこれでいい」
テオがラベンダーの花の代用として示してきたのはラベンダーの精油だ。錬金術師が実験中に薬品を手に浴びて火傷し、近くにあったラベンダーの精油を「とりあえず水の代わりに」と傷に掛けたところ、傷の治りがいつもよりも早かったという。
それを疑問に思った彼がラベンダー精油について研究を始め、殺菌効果と傷の治りを早くする効果が確認された。特に火傷に効くと有名なのはこのためかもしれない。
「ああ、なるほど。ラベンダーの花を材料にするって、精油の成分を使いたいからなのね。だったら最初から精油を使った方が合理的かも」
「これは『魔女の軟膏』と呼ばれてたレシピだ。錬金術師の隆盛前には『魔女』が医術やまじないを担っていたのは知ってるな?」
魔女とは、村などの共同体の中でも魔法が使える女性が負っていた特別な役割だ。魔力を使って薬を作り、あるいは様々なまじないを行っていた。
現代では男女問わず魔法を使える人間そのものがほぼおらず、魔女の役割のうち医術分野に関しては錬金術が引き継いだ形になっているので、「錬金術が魔女を葬った」とも言われている。
それは錬金術の歴史を学ぶ上でかなり最初の内に出るところなので、当然カモミールも知っている。けれど、魔力無しのカモミールは今まで魔女に興味を持つことがなかった。
「魔女の軟膏……てことは、魔女時代から続くレシピなの?」
「それもあるし、魔女の名前が消えなかったのは、作るのに魔力消費が多いからだ。おそらく今の『魔力持ち』程度の錬金術師じゃ作れねえよ」
テオがレシピについて詳しく説明もせず、さくさくと進めているのはそのためだろう。テオしか作れないものならば、カモミールに教えても仕方ないのだ。
白アロエは分厚い皮をナイフで剥き、中の葉肉だけを取り出して使っている。根っこ類はポーションの時と同じように細かく刻まれていた。
フラスコに少なめの水が入り、その中に刻まれた根が投入されて成分が煮出される。ここまではポーションと工程的には似ている。けれどその後はムラサキ草の色が抜けたところで一度煮汁だけを漉してビーカーに移し、それが三分の一程になるまで煮詰められた。
かなり濃い色の紫の液体ができあがったが、テオはそこに白アロエの葉肉とラベンダー精油を入れ、ガラス棒でゆっくり混ぜ始めた。すぐに色が変わり始めたのを見ると、魔力はここで注ぎ込んでいるのだろう。
やがて、ビーカーの中身はねっとりとした薄緑色のものに変わっていた。白アロエの与える影響が余程強いのか、剥いた皮の色とよく似ている。
「よし、できた」
「試していい?」
魔力消費が多くて現代の錬金術師では再現できない「魔女の軟膏」。それがどれほどの効果を持っているのか、カモミールは気になって仕方がなかった。ナイフで左手の指をピッと切って、傷から血が流れるのを確認すると、へらですくい取った軟膏を傷口に塗ってみる。
驚いたことに、塗っただけで出血が止まり、痛みも消えた。それを見たキャリーも嫌そうな顔をしている。
「効き過ぎ……」
「これも、絶対外に出しちゃいけない奴ですよ」
「古傷を消すにはこのくらい強力じゃねえと効かないんだよ」
まだ傷は残っているが、どのくらい治りが早いかも要検証だ。
けれど、カモミールは魔女の軟膏に、「これはそのまま使っては不自然なまでの効果がある薬」というラベルを心の中で貼ることにした。
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※小説家になろう様にも投稿しています