現代サムライ

千歌

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1 ナマクラ

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    一体どうして自分はこんなにも価値がないのだろうと、刃は空に向かって考えていた。桜がどこからか香ってくる。空は晴れることが多くなってきているのに、刃の心は依然として真夜中の月も星も見えない曇り空だった。
    十年前のあの日、刃はまだ7つだった。炎がゴオゴオと燃えて上から火が落ちてきた。
「刃!」
ドンッと背中を突き飛ばしてその直後に頭に硬くて重い物が当たった。刀だった。起き上がって振り返ると、姉、純子の姿はなく、ただ炎が燃えていた。その中に純子の影が見えたような気がした。今思えば、あれは絶対に純子の影だった。
    その後に爺ちゃんが家から出てきて、妖刀の力で火事を鎮めてくれたけど、婆ちゃんは逃げ遅れて炎からは逃れられたが、一酸化炭素中毒で息をしていなかった。母さんは婆ちゃんと純子のことで気を病んでしまい、数年のうちは病院に寝ていた。しかしここ二年くらいは安定しているようで、働きに出ていた。
    そして刃が十五になった日のことだ。天草家では男児は十五で当主となるべく妖刀を受け継ぐ儀式があった。そこでは次期当主となる者が現当主から妖刀を借り、引き抜き、どんな力を得るのか見る儀式だ。光、火、土、風、水、毒、闇など、天草家に受け継がれる妖刀は当主として、それを持つ者に特別な力を与える。爺ちゃんは水で、妖刀を振ることによってと、水を呼んだり、操ることが出来た。曾祖父さんは風だったそうだ。そして、父さんは天草家に生まれたのに妖刀を引き抜くことすら出来なかった。刃もこの儀式を経験している。刃は、刀を引き抜くことはできたが、力を得ることはなかった。刃が握った妖刀はただの刀でしかなかった。
    そんなことがあってから、爺ちゃんは刃をナマクラと呼び、当たりが辛くなった。毎朝の稽古は一層厳しくなり、それでも寿命で亡くなったのは不謹慎ではあるが、母にとっては都合が良かった。
    母は家は継がなくていい。侍の道を行く必要は無いと言ってくれたが、刃は自分の中の何かが腑に落ちないからと言って、剣道部の強い全寮制の高校への進学を決めた。
    入学して勿論剣道部に所属したのだが、部員も顧問も相手にならず、暫く続けてみたものの、部員達から疎まれるようになり、サボるようになった。部活に籍は置いているため、寮に戻るまで時間を潰さなくてはならなかった。晴れの日は屋上で瞑想を、曇りの日は素振りを、雨の降る日は図書館で勉強をするようになった。刃は勉学にも優れていたため、部員たちから更に疎まれるなった。
    だが、刃は周りなぞどうでも良かった。どうでもいいからこそ、周りがイタズラをしても求めていたような反応がなく、無表情のままの刃がより憎らしく見え、そのうちイタズラはされなくなったが、刃は今まで以上に孤立していた。
    どこからか鐘の鳴るのが聞こえた。そうか、今日は入学式だったか。そう思いつつ、座禅を組み直して目を閉じて深くゆっくりと呼吸を始めた。
    そうしてしばらくたった後、刃は目を開けた。耳障りな声が生々しく聞こえ始めたからだ。
「あのさ、お前何なの?その見た目で剣道部のマネとか男欲しいだけだろ!」
低めの誰かを馬鹿にするような耳障りな女の声だ。
「違います!私はただ...、」
「なんだよ?言ってみろよ。」
また別の馬鹿にするような耳障りな女の声だ。
 普段は何に対しても無頓着な刃だったが、今日はどうも気になった。まさか瞑想に集中できない日が来ようとは思っていなかった。
 刃が目を開けると、屋上には確かに、三人の女子生徒がいた。うち二人は刃と同学年の生徒で、評判が良くないのは何となく知っていた。もう一人は見覚えはなかったが、白髪と白い肌に、制服のスカートを膝下まで伸ばしている妖精のような少し背の低い生徒だった。恐らく新入生だろう。三人とも刃には気づいていない。何しろ隅の方で気配を消して人知れず修行をしていたのだから。
