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予測可能回避不可能
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平和だったクレインマジックに事件が起きたのは、打ち上げから間もない日だった。
「大変です」
高見沢が椅子から勢いよく立ちあがった。その常にはない固い声に何か重大なことが起きたのだろうと悠は察する。全員の視線が高見沢に集まる中で、高見沢は悠を一瞥した後で桑鶴に視線を向けた。
「悠さんの名前と住所がSNSで晒されています。……今、うちのアカウントに報告がありました。既に数十件拡散されていますね。それで済んだのは、良識的な人が拡散をしないでいてくれたおかげでしょう。連絡してくれたフォロワーは既に運営に違反通告と削除申請を出していて、どれくらい後かはわかりませんが、削除されるのは間違いないと思っていいですね。
こちらとしてはスクリーンショットも撮って証拠も押さえてありますから、違反通告の後で法的措置に訴えることも出来ますし、初手で痛い目を見せてうちのアカウントでも経緯を晒し上げないと、今後同様のことをしてくる輩が出てくるので徹底的に叩きのめしたいですが……一度ネットに流出したものを、完全に消し去るのは不可能ですよ」
自分の身に起きたことは恐ろしいが、桑鶴や悠の危惧として既に想定されていたことだった。
それよりも、真顔で細い指をパキパキと鳴らしてみせる高見沢の方が悠には恐ろしく見える。普段は優しげに見えるが敵に対して容赦のないタイプなのだ。実際犬猿の仲である理彩に対して普段から容赦がない。
このような場面でも冷静な口調からよくわかるし、既にこうしたケースが起きた場合のシミュレーションができていたとしか思えない、立て板に水という言葉が思い浮かぶような報告だった。
「よし、焼き討ちだ」
いつもと変わらぬ表情で物騒なことを呟く従姉も恐ろしい。普段は仲が悪いのに、理彩と高見沢はこういったときには息が合う。
桑鶴はそんなふたりに対して「落ち着け」と身振りで宥めてから、悠に向き直った。
「ハルキチだけじゃなくてナツキチの住所特定も時間の問題だな。殆どの情報が秘匿されていたからこそ、ハルキチの方が先に晒される羽目になったんだろう。ハルキチ、ナツキチ、君たちにセキュリティの厳しい部屋を社員寮として貸し与えようと思う。ただ、同居になっていいなら、だが。
ちょうどいい物件がひとつあってな」
「夏生と同居?」
「ハルくんと一緒? 僕は構わないけど、何か理由があるのかい?」
「ああ。実はな、このマンションのひとつ上の階に空き部屋があるんだ。既に打診はしてあって、先に他の入居者が現れない限りは即日契約できることも不動産屋に確認済みだ。2LDKの間取りも同じだからふたりで暮らしても特に狭いということはないだろうし、とんでもないメリットがひとつある」
そこで桑鶴は言葉を一度切った。つぶらな目に悪戯を思いついた子供のような光が浮かぶ。こういうときの彼は碌な事を考えていないのだが、今回はその悪戯心が良い方へ動いたようだった。
「君らがこのマンションに出入りしても、出勤してきていると思われるのさ。クレインマジックの会社所在地はバレているんだから、ここに出入りする限りは全く不自然さがない。――どうだ?」
「そうか!」
桑鶴の言葉は悠にとって目から鱗だった。桑鶴や理彩が以前から泊まり込みをしているくらいだし、同じマンションの別の部屋に住んだら確かに目立たないだろう。
大学に行くときには変装が必要かもしれないが帰りは必要ないし、そんな事態が長く続くとは思えない。人の噂も75日ということわざもあるし、人間は意外に飽きっぽいものだと悠も知っている。
「君たちがいいと言うなら、今この場で不動産屋に電話して、契約をするぞ。クリーニングは最近してあるから、即日入居可能だ。まあ、遅かれ早かれこうなるかもしれないと、手は回しておいたためなんだがな。……すまない、会社の都合で君らには不便を強いることになった」
「社長は気にしなくていい。CMに出ることを了承したときから、あくまで最悪の場合としてだが想定はしていた。あのボーナスは、危険手当みたいなものだって。――むしろ、社長が迅速な対応をしてくれたことは助かる。俺はすぐに引っ越しをしよう。夏生は?」
「実は、僕も桑さんから何かあったら部屋を用意するという提案は事前に受けてたんだ。だから、荷物はできる限りまとめてあるんだよね。業者さえ来てくれれば、最後の荷物をまとめて今日にでも引っ越しできる」
「よし、決まりだな。まずは今日か明日にでも動ける引っ越し業者を捕まえよう。雛子も手伝ってくれ」
「わかりました」
桑鶴と高見沢は即座にパソコンで業者を調べ、電話番号が有名な業者には電話を架け始める。悠と夏生は荷物をまとめるためにその場で帰宅することになった。
