【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織

文字の大きさ
150 / 154

150 幸せってこういうこと

しおりを挟む
 ヴァージルが無事に戻ってきて嬉しいのに、手放しで喜べない自分がもどかしい。

「ごめん、ミリー」

 いっそ出立する前より痛々しい表情のヴァージルが、長剣の鞘を抱きしめる。彼の目の下には隈が色濃く浮いていて、その心労を窺わせた。

「ごめんなんて……言わないで」

 ヴァージルに謝られたくなかった。カモミールはテオの望みを聞き入れただけなのだから。
 そのテオは、「カモミールが自分の主人だから」と、カモミールが幸せになれる道を考えてくれた末の結末なのだ。どうしようもない。

「何があったかだけ、教えて」

 エノラの家の中に入るようにと促したのは、彼がこの家にいない間に急に秋が深まってきたからだ。吹く風の中に冷たさが混じってきて、長旅をしてきたヴァージルを思えば少しでも早く休ませてあげたかった。

「僕が思っていたより、本部には大勢の人間がいた。僕たちも極力急ぎはしたけれど、伝書鳩なりなんなりでカールセンの拠点が潰されたことが伝わっていたのかもね。当然、激しい戦闘になって」
「ヴァージルは? 怪我したりしてない?」
「僕は大丈夫だよ。結局、テオに守られてたから。――テオは、魔法を使いすぎたんだ。僕がわかるくらいに魔力が目減りしていって、これ以上魔法を使わせちゃいけないと思ったんだけど、僕にはテオを止めることができなかった」

 テーブルの上に置かれたヴァージルの手は、手のひらに爪が食い込むほどに握りしめられていた。そっと彼の手を取って開かせながら、もし自分がその場にいたら、とカモミールは思う。

 おそらく、自分にでもテオを止めることはできなかっただろう。ヴァージルが苛まされている無力感は察して余りある。

「テオは――消えてしまったの?」
「……うん。テオ自身も驚いてたみたいだ。びっくりしたような声を上げてて。僕と同行した騎士もその場は見ていたよ。同じ事を言われると思う」

 ヴァージルは偽の記憶を人に刷り込むことができるが、この場でそんな嘘はつかないだろう。テオがいなくなっていいことなど、ヴァージルにはひとつもないようにカモミールには思える。
 逆に、テオがいなくなって困るのはカモミールなのだから、余計嘘をつく必要がない。

「誰も、責められるべきじゃないわ。テオはやりたいことをやったのよ。……そう思わないと」
「そう……だよね。ねえ、ミリー、僕たちは」
「結婚しましょう、予定通り。あなたが無事に戻ったんだから」

 ヴァージルの言葉を遮り、カモミールは強引に話を繋げた。ヴァージルはテオのことを気にして、カモミールが落ち着くまでそれを先延ばしにするだろうと思ったのだ。

「多分だけど、こういうことって勢いが大事だわ。特に私たちにとってはね。機を逃すとはっきりしない形でこれからもずるずるし続ける気がするの。テオはそれを喜ばないと思う」
「うん。ミリーの言う通りだ。じゃあ、今から指輪を買いに行こう! 今なら思い切った買い物をしても、多分僕は気にならないから!」

 何かを振り切るように一度頭を振って、ヴァージルが立ち上がる。
 今から? と言いかけてカモミールは言葉を飲み込んだ。今だからいいのだ。悲しいことがあったときには、立ち動いているに限る。
 それはヴァージルにとっても同じ気持ちなのだろう。

「お店に入るのに恥ずかしくない支度をしてくるわ。ヴァージルも着替えた方がいいわよ」

 互いに視線を交わして、ささやかながらも笑い合う。今はこうして、失ったものから目を逸らしながら生きていくしかできそうになかった。


「なんなのよ、大口叩いておいて……テオの馬鹿!」

 自分の左手の薬指に嵌まった指輪を見ながら、カモミールはひとりきりしかいない工房で大声を出した。ヴァージルとふたりで選んだのは、カモミールの目の色に似たブラウンダイヤモンドの指輪だ。
 ヴァージルの目か髪の色を選ぶのが一般的な選択だったろうが、カモミールが既にフローライトのブローチを持っているので、ヴァージルとしてはそれでいいらしい。

 ダイヤモンドは近年になってカッティング技術が進歩し、ブリリアントカットという透明な原石を美しく輝かせる方法が開発された。
 それまで、硬度が高い以外は特に重宝されなかった宝石だが、今は曇りなく透明なダイヤこそが最高の価値を持つと思われ始めている。採掘量の多いブラウンダイヤモンドは、色の付いたダイヤモンドの中でも安価である。

 似た色の宝石は他にもあったが、「並ぶものなき固さ」をふたりは望んでこの指輪を選んだ。何度も壊れかけたふたりの繋がりが、壊れることがないようにと。

 ヴァージルは確かに隣に戻ってきた。けれど、テオに犠牲になれなんて決して思ってはいなかった。
 カモミールはふたりがゼルストラに旅立ってから、錬金釜を毎日磨きながら、彼らの無事を祈り続けていた。
 あの時テオをヴァージルと共に行かせたことは正しかったのかを、どうしても考えてしまう。――それが詮無いことと思いつつも。

「おい」
「何よ、今考え事してる――誰!?」
「俺だよ! わかんねえのか?」

 驚いたカモミールのすいの声に、錬金釜の後ろから、5歳ほどの少年がひょっこりと姿を現した。妙に整った顔立ちに青い髪は、紛れもなくテオの面影を宿している。
 ――けれど、彼は消えてしまったとヴァージルが言っていたではないか。

「テオ? 本当にテオなの? 魔力が尽きて消えたってヴァージルが……」

 子供の悪戯かもしれないと疑いながらも、カモミールは少年の前に屈み込んで尋ねる。テオによく似た少年は、妙に大人びた動作で肩をすくめた。

「ああ、うっかりやっちまったぜ。魔力切れで体が維持できなくなってよ」
「どういうこと!? 死んだって事じゃないの!?」
「おまえなあ……俺は精霊だぞ? しかも4元素の精霊みたいな下位の精霊じゃなくて、人間から見えて実体を持てるほどの上位の精霊なんだぜ? ここにこの錬金釜がある以上、そして世界に魔力がある以上、精霊である俺の存在は完全に消えたりはしねえ。――ま、そのうち世界の魔力もなくなる日が来るだろうけど、それは大分先……うおっ!」
「馬鹿馬鹿馬鹿! 心配したんだから! ヴァージルだって凄い責任感じちゃってるんだからぁ!」

 青年の姿だったらそんなことは決してしなかっただろうが、テオがこどもでしかなかったのでカモミールは彼を力一杯抱きしめていた。

「うわぁーん! 良かった……良かったよぉ。ヴァージルが帰ってきてもテオを犠牲にしたなんて思ったら手放しで幸せになれるわけないじゃない! 何なのよ、うっかりやっちまったって! 馬鹿ー!」
「待て待て、いいから何か食わせろ! 自然回復した魔力でなんとか姿は現せるようになったけど腹ぺこだ!」
「そっか、魔力! 待ってて、エノラさんから何か貰ってくる!」
「待て、俺は置いておけ! 抱えていくな!」

 カモミールにも抱き上げられるほど小さいテオを抱き上げて、バタバタとカモミールはエノラの家へ向かう。

 ――うん、この落ち着かない感じがいいのよ。

 自分の周りの人が全て欠けずに明日を迎えられる。その幸せを噛みしめながら。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

処理中です...