 ドンっと音がした。とてつもなく嫌な音に思わず後ろを振り返るも、そこには壁があるだけだった。刃は、はっと我に帰ると、妖精のような女生徒が突き飛ばされて尻餅を着いたようだった。刃は立ち上がって三人の前に進み出た。
「何をしている?」
「えっ?天草くん?いつから…、違うの…、これは…、」
「目障りだ。弱いものイジメなど、醜いことこの上ない。」
「い…行こ、…ミク。」
二人は刃から逃げるように屋上から姿を消した。
 二人きりになると急に気まずくなったのか新入生と思われる生徒もゆっくりと立ち上がった。刃はその娘の顔を見てあっと声をあげた。
「あの…、助けていただき、ありがとうございます。あの…どうかされましたか?」
刃はポカンと口を開けたままだった。
「もしもし?」
「あ…いや、その…昔…いや、目や髪の色が綺麗だと思って…。」
「はぁ…。あ、そうだ、剣道部!って…すみません、道場はどちらですか?」
「中央の階段を降りて…、それから…どっちだったか…、送りましょう。」
刃は置いてあった荷物を取って女生徒の前に戻った。
「御存知なければ、他の方に聞きましたのに、良いのですか?」
「いえ、久しぶりに顔を出したくなったので。」
「剣道をされているのですか。」
「家がさむ…、いや、僕の家の者は剣道を嗜んできたので。」
「素晴らしいことですね。えーっと、まだお名前をお聞きしていませんでしたね。私は神谷花子かみたにはなこと言います。」
「僕は天草刃です。神谷…、もしや…、神谷神社の方では?」
「よくご存知でいらっしゃいますね。ええ、私の父は神谷神社の神主です。いずれ、私の兄上達がその後を継ぐことになっています。」
「では、あなたは?」
「私は巫女として。」
「そうですか。...こちらですよ。」
刃と花子は連れ立って歩き、お互いのことを話しながら道場へ向かった。度々刃は花子の顔を見た。見れば見るほど純子によく似ている。話し方もしぐさも。ただ、髪の色が違う。仕草や話し方も。自分の幼さ、無力さ故に姉を失うことになってしまった。
「その髪や目の色は生まれつきですか?」
「はい。アルビノと呼ばれるそうです。変ですよね。」
「いえ、とても美しいです。」
「お世辞は入りませんよ。」
「お世辞ではなく、僕はただ、事実を言っているだけです。」
そのとき、ガラガラと扉を引く音がした。気づくと、刃ははっと花子と共に道場の入口にいることに気づいた。
「あっれー?幽霊部員が女とデートしてやがる!」
中から三年の先輩が顔を出した。
「失礼な。彼女はマネージャーとして剣道部を支えようとしている。」
「マジか!めっちゃ可愛い子じゃん!てか、よくそんな髪染めて厚化粧して来れたねー。校則厳しいのに。やめときなよ。」
「あの…、これは地毛ですし…、お化粧もしていません!全部生まれつきです!」
「そうだ。彼女はアルビノと言って色素が無いんだ。生物の授業でやっただろう?」
「はー?そんなん忘れたし?大体、散々部活サボってて、よく顔出せたな。一発試合でもやるか?」
「良いでしょう。僕が勝ったらこれ以上彼女に失礼なことを言わないで、マネージャーとして暖かく迎え入れてやってください。」
「あー、本当にお前の自信に満ちた顔嫌いだわ。だけど、今年は俺大会で優勝してるから、あんまり調子乗らない方がいいと思うよー?俺らが勝ったら、お前の籍はもう剣道部から外すからな。」
「望むところです!」
二人がお互いに睨み合っていると
「こらこら、君たち、仲良くしないか!」
と声がした。刃が振り返ると、そこには教頭先生が見覚えのない新任らしき先生を連れていた。
「すみません、教頭先生、彼が言うことを聞かないもので、勝負を持ちかけてきたんですよ。」
先輩は全くの嘘をでっち上げた。花子も刃も先輩をえっ?という顔で見た。
「いえ、勝負を持ちかけてきたのは先輩の方です。」と、刃は空かさず言い返した。すると教頭先生はどちらの言い分も聞かず、「問題行動は起こすな。」と言って、連れの先生を紹介した。
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