追跡者がいた場合を考慮して一度引っ越し業者の倉庫に荷物を運び入れ、ふたりの引っ越しが完了したのは翌日の午後だった。
「大変です」
高見沢が椅子から勢いよく立ちあがった。その常にはない固い声に何か重大なことが起きたのだろうと悠は察する。全員の視線が高見沢に集まる中で、高見沢は悠を一瞥した後で桑鶴に視線を向けた。
「悠さんの名前と住所がSNSで晒されています。……今、うちのアカウントに報告がありました。既に数十件拡散されていますね。それで済んだのは、良識的な人が拡散をしないでいてくれたおかげでしょう。連絡してくれたフォロワーは既に運営に違反通告と削除申請を出していて、どれくらい後かはわかりませんが、削除されるのは間違いないと思っていいですね。
こちらとしてはスクリーンショットも撮って証拠も押さえてありますから、違反通告の後で法的措置に訴えることも出来ますし、初手で痛い目を見せてうちのアカウントでも経緯を晒し上げないと、今後同様のことをしてくる輩が出てくるので徹底的に叩きのめしたいですが……一度ネットに流出したものを、完全に消し去るのは不可能ですよ」
自分の身に起きたことは恐ろしいが、桑鶴や悠の危惧として既に想定されていたことだった。
それよりも、真顔で細い指をパキパキと鳴らしてみせる高見沢の方が悠には恐ろしく見える。普段は優しげに見えるが敵に対して容赦のないタイプなのだ。実際犬猿の仲である理彩に対して普段から容赦がない。
このような場面でも冷静な口調からよくわかるし、既にこうしたケースが起きた場合のシミュレーションができていたとしか思えない、立て板に水という言葉が思い浮かぶような報告だった。
「よし、焼き討ちだ」
いつもと変わらぬ表情で物騒なことを呟く従姉も恐ろしい。普段は仲が悪いのに、理彩と高見沢はこういったときには息が合う。
桑鶴はそんなふたりに対して「落ち着け」と身振りで宥めてから、悠に向き直った。
「ハルキチだけじゃなくてナツキチの住所特定も時間の問題だな。殆どの情報が秘匿されていたからこそ、ハルキチの方が先に晒される羽目になったんだろう。ハルキチ、ナツキチ、君たちにセキュリティの厳しい部屋を社員寮として貸し与えようと思う。ただ、同居になっていいなら、だが。
ちょうどいい物件がひとつあってな」
「夏生と同居?」
「ハルくんと一緒? 僕は構わないけど、何か理由があるのかい?」
「ああ。実はな、このマンションのひとつ上の階に空き部屋があるんだ。既に打診はしてあって、先に他の入居者が現れない限りは即日契約できることも不動産屋に確認済みだ。2LDKの間取りも同じだからふたりで暮らしても特に狭いということはないだろうし、とんでもないメリットがひとつある」
そこで桑鶴は言葉を一度切った。つぶらな目に悪戯を思いついた子供のような光が浮かぶ。こういうときの彼は碌な事を考えていないのだが、今回はその悪戯心が良い方へ動いたようだった。
「君らがこのマンションに出入りしても、出勤してきていると思われるのさ。クレインマジックの会社所在地はバレているんだから、ここに出入りする限りは全く不自然さがない。――どうだ?」
「そうか!」
桑鶴の言葉は悠にとって目から鱗だった。桑鶴や理彩が以前から泊まり込みをしているくらいだし、同じマンションの別の部屋に住んだら確かに目立たないだろう。
大学に行くときには変装が必要かもしれないが帰りは必要ないし、そんな事態が長く続くとは思えない。人の噂も75日ということわざもあるし、人間は意外に飽きっぽいものだと悠も知っている。
「君たちがいいと言うなら、今この場で不動産屋に電話して、契約をするぞ。クリーニングは最近してあるから、即日入居可能だ。まあ、遅かれ早かれこうなるかもしれないと、手は回しておいたためなんだがな。……すまない、会社の都合で君らには不便を強いることになった」
「社長は気にしなくていい。CMに出ることを了承したときから、あくまで最悪の場合としてだが想定はしていた。あのボーナスは、危険手当みたいなものだって。――むしろ、社長が迅速な対応をしてくれたことは助かる。俺はすぐに引っ越しをしよう。夏生は?」
「実は、僕も桑さんから何かあったら部屋を用意するという提案は事前に受けてたんだ。だから、荷物はできる限りまとめてあるんだよね。業者さえ来てくれれば、最後の荷物をまとめて今日にでも引っ越しできる」
「よし、決まりだな。まずは今日か明日にでも動ける引っ越し業者を捕まえよう。雛子も手伝ってくれ」
「わかりました」
桑鶴と高見沢は即座にパソコンで業者を調べ、電話番号が有名な業者には電話を架け始める。悠と夏生は荷物をまとめるためにその場で帰宅することになった。
追跡者がいた場合を考慮して一度引っ越し業者の倉庫に荷物を運び入れ、ふたりの引っ越しが完了したのは翌日の午後だった。
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