上 下
39 / 42

番外編1-2

しおりを挟む
「ちっ。でも今の時期、宿は探すのに苦労するかもしれないな。」

この時期の賑わい具合を思い出す。この時期のエイデンは、王都と隣国を行き来する商人が立ち寄ることが増える。ちょうど王都に貴族が集まる時期でその時期に合わせて商人たちも動く。そのため、商人たちがすでに長期利用で宿をとるため、めったなことで宿屋は空室がない。

「そうだな、まずは宿見に行ってみるよ。無理だったら野宿でいい。」

そういって、いつにもなくシュンとして悲しそうな顔をする。いつもはニヒルな笑みしか浮かべていないのに初めて見たその顔に何か言わないと、とつい口を滑らせた。

「はあ?お前野宿するくらいなら俺の家に泊まればいいだろ。貸してやる。」

咄嗟にそう言った。言ってしまったのだ。偶然会っただけのやつにこんなにも手を貸すのはお人良しだけだ。ユウリは決してお人よしなんかではないはずだ。近所づきあいも悪いし、無表情の顔からあまり人は寄せ付けない。だからこそ自分から近づくことをしないのに。

基本的にユウリは人に心を許しやすいが、パーソナルスペースは狭いほうだ。しかし逆に言えば、パーソナルスペースを許したということはそのまま気を許し続ける傾向にある。

しかしその提案を待っていましたと言わんばかりにシュウはニヤッとすると、いきなりガシッとユウリを抱きしめた。

「お、おい!何してる!はなせ変態!!」

見た目は細いのに抱きしめてくる体は思ったよりも筋肉質で身動きが取れなくなった。シュウは着痩せするタイプなのだろう。

(やっぱりこいつここら辺の生まれじゃないな!?)

家族、恋人、友人と抱きしめることはあっても、知り合いの男と抱きしめる文化はここにはない。

「———っ!ありがとう!親友‼」

「まっ!…て!!俺とお前はまだ知り合って数日だ!親友じゃねえ、まだ顔見知りの人だ!!」

しっかりそう言い切る。人付き合いは初めが肝心だって近所のおばさんは言っていた。

(それよりも抱きしめる力が強すぎるんじゃないか!?)

それは普段から体を鍛えているユウリの体がミシミシと音を立てそうなほど強い腕力なのであった。

エイデンの宿と言えば、噴水広場の目の前にある大きな宿屋ザートンが有名だ。宿屋ザートンの店主を見た目で紹介するなら「厳つい」に限る。名をルート・ザートンという元B級の冒険者だ。ギルドにはいくつか古くから伝わる伝説の異名集がある。例えば、『血の狩人』とか『悪魔のチェイサー』とかそれはすべて彼を指すものらしい。
彼の奥さんはびっくりするくらい美人で、どうしてそんな厳ついのに捕まってしまったのか、と事情を知らない冒険者たちは口にする。まあでも異名を知っているものから考えればわからんわけでもない。
ユウリが戸を開いて中に入ると、カランカランと高すぎず低すぎない鐘の音が響いた。

「じじいいるか?」

「んあ?」

カウンターの奥で背を向けていた大男が振り向く。

「あらあら、ユウリくんじゃない?大きくなったわね?」

その声に反応して、可憐な女の人がルートを押し退けてこちらに急ぎ足でやってくる。満面の笑みを見せる彼女は全盛期よりも幾分か年を重ねたが、それでも多くの冒険者を魅了する。現に、ロビーに座る若者たちの目がそう語っているのだ。嬉しそうにカウンターから出てきて、勢いよく手を握る。そうやって話すのはいつものことだからユウリはそのまま事情を話して宿の空きを確認してくれと話を切り出した。

何だか多くの視線がユウリの背に刺さっている気がするが、面倒な奴らだ。

そのうえ、後ろで静かにしていたシュウが不機嫌そうな雰囲気を醸し出してくるから、何かと思って振り向いた。シュウまでも奥さんの魅力に取りつかれたのか?

「どうかしたのか?」

「なんでもない」

一気に顔色を変えて、猫かぶったみたいに笑う。シュウは心から笑っている時とは違って、たまに猫かぶったみたいな時がある。ユウリはそれに気づくと、なんだか一線を引かれているように思って、ムカついて靴の先を蹴っ飛ばしてやった。

「ちっ。」

(誤魔化すなよな…自称親友はうそかよ。)

細めていた目を驚いたように変える。そうして笑いながら

「お前なにすんだよ。」

ユウリの頬を引っ張ってくる。ルートが階段のほうから何やら荷物を持って降りてきた。それはごわごわした大きい布のようで、思わずユウリは眉を寄せる。
しおりを挟む

処理中です...