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エイデンにいい風が吹いてきた。花の香りを乗せたその風はユウリのそばを通り抜けた。エイデンの花が、蕾の時の薄いピンクの色から深いブルーへと変化を遂げて花を開花させる。その花はエイデンの人々が最も愛する花で微かににおいを漂わせる。
エイデンはジョルベーナ大陸の西に位置する国の街だ。
ジョルベーナ大陸では十年前に戦争があったが、今は終戦を迎え人々の暮らしに平和が戻りつつある。
山々に囲まれ、麓に流れる小川は澄んでいるし、それは人々の生活の礎を築く。
花の咲く季節になれば、王都から帰ってくる商人たちがこの街によって王都での売れ残りを売りに来る。そんなおかげもあって街は人でにぎわっているし、戦争が最近まであったなんて初めて来る人は誰も知ることはない。
今もちょうどその季節の真っただ中だった。
少々、いやかなり困っていた。
気づいたら、足が痛かった。
先ほどまで夢を見ていたような気がする。だからボーとしていたのも少しはしょうがない。
ユウリは家の裏にある森に入ったものの、ぬかるみに足を取られてしまったようだった。
昨夜、強めに降っていた雨がいつもの道をぬかるみに変え、人をがけ下に誘っていたようだ。ぬかるみに悪態をつけばいいのか、それとも注意を怠った自分か、それとも原因はほかにあったのか。くじいた足を気遣うように少し飛び出した岩の上にゆっくりと座る。
(こんなところでゆっくり座っている場合じゃないんだけどな…。明日からしばらく遠出する予定だったのに。これじゃあ出かけることもままならないじゃねえか。)
愚痴を心の中にこぼした。
ここは見渡した感じ少し中に入ったところだから、気づく人は少ない。
そもそも、ユウリの近所の人たちはユウリがこんなにもピンチに陥っていることなんて知る由もないだろうし、所詮近所の人に過ぎないユウリをどれほど気にかけてくれるだろうか。
ユウリは自分の性格ゆえか、過去の出来事ゆえなのか、一人行動が多い。
普段からそんなだから年の割に少し大人びていると周りに評価されることが常だった。つまりユウリを知る人は、「一人で行動してもきっと大丈夫だ」という共通認識になっているというわけで、さらに言うと家を多く空けているユウリがいなくてもおかしいだなんて誰も思いはしないのである。
確かにユウリは、同い年の子供たちと比べ達観しているところがあったが、実際は話すと口が悪いから黙っているだけだし、本当は誰よりも悪戯することは好きだし、他が勝手にそう思うだけで……本人は、自分は年相応のふるまいだと思っている。ただほかの人より独り立ちが早かっただけなのだ。
———こんなことになるなら普段から近所の人にもっと自分の居場所を主張しておけばよかった。
そう考えたところで、ここには一人しかいないし、このままでは埒が明かない。
このまま、一夜森の中で明かすことも悪くはないが、今はまだ昼であるし、なんせ獣も多い。できることなら、自力で夜になる前に人里まで下りるのが得策だろう。そう思ってあたりを見渡すと、こんな時に限って暗い雲が近づいてきているのがわかるし、はやく山を下らないと困ったことになる。
「あーほんと、なんでこんなことになったんだ?本当に一人行動は楽だが、こういうところが不便だな。」
痛めた足をさする。痛いのは我慢できないほどのことでもない。この程度泣き言をいう人のほうが少ないだろ。
「立つか…。」
足に力を籠めて立ち上がろうと踏ん張った。
「そんなところでどうしたんだ?」
誰もいないはずの森の中でユウリは男の声を聴いた。
やわらかいその声は少しぶっきらぼうだが、こちらを心配しているかのような声音だった。
その声は木の上から聞こえてくる。
「————だれ」
ただでさえ人里離れた森で、ギルドに所属している人以外入ってくるはずのない森で誰かは分からないその声が聞こえたことに安堵の息が漏れた。
安堵して出したはずの自分の声は、少し震えていて暗い森の中で不安だったことを知る。
きょろきょろとあたりを見渡すと見上げないと見えないほどの高さに人がいた。
いったいなんでそんな高さにいるのか。よほど上から物を眺めるのが好きなのか。その男は自分から声をかけたはずなのに目を見開いていて、なぜかとても驚いているように見えた。
「————お前…」
その男は飛び降りるには少し勇気がいるその木から身軽そうに飛び降りてこちらへと近づいてきた。シュタッと飛び降りた様子は、ずいぶん前に読んだ本に出てくる異国の暗殺者の動きにそっくりだった。地面に降り立つと相手は確かめるかのように、腕をこちらに伸ばして、顔の近くまでやってきた。
「こんなところでお前こそ何している?」
とは言え、いきなり現れた男はとても怪しかった。
本来なら素の自分を隠すように話すユウリも足の痛さからかポロっと素が出た。
現れた男はユウリが思っていたよりもずいぶん若く、同じぐらいの年に見えた。少し伸びた髪が風に揺れる様子はどこかの貴人に見えるが、その口調に合わない。しかし、身なりはこぎれいで貴族というには少し汚れが物足りない。
中途半端な男だった。
エイデンはジョルベーナ大陸の西に位置する国の街だ。
ジョルベーナ大陸では十年前に戦争があったが、今は終戦を迎え人々の暮らしに平和が戻りつつある。
山々に囲まれ、麓に流れる小川は澄んでいるし、それは人々の生活の礎を築く。
花の咲く季節になれば、王都から帰ってくる商人たちがこの街によって王都での売れ残りを売りに来る。そんなおかげもあって街は人でにぎわっているし、戦争が最近まであったなんて初めて来る人は誰も知ることはない。
今もちょうどその季節の真っただ中だった。
少々、いやかなり困っていた。
気づいたら、足が痛かった。
先ほどまで夢を見ていたような気がする。だからボーとしていたのも少しはしょうがない。
ユウリは家の裏にある森に入ったものの、ぬかるみに足を取られてしまったようだった。
昨夜、強めに降っていた雨がいつもの道をぬかるみに変え、人をがけ下に誘っていたようだ。ぬかるみに悪態をつけばいいのか、それとも注意を怠った自分か、それとも原因はほかにあったのか。くじいた足を気遣うように少し飛び出した岩の上にゆっくりと座る。
(こんなところでゆっくり座っている場合じゃないんだけどな…。明日からしばらく遠出する予定だったのに。これじゃあ出かけることもままならないじゃねえか。)
愚痴を心の中にこぼした。
ここは見渡した感じ少し中に入ったところだから、気づく人は少ない。
そもそも、ユウリの近所の人たちはユウリがこんなにもピンチに陥っていることなんて知る由もないだろうし、所詮近所の人に過ぎないユウリをどれほど気にかけてくれるだろうか。
ユウリは自分の性格ゆえか、過去の出来事ゆえなのか、一人行動が多い。
普段からそんなだから年の割に少し大人びていると周りに評価されることが常だった。つまりユウリを知る人は、「一人で行動してもきっと大丈夫だ」という共通認識になっているというわけで、さらに言うと家を多く空けているユウリがいなくてもおかしいだなんて誰も思いはしないのである。
確かにユウリは、同い年の子供たちと比べ達観しているところがあったが、実際は話すと口が悪いから黙っているだけだし、本当は誰よりも悪戯することは好きだし、他が勝手にそう思うだけで……本人は、自分は年相応のふるまいだと思っている。ただほかの人より独り立ちが早かっただけなのだ。
———こんなことになるなら普段から近所の人にもっと自分の居場所を主張しておけばよかった。
そう考えたところで、ここには一人しかいないし、このままでは埒が明かない。
このまま、一夜森の中で明かすことも悪くはないが、今はまだ昼であるし、なんせ獣も多い。できることなら、自力で夜になる前に人里まで下りるのが得策だろう。そう思ってあたりを見渡すと、こんな時に限って暗い雲が近づいてきているのがわかるし、はやく山を下らないと困ったことになる。
「あーほんと、なんでこんなことになったんだ?本当に一人行動は楽だが、こういうところが不便だな。」
痛めた足をさする。痛いのは我慢できないほどのことでもない。この程度泣き言をいう人のほうが少ないだろ。
「立つか…。」
足に力を籠めて立ち上がろうと踏ん張った。
「そんなところでどうしたんだ?」
誰もいないはずの森の中でユウリは男の声を聴いた。
やわらかいその声は少しぶっきらぼうだが、こちらを心配しているかのような声音だった。
その声は木の上から聞こえてくる。
「————だれ」
ただでさえ人里離れた森で、ギルドに所属している人以外入ってくるはずのない森で誰かは分からないその声が聞こえたことに安堵の息が漏れた。
安堵して出したはずの自分の声は、少し震えていて暗い森の中で不安だったことを知る。
きょろきょろとあたりを見渡すと見上げないと見えないほどの高さに人がいた。
いったいなんでそんな高さにいるのか。よほど上から物を眺めるのが好きなのか。その男は自分から声をかけたはずなのに目を見開いていて、なぜかとても驚いているように見えた。
「————お前…」
その男は飛び降りるには少し勇気がいるその木から身軽そうに飛び降りてこちらへと近づいてきた。シュタッと飛び降りた様子は、ずいぶん前に読んだ本に出てくる異国の暗殺者の動きにそっくりだった。地面に降り立つと相手は確かめるかのように、腕をこちらに伸ばして、顔の近くまでやってきた。
「こんなところでお前こそ何している?」
とは言え、いきなり現れた男はとても怪しかった。
本来なら素の自分を隠すように話すユウリも足の痛さからかポロっと素が出た。
現れた男はユウリが思っていたよりもずいぶん若く、同じぐらいの年に見えた。少し伸びた髪が風に揺れる様子はどこかの貴人に見えるが、その口調に合わない。しかし、身なりはこぎれいで貴族というには少し汚れが物足りない。
中途半端な男だった。
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